目次
- ジェンダーレンズ投資とは
- ジェンダーレンズ投資が注目される背景
- ジェンダーレンズ投資の主な事例
3-1.ARUN Seedによる途上国の女性への投資
3-2.アランテキャピタルの投資方針 - ジェンダーレンズ投資の主な課題・今後の展望
- まとめ
1 ジェンダーレンズ投資とは
ジェンダーレンズ投資とは、投資判断の要素としてジェンダーの視点を取り入れ、ジェンダー平等の推進を目指し、投資決定により良い情報を提供することを目的とした投資手法のことです。ジェンダーの視点を投資プロセスに組み込むことで、ビジネスや社会、環境などにポジティブなインパクトをもたらすことが期待されています。
国際的なインパクト投資家のネットワークである「グローバル・インパクト投資ネットワーク(The Global Impact Investing Network、GIIN)」では、ジェンダーレンズ投資の例として次のような投資を挙げています。
ジェンダーの問題に取り組む、またはジェンダーの平等を促進するための投資
- 女性が起業または経営する事業への投資
- 職場(従業員、役員、株主、サプライチェーンなど)のジェンダー平等を促進する企業への投資
- 女の子、女性たちの生活を実質的に向上させるサービスを提供する企業への投資
投資判断により良い情報を提供するための投資
- ソーシングやデューデリジェンスなどの投資前の活動から、投資後のモニタリングまで、ジェンダーに焦点を当てたプロセスを取り入れた投資
- 投資先企業のジェンダー問題への対応状況を検討する戦略を取り入れた投資(投資先企業のビジョンやミッション、組織構造、文化、方針、職場環境、データや基準の使用方法、財務・人材資源の活用方法など)
(※参考:GIIN「Gender Lens Investing Overview」)
2 ジェンダーレンズ投資が注目される背景
ジェンダー不平等の傾向は、依然として多くの国々で見られます。
世界経済フォーラムは、2006年以降ジェンダーギャップ指数を発表しています。同指数は、経済、教育、保健、政治の4分野で、男性に対する女性の割合を示しており、1に近いほど平等、0に近いほど不平等を表しています。
2023年の発表では、対象146か国中、指数の高い順にアイスランド(0.912)、ノルウェー(0.879)、フィンランド(0.863)であり、これらの国々は例年高い傾向にあります。その一方で、全体平均は0.684と、指数の高い国々を大きく下回っています。また日本(0.647)は、分野別に見ると教育と健康の分野では高い一方で、政治と経済の分野の値が低く、全体で125番目と低い結果でした。
ジェンダー不平等は、経済、教育、保健、政治など各分野における構造的な問題です。ジェンダー不平等の状態が続くと、女性を含むマイノリティの人々が重要な意思決定の場に参加できない、必要な資源にアクセスできない、暴力や搾取を受けやすいなど、様々な不利益や被害を受ける恐れがあります。
全ての人々が権利と機会を享受できる社会の実現のため、あえてジェンダーの観点を投資に取り入れ、ジェンダー不平等の解消を目指すのがジェンダーレンズ投資です。
(※参考:世界経済フォーラム「Global Gender Gap Report 2023」)
(※参考:男女共同参画局「男女共同参画に関する国際的な指数」)
3 ジェンダーレンズ投資の主な事例
ジェンダーレンズ投資は、インパクト投資を重視するファンドや投資家により実践され始めています。ここでは二つのジェンダーレンズ投資の事例を紹介します。
3-1 ARUN Seedによる途上国の女性への投資
インパクト投資や社会起業家の育成を進める特定非営利活動法人ARUN Seedでは、さまざまな社会課題に取り組む投資を行っており、ジェンダーレンズ投資もその一つです。同団体は、ジェンダーレンズ投資における重要な視点として次の7つを挙げています。
- リーダーシップ:女性が取締役・上級管理職として登用され企業をリードしている
- 職場の平等:職場の地位や待遇が公平である
- サプライチェーン:女性が労働者・経営者としてサプライチェーンに関わっている
- 製品・サービス:ジェンダーを考慮して製品やサービスを設計・分配している
