ESGやサステナビリティにおいては、地球温暖化に伴う気候変動リスクを正しく認識して、対処していくことも大切です。TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)は、気候変動のリスクや対処法について積極的な開示を推進しています。
各社が公開するTCFDに関する情報は、ESG不動産投資を実行するうえでも有力な材料となるでしょう。この記事ではTCFDにおける不動産領域での開示情報や、不動産投資に応用するうえでのポイントをまとめました。
目次
- TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)とは?
- 不動産セクターのTCFDの開示情報について
2-1.不動産分野TCFD対応ガイダンスのポイント
2-2.ガイダンスが求める不動産における開示内容
2-3.TCFD開示事例|野村不動産ホールディングス - ESG投資におけるTCFDのポイント
3-1.TCFDは原則として企業単位で発信される
3-2.TCFDを投資判断に役立てるうえでの比較ポイントは? - まとめ
1 TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)とは?
TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)は、各国の中央銀行から構成される金融安定理事会G20の要請のもとマイケル・ブルームバーグ氏を委員長として設立された団体です。2017年6月に「気候関連財務情報開示タスクフォースによる提言」というタイトルで最終報告書が公表されています。
気候変動リスクやそれに対処する機会などを明らかにするために、以下の内容を開示することを、世界各国の企業等に求めています。
- ガバナンス(Governance):どのような体制で検討し、それを企業経営に反映しているか。
- 戦略(Strategy):短期・中期・長期にわたり、企業経営にどのように影響を与えるか。またそれについてどう考えたか。
- リスクマネジメント(Risk Management):気候変動のリスクについて、どのように特定、評価し、またそれを低減しようとしているか。
- 指標と目標(Metrics and Targets):リスクと機会の評価について、どのような指標を用いて判断し、目標への進捗度を評価しているか。
引用:TCFDコンソーシアム「TCFDとは」
日本においては「気候関連財務情報開示タスクフォースによる提言」を土台として、経済産業省が2018年8月に「TCFDガイダンス」をまとめ、国内企業におけるTCFDに関する情報開示を推進しました。
さらに、企業の効果的な情報開示や、開示情報に基づく金融機関の効果的な投資判断を加速させるために「TCFDコンソーシアム」が設立されました。このコンソーシアムの機能の一つである「情報開示ワーキンググループ」は「TCFDガイダンス」を幾度か改訂し、2022年10月には、現行版となる「TCFDガイダンス3.0」が公表されています。(※参照:経済産業省「気候変動に関連した情報開示の動向(TCFD)」)
一方で、国土交通省は、2020年3月に不動産分野に特化したガイダンスとして「不動産分野TCFD対応ガイダンス」を公表しました。不動産セクターにおけるTCFDの開示では、基本的に「不動産分野TCFD対応ガイダンス」に準拠することが推奨されています。
2 不動産セクターのTCFDの開示情報について
不動産分野TCFD対応ガイダンスでは、日本の固有事情にもふまえた情報開示のあり方についてまとめられています。ここからは不動産分野TCFD対応ガイダンスを参考にしながら、日本の不動産のTCFD開示の特徴や開示が推奨される情報について紹介します。
2-1 不動産分野TCFD対応ガイダンスのポイント
不動産分野TCFD対応ガイダンスでは、TCFD提言に対応しつつ、日本固有の事情や、不動産セクターとしての独自性をふまえて、日本の不動産セクターの事情に沿った情報開示の促進を目指しています。
このうち、不動産の特性については、以下のようなポイントがあげられています。
- アセットが固定的である:自由に場所等を移動させることはできない
- 長期の事業サイクル:一度建設した不動産は 30 年~50 年のような長期で使用される
- ステークホルダーが多い:投資家等だけでなく、地域住民や地主等関係者が多い
- 用途や種類が多様:オフィス・商業施設・レジデンス・物流施設・リゾート施設等
- 金融商品としての位置付け:REIT(不動産投資信託)等の不動産ファンドは、オルタナティブアセットとして位置付けられる
※引用:国土交通省 「不動産分野TCFD対応ガイダンス」
日本の固有事情については明示的にまとめられてはいませんが、ガイダンスの中では日本の気候特性や、日本の企業、金融機関、投資家のTFCDにおける現状等をまとめた上で、情報開示の方針について記載しています。
