アメリカでは、iBuyerというビジネスモデルが近年普及しつつあります。従来の個人における住宅売却の取引は、時間と手間がかかるのがネックでした。iBuyerは、業者がAIとIT技術を活用し物件を直接買い取ることで、より迅速で適正な取引を実現するサービスです。
今回は、iBuyerの仕組みやその背景にある不動産市場の課題をまとめました。また、米国のiBuyer事例に加えて、日本の事例も紹介しています。後半では、日米の不動産流通の違いについても解説します。
目次
- iBuyerとは?発展の背景や代表的な企業
1-1.iBuyerの基本的なビジネスモデル
1-2.iBuyerが解決する米国の不動産市場の課題
1-3.米国で発展するReTechビジネス
1-3.iBuyerの代表的な企業 - iBuyerのサービス事例を二つ紹介
2-1.Opendoor|米国におけるiBuyerのパイオニア
2-2.すむたす売却|日本版のiBuyerとして注目 - 日本と米国の不動産流通の違い
3-1.住宅購入の回数
3-2.基本的な売買仲介の仕組み
3-3.価格の透明性 - まとめ
1 iBuyerとは?発展の背景や代表的な企業
iBuyerは、米国で生まれた新たな不動産売却のビジネスモデルです。不動産市場特有の課題を解決する存在として注目されています。
iBuyerは不動産とテクノロジーを組み合わせた「ReTech」の一分野で、米国では複数のスタートアップがiBuyerビジネスを手がけています。
1-1 iBuyerの基本的なビジネスモデル
iBuyerとは、業者が売手から直接物件を買い取ることで、迅速で効率的な取引を実現する新しいビジネスモデルです。
元々米国では、物件を売買したいときに仲介業者(エージェント)に依頼して買い手・売り手を探します。そのため、成約までに順調なケースでも2ヶ月程度はかかります。買い手がみつからないと、売却成立まで半年以上かかる場合も少なくありません。
iBuyerでは、直接住宅を買い取って在庫にして、後で買い手を探すため、買取手続きが迅速に進みます。
また、査定ではAIを活用して公平で納得感の高い価格の提示を実現させています。最短では2日程度で売却手続きを完了させられるのです。
1-2 iBuyerが解決する米国の不動産市場の課題
不動産の売買市場には、次のような課題があります。
- 適正価格が不透明
- 売却まで時間がかかる
- 買い手の都合でキャンセルになる場合がある
不動産は、上場株式のように取引価格が公開されるわけではないため、適正価格が不透明です。買い手が納得しさえすれば割高な価格で売れることもありますが、たまたま買い手が見つからずなかなか売れない場合もあります。
そして、不動産の専門家でなければ、取引価格が適正かを判断するのが難しいのも難点です。
売却まで時間がかかるのもネックです。エージェントが間に入るため、米国の場合で売却には最低2ヶ月程度かかります。住み替えを目的に物件を売却する方の場合、転居や次の物件購入のタイミングを確定しづらいという側面もあります。
最後に、買い手の都合でキャンセルになる場合があります。ありがちなのが、ローンが否決されて購入代金を調達できなかったケースです。その場合売買の取引は中止となり、買い手探しからまた始めなければなりません。
これらの不動産売買における課題を解決するため、iBuyerには以下の特徴があります。
- 膨大な取引データをもとにしたAIによる価格算出
- 業者が直接物件を買い取ることによる取引期間の短縮
- 資金力のある業者が買い手となることによるキャンセルリスクの低減
1-3 米国で発展するReTechビジネス
iBuyerは、IT技術を活用した不動産ビジネスである「ReTech」の一領域です。米国ではiBuyerの他にも、たとえば次のような領域でITを活用した事業が発展しています。
ReTechの発展が進む領域の例
- 投資物件
- 仲介会社
- 不動産ファイナンス
- 賃貸管理
- ビル管理
- 登記
- 不動産関連の保険
