目次
1 インパクト加重会計とは
インパクト加重会計(Impact-weighted Accounts、IWA)とは、企業活動が社会や環境にもたらすインパクトを貨幣価値に換算して、既存の財務会計に結びつけて計算し、企業の評価に反映させる方法です。
2020年、米ハーバード・ビジネス・スクールのジョージ・セラフェイム教授の主導により、The Global Steering Group for Impact Investment(GSG)及びImpact Management Project(IMP)と共同で、インパクト加重会計イニシアティブ(Impact-Weighted Accounting Initiative、IWAI)が立ち上げられました。IWAIは、インパクト加重会計フレームワーク(IWAF)を策定しています。インパクトの貨幣価値化を、事業活動や投資活動によるリターンと同じように評価し、投資家や経営者にとって透明性をもって把握できる財務諸表を作成することを目指しています。
IWAFでは、統合損益計算書(IP&L)と統合貸借対照表(IB&S)という資料の作成が求められています。従来の財務諸表を拡大し、財務資本だけでなく人的資本や自然資本など、6つの資本の考え方を用いています。また、投資家に加え、従業員や顧客、社会といった複数のステークホルダーに関連したインパクトの貨幣的価値を算出する枠組みがまとめられているのです。
(※参照:PwC「インパクトベースのサステナビリティ経営」、「インパクトベースのサステナビリティ経営~インパクト加重会計(IWA)フレームワークの理解とインパクト可視化の今後の展望」)
2 インパクト加重会計が注目される背景
従来の財務会計では、環境や社会にポジティブなインパクトを与える取り組みも、財務諸表上の収益に繋がらなければ企業のパフォーマンスを悪化させる要因として捉えられる恐れがあります。例えば、寄付やボランティア活動は、財務諸表上は費用の増加として扱われ収益を押し下げる要因となってしまったり、環境負荷を抑制する新たな設備の導入は、収益改善に繋がらなければ企業にとって資産効率の悪化として扱われたりします。
このように、財務会計の視点のみで見てしまうと、サステナビリティに対する取り組みはコスト要因として扱われ、企業価値評価においてネガティブに捉えられる場合があります。インパクト加重会計が普及することで、サステナビリティの取り組みにより生み出された環境的・社会的価値が定量的に評価され、投資家や経営者の投資・経営判断に活かされることが期待されています。
3 インパクト加重会計の事例
インパクト加重会計の導入事例はまだ多くありませんが、そのなかから海外・日本の企業の導入事例を1つずつ紹介します。
3-1 スペイン|アクシオナ
スペインのインフラ・再生可能エネルギーの企業であるアクシオナは、ハーバード・ビジネス・スクールのIWAプロジェクトと連携して、2020年、2021年のサステナビリティレポートで、インパクトを貨幣価値に換算したインパクト加重会計を公表しています。同社の方法では、企業の純利益を出発点に、「賃金の質」や「多様性」、「環境汚染」など10項目をもとに、インパクトを損益で表現しています。
大枠はIWAプロジェクトの枠組みに沿ったものですが、計算項目についてはアクシオナが自社のインパクト投資を評価する上で重要な項目を取捨選択しカスタマイズしています。同社のインパクト加重会計によると、純利益のおよそ10倍規模のポジティブなインパクトをもたらしていると公表されています。
(※参照:金融庁金融研究センター「インパクト加重会計の現状と展望|半世紀にわたる外部性の貨幣価値換算の試行を踏まえた一考察」)
3-2 日本|積水化学工業
日本においては、積水化学工業が2021年以降の「TCFDレポート」で、インパクト加重会計を取り入れたステークホルダー包括利益の開示を行っています。同社では、ステークホルダーに及ぼすインパクトを貨幣価値に換算して利益に参入しています。「気候変動課題への取り組みを実施する従業員の雇用創出額」「製品による温室効果ガス排出量の削減貢献による経済価値」など、大きく5項目に関してインパクト評価を行っています。
積水化学工業では、それぞれの要素について具体的な金額は公表していません。その代わりインパクト包括利益が当期純利益の何倍に当たるかをプロットし、経年変化を示しています。2021年以降はインパクト包括利益が当期純利益の4倍〜に達するなど、積極的にサステナビリティに貢献する取り組みを進めていると公表しています。
(※参照:金融庁金融研究センター「インパクト加重会計の現状と展望|半世紀にわたる外部性の貨幣価値換算の試行を踏まえた一考察」)
4 インパクト加重会計の課題と展望
インパクト加重会計には大きく3つの課題があります。一つは、インパクト加重会計は近年研究が本格化した手法であり、高度な専門性を要するため導入する企業がまだ少なく、投資家やステークホルダーにとっては企業間の比較を行ううえで十分な事例がないことです。
二つ目に、インパクト加重会計の利益を過大に見せる「インパクト・ウォッシュ」のリスクです。インパクトの影響範囲の捉え方や用いる方法論によって、貨幣価値への換算結果に誤差が生じる恐れがあります。定量的な数値を示すことで規模感がわかりやすくなる一方、自社に都合の良い計算方法でインパクトを過大に見積もり公表する企業が出てきてしまう可能性は否定できません。そのため、財務諸表に対して監査が行われるのと同様に、インパクト加重会計の内容に対しても第三者による監査を行ったり、会計基準として確立したりすることで、透明性と比較可能性を高めていく仕組み作りが、今後求められていくでしょう。
また、企業が自社の資金繰りや財政管理を行ううえでは、インパクト加重会計を通した利益をそのまま用いることが難しいといった点も指摘されています。インパクト加重会計上の利益が、必ずしもキャッシュとして企業に還元されるわけではないためです。インパクト加重会計の数値を、どのように企業の財政管理につなげていくか、実務面での検討も今後必要となるでしょう。
(※参照:金融庁金融研究センター「インパクト加重会計の現状と展望|半世紀にわたる外部性の貨幣価値換算の試行を踏まえた一考察」)
(※参照:日本経済新聞「企業の真価映す「インパクト会計」、実用化の難路」)
(※参照:Frontier Eyes Online「「未来の会計」2025年に導入なるか? インパクト加重会計が企業行動に与える変化」)
5 まとめ
インパクト加重会計は、定量的な評価が難しかった環境・社会に対するインパクトを貨幣価値に換算して可視化し、比較可能性をもたせるとともに、経営者や投資家の評価・判断に活かすことを目指す手法です。まだ発展途上の会計手法ではありますが、今後普及していけば、サステナビリティに対する取り組みを企業価値として評価する一助となるでしょう。
企業が、積極的に環境・社会に対してポジティブなインパクトをもたらす事業に取り組むインセンティブとなり、サステナブルな社会の実現に一段と近づくことが期待されます。
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伊藤 圭佑
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