「亜鉛電池の特性を活かした次世代エネルギー貯蔵技術の開発が加速している」と聞くと、意外に感じる人もいるのではないでしょうか。昔からある使い捨て乾電池のイメージが強い亜鉛電池ですが、実は持続可能で革新的なエネルギー・ソリューションとなるポテンシャルを大いに秘めています。
本稿では、再生可能エネルギーへの移行に向けて注目が高まっている次世代亜鉛電池と、海外の研究・スタートアップ事例についてレポートします。
※本記事は2024年9月25日時点の情報です。最新の情報についてはご自身でもよくお調べください。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・ファンドへの投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、利用者ご自身のご判断において行われますようお願い致します。
目次
- エネルギー貯蔵技術の重要性と課題
1-1.エネルギー貯蔵技術の重要性
1-2.既存のエネルギー貯蔵技術の課題 - 亜鉛電池のメリット・デメリット
- 次世代亜鉛電池研究開発の最新事例
3-1.Enzinc(米国)
3-2.Enepol(スウェーデン)
3-3.DMSE・明知大学(韓国) - まとめ
1.エネルギー貯蔵技術の重要性と課題
亜鉛電池が注目されている背景を知るために、まずはエネルギー貯蔵技術の重要性と課題について簡単に解説します。
1-1.エネルギー貯蔵技術の重要性
エネルギー貯蔵とは、エネルギーを蓄え、必要に応じて放出する技術を指します。再生可能エネルギーの普及拡大・電力網の安定化・電動車両(EV)の推進・産業用及び非常用電力の確保・二酸化炭素の排出抑制など、広範囲な領域において重要な役割担う技術であり、近年は天候・気候に影響を受けやすい自然エネルギー(太陽光発電・風力発電など)の供給を安定させ、エネルギーを効率的に利用する目的で、大容量のエネルギーを長期間に渡り蓄えることが出来る貯蔵システムの研究開発が加速しています。
利用されている或いは研究開発が進められている主な技術として、バッテリー貯蔵(リチウムイオン電池・亜鉛電池など)、フロー電池(バナジウムレドックスフロー電池・亜鉛臭素フロー電池)、熱エネルギー貯蔵(蓄熱システムなど)、機械的エネルギー貯蔵(揚水発電・フライホールなど)、水素エネルギー貯蔵(水素燃料電池など)が挙げられます。
1-2.既存のエネルギー貯蔵技術の課題
エネルギー転換に欠かせない技術として期待されているエネルギー貯蔵ですが、課題も横たわります。例えば、スマホからEV、医療機器、ドローンまで様々な用途に使用されているリチウムイオン電池は、高エネルギー密度・長寿命・持続性などのメリットがある一方で、過充電や過放電などが原因で発火・暴発するリスクもあります。
また、製造コストの高さや原材料である鉱物の採掘・加工・廃棄による環境への負担、原材料のサプライチェーン・リスクも懸念されています。一方で、大容量エネルギー貯蔵の90%以上を占める揚水発電は、高コスト・地理的条件などが課題です。
参照:BBC「Could a cutting-edge technology that harnesses one of the universe’s fundamental forces help solve our energy storage challenge?」
2.亜鉛電池のメリット・デメリット
このような中、より持続可能で安全性が高く、低コストで生産できるエネルギー貯蔵技術として注目が高まっているのが、亜鉛電池です。亜鉛を電極材料として使用する電池である亜鉛電池は、一次電池(使い捨て)と二次電池(充電式)も含め、亜鉛炭素電池・アルカリ電池・空気亜鉛電池などの様々な種類があり、広範囲な用途で使用されています。
細かい特性は各亜鉛電池の種類により異なるものの、亜鉛ベースの電池の多くは安全性が高く、低コストでエネルギー密度が高いという特徴があります。鉛やカドミウムなどの有害金属を使用しない、リサイクル可能な資源でもあることから、環境負担の軽減にも役立つと期待されています。
特に、空気亜鉛電池などの一部の亜鉛電池はエネルギー密度が非常に高く、小型軽量で長持ちするなど、リチウム電池に匹敵するメリットがあります。一方で、リチウム電池と比較すると寿命が短いことや劣化が早いことなどが課題となっています。
