不動産投資で赤字が生じた場合、所得税制上、損益通算できる制度があります。不動産投資で損益通算できる赤字は、所得税の不動産所得の赤字であり、キャッシュフローが黒字であっても損益通算の対象になることもあります。一方で、不動産所得の赤字があっても損益通算できないケースもあるため、会計の仕組みについて理解を深めておくことが重要です。
この記事では、不動産投資のキャッシュフローの赤字と不動産所得の赤字の違いについて会計の仕組みを解説し、損益通算できないケース、減価償却費による赤字を損益通算する際の注意点についても解説していきます。
※記事内の税金・税率などは2022年3月時点の情報となります。最新の情報については、国税庁などのサイトをご確認のうえ、税理士などの専門家へのご相談もご検討ください。
目次
- 不動産投資のキャッシュフローの赤字と不動産所得の赤字の違い
1-1.不動産投資のキャッシュフロー
1-2.所得税の不動産所得
1-3.所得税の損益通算制度 - 不動産所得の赤字が損益通算できないケース
2-1.土地等を取得するための借入金利子による赤字
2-2.別荘の貸付けによる不動産所得の赤字
2-3.国外中古不動産の減価償却費から生じる赤字 - 減価償却費による赤字を損益通算する際の注意点
3-1.耐用年数経過後の不動産所得について考慮する
3-2.売却時の譲渡所得について考慮する - まとめ
1.不動産投資のキャッシュフローの赤字と不動産所得の赤字の違い
不動産投資のキャッシュフローの赤字と不動産所得の赤字は異なります。不動産投資の赤字の損益通算についてみる前に、キャッシュフローと不動産所得の違いについて、会計の仕組みを解説します。
1-1.不動産投資のキャッシュフロー
不動産投資のキャッシュフローとは、不動産投資をおこなっていく上での経常的な現金の収支の流れのことです。次のように、家賃収入などの賃貸料収入から管理費や修繕費、借入金返済などの支出を差し引いた残額がキャッシュフローになります。
不動産投資のキャッシュフロー=賃貸料収入-(管理費+修繕費+借入金返済+その他費用)
キャッシュフローは、実際の現金収支であり、不動産投資のキャッシュフローが赤字であると、不動産投資を継続していくために他の収入からその赤字を補填する必要があります。
1-2.所得税の不動産所得
不動産所得とは、所得税の法令や会計原則などの規定に基づいて計算された、一定期間の賃貸収入による利益のことです。個人であれば、所得税法の法令に基づき、一年間の不動産所得を計算して確定申告をおこない、それにかかる所得税等を納付する必要があります。
所得税法の法令では、不動産所得はその年中の総収入金額から必要経費を控除した金額であると規定されています。必要経費に計上できる支出は、総収入金額を得るために直接要した費用や、その年に生じた期間対応の経費に限られています。(※参照:国税庁「所得税法(基礎編)令和3年度版」)
不動産投資のキャッシュフローと不動産所得とが異なるのは、大まかには、次の2点です。
第1には、不動産所得の計算では、収益物件の購入額のうち、土地部分の支出額は経費として計上できず、建物部分の支出額は法定の耐用年数の期間に分割して必要経費に計上するものとされていることです。建物部分の支出額を各期間にわたって分割計上する仕組みを、減価償却といいます。
第2に、不動産所得の計算では、借入金の返済金のうちの元本部分は経費計上できないことです。
キャッシュフローが赤字であっても、借入金元本の返済額が大きければ不動産所得は黒字になり得る一方、キャッシュフローが黒字であっても、建物の減価償却費の額が大きければ不動産所得は赤字になる可能性があるといえます。
1-3.所得税の損益通算制度
所得税法の法令では、総合課税所得のグループ内で損益通算ができることになっています。総合課税所得である不動産所得は、同じ総合課税所得である給与所得や事業所得、雑所得などと損益通算が可能です。(※参照:国税庁「所得税法(基礎編)令和3年度版」)
所得税の総合課税所得は、累進税率になっています。そのため、不動産所得の赤字を給与所得等と損益通算することで、軽税率適用段階まで所得を減らすことができれば、税率差分が手元に残ることになります。
2.不動産所得の赤字が損益通算できないケース
不動産所得の赤字が損益通算できないケースとして、次の3つのケースが挙げられます。
- 土地等を取得するための借入金利子による赤字
- 別荘の貸付けによる不動産所得の赤字
- 国外中古不動産の減価償却費から生じる赤字
2-1.土地等を取得するための借入金利子による赤字
