トランジション・リンク・ボンドとは・意味

目次

  1. トランジション・リンク・ボンドとは
  2. トランジション・リンク・ボンドが注目される背景
  3. トランジション・リンク・ボンドの事例
    3-1.大阪ガスのトランジション・リンク・ボンド
    3-2.JERAのトランジション・リンク・ボンド
  4. トランジション・リンク・ボンドの課題
  5. まとめ

1 トランジション・リンク・ボンドとは

トランジション・リンク・ボンドとは、長期的な脱炭素化戦略に沿って目標・評価指標の設定が行われ、目標の達成状況に応じて金利などの条件が変動する債券のことです。サステナブル・ファイナンスの一環として登場した資金調達手法ですが、グリーンボンドやソーシャルボンドのように調達資金の用途がサステナビリティ目的に限定されてはいません。脱炭素化に向けた目標の達成状況と金利などのファイナンス条件を連動させることで、脱炭素化への取り組みを支援する仕組みです。

トランジション・リンク・ボンドの発行体は、サステナビリティ・リンク・ボンドやトランジション・ファイナンスに関する様々な基準・規則に準拠し、第三者評価を得て社債を発行しています。例えば、以下のような原則や指針が参照されています。

  • クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック2020・2023(国際資本市場協会、ICMA)
  • クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針(2021年5月、金融庁・経済産業省・環境省)
  • サステナビリティ・リンク・ボンド原則2020(ICMA)
  • グリーンボンド原則2021(ICMA)
  • グリーンローン及びサステナビリティ・リンク・ローンガイドライン2020年版(環境省)
  • グリーンボンド及びサステナビリティ・リンク・ボンドガイドライン2022年版(環境省)

(※参照:ICMA「クライメート・トランジション・ファイナンス・ハンドブック発行体向けガイダンス(2023年6月)」、「サステナビリティ・リンク・ボンド原則自主的ガイドライン(2023年6月)」)
(※参照:ENEOS「国内初のトランジション・リンク・ボンドの発行について」)
(※参照:大阪ガス「Daigas グループ グリーン/トランジション・ファイナンス・フレームワーク」)

2 トランジション・リンク・ボンドが注目される背景

気候変動に関するパリ協定では、「今世紀の世界的な平均気温の上昇を産業革命前と比べて2℃より十分低く保ち、理想的には1.5℃に抑える」という目標が掲げられています。国連気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change、IPCC)では、今世紀末の気温上昇を産業革命前の1.5℃以内に抑えるためには、2050年ごろにカーボンニュートラルを達成する必要があることが示されています。

カーボンニュートラルを達成するためには、すでにグリーン投資が進んでいるセクターだけでなく、現在の技術では脱炭素化が困難な産業部門・エネルギー転換部門でも、科学的根拠に基づいて低炭素化と脱炭素への移行(トランジション)を進める必要があります。しかしこれらのセクターは、足元の二酸化炭素排出量などが原因で、グリーンボンドによる資金調達が難しい場合もあります。

排出量削減の困難なセクターにおいて脱炭素化へのトランジションを支える資金調達手段として登場したのが、トランジション・ファイナンスという考え方です。

さらにトランジション・ファイナンスのなかで、トランジションの実現に関する重要業績評価指標(KPI)やサステナビリティ・パフォーマンス・ターゲット(SPTs)を事前に設定することで発行体にインセンティブを持たせる手法が、トランジション・リンク・ボンドです。

トランジション・リンク・ボンドの普及により、排出量削減の困難なセクターでトランジションが促進され、2050年のカーボンニュートラルの達成に寄与することが期待されています。また投資家にとっても、グリーンボンドでは対象外だった企業や事業も投資対象となることで投資機会の拡大につながるでしょう。

(※参照:金融庁・経済産業省・環境省「クライメート・トランジション・ファイナンスに関する基本指針」)

3 トランジション・リンク・ボンドの発行事例

資金使途を特定せず、目標達成に応じて条件が変動するトランジション・リンク・ボンドは、すでに日本でも発行されています。エネルギーセクターなど多排出セクターでトランジション・ファイナンスとして活用されています。