2-2 ガイダンスが求める不動産における開示内容
TCFDでは、以下のようなステップでの分析を推奨しています。
- ガバナンス整備
- 重要リスク・機会の特定
- シナリオの特定
- 事業インパクト評価
- 対応策の説明
- 文書化と情報開示
※出所:国土交通省「不動産分野TCFD対応ガイダンスの概要」
重要リスクや機会については、例えば以下のような枠組みで整理することを推奨しています。
- 市場・技術変化
- 評判
- 政策と法律
- 物理的リスク
一方でTCFD提言では以下のような枠組みも公表されています。不動産セクターの大手企業では、この枠組みに従ってリスクや機会を整理する事例も散見されます。
移行リスク
- 法や規制に関するリスク:炭素税の導入など
- 技術のリスク:新技術開発や利用のコスト、それによる競争優位や劣位
- 市場のリスク:生活者の意識変化に伴う市場縮小や拡大など
- 評判上のリスク:温室効果ガスの排出が多い企業への評判悪化
物理的リスク
- 急性リスク:突発的な気象変動による影響
- 慢性リスク:海面上昇や気温上昇などの影響
参考:気候関連財務情報開示タスクフォース「最終報告書|気候関連財務情報開示タスクフォースによる提言」
また、シナリオの特定ですが、国連IPCC第5次評価報告書やIPCC第6次評価報告書をもとに以下のシナリオから複数パターンを選別して分析するケースが多くみられます。たとえば国連IPCC第 5 次評価報告書の選択肢は次の通りです。
- RCP8.5:温暖化対策なしで気温が平均3.7℃上昇する
- RCP6.0:温暖化対策は少なく、気温は平均2.2℃上昇する
- RCP4.5:温暖化対策は中程度で、気温は平均1.8℃上昇する
- RCP2.6:温暖化対策は最大限実施されて、気温は平均1.0℃上昇する
参考:環境省「IPCC第5次評価報告書の概要-第1作業部会-」
「RCP2.6は可能性の高い予測幅」が+0.3℃~+1.7℃であるため「気温上昇を2℃未満に抑えるシナリオ」とされる場合もあります。また、RCP8.5を参照して「4℃シナリオ」とされる報告書も見られます。
以上のシナリオやリスク・機会に基づいて、各社の事業に対するインパクトを定量的に分析し、そのうえで取り得る対応策を整理します。インパクトや対応策は各社体系的にまとめられていますが、日本全体で統一された枠組みがあるわけではありません。
ここまでで分析された情報が、TCFDの情報開示としてまとめられます。
2-3 TCFD開示事例|野村不動産ホールディングス
野村不動産ホールディングスは、総合不動産ディベロッパーの野村不動産株式会社などの不動産関連会社を子会社に持つ持株会社です。同社では「特集 TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への対応」として、同社のTCFDの情報開示を行っています。
同社の報告内容の全体の構成は次の通りです。
- 気候変動の考え方・方針
- 気候変動への認識
- ガバナンス
- 戦略
- リスク(および機会)の特定
- リスク管理
- 指標と目標
出所:野村不動産ホールディングス「特集 TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への対応」
特に野村不動産の考え方が表れているポイントにフォーカスして紹介していくと、戦略の項では、分析範囲やシナリオ選定についてまとめられています。同社は分析範囲として、以下のグループ全事業を定義しています。
- 住宅部門(マンション・戸建住宅の開発・分譲等)
- 都市開発部門(オフィスビル、商業施設、物流施設、ホテルの開発・賃貸・販売等)
- 資産運用部門(REIT・私募ファンドの運用等)
- 仲介・CRE 部門(不動産の仲介等)
- 運営管理部門(不動産の管理等)
- その他(海外等)
出所:野村不動産ホールディングス「特集 TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への対応」
また、シナリオは「RCP2.6」「RCP8.5」などを参考に「+2℃シナリオ」「+4℃シナリオ」として、それぞれのシナリオ下におけるリスクを分析しています。なお、報告書の中では、各シナリオにおいて日本で想定される気候変動や、規制・顧客の変化などについても予測しています。
続いて「リスク(および機会)の特定」では、先に紹介した2つの大カテゴリ、6つの小カテゴリに沿ってリスクや機会が分析されています。たとえば、移行リスク-評判リスクは次のようになっています。
移行リスク-評判リスク
顧客の環境・省エネルギー・防災に関する機能の要求の高まり
想定される事例
・顧客(ビル等の入居テナント、住宅の購入者、REIT 等)のニーズ変化
・ZEH、ZEB に対する顧客評価の高まり