- 資本へのアクセス:女性の創業者や経営者、ファンドマネージャーなどが、同等に投融資による資本へのアクセスを有する
- 投資家:女性が投資家として資本調達に関わっている
- ジェンダージャスティス:ジェンダーに起因する暴力など緊急の問題に取り組む
ARUN Seedの投資先の一つが、インドネシアのDu Anyamという団体です。インドネシアの農村部では、男性が所有する土地で自給自足の農業により生計を立てることが多く、女性が現金収入を得ることは難しい状況にあります。また、家庭内のジェンダー格差も課題となっています。
女性が現金収入を得る機会を増やすため、同団体では、食品・飲料、ファッション、工芸品などのクリエイティブ分野での産業振興を行い、デジタル化やコミュニティの知識・資源の活用を促す活動を行っています。女性が活躍できる産業の育成や労働環境の改善を通じて、ジェンダー格差を生み出す社会構造の改善に取り組んでいます。
(※参考:ARUN Seed「ジェンダーレンズ投資」)
3-2 アランテキャピタルの投資方針
米国カリフォルニア州を拠点とするアランテキャピタル(Alante Capital)は、アパレル業界のサステナブルなサプライチェーンの実現をテーマに投資を行うベンチャーキャピタルです。ディープテックやクリーンテック、コンシューマーテック、SaaS系など多様な企業に投資をしています。
アランテキャピタルは、投資方針の一つとして「パイプライン(投資候補先)の50%以上を、女性やLGBTQI+を含む社会的マイノリティの人々がマネジメントチームにいる会社にする」ことをコミットしています。同社の投資ポートフォリオは、すべての投資先で社会的マイノリティの人々が経営者層のポジションに就いており、73%の投資先に女性創業者が含まれ、55%の投資先が女性創業者によって率いられている会社だと、同社は発表しています(2023年3月時点)。
パイプライン選定にジェンダーレンズ投資の考え方を取り入れている理由には、資金調達におけるジェンダー不平等が背景としてあります。同社の調べでは、2022年のベンチャーキャピタルからの資金調達のうち、女性が率いる会社が調達した金額は全体の1.9%程度、また少なくとも女性が一人チームにいる会社の場合は17.2%程度に留まったといいます。
その一因として、投資家であるベンチャーキャピタルのパートナー職に就いている女性の割合もまた、全体の4.9%に留まっていることが挙げられると、同社は指摘します。
投資資金をより多様な投資先に行き渡らせ、公平性と包括性に富んだ社会の実現を目指すため、アランテキャピタルはジェンダーレンズ投資の考え方を取り入れているのです。
※参考:Alantecapital「Happy International Women’s Day!」
4 ジェンダーレンズ投資の主な課題・今後の展望
今後普及が期待されるジェンダーレンズ投資ですが、一方で課題もあります。
現在ジェンダー不平等の問題は、男性・女性の間の不平等を指す場合が多くあります。しかし、ジェンダー不平等は必ずしも男性・女性間のみに生じるのではありません。LGBTQI+など性的マイノリティであることを理由に生じる不平等も、社会課題として見過ごすことはできないでしょう。
ジェンダーギャップ指数に見られる通り、男性・女性間の不平等は依然として根強い問題です。しかし、より多様性、公平性、包括性のある社会の実現には、ジェンダーレンズ投資においても男女軸に留まらず、様々なジェンダー課題を考慮する必要があるでしょう。
5 まとめ
ジェンダーレンズ投資は、投資判断の要素としてジェンダーの視点を取り入れ、ジェンダーによる不平等を解消し、ビジネスや社会の持続的な発展を目指す投資方法です。ジェンダー不平等の解消につながる商品・サービスの開発や、資金調達におけるジェンダー不平等を解消など、投資を通じて人権の保護、そして多様性、公平性、包括性のある社会の実現を目指す手法であり、今後の拡大が期待されます。
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伊藤 圭佑
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