家事・育児・介護といった無償のケアワーク(Unpaid Care Work:UCW)は人と社会の幸福、そして経済発展の基盤を築く重要要素です。その経済価値は世界のハイテク産業の3倍以上に値する、年間10兆ドル(約1,542兆2,943億円)以上と推定されています。
参照:キングス・カレッジ・ロンドン(KCL)「Women’s Unpaid Care Work Has Been Unmeasured And Undervalued For Too Long」
ところが、世界中でジェンダー・イクオリティ(男女平等)が推進され、働く女性や家事・育児に協力的な男性が増えている一方で、総体的な負担はまだまだ女性の方が大きく、賃金格差や雇用機会の減少、ストレスの蓄積、生活の質の低下など、女性の生活の質に広範囲な影響を及ぼしていることが数々の調査結果が報告されています。
本稿では、女性のワーク・ライフ・バランスの現状と課題、そして女性の家庭とキャリアの両立を支援する海外スタートアップの取り組みをレポートします。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・銘柄への投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、ご自身のご判断において行われますようお願い致します。
※本記事は2024年12月10日時点の情報をもとに執筆されています。最新の情報については、ご自身でもよくお調べの上、ご利用ください。
目次
- UCWに費やす時間は男性の3倍以上
- 米国のワーキングマザーの6割以上が「退職を検討」
- 雇用側と働く側の間の温度差
- 家庭・キャリアの両立を支援する海外スタートアップ3社
4-1.The Mom Project(米国)
4-2.Mother of Abundance(英国)
4-3.Milo(オーストラリア) - まとめ
1.UCWに費やす時間は男性の3倍以上
女性のUCWは、世界のジェンダー・イクオリティを顕著に示す事例の一つです。国・地域、年齢、生活環境により差が見られるものの、いずれの国においても「家庭は女性が担うべき」という伝統的なジェンダー役割が根付いています。
国際労働機関(International Labour Organization:ILO)が2019年に発表したレポート『The Unpaid Care Work and the Labour Market(無償のケアワークと労働市場)』によると、女性は世界75カ国のUCWの75%を担っており、毎日男性の3倍以上の時間(平均4時間25分)を費やしています。一方で、UCWが理由で職に就けない女性の数は、男性の7 倍(42%)に及ぶことも明らかになりました。
参照:ILO「The Unpaid Care Work and the Labour Market. An analysis of time use data based on the latest World Compilation of Time-use Surveys」
参照:KCL「Women’s Unpaid Care Work Has Been Unmeasured And Undervalued For Too Long」
参照:OXFAM「Not All Gaps Are Created Equal: The True Value Of Care Work」
2.米国のワーキングマザーの6割以上が「退職を検討」
UCWによる負担の偏りは、女性のキャリアアップや自由時間の制限につながるケースが多く、「仕事と家庭のどちらを優先すべきか」という選択を強いられる女性も少なくありません。
7割以上の未成年の子どもの母親が就労している米国においても、女性のワーク・ライフ・バランスやジェンダー・イクオリティは大きな社会問題です。米子育て支援プラットフォームMotherly(マザリー)が5,608人の母親(18~43歳)を対象にした調査 レポート『State of Motherhood(母親の役割の現状)』では、ワーキングマザーの66%が「ストレスやチャイルドケアのコストが原因で退職を検討した」と回答しています(前年から14%増)。
一方で、パートナーのサポートや自分時間の確保はストレス軽減に極めて重要であるにも関わらず、「毎日、自分のための時間が1時間以上ある」のは39%、「パートナーと平等に家事を分担している(30歳以上)」のは35%に留まりました。このような現状は精神的にネガティブな影響を及ぼしており、4割以上が「母親としての役割に疲れた」「セラピーが必要」と感じています。支援不足・経済的不安・キャリアなどを理由に「子どもを作らない・増やさない」選択をする女性も増えており、その傾向は若い世代ほど強く見られます。
参照:Motherly「State of Motherhood 2024」
3.雇用側と働く側の間の温度差
こうした状況の中、ワーキングマザーがビジネスや経済に与える潜在的な利益を認識・評価する企業が増えていることは、女性の社会進出を後押しする大きな追い風となっています。しかしその反面、多くの母親が「職場における支援がまだまだ不十分だ」と感じており、雇用側と働く側の間に温度差が存在することも事実です。
米人材マッチングプラットフォームThe Mom Project(ザ・マム・プロジェクト)が企業235社と4,000人以上の母親を対象に実施した調査では、「ワーキングマザーの雇用が高投資収益率(ROI)を生み出している」「母親が得意とする汎用スキル(感情的知識・共感力・協調性・回復力など)は、技術的スキルと同じくらい重要である」と答えた企業が7割を超えました。
ところが一方では、93%の母親が職場でのサポートを重視しているにも関わらず、「職場で十分なサポートを受けている」と答えたのは59%に留まるなど、現実と理想のギャップが浮き彫りになりました。
4.家庭・キャリアの両立を支援する海外スタートアップ3社
これらの調査結果は、女性が家庭とキャリアの両立を図り、生活の質を向上する上で、家庭と職場、さらには社会全体からの十分なサポートが不可欠であることを明確に示しています。ここでは、「Mom Power(母親の社会的影響力・ポテンシャル)」を最大限に活かし、母親と企業の双方に成長の機会を提供することを目指す海外スタートアップ3社を紹介します。
