2024年はベンチャー・キャピタル(VC)投資が低迷する一方で、Databricks(データブリックス)やxAI、Moonshot(ムーンショット)AI、Open(オープン)AIといったAI(人工知能)スタートアップへの大型投資が相次ぐなど、市場のAI技術に対する期待感を反映する1年となりました。
ESG(環境・社会・ガバナンス)・サステナビリティ分野においても、AI技術を活用して社会にインパクトを与えるための取り組みが加速しています。本稿では、2024年の振り返りと共に、2025年に跳躍が期待されている海外のAIインパクト・スタートアップを紹介します。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・銘柄への投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、ご自身のご判断において行われますようお願い致します。
※本記事は2025年1月15日時点の情報をもとに執筆されています。最新の情報については、ご自身でもよくお調べの上、ご利用ください。
目次
- スタートアップが資金調達に苦戦
- 大型投資が相次ぐAI分野
- 海外のAIインパクト・スタートアップ
3-1.農業の持続可能性を向上 Lambdai Space
3-2.サステナビリティ・データ分析を効率化 Briink
3-3.持続性の高いワクチン開発に貢献 Baseimmune
3-4.製品のライフサイクルを精密に評価 CarbonBright
3-5.インクルーシブな教育の実現を目指す It’s Learnable
3-6.AIと3D技術で水のリサイクルを革新 Evove - まとめ
1.スタートアップが資金調達に苦戦
英FinTech(フィンテック)企業Vestd(ヴェスト)によると、2024年第1四半期~第3四半期の期間、世界の資金調達ラウンドは3万6,203件と前年同期から約26%減少しています。投資の失速は、世界の経済情勢や金利上昇、地政学的リスクの影響などに起因するもので、特に初期段階のスタートアップが資金調達に苦戦している状況が浮き彫りになりました。
参照:Vestd「Investment Report 2024: A deep dive into global funding activity」
このような傾向はインパクト投資分野においても顕著に見られ、2024年の世界のインパクト・スタートアップへのVC投資は前年と比べて28%減少すると、オランダのVCデータ・プラットフォームDealroom(ディールルーム)は予想していました。
参照:Pioneers Post「VC investments in impact startups worldwide fall by more than a quarter in 2024」
2.大型投資が相次ぐAI分野
その一方で、AI関連スタートアップへの投資は引き続き勢いを増しており、第3四半期はVC資金全体の28%に値する総額190億ドル(約2兆9,974億円)が投じられました。この数字は10月にOpenAIが調達した66億ドル(約1兆412億円)を考慮すると、さらに大きくなります。
参照:Crunchbase「These 10 Charts Show Startup Funding Downturn Continues Despite AI’s Ascent」
2024年通年を見てみると、各10億ドル(約1,577億6,279万円)を調達した中国のMoonshot AIやSafe Superintelligence(セーフ・スーパーインテリジェンス)を筆頭に、xAI (50億ドル/約7,888億4,785万円)、Waymo(56億ドル/約8,835億1,468万円)といった大型資金調達ラウンドが相次ぎ、12月には米スタートアップDatabricksがVC資金調達ラウンドによる過去最高額の100億ドル(約1兆5,777億円)を獲得し、評価額が620億ドル(約9兆7,812億円)に達しました。
参照:Crunchbase「The 10 Biggest Rounds Of November: xAI And Anthropic Raise Billions Again」
参照:Reuter「AI startup Databricks hits $62 billion valuation in record VC round」
特に、生成AIは2024年に大幅に投資が増加した分野の一つであり、第1四半期~第3四半期の期間にスタートアップがVCから調達した資金は200億ドル(約3兆1,552億円)を調達し、前年を上回る勢いを見せました。
参照:P&G Global「GenAI funding on track to set new record in 2024」
3.海外のAIインパクト・スタートアップ
インパクト分野においても、AI技術を活用し、従来のアプローチでは難しかった社会的・環境的課題の解決を目指すスタートアップが増加傾向にあります。その領域は環境保護・生態系管理・エネルギー効率・廃棄物処理・ヘルスケア・教育・循環型経済の促進など多岐にわたり、今後さらに多くの革新が期待できそうです。ここでは、多様なAIインパクト分野で活躍する海外のスタートアップを紹介します。