収益物件を購入する際、土地と建物を一括してローンを組むことがあります。そのようなケースで、土地部分に対応するローン利子から生じた不動産所得の赤字は、他の所得との損益通算はできません。
不動産所得の赤字がローン利子より多い場合は、土地部分に対応する利子を按分計算で求めることが必要になります。その場合、借入金の額からまず建物の取得価格を引き、残りを土地部分の借入金とすることができます。
2-2.別荘の貸付けによる不動産所得の赤字
不動産所得の赤字が、主として保養の目的で所有する別荘の貸付けから生じたものである場合、他の所得との損益通算はできません。
これは、生活に通常必要でない資産のうち、「通常自己及び自己と生計を一にする親族が居住の用に供しない家屋で主として趣味、娯楽又は保養の用に供する目的で所有するものその他主として趣味、娯楽、保養又は鑑賞の目的で所有する不動産」に係る所得の金額の計算上、生じた損失の金額はないものとみなされるためです。(※参照:所得税法69条2項)
2-3.国外中古不動産の減価償却費から生じる赤字
中古不動産は、日本の法令では、簡便法による耐用年数計算(経過年数×20%+残存耐用年数)が認められています。そのため、中古建物の場合、実際に建物を利用できる期間よりも耐用年数が短くなるケースも多いといえます。
特に、国外の中古建物は高額で取引されることがあり、国外の中古建物の減価償却費を、日本の法令の簡便法によって計算すると、実態と大きくかけ離れた赤字を計上できるケースも多く、問題視されていました。
これにより令和3年以降、国外の中古不動産から生じる不動産所得の赤字部分のうち、中古建物の減価償却費相当分については他の所得および国内の不動産所得と損益通算ができないことになっています。
【関連記事】海外不動産投資の節税対策規制、今後はどの国でどう投資すべき?
3.減価償却費による赤字を損益通算する際の注意点
不動産所得に赤字が発生する場合、減価償却費が多額になるケースが多いといえます。減価償却費による赤字を損益通算する際は、会計・所得税の仕組みと関連し、次の点に注意するようにしましょう。
- 耐用年数経過後の不動産所得について考慮する
- 売却時の譲渡所得について考慮する
3-1.耐用年数経過後の不動産所得について考慮する
減価償却費は、建物部分の支出額を耐用年数の各期間にわたって分割計上する制度です。法定の耐用年数が経過した後には、減価償却費はなくなり、その分不動産所得が増えることになります。
不動産所得が増えると、それにかかる所得税や住民税が増えることになるため、納めなければならない税金の額が増えます。特に、所得税は超過累進税率を採用しているため、高税率の段階まで所得が増えると、急激に税負担が大きくなるので注意しましょう。
3-2.売却時の譲渡所得について考慮する
収益物件を売却する時の譲渡所得は、次の算式によって計算されます。
譲渡所得=譲渡価格-(取得費+売却費用)
そして、この算式のうちの取得費は、次のように、建物部分の減価償却費を控除して計算されます。
取得費=取得価格+取得の際要した費用+取得後の改良費-減価償却費(建物の場合のみ)
すなわち、減価償却によって建物の取得費が減る分、譲渡所得は増えることになります。減価償却によって不動産所得が圧縮されることと、売却時の譲渡所得が増加することは相反関係にあることに注意しましょう。(※参照:国税庁「譲渡所得の計算のしかた(分離課税)」)
なお、不動産所得にかかる所得税率は、所得に応じた超過累進税率ですが、譲渡所得税は分離課税であり、保有期間の長短に応じて一定税率です。減価償却費による赤字を損益通算する際は、売却した場合の譲渡所得税の負担がどれぐらい増加するかについても念頭に置いておくようにしましょう。
【関連記事】不動産売却益の計算方法は?適用したい税控除と特例も7つ紹介
まとめ
不動産所得の金額とキャッシュフローは必ずしも一致しません。キャッシュフローが黒字であっても、減価償却費が大きい場合には不動産所得を赤字とすることが可能です。
一方、不動産所得の赤字が損益通算できないケースとして、土地等を取得するための借入金利子による赤字、別荘の貸付けによる不動産所得の赤字、国外中古不動産の減価償却費から生じる赤字、が挙げられます。
また、減価償却費による不動産所得の赤字を損益通算する際は、耐用年数経過後の不動産所得や、その物件を売却する場合の譲渡所得に注意するようにしましょう。減価償却費の計上によって税金が軽減される分に応じて、将来かかる税金が増えることを念頭に置いておくようにしましょう。
佐藤 永一郎
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