途上国の農村部では、多くの人がさまざまなエコシステムやサプライチェーンから取り残されており、格差の解消には構造的な解決が必要です。リンクルージョン株式会社は、マイクロファイナンスを支えるソフトウェアサービス事業や、ミャンマー農村部に食料品・日用品を届けるコマース事業により、生活インフラを支えています。
本稿では、リンクルージョン株式会社の事業内容や、事業展開をする上で困難だったことなどを、代表取締役である黒柳 英哲氏(以下、黒柳氏)へのインタビューをもとに紹介します。
代表取締役 黒柳 英哲氏プロフィール
10代からバックパッカーで東南アジア、中央アジア、中近東、アフリカなどを訪れる。ホテルマン、NPOにて東北復興支援、IT・マーケティング会社での事業開発などを経験した後に、NGO職員として途上国での金融を通じた貧困削減支援に従事。
2015年リンクルージョン株式会社を創業、ミャンマーに移住。Forbes Japan 100 Positive Impact Companies、日経ソーシャルビジネスコンテスト大賞、経済産業省J-Startup Impact選定。
事業内容
推定34億人(世界人口の約45%)が途上国の農村で暮らしています。そして極度の貧困に苦しむ人々の80%は、都市部ではなく農村部に集中しています。ミャンマーでも、エコシステムやサプライチェーンから取り残された農村部の人々にとって所得や生活の向上が難しい経済的構造があります。
リンクルージョン株式会社は、ミャンマーに本社を置き、「途上国農村部で圧倒的に不足する非金融サービスへのアクセス」という課題に取り組んでいます。従業員は約130名、うち日本人は黒柳氏を含め4名おり、全員がミャンマーに移住して事業開発にあたっています。
マイクロファイナンスを支える
従来、紙と電卓で口座や融資を管理していたマイクロファイナンス機関に、独自開発した基幹ソフトウェアを提供しています。一般的な銀行で使われている勘定システムの機能に加え、顧客データや日々の業務、会計処理まで一括で管理でき、経営レポートや財務諸表も自動作成されます。
ミャンマー国内ではトップシェアとなっており、システム利用料で収益を得ています。
システムを導入することで、マイクロファイナンス機関の業務コストが下がり、これまで金融サービスが届かなかった農村部の零細事業者や農家がマイクロファイナンスの恩恵を得られるようになりました。金融機関とともに、累計90万人に180億円もの事業融資を届けることに成功しています。ミャンマーのマイクロファイナンスでは、日本円で2~3万円が平均融資額であることを考慮すると、インパクトの大きさが分かるでしょう。
システム導入後のマイクロファイナンスの現場

物流×個人商店でコマース事業を展開
マイクロファイナンスの顧客データ分析や、数百人への利用者インタビューから、農村部では事業内容に拘わらず、商品や材料の調達に苦労していることを再認識し、コマース事業を興しました。
ミャンマーは人口の80%が農村部に住んでおり、コンビニもスーパーも存在しないため、住民は村にある個人商店で食料品や生活雑貨を購入しています。一般的に、100世帯くらいの小さい村には、家族経営の零細商店が3~4軒あります。途上国の低所得者層はリスクヘッジとして一つの世帯で複数のビジネスを行う傾向があり、多くの場合、専業ではなく、いくつかやっているビジネスのひとつです。
小売店は始めやすい副業である一方で、村の個人商店は小規模過ぎるため、メーカー・卸し売り業者が配達してくれず、遠く離れた街の卸売市場で商品を購入する必要があります。週に何回も街に買い出しに行くため、膨大な時間と交通費が掛かります。仕入れに出かける間、子どもの面倒が見られず、また、お店を閉めている間は商機も逃してしまいます。さらに交通費は販売価格に上乗せせざるを得ません。
そこで、リンクルージョンでは、2019年から生活物資の届きにくい農村で人々の生活を支える個人商店に商品の販売・配送を開始しました。メーカーや生産者から一括納入された食料品・飲料・生活用品・医薬品などを自社の物流センターで保管し、自社配送しています。
600種類以上の商品を取りそろえており、電話で注文を受け付けて翌日配送しています。個人商店向けのネットスーパーをイメージすると分かりやすいでしょう。メーカーや生産者からの販売手数料や、商店からの少額の配送料が収益になります。ミャンマーのブランドだけでなく、日系メーカーとも提携し、販売促進も行っています。
2019年4月に3村の10商店から始めたサービスは、2025年1月現在、約500村の1,500店が定期利用しています。農村部への配送回数は15万回を超えました。
郵便すら届かない農村部に、陸路だけでなく水路も活用した配送ルートを構築しています。テクノロジーや日本の流通モデルを活用しながら、6年掛けて泥臭く構築した物流網が強みです。
個人商店の店主からは、配達網のない村にも届けてくれて助かっているとの喜びの声が多数寄せられています。配送サービスを利用することで、収入が増えて子どもを大学に行かせられたひとや、冷たい飲料を販売するために冷蔵庫を購入するなどビジネスを拡大させたひともいます。
顧客の声