不動産を取り巻くさまざまな領域で、ITを導入した新たなビジネスモデルが発展しています。iBuyerは主に個人の売り手にとって便利なサービスですが、商業不動産向けビジネスや不動産関連のBtoBビジネスでもReTechの進出が進んでいます。
1-4 iBuyerの代表的な企業
iBuyerの注目企業としては、以下があげられます。
- Opendoor(オープンドア)
- Offerpad(オファーパッド)
- Knock(ノック)
- Zillow(ジロウ)
特にOpendoorは、iBuyerのパイオニア的な存在で、この中で最も早く2014年から同ビジネスを手がけています。その後2015年にOfferpadとKnockが追随する形です。
ZillowはiBuyerビジネス自体を始めたのは2018年と後発ですが、そもそも不動産仲介・エージェント向けポータルサイトを運営する大手企業です。
米国全土で物件情報を掌握しており、iBuyerビジネスを優位に進められると考えられます。先行者のOpendoorと、事業面でシナジーが働くZillowの間の競争が激化している状況です。
2 iBuyerのサービス事例を二つ紹介
米国のiBuyerのパイオニアである、Opendoorのサービス事例を紹介します。加えて、日本にも「すむたす売却」というiBuyerビジネスを展開しているサービスがあるので、合わせて紹介します。
2-1 Opendoor|米国におけるiBuyerのパイオニア
2014年にサービスを開始したiBuyerのパイオニアである、Opendoorのサービスを紹介します。同社では、オンライン上で住宅物件の買取手続きができるサービスを手がけています。
住所・築年数・修繕履歴などの情報をもとに、AIが売却価格を予想します。従来のやり方ではエージェントにより査定価格が上下しがちで、さらに買い手が付かなければ成約できないという弊害がありました。AIの導入により迅速で納得感の高い売却取引を実現しています。
大まかな売却プロセスは次の通りで、最短2日で取引が完了するのが大きな特徴です。また、内見のプロセス以外は、Webと電話で手続きが完結します。
- 売却希望の物件情報をフォームに入力
- メールで予測査定額が書かれた仮オファーが届く
- 電話で相談/内見の実施
- 内見を踏まえて最終希望価格が提示される
- 価格に納得したらオンラインで手続き完了
- 24時間後に売却価格から修繕費を引いた金額が入金される
Opendoorでは、買取対象を1960年以降に建てられた1,100万〜5,500万円の一戸建てに限定しています。また、買い手に対しては「30日間キャッシュバックや2年間の修繕の保証」という制度を導入していて、購入希望者にも優しいサービスとなっています。
Opendoorの売却手数料は平均6.7%と、5%が目安と言われる全米のなかでは割高となっていますが、売却の利便性の高さやユーザ視点のサービスが評価されています。
2-2 すむたす売却|日本版のiBuyerとして注目
米国で発展しつつあるiBuyerですが、日本でもいくつかiBuyerビジネスを手がける企業がでてきています。
なかでも、すむたす売却のビジネスモデルはOpendoorに近く、Web上の手続きで業者が物件を買い取ることで迅速に取引ができるサービスです。
大まかなプロセスは下記の通りです。
- Web上で物件情報を入力し、価格を簡易査定
- コンサルタントにZoomなどで無料相談
- 訪問査定
- 売却方法を決定
- (すむたす売却に売る場合)売買契約を締結
- 決済・現金の振り込み
すむたす売却では「仲介」を選択して、より高値での売却にチャレンジすることもできるシステムです。迅速に売却したい方は「買取」、時間を掛けて高値を狙いたい方は「仲介」といった選択ができます。
さらに、リースバックの相談も受け付けています。買取の場合には仲介手数料がかからないのも特徴です。
【関連記事】INVASE(インベース)のダイレクトリースバックの仕組みは?セミナー・懇親会の内容も
3 日本と米国の不動産流通の違い
日本と米国の不動産流通や取引の仕組みを見ると、大きく分けて次の違いがあります。
- 住宅購入の回数
- 基本的な売買仲介の仕組み
- 価格の透明性
3-1 住宅購入の回数
