海外のESG不動産投資の動向は?具体的な事例や取り組み、現在の課題も

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資産運用や企業経営において注目度が高まるESGですが、国内外では不動産においてもESGを取り入れた投資が行われ始めています。海外ではESG不動産投資の事例が不動産開発、ファンドを通じた投資双方において増えてきています。

一方で、ESG評価の尺度となる指標の乱立や、ESG不動産投資のコストとリターンの評価が難しいといった点は、今後の課題と言えるでしょう。この記事では海外の取り組みや、現状の課題などについて紹介していきます。

目次

  1. ESG不動産投資とは?
    1-1.ESGとは?
    1-2.不動産におけるESG
    1-3.ESG不動産投資の進め方
  2. 海外におけるESG不動産投資の事例
    2-1.不動産投資の評価尺度「GRESB」の構築
    2-2.海外のESG不動産投資の事例(開発編)
    2-3.海外のESG不動産投資の事例(ファンド編)
  3. 現在のESG不動産投資における課題
    3-1.グリーンウォッシュのリスク
    3-2.評価方法の乱立
    3-3.ESG投資のコスト/メリットの評価が難しい
  4. まとめ

1 ESG不動産投資とは?

ESG不動産投資はその名の通り、不動産投資にESGの概念を取り入れたものを指しています。さまざまな産業においてESGの取り組みが拡大する中で、不動産においてもESGにおける貢献の余地が大きいとの考え方から、近年普及しているものです。まずは、ESG不動産投資の基本を押さえておきましょう。

1-1 ESGとは?

ESGとはE「環境」、S「社会」、G「ガバナンス」の略で、これらに属する課題解決を促進して、地球環境や人間社会の持続的な発展を目指す取り組みです。古くから環境、社会、ガバナンスそれぞれの領域においては、別々のテーマとして様々な取り組みがなされてきました。2000年代に入ると、国連が3つの分野の課題を統合して解決するよう働きかけを開始し、2006年にPRI(責任投資原則)としてまとめられたことで、ESG投資が本格化しました。

このPRIは世界中の機関投資家にESGを投資評価に含めて投資をおこなうことを求めるもので、日本の年金運用をおこなうGPIFを始め、世界中の機関投資家が署名しています。

当初は資産運用の世界で盛んに進められていたESG投資でしたが、2022年時点では「ESG経営」という考え方も広まり、企業活動においてもESGを重視した取り組みやビジネス活動が進められています。

1-2 不動産におけるESG

不動産においてもESGを重視した取り組みは積極的に進められています。例えば、次のような不動産開発や投資によって、ESGへの貢献が可能です。

Environment(環境)

  • 環境性能の高い建物の建築
  • 再生可能エネルギーの取り付け

建物の構造でいえば、熱効率の高い素材の活用や、排熱の再利用などによるエネルギー消費の抑制、公共交通機関や自転車などを活用した通勤を促進する設備などが考えられます。また、屋上にソーラーパネルを取り付けることで、エネルギー産出を可能とする不動産の開発や投資なども、環境保護へ貢献しているといえます。

Society(社会)

  • 健康性・快適性の向上
  • 防災・被災時の耐久力の強化
  • 地域発展や高齢化社会への対応

例えば、健康被害リスクのある素材の徹底的な排除や、住みやすい・過ごしやすい住居やオフィスの開発は、働く人や住民の健康増進に役立ちます。

また、日本においては耐震性や津波など大災害における対策が重要視されるように、非常時の備えとしての機能拡充も重要です。その他、日本のような高齢化社会でも地域発展が持続する計画的な街づくり、高齢者でも住みよい都市や建物のデザインなども「S(社会)」への貢献といえるでしょう。

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Governance(ガバナンス)

  • 情報開示
  • 投資の透明性や内部統制

不動産のESGにおいて情報開示は重要な役割を果たします。一度建設された不動産が計画通りのESG性能を実現していることを示すため、エネルギー産出・商品の収支や建物の機能の利用状況、住居やオフィスの稼働状況などは適切に情報開示されなければなりません。