発展途上の新興国ではビジネスの余白が大きく、都市部ですぐに稼げる事業が多く残っています。そのため現地の多くの企業や事業家は、農村部の大きなニーズに気付いていません。たまに、当社を見て参入する現地企業もいますが、数百の商品管理や細かいオーダーを処理する手間、農村部に物流網を構築する困難さなどから、すぐに撤退してしまいます。
リンクルージョンでは、テクノロジーの活用や手順標準化により、誰でもミスなく仕事ができるようにオペレーションを整えることで、業務効率化を図っています。新興国においては、どうしてもイレギュラーな事態が起きてしまうため、臨機応変に対応できるミドルマネジメント人材の育成も行っています。また、受注・倉庫管理・配送管理・会計まで一括で管理できるシステムを自社開発するなど、日本人ならではの緻密さを活かして安定した事業運営を実現していています。
2023年に、それまで5か所に分散していた小型倉庫を大型物流センターに集約したことで、商品数を増やし、より細かいニーズに応えられるようになりました。まだ対応地域が限定的であるため、情勢が落ち着いたらさらに対象エリアを拡大する予定です。
クーデターにより政治経済が混乱しているものの、それぞれの個人商店が発注する頻度や、発注単価、ロイヤリティは堅調に増加しています。ミャンマーの小売市場3兆円のうち、2兆円は農村部の零細商店や露店です。生活に密着しているコマース事業は、今後も堅調な収益が期待できるといえるでしょう。
非金融サービスを農村に届けたい
黒柳氏の原体験は10代の頃の途上国放浪です。各地で同年代の友人ができましたが「生まれた場所が違うだけなのに、自分と全然機会が違う」という現実に、やり場のない憤りを感じました。
さまざまな経験を経たのちに、原体験が忘れられず国際協力の分野に足を踏み入れました。NGO職員として途上国のマイクロファイナンスの現場で体験したのは、「金融サービス単体では農村に暮らす低所得の人々の生活や人生に与えるインパクトは限定的である」という現実でした。
農村部では、せっかく資金を借りてビジネスを始めても、上手くいかないひとが多くいます。教育が十分に受けられていなかったり、事業に必要な情報や活用できるサービスが限られているためです。
金融サービスに加え、圧倒的に不足している非金融サービス(さまざまな経済サービスや商品、原材料、経営資源、情報、機会など)を効率的に届ける仕組みができれば、農村の生活が便利で豊かになるだけではなく、公平な所得向上の機会が実現すると考えました。
マーケティング費用を一切かけずに口コミで認知が拡大
2019年にコマース事業を開始し、順調に営業地域や顧客商店が増加していきました。サービスに対する需要は非常に大きく、マーケティング費用を一切かけずに口コミで認知が拡がり、「うちの村にも配送して欲しい」と要望が集まる状況でした。
農村部には保守的な傾向が強いのですが、地域での口コミや顧客商店からの紹介などで、着実に利用店が増加しています。
ミャンマーでクーデターが発生
そんな中、ミャンマーでは2021年2月にクーデターが発生しました。軍事政権が誕生し、情勢も経済も急激に悪化しました。
特に最初の数ヵ月は、自宅やオフィスからもマシンガンの銃声が聞こえ、金融機能が停止し、インターネットも遮断され事業運営も生活も厳しい状況でしたが、日本人メンバーはずっと残って事業継続しました。
しかし、同年に計画していたシリーズAの資金調達が白紙になってしまいました。クーデターによってカントリーリスクが極大化したミャンマーは、VCが投資できるような市場環境ではなくなってしまったためです。資金調達できなければ1年以内に事業をクローズしなければならないギリギリの状況で、事業に共感頂ける個人投資家から小口の出資を集める戦略に転換しました。
クーデター後に2回の資金調達で約2億5,000万円の調達に成功、ビジョンに共感し、事業の可能性を信じて下さる約400名の個人投資家・インパクト投資家の方々から投資を頂き、紛争下でも事業拡大を続けることができています。
クーデターが起き、経済危機で雇用機会が失われていくなか、リンクルージョンでは100名以上のスタッフを雇用しており、中には月給で親戚家族20人を養っているスタッフもいます。安定的な雇用の提供においても貢献していきます。
リンクルージョンが想い描く社会の姿
リンクルージョンは、独自の商店網×金融網で生活インフラ・プラットフォームを拡げ、途上国農村部の人々がさまざまなエコシステムから排除されている状態の構造的解決を目指しています。
ビジョン実現のためのロジックモデル

