住宅ローンの高止まりや物件不足などを背景に、米国ではかつてないほどに住宅購入のハードルが高まっています。特に低所得層に大きな影響を及ぼしており、HUDの「The 2023 Annual Homelessness Assessment Report」によると、2023年のホームレス人口は最多となっています。
米国の住宅市場に逆風が吹く中、住宅不足問題の解決に資するとして注目されているソリューションの1つがモジュラーハウスです。
そこで今回は、米国の住宅不足問題を概観した上で、モジュラーハウスの特徴やサステナブルなモジュラー建築を採用するスタートアップについて説明します。
目次
- 米国の住宅不足
- 住宅不足問題の解決に資するモジュラーハウス
- 関連のサステナビリティ・スタートアップ企業
3-1 Vantem
3-2 Mighty Buildings
3-3 Factory_OS - まとめ
1 米国の住宅不足
米国の住宅市場は、資材高騰や労働者不足、金利高などを背景に、供給不足が続いています。
30年物固定住宅ローン金利は、米連邦準備理事会(FRB)が2022年に大幅な利上げに踏み切る前の2~3%台から2023年10月には8%まで跳ね上がりました。低金利下で組んだローンを手放したくない人が多く、米国の住宅販売の9割を占める中古住宅の在庫が大きく減少している状態です。
参照:フレディマック
一方、米国では人口増に伴う住宅需要に加え、同国で影響力を増しているミレニアル世代(1982年~2000年生まれ)の住宅需要の拡大や、高齢者が引退後に郊外でよりコンパクトな住宅へ移住するニーズも高まっています。
このように、米国の住宅市場は中長期的に需給のミスマッチが生じている状況です。フレディマックは米国で380万戸の住宅が不足していると試算します。一方、年間建設戸数は150万戸を下回っている状況です。
参照:フレディマック「Housing Supply: A Growing Deficit」
米国で住宅不足が慢性化する中、特に高品質でリーズナブルな価格のアフォーダブル住宅への需要が高まっています。アマゾンやグーグルといったテック大手も、ESG(環境・社会・ガバナンス)・サステナビリティの一環としてアフォーダブル住宅の提供に注力しています。
そして、アフォーダブル住宅不足の解消に資する取り組みの1つがモジュラーハウスの供給拡大です。
【関連記事】アフォーダブルハウジングとは?アフォーダブル住宅の世界の事例も
2 住宅不足問題の解決に資するモジュラーハウス
モジュラー建築は100年前から続く工法になります。モジュラーハウスのコンセプトとしては、工場で部材を組み立て、IT技術を活用することで、現場作業の削減による工程短縮や資材調達の最適化を通じたコスト削減が挙げられるでしょう。
モジュラーハウス
※画像引用:Vantem「One Story Single-Family Housing」
モジュラーハウスの主なメリットは以下の3点です。
- 低価格での提供
- サステナビリティの向上
- 工期の短縮
米国の住宅価格が過去最高を更新する中、ますます住宅を購入するハードルが高まっている状況です。モジュラーハウスであれば、伝統的な建築工法より10~20%コストを削減することが期待でき、その分低価格で購入することが可能になるでしょう。
モジュラー工法は、工場で部材を組み立て、現場では通常、基礎部分を組み立てるだけです。IT技術を活用して資材調達の最適化なども図るため、資材の使用量や廃棄物、建築現場の動植物への影響も抑えられ、サステナビリティの向上に繋げられます。
また、モジュラー工法は50%ほど工期を短縮して建設することもできます。
マッキンゼーの2019年時点の調査によると、モジュラー工法で建てられた住宅は2017年~2020年の平均住宅予測に対して4%に満たない水準しか普及していません。一方で2019年当時は、住宅ローン金利が低下傾向にありましたが、住宅価格は過去最高に達しており、効率的でサステナブルな住宅やアフォーダブル住宅を支持する需要はあると考えられます。
そこで一部の企業は、環境に優しい素材を組み込み、よりサステナビリティを訴求したり、ビルディング・インフォメーション・モデリング(BIM、※)や製造プロセスの自動化などを進めたりしています。それらの取り組みを通じて、モジュラーハウスへ人々の関心を集めることで、モジュラー建築市場の更なる発展が期待されます。
※BIM…Building Information Modeling(ビルディング インフォメーション モデリング)の略称です。コンピューター上に作成した3次元の建物のデジタルモデルに、コストや仕上げ、管理情報などの属性データを追加した建築物のデータベースを、建築の設計、施工から維持管理までのあらゆる工程で情報活用を行うためのソリューション。
マッキンゼー「Modular construction」