REITなど不動産ファンドも同様です。投資先の不動産の状況や、ファンドの運用状況などについて透明度の高い開示が求められることになります。

ファンド運用では、出資者が納得できるような投資先の透明性の確保、投資の意思決定プロセスに関する内部統制などが求められます。投資家の納得感を得るのみならず、質の高い不動産開発や不動産運営が正当に評価され投資を促進するうえでも、透明度の高い情報開示や内部統制は重要です。

1-3 ESG不動産投資の進め方

「ESGを不動産投資で実践する」という場合は、主に2つの手法が考えられます。一つは直接不動産開発や建物の建築・不動産経営をおこなう手法です。

デベロッパーなどと呼ばれる総合不動産会社や、建築系の企業は、環境性能の高い建物や都市発展に資する再開発などを通じて、ESGに不動産領域に貢献する動きがみられます。

もう一方は、ファンドなどを通じて、ESGに対する評価の高い不動産へ投資する手法ですが、投資信託においては「ESG」を重視した商品がすでに多数販売されている一方で、J-REIT分野ではまだESGに特化したファンド組成・運用の動きはあまり進んでいません。

ただし、機関投資家の中ではESG性能の高い不動産へ投資をおこなうファンドを高く評価するような動きも見られます。

例えば農林中央金庫が、2022年4月に「国内不動産を投資対象とするファンドに投融資する際、ESG(環境・社会・企業統治)への取り組み状況で銘柄を選別するルールを導入する」と発表しました。(※参照:農林中央金庫「不動産投融資におけるESGインテグレーションの高度化について」)

また、REITやクラウドファンディングの中には投資物件のESG性能を開示する法人も増えており、今後さらにファンドを通じたESG不動産投資は拡大するものと想定されます。

2 海外におけるESG不動産投資の事例

ESGに対する取り組みは、欧州を中心に海外で盛んに行われています。ESGの評価尺度の設計は欧州で主導して行われ、ESGに配慮した物件開発や、ファンドによるESG性能が高い物件への積極投資など多数の事例があります。海外のESG不動産投資の事例を見ていきましょう。

2-1 不動産投資の評価尺度「GRESB」の構築

ESG投資をおこなううえでしばしばネックとなるのはESGの評価尺度です。ESG課題はどれも中長期的に少しずつ効果を発揮するものなので、現在の取り組みが今すぐ目覚ましい効果を発揮するとは限りません。投資の可否を決定するうえでは投資の「成果」が予測できなければ意思決定が困難ですが、従来はその「成果」が不明瞭だったのです。

不動産の世界においては、PRIの編纂を主導した欧州の主要年金基金グループが、GRESB(グローバル不動産サステナビリティ・ベンチマーク)という不動産のESG評価尺度を構築することで、この課題を解決し、世界中で不動産投資を後押しするきっかけとなりました。

同評価は、既存物件の運用が主の「リアルエステイト評価」と、新規開発が主の「ディベロッパー評価」に分かれています。リアルエステイト評価はマネジメントが30%/パフォーマンスが70%、ディベロッパー評価はマネジメントが30%/ディベロップメントが70%の割合で、各評価の点数を占める仕組みです。

不動産の開発と運用双方の評価が可能な点、そして、不動産それ自体の性能と、不動産開発プロジェクトや不動産経営のマネジメント双方を評価することで、真にESGに資する不動産投資が正当に評価される仕組みとなっています。

2020年時点では、多くのグローバルな投資家がGRESBの評価に賛同しており、22 兆米ドルの運用資産を持つ100 以上の投資家が不動産の選別・評価にGRESBを活用しています。

2-2 海外のESG不動産投資の事例(開発編)

不動産開発から見たESG不動産投資は、海外で盛んにおこなわれています。ここでは2つの事例を紹介します。

アメリカ「アップル社データセンター」

iPhoneやMacでおなじみのアップル社は、ESGへの取り組みを積極的に推進する企業の一つです。こうしたIT系企業ではデータを管理・運用する施設である「データセンター」を多く必要とします。