将来的には、食品や日用品だけでなく、独自の商店ネットワークを活かして、さまざまな商品やサービスを拡充し、農村部の人々の生活や収入の向上に繋げるとともに、新たな収益源に加えていきます。
たとえば、個人商店で買い物をする近隣住民の多くは農家ですので、肥料や農薬などの農業資材にもニーズがあります。小口送金やモバイルマネーの入出金など金融サービスにも大きな需要があります。
また、お届けしている医薬品には、安価なインド製ジェネリック薬が多いのですが、商店主も村の人々も英語が読めないため適切な服用ができていないケースがあります。村の商店からオンラインで専門家に医療相談できるようなサービスも提供できたらと考えています。
さらに、数百円で掛けられるマイクロ保険が、いずれミャンマーでも始まると思いますが、私たちの商店ネットワークを活用すれば農村部にも届けることができると考えています。
リンクルージョンでは、農村部と都市部の格差を是正し、農村部に住んでいるひとたちも努力に見合った成果が得られる、公正な所得機会の実現を目指しています。そのために、都市部にあって農村部にない様々な不便を解決し、豊かで便利な社会づくりに貢献していきます。
投資を通じて世界で活躍する日本人を応援できる
リンクルージョンに投資する投資家のなかには、実際にミャンマーまで事業を見に来てくれる方もおり、励ましの言葉や専門的な助言をもらうこともあります。毎月のIR報告メールには、応援メッセージが届くことも多いです。
株式による出資だけでなく、社債(少人数私募債)による資金調達も実施しています。事業に共感して社債を引き受け頂けてもらうことで、迅速で柔軟なサービス拡大が実現しています。
ミャンマーは、まだまだ政治経済が安定する見通しは立たないものの、リンクルージョンの事業は参入障壁が高く、引き続き堅調な業績が期待できると考えます。

依田泰典|不動産投資家・公認不動産コンサルティングマスター

山田 ももこ

最新記事 by 山田 ももこ (全て見る)
- 物流でミャンマー農村部を豊かに 生活必需品を届け地域格差を是正するリンクルージョン【インタビュー】 - 2025年3月3日
- 「いい街にはいいパン屋」で地域経済活性化を パン業界のDX推進に取り組むパンフォーユー【インタビュー】 - 2025年1月14日
- アメリカ雇用統計から見る米ドルの動向は?インフレや市場センチメントも解説 - 2023年4月19日