日本は、アメリカとくらべて一人あたりの住宅購入回数が少ないのが特徴です。国土交通省の調べによると、平成30年の住宅取得者のおよそ70~80%が初めての住宅取得となっています。これは、多くの方が一生に1回しか住宅を買わないことを意味しています。
一方で、アメリカでは1つの住宅の平均所有年数が2021年で13年台となっています。これは、平均して13年に一度住宅を住み替えるという意味です。一人の人は3件程度の住宅を保有すると推定されています。
その結果、アメリカは日本と比べて中古住宅市場が発達していて、圧倒的に流通量が多いのが特徴です。たとえば2023年9月で言うと、全米の新築住宅販売件数は75.9万戸、中古は396万戸となっています。
参照:国土交通省「平成30年度住宅市場動向調査~調査結果の概要~」、THE Zebra「Average length of homeownership: Americans spend less than 15 years in one home」、REUTERS「米9月新築住宅販売、1年7カ月ぶり高水準 価格引き下げが追い風」、REUTERS「米中古住宅販売、9月は2.0%減 約13年ぶり低水準」
3-2 基本的な売買仲介の仕組み
不動産売却の手法の一つとして、買い手が見つかり次第仲介業者が取り次ぐ「仲介取引」があります。日本・米国とも盛んに取られる売買手法ですが、若干仕組みが異なります。
日本の場合は「両手仲介」といって、一人の仲介業者が売り手、買い手双方で仲介することが可能です。仲介業者は売り手・買い手の双方から手数料を得られる仕組みです。両手仲介では取引を成立させやすい反面、価格情報・取引情報が全て一つの仲介業者に渡るため、価格がオープンになりにくいという弊害があります。
なお、両手仲介にすることで不動産会社は多くの仲介手数料を受け取ることができるため、あえて物件情報をREINSに登録せず外に出さなかったり、買い手側の業者から連絡が来ても「売却済み」と回答することがあります。これを「囲い込み」と言い、しばしば日本の不動産業界で問題視されている課題です。
米国は、売り手・買い手それぞれに「エージェント」がついて、売買の交渉は実質的には売り手エージェント・買い手エージェント間で進められます。二人の不動産のプロが介することで適正価格で取引が成立しやすい一方で、関係者が多くなるため一層取引に時間がかかるのです。
【関連記事】アメリカ不動産投資のエリア・エージェントの選び方は?初心者向けに始め方・手順を解説
3-3 価格の透明性
日本と米国では、米国の方が不動産の価格透明性が高い傾向にあります。米国では、ほとんどの州で取引データをMLS(Multiple Listing Service)に登録しなければならないため、極端に市場価格から乖離した取引がしづらくなっています。
さらに売り手エージェント・買い手エージェント間で交渉をするため、情報の非対称性を利用して不適切な価格で取引されるリスクも低くなっています。
日本では、同じような価格のデータベースとして「REINS(不動産流通標準情報システム)」がありますが、REINSへの登録は任意(一般媒介契約の場合)なので、米国ほどは価格透明性がありません。両手仲介により業者が売り手・買い手をうまく見つけられれば、適正とは乖離した価格でも取引しやすいという弊害もあります。
4 まとめ
iBuyerは、個人の物件売却をより迅速に、適正価格で行うことを可能にする新たなビジネスモデルです。Opendoorのように価格査定にAIを活用することで、適正な売却価格の提示を実現しています。さらに、業者が買い手となることで買い手を探す手間を削減して、迅速な取引を可能としているのです。
取引価格の透明性という観点では、日本は米国より更に遅れているという見方もあります。日本でもiBuyerが普及すれば、いまよりも手軽に、適正な価格で住宅売却ができるようになるでしょう。住宅売却の負担が軽減すれば、住み替えや転居をより気軽に検討できるようになります。
伊藤 圭佑
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