・当社が保有する不動産の鑑定評価への影響※引用:野村不動産ホールディングス「特集 TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への対応」
リスク管理の項で、リスクや機会をふまえた管理方針をまとめたうえで、指標と目標の部分には、気候変動に対応するための温室効果ガス(GHG・CO2)削減目標が記載されています。たとえば、次のような目標が掲げられています。
温室効果ガス(GHG・CO2)削減
【中長期目標】
グループ全体のScope1・2 および Scope3(カテゴリ1・11)※の GHG 排出量(総量)について、
2019 年度比、2030 年までに 35%削減【短期目標】
グループ全体のScope1・2および3(カテゴリ1・11)の排出量を、総量で2019年度比、2025年までに15%削減する。※引用:野村不動産ホールディングス「特集 TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)への対応」
このように、野村不動産ホールディングスのTCFD情報開示は、構成がTCFD提言の原則や不動産分野TCFD対応ガイダンスに沿ったものになっています。
3 ESG投資におけるTCFDのポイント
TCFDで開示される情報は、ESG投資にも役立てることができますが、専門的な情報も多く、どこをチェックすれば良いかわからない方も多いでしょう。ここからはESG投資に役立てるうえでのTCFDのポイントをまとめました。
3-1 TCFDは原則として企業単位で発信される
2023年8月時点ではTCFDは企業単位で公表されるのが基本です。そもそもTCFD提言の中で、企業等による情報開示を求める動きがあり、日本におけるTCFDにおいてもその流れが引き継がれています。
不動産投資で情報を活用する場合も、単位が「企業」となる点には留意が必要です。たとえば不動産の環境認証のように、特定の物件のESG性能を評価する上では、TCFDは活用しづらいでしょう。
たとえば、次のように活用すれば不動産投資にTCFDの情報が役立ちます。
- TCFD開示が優れた不動産会社が販売する物件を購入する
- TCFD開示が優れた企業に投資物件を建設してもらう
- TCFD開示が優れた企業グループのREITへ投資する
現状のTCFDの公表内容をうまく投資に活かすには、企業単位で投資先を検討していくのが有効です。
3-2 TCFDを投資判断に役立てるうえでの比較ポイントは?
TCFDのガイダンスは、あくまで大まかな方向性を示したに過ぎないため、具体的な開示内容は企業によって大きく異なります。共通点を見いだしづらいため、投資先を比較検討するのが難しいという難点があります。
定量的な比較検討は難しいので、たとえば次のようなポイントに着目してみましょう。
- シナリオ分析の具体性
- リスク・機会の網羅性や正当性
- 実際の取り組み状況との整合性
不動産のTCFDでは、気候変動シナリオを土台として分析をおこないます。このとき、シナリオの分析の質をみてみましょう。
多くの企業では、比較的気候変動がマイルドなシナリオと、激しい気温上昇がもたらされるシナリオを分析しています。気候変動のリスクを考える上では、複数シナリオを適切に評価している企業の方が信頼がおけます。
また、それぞれのシナリオについて、不動産業界を取り巻く規制や市場環境など、気候変動度合い以外の環境変化について分析している企業の方が、情報開示として優れているといえるでしょう。
リスク・機会については、TCFDが提示する枠組みに従って網羅的に記載されているかをチェックしましょう。記載内容が過度に楽観的・悲観的でないかもみる必要があります。
リスクに対し楽観的過ぎると深刻な事態に直面した際に対処できなくなり、一方で悲観的すぎると事業活動を委縮させてしまうことに繋がります。リスクを過大評価する企業は、不動産事業に対して過度に消極的になる恐れがあるのです。
リスクや機会をふまえて、各社とも今後の目標をまとめていきます。会社によっては情報を定期的にアップデートし、目標達成に向けた具体的な取り組み状況などを報告しています。取り組み状況が目標達成に対して整合的な企業の方が、投資先として信頼できるでしょう。
4 まとめ
TCFDは気候変動に対するリスクや機会、それらへの対策についてまとめたものです。参考にすることで、各社の気候変動への過大意識や対策を確認することが出来ます。
TCFDを不動産投資に応用する場合には、TCFDが多くの場合企業単位で発信されるもので、地域や物件ごとに情報が得られるものでない点には留意が必要です。TCFDへの情報開示や対策の構築に積極的な企業を軸に、ESG投資を実行するのも一つの考え方といえるでしょう。
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伊藤 圭佑
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