地域のパン屋は店頭販売が一般的であり、EC販売には様々なハードルがあります。パンフォーユーは全国のパン屋の販路を拡大するため、冷凍とITの技術を提供し、もっと魅力的な地域経済づくりに貢献することを目標にしています。
本稿では、パンフォーユーの事業内容や、事業展開をする上で困難だったことなどを、代表取締役である矢野健太氏(以下、矢野氏)へのインタビューをもとに紹介します。
代表取締役 矢野 健太氏プロフィール
1989年生まれ。群馬県太田市出身。京都大学経済学部卒業後、新卒で電通入社。その後、教育系ベンチャーを経て、地域系NPOへ。その経験より、新しい雇用を生み出すことにより地域が活性化することを実感。パンフォーユーの企業ビジョン「魅力ある仕事を地方に」の原点に。2017年1月に株式会社パンフォーユーを設立し、代表取締役に就任。2018年5月に同社にて経営陣によるMBOを実施し、地域のパン屋のパンを冷凍で配送する、現在の事業モデルへ。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・銘柄への投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、ご自身のご判断において行われますようお願い致します。
※本記事は2024年12月10日取材時点の情報をもとに執筆されています。最新の情報については、ご自身でもよくお調べの上、ご利用ください。
事業内容
株式会社パンフォーユーは、地域のパン屋が抱える課題を解決し、パン業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進しています。独自の冷凍技術とITを活用し、サービスを展開しています。
パンスク
全国のパン屋から厳選した冷凍パンを定期的に自宅へ届けるサブスクリプションサービスです。消費者は自宅で手軽に各地の美味しいパンを楽しむことができます。
2024年12月現在、加入者数は5万人、加入ベーカリー数は100店舗を突破し、サービスは拡大し続けています。
また、パン屋のラインナップはユーザーの評価をもとに見直されており、サービスの質を維持しています。
※以下、画像は全てパンフォーユーHP出典
パンフォーユーオフィス
企業向けの福利厚生サービスで、オフィス内で従業員が高品質な冷凍パンを手軽に購入・利用できる仕組みを提供しています。従業員の満足度向上や業務効率の改善に寄与しています。
パンフォーユーBiz
ホテルやレストランなどの業務用顧客向けに、冷凍パンの卸売サービスを提供しています。業務用顧客は高品質なパンを安定的に供給でき、メニューの充実や顧客満足度の向上に繋がります。
全国パン共通券
全国の提携パン屋で利用可能な電子チケットを販売しています。消費者は多様なパン屋での購入体験を楽しむことができ、店舗側でも新たな顧客層の開拓が期待できます。
これらのサービスを通じて、パンフォーユーは地域のパン屋の販路拡大や経営支援を行い、消費者には多様なパンの楽しみ方を提供しています。取り組みを通じて、パン業界全体の活性化と地域経済への貢献を目指しています。
地域のパン屋を元気にするポイント3選
焼き立ての美味しさをキープしたままパンを冷凍できる技術力
パンフォーユーの冷凍技術の特徴は特許取得済みのパン冷凍保存袋にあります。焼き立てのパンを冷凍保存袋でパックし、冷凍させるだけなので、設備投資は必要ありません。
安定的な経営基盤を確保できる
また、地域の外に販売するパン屋側のメリットとして、継続的な発注が見込めることが挙げられます。中には、パンフォーユー向けの売り上げが3~5割を占めているお店もあり、「提携していたからこそ、コロナ禍を乗り切れた」との声もありました。
パン屋にとってのスキマ時間である夕方に冷凍作業をできるため、「思ったよりも簡単に導入できた」いう声もあります。売上がアップすることで、働き方の改善による商品開発に掛ける時間の増加が見込め、食材のロスの削減にも繋がります。
商品開発が活発に
あえてユーザーが中身を選べない商品にすることで、店頭で売りやすい定番以外のオリジナル商品を多くの人に届けられるようになり、パンの世界をもっと広めることができるという金銭面以外のメリットもあります。
パンフォーユーでは、店舗から積極的に参画してもらうため、「ひんやりスイーツキャンペーン」など、クリエイティブを刺激する施策を打ち出し、技術の幅を広げてもらうきっかけづくりにも取り組んでいます。夏のキャンペーンでは、半冷凍で食べられるひんやり蒸しパンなど、新しい商品が生まれました。また、ユーザーがパン屋へのメッセージを送ることで、距離を近く感じることができる工夫をしています。
パン屋を通じて街の魅力をアップさせたい
矢野氏は地元・群馬県桐生市のNPOで働きながら、お祭りや地域イベントに参加する中で、「地方を元気にするには、もっと魅力的な仕事が必要だ」という声を数多く耳にしました。
一方で、東京都内に足を運んだ際、矢野氏はパンの価格と賑わいの違いに驚きました。「地方のパンはもっと評価されるべきだし、広い市場で勝負できるはずだ」と確信し、冷凍パンを都内で販売する事業を立ち上げました。
また、地方のパン屋と対話する中で、店舗ビジネス特有の売上の不安定さ、人手不足、原材料や光熱費の高騰などの課題に気付き、これらの問題を解決し、地方に魅力的な仕事を創出することを目指しています。