データセンターは近年、特に富裕層や機関投資家の不動産投資における注目領域の一つとなっています。しかし、24時間データを適切に保管するために稼働する必要があるため、現代の技術では莫大なエネルギーを必要とする傾向にあります。だからこそ、ESG性能の向上が期待されている分野でもあるのです。

アップル社は、主要データセンターを100%再生可能エネルギーで運営しています。2022年現在はアイオワ州に3万7,000m2規模のデータセンターを開発中で、こちらも100%再生可能エネルギーでの稼働を予定しています。

同データセンター建設では約550人分の雇用を創出する計画です。また、周辺の地域開発およびインフラのための公共開発基金に寄付をすることで、インフラ開発を通じた周辺地域の活性化へ貢献する取り組みも行っています。

※出典:「Apple、2030年までにサプライチェーンの100%カーボンニュートラル達成を約束

カナダ・トロント「150​ ​King​ ​West」

「150​ ​King​ ​West」は、先に紹介したGRESBにおいて投資資産の78%が認証を受けている「ベントール・グリーンオーク社」が開発した建造物です。

トロント中心部にある近代的な28階建てのオフィス及び商業施設の複合型施設で、米国グリーンビルディング協議会の環境性能評価システム「LEED(Leadership in Energy and Environmental Design)」のゴールド認証を取得しています。(※参照:USGBC「150 King St W」)

ビルのロビーに壁面緑化を設けることで、室内の空調を浄化しています。そのうえで最先端のHVACシステム(建物の暖房、換気、空調に関するシステム)を導入し、クリーンで快適な空気や温度の維持を効率的に実現しているのです。

また、200以上の自転車収容スペースやヨガやピラティスのクラスが開催される2,500m2のスペースを設け、従業員や来訪者が健康的に過ごせるように配慮がされています。6つのシャワー、スチームルームなども併設されているため自転車通勤中に汗をかいても、着替えて快適に出社できる仕組みになっています。

環境配慮と景観、室内で過ごす人々の健康・快適性全てに貢献する質の高いグリーンビルディングとなっています。

2-3 海外のESG不動産投資の事例(ファンド編)

REITをはじめとした不動産投資ファンドの世界でも、グローバルにみると様々なESGに対する取り組み事例が存在します。

オーストラリアでは排出量実質ゼロのオフィスビルにのみ投資可能に

オーストラリアのREIT市場はカーボン・ニュートラルへの先進的な取り組みが行われています。2026年以降に竣工予定のオフィスビルにオーストラリアのREITが投資する場合は、全てGHG(温室効果ガス)排出量実質ゼロでなければならなる予定です。

また、オーストラリアではすでにテナントと協働して環境に配慮した運用をおこなう「グリーンリース」という契約が主流となっています。既存の建造物でも、太陽光パネルの設置など、環境に配慮した設備へ改善する取り組みが進められているのです。そのため、2026年を待たずとも、オーストラリアのREITが運用する建物の多くは、環境性能が高い物件となる見込みです。

※出典:Australian Government「Australia’s Long-Term Emissions Reduction Plan

香港最大手のリンク・リートがグリーンファイナンスを積極化

資金調達においてESG不動産投資に対する積極姿勢を示しているのが香港最大手のREIT法人「リンク・リート」です。

同法人は政府が「香港気候行動計画2030+(プラス)」において、2030年にエネルギー消費量に対するCO2排出量を2005年対比で70%削減する方針を発表すると、早くからESG投資を促進するためのファイナンスを積極化しました。

2016年にはアジアの不動産会社を対象とした初のグリーンボンドを、2019年には不動産業界では世界初となるグリーンCB(転換社債型新株予約権付社債)を発行しています。これらはいずれも用途をESGに資する事業にものに限定する資金調達手法です。