3-1.農業の持続可能性を向上「Lambdai Space」
シンガポールのAIアグリテック、Lambdai Space(ラムダイ・スペース)は、AIと衛星画像技術を活用した気候影響分析・評価ツールを提供しているスタートアップです。同社は気候変動対策・飢餓ゼロ・経済成長に焦点を当て、異常気象によるリスクをリアルタイムで管理することにより、農家が気候レジリエンスを高めたり、保険会社がパラメトリック型保険(事象パラメータに基づいて財務損失を補償する保険商品)を開発するサポートを行っています。
2023年の設立以来、過去3回の資金調達ラウンドを通してTechstars(テックスターズ)やTenity(テニティ)といった国際アクセラレーターから支援を受けており、2024年9月のアクセラレーター・プログラム「Techstars Sustainability Paris(テックスターズ・サステナビリティ・パリス)」では2万ドル(約316万円)を獲得しました。
参照:Lambdai Space HP「Lamdbdai Space」
参照:Pitch Book「LambdAI Space」
参照:Techstars「Get to know LambdAI from techstars Sustainability Paris」「Meet the Techstars Sustainability Paris Class of September 2024」
3-2.サステナビリティ・データ分析を効率化「Briink」
各国で持続可能性報告要件が厳格化する中、2021年にベルリンで設立されたAIサステナビリティ・データ分析スタートアップBriink(ブリンク)は、最先端のドメイン特化型AI及び(Large Language Mode:大規模言語モデル)ソリューションを介して、膨大な量のESGデータの収集・検証を効率的かつ高速で行なえるツールを開発しています。
同社のツールはESGデータの質・精度を向上・維持する一方で、複雑なデータ作業を自動化できるように設計されており、2025年現在は大手企業やアドバイザリー企業を含む40社以上の企業にサービスを提供しています。
2024年9月の資金調達ラウンドでは、スイスのVC、EquityPircher Venture(エクイティピッチャー・ベンチャー)や著名エンジェル投資家などから総額385万ユーロ(約6億3,351万円)を調達しました。
参照:Briink HP「Briink」
参照:Silicon Canals「German AI startup Briink secures €3.8M to build the world’s first AI agents designed for ESG teams」
3-3.持続性の高いワクチン開発に貢献「Baseimmune」
AIを活用したワクチン開発は、バイオ医薬研究において急速に進化している領域です。
Baseimmune(ベースイミュ―ン)は科学的専門知識と独自のAIプラットフォームを組み合わせ、従来のアプローチでは対応不可能だった複雑な病原体にも効果が期待できる変異耐性ワクチン(ウィルスの変異株に耐性があり、免疫を持続させる効果がある)の開発に貢献しています。これは、病原体の進化と免疫反応をモデル化し、病原体の変化を予測・標的とすることにより、持続性の高いワクチンを効率的に生成するための技術です。
オックスフォード大学ジェンナー研究所の研究者とソフトウェア開発者が2019年に設立した同社は、2024年2月のシリーズA資金調達ラウンドで、ヘルスケア・ベンチャー・イニシアティブMSD Global Health Innovation Fund(グローバル・ヘルス・イノベーション・ファンド)などから総額900万ポンド(約17億8,646万円)を獲得しました。2025年現在は、アフリカ豚コレラ・マラリアや汎コロナウィルス・ワクチンの臨床実験を進めています。
参照:Baseimmune HP「Baseimmune」
参照:Silicon Canals「UK-based Baseimmune raises €10.4M to develop mutation-proof vaccines using AI; here’s how」
3-4.製品のライフサイクルを精密に評価「CarbonBright」
消費者向けパッケージ商品(CPG)の二酸化炭素(CO2)排出量は、製品のライフサイクル全体が環境に及ぼす影響の大部分を占めています。
サンフランシスコを拠点とするCarbonBright (カーボンブライト)は、カーボン測定プラットフォームを介して、CPG企業とサプライチェーンの持続可能性の改善を目指すスタートアップです。同社のプラットフォームはAIが収集したデータに基づき、一次データが断片的であったり欠落している場合でも、製品の環境フットプリントを即座に測定・分析することが可能です。そのため、企業はスコープ3排出量削減に向けて、効果的かつ効率的に取り組むことができます。