なお、矢野氏は、元々パンが好きだったわけではなく、パンの魅力に気付いたのは、26歳で地元群馬に帰ってからだと言います。元々食べ歩きが趣味だったものの、パンの美味しさに気付かず、知らない人が多いのではないか、もっと広めたいと思ったこともビジネスを始めたきっかけの一つです。
ちなみに、矢野氏の推しパンはバゲットで、材料がシンプルで、手間の掛け方が味に出やすいため、パン屋のポリシーに触れられる一品とのことです。
創業当初は投資家から否定的な意見も
創業当初、広尾などパン屋が多い場所に住む投資家から、「都内にはすでに人気のパン屋があるから儲からないのでは」「パン屋は困っていない」「近くのパン屋で買えるパンを、なぜ高いお金と送料をかけて買うのか」などの否定的な意見を受け、初期の資金調達において苦戦を強いられました。
しかし、矢野氏は東京都内だけでなく、群馬県や名古屋市に住んでいた経験から、パン屋があまりないエリアがある実情を知っていたためニーズを確信しており、取引先の拡大に注力しました。読みは的中し、オフィスでの冷凍パンの販売は順調に進みました。ある納品先の渋谷のオフィスでは、矢野氏が冷凍バックを持って搬入した際に、「パンが来た!」と大勢の社員の笑顔に囲まれたこともあったといいます。
昼時は忙しく、外食の時間を掛けられないけれど、美味しい物が食べたいというオフィスワーカーのニーズに対して、レンジで40秒温めるだけで、まるで焼き立てのパンが食べられるサービスがマッチしました。オフィス向けのパンフォーユーオフィスを通じて実際に売上を作り、提携先のパン屋の数を増やすことによって資金調達達成まで辿り着くことができました。
さらに、全国のパン屋と提携する際には、信頼関係の構築が課題となりました。
創業当初は、地元のパン屋へ提携を打診したところ、「うちのパンを都内で売るなんて」と後ろ向きな声が多く、なかなか心を開いてもらえませんでした。そんな中、高校の先輩のお父さんがやっていたパン屋を紹介してもらい、なんとか提携にこぎつけたこともありました。
どれだけ言葉で説明しても納得してもらえない中で、実際にパンを発注して、それをオフィス顧客などに販売して定期的に発注する関係を築くことによって信頼関係構築の課題を克服しました。
知名度が上がった結果、ECや卸にチャレンジして販路を増やしたいパン屋から、サポートしてほしいと問い合わせが来るほどサービスが成長しました。
今後の事業戦略
矢野氏は、今後の事業戦略について、まず既存事業の強化を挙げました。2024年12月時点では既存事業をさらに強化するフェーズにあるため、パンスクやパンフォーユーオフィスなどの各サービスの価値をさらに磨き、既存事業を盤石なものにすることを目指します。
特許取得済みのパン冷凍保存袋の販売を2024年8月より開始し、売れ残りのパンを冷凍して売れる仕組みづくりを広めることで、フードロスの削減と、パン屋側の機会損失を減らしていきます。陳列後に冷凍すると、菌が付着しているリスクが高まってしまうので、あらかじめ一部の商品を店頭に出さずにキープしておくなど、活用方法もコンサルティングします。
また、パン好きの著名人とのコラボや電車内での広告など、メディア戦略も積極的に展開しています。
次に、パン屋の手取りを増やす仕組みの構築です。これまではパン屋の店頭外の売上を安定的に作ることに注力してきましたが、今後は店頭の運営・経営の課題を解決することにも取り組む予定です。具体的には、日々のオペレーションの負担を減らし、パンの製造や企画、研究にリソースを割けるようにすることで、パン屋の手取りを増やす仕組みを構築することを目指しています。
また、海外でも同様のソリューションを提供できないかと考え、実際にシンガポールのカフェへの輸出を開始しています。
パンフォーユーが想い描く社会の姿
パンフォーユーのミッションである「新しいパン経済圏を作り、地域経済に貢献する」を実現するため、既存事業の強化と新規事業の展開を同時進行で進めています。また、地域経済をアップデートすることをテーマに掲げ、プロダクトやサービスを突き抜けることで、情緒的な需要やマーケットを生み出すことを目指しています。
パンフォーユーが盛り上がり、パン屋への発注がアップし、安定的な経営が可能になることで、おいしいパン屋がある街を増やすことを目指しています。また、冷凍パンがきっかけで、実際に食べに来てくれるお客さんが増えることで、地域の活性化にも繋がります。
また今後は、パンにまつわるストーリーの発信も行っていきます。同じ趣向品でも、お酒などはうんちくが良く知られており、商品だけでなく付随する物語も魅力となっています。パンも語れる要素を打ち出し、魅力や価値のアップを図ります。
従来東京都内のパン屋に集まっていたメディアの注目が、地方のパン屋にも向けられ始めています。地域の美味しいパンを買うための窓口にパンフォーユーが担うべく、これまではパンを選べなかったものの、パンを選べるサービスも展開する予定です。
パンの他にも、ピザやお菓子、揚げ物など、その地方ならではの美味しい物を届ける横展開も検討しています。パンを基軸としながら、地域の魅力をもっと伝えられるサービスを目指していきます。
依田泰典|不動産投資家・公認不動産コンサルティングマスター
山田 ももこ
最新記事 by 山田 ももこ (全て見る)
- 「いい街にはいいパン屋」で地域経済活性化を パン業界のDX推進に取り組むパンフォーユー【インタビュー】 - 2025年1月14日
- アメリカ雇用統計から見る米ドルの動向は?インフレや市場センチメントも解説 - 2023年4月19日