目次
1 デジタル環境債とは
デジタル環境債とは、環境分野への取り組みに特化したプロジェクト(グリーンプロジェクト)の資金調達手段であるグリーンボンドを、ブロックチェーンの技術でセキュリティ・トークン化した有価証券です。デジタル技術の活用により、グリーンプロジェクトに関するデータの透明性の向上や、発行会社及び投資家がデータ収集する際の効率改善を目指しています。「グリーン・デジタル・トラック・ボンド」とも呼ばれます。
日本では、日本取引所グループ、日立製作所、野村證券及びBOOSTRYの4社がデジタル環境債のスキーム開発を進めています。2022年6月に日本取引所グループが、2023年12月には日立製作所が、デジタル環境債を起債しました。
(※参照:日本取引所グループ「国内初のデジタル環境債であるグリーン・デジタル・トラック・ボンドの発行条件を決定」)
(※参照:日立製作所「デジタル環境債を含む無担保普通社債の条件決定について」)
2 デジタル環境債が開発された背景
従来、投資家がグリーンボンドに投資を行う際、調達資金の使途やCO2排出量削減など環境改善効果を確認するにあたり、発行体や外部機関の評価レポートが主な情報源でした。そのため、情報の更新頻度や取得可能な情報が限られている、他のグリーンプロジェクトとの比較が困難だといった課題が指摘されていました。
投資家の課題
-
グリーンプロジェクトのモニタリングに必要な情報取得手段が限られており、投資先の横比較が困難
- グリーン指標に関する情報開示度合や頻度が限定的
- 計画通り資金が活用されているかの情報取得が困難
- 情報開示の内容や開示フォーマットにばらつきがある
発行体の課題
-
グリーンプロジェクトの環境インパクトを示すデータの取得や集計が煩雑のため、従来の社債と比べて管理コストが割高
- グリーン設備によるエネルギー発電量やCO2排出削減量などのデータ取得が容易ではない
- データ集計に手作業が発生してしまう
- 債券とデータの紐づけ管理が煩雑
こうした課題が指摘される中、グリーンボンドの投資家と発行体双方の課題の解決策として、デジタル環境債の開発が進められました。
日本取引所グループ、日立製作所、野村證券及びBOOSTRYの4社が開発するデジタル環境債のスキームでは、グリーンプロジェクトによる環境改善効果に関するデータが、測定・比較可能な指標の形で可視化され、外部からでもタイムリーに参照できる「グリーン・トラッキング・ハブ」に加え、ブロックチェーン基盤を活用した社債型セキュリティ・トークンのスキームが活用されています。
これにより、投資家にとってはデータ収集の利便性・適時性が向上し、投資したグリーンプロジェクトの環境課題への貢献度合いを確認しやすくなることが期待されています。また発行体にとっては、債券の発行・管理・償還プロセスが電子的方法により完結し、またグリーン指標に関するデータ収集や情報開示がデジタル化されることで、債券とデータ管理のコストが削減されることが期待されています。
(※参照:日本取引所グループ「国内初のデジタル環境債であるグリーン・デジタル・トラック・ボンドの発行条件を決定」)
(※参照:野村證券「日立によるデジタル環境債の発行に向けた協業について」)
3 デジタル環境債の発行事例
日本でデジタル環境債を発行している、日本取引所グループと日立製作所の事例を紹介します。
3-1 日本取引所グループ
日本取引所グループは、2022年6月に日本初のデジタル環境債を発行しています。同社はデジタル環境債の開発を推進した企業のひとつでもあり、この起債に対して寄せられた意見を、今後のデジタル環境債の機能開発・システム強化などに役立てる方針を示していました。
社債の発行概要
社債総額 | 5億円 |
各社債の金額 | 1億円 |
払込金額・償還金額 | 各社債の金額100円につき金100円 |
利率 | 0.05% |
年限 | 1年 |
払込期限 | 2022年6月3日 |
償還期限 | 2023年6月3日 |
引受会社 | 野村證券株式会社 |
資金使途 | 連結子会社である株式会社JPX総研への貸付金。同社が再生可能エネルギー発電施設(太陽光及びバイオマス)への設備投資を行う際の資金として充当 |
セカンドパーティ・オピニオン | 株式会社格付投資情報センター(R&I)よりオピニオン取得 |
(※参照:日本取引所グループ「国内初のデジタル環境債であるグリーン・デジタル・トラック・ボンドの発行条件を決定」)