4-1.母親と企業のポテンシャルを引き出す!人材マッチングプラットフォーム「The Mom Project」
オハイオを拠点とするThe Mom Project(ザ・マム・プロジェクト)は、母親が家庭のニーズに柔軟な対応できる働き方を推進し、女性の社会進出とDEI(多様性・公平性・包括性)を支援するための人材マッチングプラットフォームを提供しています。
3人の子どもの母親でもあるアリソン・ロビンソン氏が同社を設立するきっかけとなったのは、第一子の産休中に「高度な専門スキルをもつ女性の推定43%が出産・子育てを理由に離職する」という統計を見てショックを受けたことでした。女性が才能と専門知識を活かし、あらゆるライフステージでキャリアと私生活を存分に両立できる社会創りに向け、キャリアサポートから教育プログラム、ワーキングマザーがお互いをサポートし、情報交換できるコミュニティー、企業向けの多様性推進コンサルティングまで、多岐にわたる取り組みを展開しています。
170万人を超える専門スキルをもつ人材、AirbnbやMeta、Accentureを含む3,000社以上の提携企業など、充実したリゾースも同社の強みとなっており、2016年の設立以来、過去6回の資金調達ラウンドでCity Ventures(米金融グループCity GroupのVC部門)などから総額1億600万ドル(約163億6,082万円)を調達しました。
参照:Tracxn「The Mom Project funding & investors」
参照:Business Wire「The Mom Project to Release a New Industry Report on the Competitive Advantage of Attracting, Hiring, and Retaining Mom」
4-2.40歳以上の女性企業リーダーシップ育成コンサルティング「Mother of Abundance」(英国)
職場で地位が上がるほど、ワーク・ライフ・バランスのストレスやプレッシャーは高まる傾向があります。女性は家庭での役割も大きく、年齢を重ねると体力や健康面での問題が仕事や日常生活に影響することも珍しくありません。
2018年にリーズで設立されたMother of Abundance(マザー・オブ・アバンダンス)は、組織・社会と家庭の両方で大きな責任を負っている40歳以上の女性エクゼクティブや起業家、著名人などに、リーダーシップ戦略コンサルティングを提供しています。
同社のサービスは感情知能トレーニング(Emotional Intelligence Training:EIT)・感情解放テクニック(Emotional Freedom Technique:EFT)・形而上学(存在や物事の本質に関する根本的な問いを探究する哲学)、マインドフルネスといったホリスティック・ライフコーチングと心理学に基づくアプローチを用いて思想的リーダーシップ能力と生産性を高めるというものです。それと同時に、私生活における目的意識やワーク・ライフ・バランス・スキルを向上させるようにデザインされています。1日・3日間の短期集中型セッションから1年間の総合セッションまで、クライアントのニーズに合わせてカスタマイズされたプログラムを選べる点も魅力です。
同社は、ジェエンダー・イクオリティと女性のエンパワーメント(社会的・経済的な地位向上)を推進するための国際機関UN Women(The United Nations Entity for Gender Equality and the Empowerment of Women)や、英国の小規模ビジネス支援団体Federation of Small Businesses(FSB)などと提携しています。
参照:Mother of Abundance「Mother of Abundance」
参照:LinkedIn「Mother of Abundance」
4-3.AIが家族のスケジュールを自動管理してくれる便利アプリ「Milo」(オーストラリア)
ワーク・ライフ・バランスを向上させるためにスケジュール管理アプリを家族で共有し始めたけれど、「入力が面倒臭い」「チェックするのを忘れてしまう」「操作が複雑」といった理由で続かなかった経験はありませんか。
数千人の家族の意見を基に開発された「Milo(マイロ)」は、スケジュール・タスク管理(学校行事・習い事・レジャー・家事分担など)を家庭全体で一元管理するために開発されたアプリです。
AI(人工知能)がスケジュール・タスク管理からリマインダー、優先度に合わせた時間割り当て提案まで自動で行ってくれるため、スケジュール・タスク管理の時間と手間を大幅に削減でき、生活や仕事の効率向上が期待できます。ユーザーは1日2回SMSでリマインダーを受信し、カレンダーアプリに追加されたイベントやタスクを確認し、共有できるという仕組み。2024年11月8日現在は、月額24ドル(約3,701円)でベータ版が利用できます。
同アプリを開発したのは、2019年にカリフォルニアで設立された女性スタートアップMiloです。米アクセラレーターY Combinatorや米AI企業OpenAIなどから支援を受けており、最近では2023年8月に米アーリーステージ投資企業Bronze Investments(ブロンズ・インベストメンツ)などから資金を調達しました(金額は未公開)。
参照:Milo HP「Milo」
参照:Crunchbase「Milo」
参照:Y Combinator「Milo」
5.まとめ
女性のワーク・ライフ・バランスの向上は、ジェンダー・イクオリティを推進し、企業や社会全体の成長を促す戦略的課題です。企業・社会・政策的支援や意識改革は勿論のこと、新しいモデルやテクノロジーを介してフレキシブルな働き方を支援するスタートアップの取り組みが、今後、女性の社会進出において大きな役割を果たすことが予想されます。
一方で、女性起業家を対象とする資金調達プログラムやリーダーシップ育成トレーニングへの支援、ワーク・ライフ・バランスの実現に向けたインフラ整備(保育施設の拡大・フレキシブルな労働環境の構築など)への投資が、益々活発化するでしょう。
アレン琴子
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