参照:Sprinkger Link「Zinc Batteries: Basics, Materials Functions, and Applications」
3.次世代亜鉛電池研究開発の最新事例
近年は、スタートアップや研究機関の間で、亜鉛電池に秘められたポテンシャルを解き放ち、エネルギー貯蔵技術の進歩に貢献すべく、次世代亜鉛電池の開発が進んでいます。以下、3つの事例を紹介します。
3-1.エジソンの発明を現代で再現?ニッケル亜鉛電池「Enzinc」(米国)
カリフォルニアに本社を置くEnzinc(エンジング)は120年前のトーマス・エジソンの発明を現代で再現することにより、世界のエネルギー貯蔵技術に革命を起こそうとしています。エジソンが20世紀初頭に特許を取得したニッケル亜鉛電池は短時間でショートしてしまうため、充電池としての使用は限られていました。しかし、リチウム電池より安全で鉛電池より出力が高く軽量な潜水艦用電池を模索していた米国海軍が、ニッケル亜鉛電池のポテンシャルに着目ことにより、新たな研究が開始されます。
Enzincは米国海軍調査研究所との提携の元、走査電子顕微鏡(電子線を試料に当てて表面を観察する装置)などの最先端技術を活用し、ショートの原因となるデンドライト形成(リチウムや亜鉛バッテリーの劣化を引き起こす結晶構造)を防ぐマイクロスポンジ電極の開発に成功しました。同電極を使用して製造したバッテリーはリチウムのように熱暴走の心配がなく、鉛電池の3倍の出力を誇ります。
一方で、電池を自社製造するのではなく、世界中で大規模な製造インフラを有する既存の鉛・ニッケル電池工場に同電極を販売することで、新たなサプライチェーンの開拓を省略するというユニークなビジネス戦略も展開しています。
同社の推定によると、亜鉛電池市場は260億ドル(約3兆9,018億円)規模に成長するポテンシャルを秘めています。
参照:Enzinc HP「Enzinc」
参照:Recharge「Battery groupies | Can Thomas Edison’s lost patent topple the mighty lithium-ion?」
同社は次世代亜鉛電池の開発に向け、2022年7月に実施された、米ベンチャーキャピタル3×5 partners主導のシードラウンドで450万ドル(約6億7,521万円)を獲得したほか、2024年6月には三菱重工業やトヨタ・ベンチャーズなどから出資を受けました。
参照:ENZINC「Energy Storage Innovator Enzinc Closes $4.5 Million Seed Funding Round」
参照:三菱重工業「亜鉛金属を用いた長期間蓄電池の製造を目指すスタートアップのイージンク社へ出資」
3-2.亜鉛イオン電池「Enepol」(スウェーデン)
亜鉛イオンと水溶性電解液(電池内で電荷を移動させる溶液)を用いた安全性の高い二次電池である亜鉛イオン電池は、リチウムイオン電池同様、インカ―レーション反応(物質の結晶構造にある隙間にイオンを入れ込む反応のことです。負極と正極の間の液体電解液を介して移動するイオンを、エネルギー貯蔵に利用する手段として用いられる)を利用して放電・充電します。
亜鉛イオン電池はエネルギー密度が高く、リチウムイオン電池より低コストで生産できる一方で、リチウムイオン電池生産と互換性があります。つまり、既存のリチウムイオン電池生産ラインを亜鉛イオン電池の生産にも使用出来るため、迅速かつ安価に亜鉛イオン電池を生産することが可能になるというわけです。
参照:Power「Zinc-ion Batteries Are a Scalable Alternative to Lithium-ion」
亜鉛イオン電池の大規模な商業化に向け、今後3年以内に世界初の亜鉛イオン電池製造工場の開設を予定しているのは、ストックホルムを拠点とするEnepol(エネルポリー)です。同社は2018年、亜鉛イオン電池の実用化を可能にする重要な部品を発見したストックホルム大学のマイラッド・チャーム―ン博士と、サステナビリティ革新者である元同僚のサマー・ナメア博士により設立されました。