3-2 日立製作所
日立製作所は、2023年12月に国内2例目となるデジタル環境債を発行しています。日立製作所の起債は総額100億円と、日本取引所グループの発行額と比較し大規模な起債といえます。
社債の発行概要
社債総額 | 100億円 |
各社債の金額 | 1億円 |
払込金額・償還金額 | 各社債の金額100円につき金100円 |
利率 | 0.598% |
年限 | 5年 |
払込期限 | 2023年12月14日 |
償還期限 | 2028年12月14日 |
引受会社 | 野村證券株式会社 |
資金使途 | 省エネルギービルである同社中央研究所「協創棟」の建設、および改修費用のリファイナンス |
セカンドパーティ・オピニオン | R&Iよりオピニオン取得 |
(※参照:日立製作所「デジタル環境債を含む無担保普通社債の条件決定について」)
4 デジタル環境債の課題
デジタル環境債の発行は、国内ではまだ今回紹介した2例にとどまっています(2023年末時点)。2022年度の国内社債発行総額がおよそ12.9兆円だったことを踏まえると、まだまだ発行市場は小さいといえるでしょう。
今後の発行件数の増加や投資家層の拡大が期待されますが、他のデジタル債とも共通する課題として以下が挙げられます。
一つは、税制上の課題です。租税特別措置法8条では、金融機関等を対象に源泉徴収の不適用制度が定められています。現行法上、従来の社債(振替債)の受取利子については源泉徴収不適用制度を受けられますが、デジタル債の利子は受けられないと解釈されているのです。
もし源泉徴収をされたとしても、法人税法68条により、源泉徴収された額は法人税の確定申告時に控除でき、結果的に金融機関が支払う税額は変わらないとされています。しかし、源泉徴収をされない場合と比べて、利払い時に源泉徴収されることの資金負担や、金融機関等のオペレーション上の負担が懸念されます。
また、振替債の決済は、資金と債券の決済を同時に行うDelivery Versus Payment(DVP)という方法を用いていますが、デジタル債は資金と債券の決済をそれぞれ行うFree of Payment(FOP)という方法が用いられます。デジタル債は、債券の受け渡しにブロックチェーン、資金の受け渡しに全国銀行データ通信システム(全銀システム)を利用しており、決済基盤が異なるためです。FOP決済は、DVP決済と比べて元本の取りはぐれリスクなどが懸念されていることから、デジタル債においてもDVP決済の実現が期待されます。
その他、セキュリティ・トークンの買取取引に応じる金融機関数が限られており、投資家が償還前にデジタル債を売却したい場合の買取価格の提示を複数の金融機関から受けることが難しい、買取のオペレーションを構築しにくいといった点も挙げられます。
税制上の扱いや決済の仕組みが改善され、デジタル環境債の市場参加者が増えることで、グリーン投資の拡大が期待されます。
(※参照:日経新聞「国内社債発行12.8兆円」)
(※参照:JPX総研・野村証券「ESG 投資におけるデジタル債の活用に関する研究会-報告書-」)
5 まとめ
デジタル環境債は、ブロックチェーン技術を用いて発行されるグリーンボンドです。デジタル技術の活用によって、投資したグリーンプロジェクトの環境インパクトに関するデータの収集・管理をしやすくなり、発行体にとっては債券の発行コストや環境インパクトに関する情報収集及び開示コストの低下、投資家にとってはリアルタイムでの環境インパクトモニタリングを可能にすることが期待されています。
デジタル環境債が普及により、投資家や企業によるグリーン投資がさらに活性化されることが望まれます。
サステナブル投資の考え方・手法・商品などに関連する用語一覧
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- ポジティブ・スクリーニング
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- MSCI ESG格付け
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- GX経済移行債
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伊藤 圭佑
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