長年にわたり「新築志向」が根差していた日本の住宅市場で、中古住宅の需要供給が増加するなどの変化の兆しが見えています。
脱炭素化が国際課題となっている近年、従来の「スクラップ・アンド・ビルド(※一定の周期で建物を壊して建て直す)」志向から、「中古住宅を長く、大切に受け継いでいく」というサステナビリティ志向への転換も追い風となりそうです。
そこで本稿では、「住居」だけではなく「投資対象」としても活発な欧米の中古住宅市場と、それを加速させている不動産テックの最新動向をレポ―トします。
※2024年1月19日時点の情報をもとに執筆しています。最新の情報は、ご自身でもご確認をお願い致します。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定のサービス・金融商品への投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、利用者ご自身のご判断において行われますようお願い致します。
目次
- 日本は新築、欧米は中古が主流
- 日本の新築志向3つの理由
2-1.住宅寿命や法定耐用年数が短い
2-2.生活水準や様式の変化
2-3.新築志向が根強い - 欧米の中古志向5つの理由
3-1.新築の供給量が少ない
3-2.建物の価値が下がりにくい
3-3.中古住宅が好まれる
3-4 .多様性がある
3-5.「ライフステージに合わせて住み替える」が一般的 - 不動産テック・スタートアップ4社
4-1.EliseAI(米国)
4-2 .Knock (米国)
4-3 .Cohabs (ベルギー)
4-4 .Block Renovation (米国) - 日本でも中古住宅の需要が増加
- まとめ
1.日本は新築、欧米は中古が主流
少し古いものの、日本では新築、欧米では中古が主流であることを示すデータがあります。国土交通省が発表した2018年の統計調査によると、日本の中古住宅が全住宅の流通量に占める割合は約14.5%と、欧米の5~6分の1程度でした。
参照:国土交通省「既存住宅・リフォーム市場の活性化に向けた取組み」
2.日本の新築志向3つの理由
この対照的な傾向は、住宅事情や価値観の違いに起因するものと思われます。まずは、日本の新築志向の背景について見てみましょう。
2-1.住宅寿命や法定耐用年数が短い
こちらも少し古いデータ(※日本1998年・2003年/米国2001年・2005年/英国1996年・2001年)ですが、取り壊される住宅の平均築後経過年数を比較してみると、米国は約55年、英国は約77年だったのに対し、日本は約30年と利用期間が短いことが分かります。
参照:国土交通省(監修)・財団法人ベターリビング(発行)「長持ち住宅の手引き」
一方、日本の住宅の法定耐用年数(※資産価値がゼロになるまでの期間)は、最も長い鉄骨鉄筋コンクリート造で47年となっています。
参照:国税局「主な減価償却資産の耐用年数表」
2-2.生活水準や様式の変化
経済的なゆとりがある生活、核家族化、給湯器やエアコンの普及、建築資材及び技術の進化など、日本の生活水準や様式が目覚ましく変化したことも理由の一つです。長年にわたり、旧式の住宅を取り壊し、時代のニーズに対応可能な住宅を新築することが、変化に対応するソリューションとされてきました。
2-3.新築志向が根強い
2015年に内閣府が実施した世論調査では、「住宅を購入するとしたら、新築の一戸建て・マンションが良い」とする回答者(3,000人)の割合が7割を超えました。「間取りやデザインが自由に選べる」「すべてが新しくて気持ちがいい」「中古住宅は耐熱性や断熱性などの品質が不安」などが理由です。
一方、中古住宅の購入を選んだ回答者の6割以上が、経済的な理由を挙げました。
参照:内閣府「住生活に関する世論調査:平成27年10月調査」
3.欧米の中古志向5つの理由
一方、欧米では次のような理由から中古住宅が主流となっています。
3-1.新築の供給量が少ない
その大きな一因となっているのは、新しい建物の供給量が圧倒的に少ないことです。特に都市部は「土地開発や建物の建築・取り壊しについて、厳しい計画規制がある」「開発可能な土地が不足している」「建設工事が遅い」といった理由から、慢性的な新築の供給不足に陥っています。
3-2.建物の価値が下がりにくい
建物の価値が下がりにくい点も、欧米不動産市場の特徴です。
築数百年という建物も多数存在しており、特に歴史的・建築的に価値のある建物は、新築にはない独自のデザインや魅力、個性、職人技、素材などから、高値で取引される傾向があります。
参照:ARCH COATINGS「Why Are Older Houses More Expensive?」
3-3.中古住宅が好まれる
中古と一言にいってもさまざまですが、欧米の古い住宅の多くはレンガや石などの高品質な素材を使い、伝統的な建築方法で時間をかけて丁寧に建てられています。そのため、低コスト・短期間で建てられた新築より、中古を高く評価する人も少なくありません。
英国に本拠を置く国際組織、公認建築研究所(Chartered Institute of Building:CIOB)が2,000人以上の英国人を対象に実施した調査では、60%が「新築は購入しない」、32%が「新築は質が悪い」と回答するなど、過半数が「新築より中古の方が良い」と考えていることが明らかになりました。前述の日本の調査結果と対照的な結果が、興味深いのではないでしょうか。
参照:This is Money「Most buyers think older homes are better than new-builds, report says」
3-4.多様性がある
欧米の中古住宅はマイホームとしては勿論、通常の形態の賃貸から民泊、ハウスシェア(※家族以外の同居人と共同生活する居住形態)、ホームスワップ(※一定の期間、目的地の住人と住宅を交換するシステム)まで、多目的に利用されています。そのため、投資対象としても極めて需要が高くなっています。
3-5.「ライフステージに合わせて住み替える」が一般的