リンク・リートでは調達資金を原資に、CO2排出の少ない不動産の取得と運用、既存物件の環境改善のためのメンテナンスを積極的に進めています。

※出典:Link Asset Management Limited「SUSTAINABILITY

3 現在のESG不動産投資における課題

地球環境の改善や社会の発展に寄与するESGへの投資は、不動産の世界でも盛んに進められていますが、一方で課題も存在します。政府や金融機関、不動産業界の各方面が、ここから紹介する課題の解決策を模索しているところです。

3-1 グリーンウォッシュのリスク

ESGにおいては実態を伴わない取り組みや貢献をアピールしてESG投資資金を集めようとする「グリーンウォッシュ」が課題となっています。ESGは長期的な成果を求めるものであるがゆえに、裏を返すと投資開始時点では具体的な成果が見られないことも珍しくありません。

その場合は、今後の取り組みや評価尺度などを整備し、投資家にアピールしてESG投資資金を集めるのですが、ESGの評価尺度の整備自体が発展途上であるために、ESGへの貢献が不充分でありながら、ESG投資資金を受けているケースが懸念されています。

不動産投資においても、当初アピールされていたエネルギー効率の改善や従業員の健康促進などが充分に達成されないリスクがゼロではありません。今後はESG投資の対象となっている不動産物件のモニタリングや透明度の高い情報開示の徹底が期待されています。

3-2 評価方法の乱立

グリーンウォッシュの課題解決を目指すあまり、評価手法が乱立していてどれを信頼すれば良いのかわからなくなっているという点も課題と言えるでしょう。

不動産の物件評価でいえば、先ほど紹介したGRESBのほか、米国ではLEEDという評価尺度が存在します。日本においてはCASBEEやDBJ Green Building認証があるなど、多数の評価尺度が混在している状態です。

評価尺度の乱立により、自分の意向に沿った適切な投資先を選別するのが難しくなっているのも、ESGの不動産投資の課題といえるでしょう。

3-3 ESG投資のコスト/メリットの評価が難しい

ESG評価の高い対象への不動産投資は、通常の投資よりもコストがかかる可能性があります。投資先を選別するうえで追加的な分析やスクリーニングが必要になり、ESG評価が高いがゆえに物件価格が割高化している可能性もあります。

たとえ割高でも、長期的な不動産経営による資産価格の成長を通じて充分なメリットが得られるという考え方ができますが、ESGの成果は長期にわたって生み出されるものであるため、コストに見合うだけのメリットがあるのかどうか、すぐには明らかになりません。

不動産投資はあくまで「投資」であり「寄付」ではないため、ESG投資としてのリターンを追求することも大切なポイントです。ESG不動産投資がコストがかかっても魅力的なリターンが得られないとなれば、せっかくESG投資にチャレンジしても、期待する成果が得られない可能性があります。

適切なリターンが長期にわたり実現しないと判断されれば、将来ESG不動産投資が衰退するリスクもあると言えます。

4 まとめ

ESGは不動産投資の世界でも積極的に推進されています。環境負荷の少ない構造の建物、再生可能エネルギーの活用やCO2の排出抑制、人々の健康に資する室内環境の構築など、ESGに配慮した物件の開発が世界中で進められているところです。

また、海外では、REIT投資を通じたESGに配慮した物件への投資や資金調達も積極的に行われています。

グリーン・ウォッシュの問題やESG評価尺度の乱立、コストとメリットの評価の難しさなど、いくつか課題が存在するものの、こうした課題が解決に向かえば、今後更に不動産におけるESG投資は発展していくと考えられます。海外のESG不動産投資の動向も参考にしながら、自身の投資判断の参考とされてください。

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伊藤 圭佑

資産運用会社に勤める金融ライター。証券アナリスト保有。 新卒から一貫して証券業界・運用業界に身を置き、自身も個人投資家としてさまざまな証券投資を継続。キャリアにおける専門性と個人投資家としての経験を生かし、経済環境の変化を踏まえた投資手法、投資に関する諸制度の紹介などの記事・コラムを多数執筆。