2022年の設立以来、3回の資金調達ラウンドを実施しており、2023年のシードラウンドでは60万ドル(約9,436万円)を調達しました。
参照:CarbonBright HP「CarbonBright」
参照:Pitch Book「CarbonBright」
3-5.インクルーシブな教育の実現を目指す「It’s Learnable」
先進国・発展途上国を問わず、教育格差は重要な社会問題です。近年は世界各国で持続可能な教育のアプローチとして、すべての人々に学習の機会を与えることを目指すインクルーシブな教育への取り組みが進んでいます。
南アフリカのIt’s Learnable(イッツ・ラーナブル)は、教師と学習者の両方にパーソナライズされた画期的ソリューションを提供することにより、誰もが質の高い学習にアクセスできる環境作りを目指すAI EdTech(教育テック)スタートアップです。
教師はAIを活用した「Learnableツール」を使用することで、簡単に3Dや拡張現実(AR)を取り入れたデジタル授業を作成し、モバイルアプリ(WhatsApp・YouTube・Microsoft Officeなど)やウェブサイトを通じて生徒と共有できます。また、生徒の学習状況は分析レポートで確認できます。一方、生徒はグループレッスンや個人指導に参加したり、オフラインで自分のペースで学習することが可能なため、柔軟な学習スタイルが実現します。
2024年12月13日の時点ではベータ版のみであるにも関わらず、既にユーザー数は世界中で20億人を超えており、今後もさらに拡大していくと期待されています。
参照:It’s Learnable「It’s Learnable」
参照:世界経済フォーラム「It’s Learnable」
3-6.AIと3D技術で水のリサイクルを革新「Evove」
淡水化・液体の処理プロセスは人類に必要な水質源を確保するための重要な技術ですが、それに伴うCO2排出量も大きな課題となっています。
英国北西部デアズベリーに本社を構えるEvove(イヴォ―ヴ)は、2015年の設立以来、持続可能で効果的、かつ手頃な価格の水の濾過・リサイクルの促進に向け、AIや先進的な素材を活用している社会的企業です。同社が特許を取得した精密膜技術「Separonics(セパロニックス)」は、世界で初めて3Dプリント技術のみを活用して製造可能なセラミック膜で、従来の濾過膜と比べて数倍の高い透過性を誇ります。
同社はこうした革新的技術で、米ビジネス誌Fast Company(ファスト・カンパニー)が主催する「2024 World Changing Ideas Award(2024年世界を変えるアイデア賞)」など複数の賞を受賞しており、2024年6月には英鉱物探査・開発企業Northern Lithium(ノーザン・リチウム)の直接リチウム抽出(Direct Lithium Extraction:DLE)実証プラントで技術提供を行う契約を締結しました。
一方、2023年3月のLater Stage VC(成長の最終段階にあるスタートアップのための資金調達手段)では、環境問題への投資に特化した米VC企業At One Ventures(アット・ワン・ベンチャー)などから、総額570万ポンド(約11億2,356万円)を獲得しました。
参照:Evove HP「Evove closes £5.7 million funding round to accelerate growth and scale-up of the next generation of filtration membranes」
参照:Evove HP「Evove」
4.まとめ
AIインパクト・スタートアップは環境的・社会的課題の解決に向けて革新的技術を提供し、今後の成長がますます期待される存在となっています。投資対象としてはこれらのスタートアップがもたらす具体的なインパクトと経済成長の可能性が注目されており、資金調達が活発化しています。2025年はさらに複雑で多様な課題に対し、AI技術がどのように貢献するかが注目される1年となり、投資家からの注目も高まり続けることが予想されます。

アレン琴子

最新記事 by アレン琴子 (全て見る)
- 2025年のインパクト投資はAIがけん引?環境的・社会的課題に取り組む海外スタートアップを6社紹介 - 2025年1月16日
- データセンター液体冷却技術とは?サステナブルなデータセンター・インフラ整備のカギを握る最新技術を解説 - 2024年12月10日
- 家庭・キャリアの両立の課題を解決するには?ワーク・ライフ・バランスを改善する海外スタートアップの取り組みを紹介 - 2024年12月10日
- 2025年のインパクト投資市場トレンドは?スタートアップとVCの新たな可能性を解説 - 2024年12月10日
- 次世代亜鉛電池がエネルギー貯蔵革命を起こす?再生可能エネルギーを加速する海外の最新事例も紹介 - 2024年9月25日