2021年にはストックホルムに生産能力年間100MWhの生産検証ラインを設置し、初の商業用試作亜鉛イオン電池セルを使用して400℃以上での火災安全性を実証する外部実験を完了しました。亜鉛イオン電池の大規模な商業化に向け、「エネルポリ生産イノベーションセンター(Enerpoly Production Innovation Center:EPIC)」と呼ばれる世界初の亜鉛イオン電池製造工場の開設準備を進めています。
同社は国内のエネルギー庁や欧州イノベーション協議会から、総額1,300万ユーロ(約21億1,159万円)の助成金を獲得しています。
参照:EPIC HP「EPIC」
参照:国際亜鉛協会「Swedish startup Enerpoly raises $8.4M to build world’s first megafactory for zinc-ion batteries」
3-3.スマート・エレクトロクロミック亜鉛イオン電池「DMSE ・明知大学」(韓国)
充電・放電状態を色で視覚化できる画期的な亜鉛イオン電池を発明したのは、韓国のKAIST材料科学工学部(Department of Materials Science and Engineering:DMSE)と明知大学材料科学工学部の研究チームです。同亜鉛イオン電池は、世界で初めて電子とイオンの効率を高める成分であるブリッジスペーサー(π-Bridge Spacer)を組み込んだエレクトロクロミック(電気化学的酸化還元により色が変化すること)負極と透明フレキシブル・バッテリー(柔軟性があり、捻じ曲げたり丸めたりしても機能性を損なわないバッテリー)技術、スマートウィンドウを用いたものです。
太陽エネルギーから充電する日中は濃い青色、放電時には透明に変化するため、太陽光の吸収を制御し、室内冷房のエネルギー消費を削減する表示デバイスとしての使用が可能です。一方で、イオンの移動を加速させ、吸着効率を最大化することにより、エネルギー貯蔵容量の向上と急速充電を実現しています。
研究チームを率いるDMSEのキム・イルドゥ教授はスマート・エレクトロクロミック亜鉛イオン電池について、「単なるエネルギー貯蔵デバイスとして使用される既存のバッテリーの概念を変えるもの」であり、「スマートバッテリーやウェアラブル技術の革新を加速する未来型エネルギー貯蔵システム」として、実用化されることを期待しています。
参照:KAIST「A KAIST Research Team Develops a Smart Color-Changing Flexible Battery with Ultra-high Efficiency」
4.まとめ
データサイト「Starista(スタティスタ)」によると、世界のエネルギー貯蔵システム市場は2023年に2,560億ドル(約38兆4,082億円)に達し、2031年までに5,065億ドル(約75兆9,863億円)に達することが予想されています。他のエネルギー貯蔵技術同様、課題は残されているものの、将来的にはコスト効率・安全性・環境負担の軽減といった多くのメリットを持つ次世代亜鉛電池の普及が進み、持続可能なエネルギーシステムの実現に貢献することが期待されます。
参照:Statista「Market size of energy storage systems worldwide from 2021 to 2023 with a forecast until 2031」
アレン琴子
最新記事 by アレン琴子 (全て見る)
- 次世代亜鉛電池がエネルギー貯蔵革命を起こす?再生可能エネルギーを加速する海外の最新事例も紹介 - 2024年9月25日
- トランジション・ファイナンスの現状と課題は?世界の動向とカーボンニュートラルに向けた最新事例も紹介 - 2024年9月25日
- 企業の未来を守るESGリスク管理戦略とグローバル規制動向は?ESG and climate risks and resilience across the enterpriseウェビナーレポート - 2024年9月25日
- 次世代インターネットを支える「分散型ID」は84兆円市場に成長する可能性も 欧州スタートアップ3社も紹介 - 2024年9月25日
- 持続可能な高齢化社会のカギを握る「AgeTech」は3兆ドル市場へ成長?海外スタートアップ3社も紹介 - 2024年9月6日