欧米では「マイホーム=一生に一度の買い物」という概念は薄く、結婚や出産、転職・転勤、定年など、ライフステージに合わせて住み替えることが一般的です。そのため、中古市場の流動性が比較的高くなっています。
4.不動産テック・スタートアップ
欧米における中古住宅の利用促進に一役買っているのが、不動産テックの存在です。ここでは、多様な中古住宅向けサービスを提供している、海外の不動産テックスタートアップを紹介します。
4-1.AIプラットフォームで賃貸管理業務を自動化「EliseAI」
賃貸住宅は新築中古を問わず、人気の不動産投資です。いかにして賃貸管理の効率化を図り、所有物件の稼働率を最大化できるかが、成功の要因の1つと言えるでしょう。
ニューヨークの機械学習スタートアップ、ElisiAI(エリスAI)が開発した対話型AI(人工知能)オールインワン・プラットフォームは、入居者探しから問い合わせ対応、内見・修繕などのスケジュール設定、賃貸料、支払い、入居者情報の管理まで、多様な賃貸管理業務を自動化しました。2024年1月現在、250社以上の大手不動産業者が利用しています。
同社は医療セクター向けのAIソリューションサービスも提供しており、米VCファンド、Point72 Ventures(ポイント72ベンチャーズ)などから総額6,690万ドル(約96億7,659万円)の資金を調達しています。
参照:Crunchbase「EliseAI」
参照:MeetElise HP「MeetElise」
4-2.住み替えのストレスを軽減!ブリッジローン・サービス「Knock」
住み替えには、今の家を売ってから新居を購入する「売り先行」と、新居を購入してから今の家を売る「買い先行」の2つのパターンがあります。いずれもメリットとデメリットがあるため、慎重な判断が重要です。
ニューヨークのKnock(ノック)は住み替えのストレスを軽減し、中古市場の流動性を高めるユニークなブリッジローン(※不動産を転売する際、対象不動産を担保に入れて売却までのつなぎ資金として活用する融資形態)を提供しています。
利用者は同社のホームエクイティ・ローン(※住宅の市場価格から、負債残高を差し引いた純資産価値に対して受けられる融資法)を利用して新居を購入し、入居後に古い家を売却して新居の返済に充てるという仕組みになっています。6カ月以内に買い手が見つからない場合は、Knockが古い家を買い取ることも可能なため、「家が売れなかったらどうしよう」という心配もありません。
同社は全米リアルター協会(※米国最大の不動産業者団体)などから、総額約7億ドル(約1,012億5,428万円円)を調達しています。
参照:Knock HP「Knock」
参照:Crunchbase「Knock」
4-3.注目高まるコリビングに特化「Cohabs」
近年、欧米で「新しい住み方」として需要が高まっているコリビング(Co-living)は、居住空間の共有に留まらず、住人間のコミュニケーションや価値観・体験の共有、ネットワーキングを重視する居住形態です。新たな不動産投資対象としても注目されています。
ブリュッセルのCohabs(コハブス)は、ブリュッセル、パリ、ニューヨーク、マドリッドなどの大都市で、合計2,400室以上のコリビング用個室を提供しています。家賃には朝食や清掃、ゴミ袋やトイレットペーパー、洗剤といった日用消耗品の支給が含まれているため、ちょっとしたホテル気分が味わえるほか、月に一回のコミュニティーイベント開催も魅力です。
同社はベルギーの不動産投資企業AG Real Estate(リアル・エステート)などから、総額2億ドル(約289億円)以上を調達しています。
参照:Cohabs HP「Cohabs」
参照:Crunchbase「Cohabs」
4-4.リノベーション・マッチング・プラットフォーム「Block Renovation」
リノベーションを検討する上で、業者選びは極めて重要な要素です。
ニューヨークを拠点とするBlock Renovation(ブロック・リノベーション)は、クライアントの希望や予算、スケジュールに基づいて、優良請合業者とマッチングするプラットフォームを提供しています。専門家に相談できる有料及び無料コンサルティング、デザイン及び資材手配・保管・発送サービスなど、リノベーション計画から完了までの全段階において、手厚いサポートが受けられます。全ての請負業者は同社の厳格な審査を通過しており、200万ドル(約2億8,927万円)以上の保険補償が受けられるため、安心して依頼できる点も大きな魅力です。
同社はSoftBank Vision Fundなどから、総額1億ドル(約144億円)以上を調達しています。
参照:Block Renovation HP「Block Renovation」
参照:CrunchBase「Block Renovation」
5.日本でも中古住宅の需要が増加
新築文化が定着している日本においても、近年は首都圏を中心に中古住宅市場が活性化しています。
「新築物件と比較すると割安」「中古マンションの供給量が増えた」「インターネット経由で中古物件の情報を入手しやすくなった」「コロナ禍を経て生活スタイルや価値観が変化した」「補助金制度や減税制度が利用できる」など、理由はさまざまです。
矢野経済研究所の統計によると、2023年の中古住宅買取再販市場規模は推定前年比2.4%の4万2,000戸。今後も成長を続け、2030年には5万戸に達する見込みです。
参照:中古住宅のミカタ「【2023年度】中古住宅購入+リフォームに使える国の補助金制度・支援事業はこれ!」
6.まとめ
上記のスタートアップ事例から、欧米の不動産テックがますます多様化していることが分かります。欧米と日本の中古住宅市況は全く異なるものの、「中古住宅の利用促進」という観点から見ると、これは非常に興味深い傾向です。
日本においても、国内の中古住宅市場事情を踏まえたサービスの多様化が、中古住宅の利用促進につながる可能性があるのではないでしょうか。
アレン琴子
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