3 関連のサステナビリティ・スタートアップ企業
モジュラーハウス市場では、ウォーレン・バフェット氏が率いるバークシャー・ハサウェイ傘下のクレイトン・ホームズが全国規模で展開している住宅建設会社の1つです。しかしながら、一般的には多くのモジュラーハウスメーカーは小規模で地域密着型の経営になります。
モジュラーハウス市場が細分化され、多数のプレーヤーがひしめく中、今回はサステナブルなモジュール建築を手掛けるスタートアップにフォーカスします。
3-1 Vantem
Vantemは、高品質かつアフォーダブルなモジュラーハウスを建設するホームテックスタートアップです。ビル・ゲイツ氏が立ち上げたエネルギー分野に特化したベンチャーキャピタル(VC)「ブレイクスルー・エナジー・ベンチャーズ(BEV)」が出資しました。
Vantemは、非常に競争力のあるコストと低エンボディド・カーボン(*)を実現した、高効率のモジュラーハウスを建設しています。
(*)エンボディド・カーボン…資材調達から解体・廃棄までの二酸化炭素(CO2)排出量。
同社は建築プロジェクト全体の最大80%の部材を工場で製造し、コスト削減につなげています。独自開発したパネルはエネルギー効率や耐火性が高いほか、ハリケーン・ドリアン(ハリケーンの分類で最も強い勢力であるカテゴリー5)やマグニチュード8.2の地震にも耐えうる強度といった特徴を有しています。
米国、南米、カリブ海諸国などの高級住宅から学校、5つ星ホテルなど、300万平方フィート以上の居住空間にVantemのソリューションが導入されています。同社は2022年からの7年間で米国内に15の工場を建設する計画であり、各工場は毎年100万平方フィートの住宅を生産できる見通しです。
Vantemのシステムは、極端な暑さや寒さ、湿潤な熱帯、乾燥した砂漠、ハリケーンや地震の多い地域など、あらゆる場所でエネルギー効率の高い住宅を実現できるとBEVは見ています。
参照:Vantem
3-2 Mighty Buildings
Mighty Buildingsは、3Dプリンターを使って建設プロセスを自動化するモジュラー建築分野のスタートアップです。世界で初めて3Dプリントのネット・ゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH)を建築しました。
3Dプリンティング技術、ロボティクス、独自開発したプリンター複合材料を活用し、サステナブルで効率的なアフォーダブル住宅を供給することを目指しています。
同社は、3Dプリンター建造物や部材を評価するUL 3401規格に基づく認証を取得した最初の企業です。従来の建築工法と比較して3倍も工期を短縮できます。4人で住宅を組み立てるのに要する日数は僅か4日間です。
工場での生産プロセスの80%は、3Dプリンターによる加工とロボットによる仕上げで自動化し、自社工場で住宅パネルを製造して現場で組み立てた状態で納品するため、作業時間と排出量を削減できます。
Mighty Buildingsの特許取得済みの素材「LUMUS」は、素早く硬化して石のような複合素材であり、コンクリートの5倍の引張強度と曲げ強度を持ちながら、重量は30%軽くなっています。また、壁材の60%はリサイクル素材を用い、従来の建築工法と比較して廃棄物を99%も削減することが可能です。
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3-3 Factory_OS
Factory_OSも、モジュール化した部材を工場で生産し、建設現場に運んで組み立てるモジュラー工法によりアフォーダブル住宅を提供するスタートアップです。
グーグルやフェイスブック(現メタ・プラットフォームズ)などが同社に投資をしています。両社が拠点とするシリコンバレーは住宅価格が高騰しており、中低所得者層向け住宅不足問題を解決すべく、サステナビリティの一環としてアフォーダブル住宅の供給を後押ししているのでしょう。
Factory_OSは、従来よりも40~50%早く、20~40%安く住宅を建設できます。工場生産のため天候に左右されず、建設現場での事故も減らせるほか、BIM、精密製造、セキュリティや温度制御を含む消費者向けスマート・ホーム・サービスなどの画期的な技術も導入しています。
短い建設期間と管理の徹底によってスマート調達を実現していることに加え、精密切断と屋内材料保管により廃棄物を最大40%削減し、さらに輸送回数の減らすことでCO2排出量の削減も期待できます。
参照:Factory_OS
まとめ
米国では住宅不足問題が慢性化しています。スタートアップやテック大手などが、低価格やサステナビリティ向上などにつながるモジュラーハウスの建築を推進することで、同問題が解消に向かうことに期待したいです。
フォルトゥナ
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