3-1 大阪ガスのトランジション・リンク・ボンド

大阪ガスでは、2021年1月に「Daigasグループ カーボンニュートラルビジョン」、2023年3月に「Daigasグループ エネルギートランジション2030」を公表して、2050年のカーボンニュートラル実現に向けて取り組んでいます。また、2022年3月に「グリーン/トランジション・ファイナンス・フレームワーク」を策定し、トランジション・ファイナンスによる資金調達を実行してきました。本フレームワークは、第三者評価機関であるDNV ビジネス・アシュアランス・ジャパン株式会社より、各種基準への適合性について「セカンド・パーティ・オピニオン」が出されています。

同社は2024年~2026年の3年間を、エネルギーの安定供給とトランジション期への貢献を図り、カーボンニュートラルに向けた基盤構築を進めていく時期と位置づけています。これらの活動を推進するため、資金調達手段を多様化させ、トランジション戦略の情報発信を強化させる目的で、2024年5月にトランジション・リンク・ボンドの発行を発表しました。

同債券では、「Daigasグループ エネルギートランジション2030」で掲げるCO2排出量削減目標「2030年度にDaigasグループの国内サプライチェーンCO2排出量(Scope1・2・3)を500万トン削減(2017年度比)」をKPI・SPTとしています。

SPTが未達成の場合は、社債発行額の0.1%相当が環境保全活動を目的とする団体等に寄付されます。発行体側から見ると、実質的な資金調達コストが0.1%増加することになりますが、増加コストも環境保全活動への投資として使われる仕組みです。

本社債は、みずほ証券株式会社をストラクチャリング・エージェントに起用しています。

(※参照:大阪ガス「都市ガス事業者初となるトランジション・リンク・ボンドの発行に関するお知らせ」、「Daigas グループ グリーン/トランジション・ファイナンス・フレームワーク」)

3-2 JERAのトランジション・リンク・ボンド

東京電力フュエル&パワーと中部電力の合弁会社であるJERAは、火力発電、再生可能エネルギー、ガス・LNG事業に携わっています。同社の掲げる「JERAゼロエミッション2050」では、2050年時点で国内外の同社事業から排出されるCO2をゼロとすることを目標としています。クリーンな燃料の導入や、発電時にCO2を排出しないゼロエミッション火力の推進に取り組んでいます。

CO2ゼロエミッション戦略を進めるにあたり資金調達手段を多様化させる目的で、同社はトランジション・リンク・ボンドの発行を始めました。2024年3月に、10年債・100億円の社債が発行されています。本債券では、「2030年度における当社グループ国内CO2排出原単位を0.477kg-CO2/kWh以下とすること(判定日:2031年12月末)」をSPTとしています。SPTが未達成の場合、発行額の0.1%相当額を、環境保全活動を行う団体に寄付する方針です。

なお、ストラクチャリング・エージェントは三菱UFJモルガン・スタンレー証券、第三者評価機関はDNVビジネス・アシュアランス・ジャパンがそれぞれ務めています。主幹事証券会社は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券、SMBC日興証券、野村證券、東海東京証券、みずほ証券です。

(※参照:JERA「当社初となるトランジション・リンク・ボンドの発行について」)

4 トランジション・リンク・ボンドの課題

トランジション・リンク・ボンドを取り巻く課題としてまず挙げられるのが、目標設定と達成評価に関する透明性の確保です。グリーンウォッシュのリスクを回避するため、発行体が科学的根拠に基づいてトランジション戦略を策定し、現実的な目標設定と具体的な実行計画を設け、評価基準に沿った進捗状況の報告をするための人材確保や仕組み作り、外部専門家による第三者評価が必要となります。

つぎに、金融機関が投融資先の温室効果ガス排出量(ファイナンスド・エミッション)の増加を懸念し、多排出産業への投融資を控える恐れがある点です。トランジション・リンク・ボンドへの投資は、足元でファイナンスド・エミッションを増加させる恐れがありますが、中長期的スパンでの低炭素・脱炭素化への貢献度の評価や、トランジション・ファイナンスに関わるファイナンスド・エミッションの情報開示などにより、トランジション・リンク・ボンドへの投融資を控える動きとならないような取り組みが必要です。

日本では、2023年に経済産業省・金融庁・環境省主催によるファイナンスド・エミッションの課題解決に向けた検討が行われ、検討内容や考え方について公表されています。

またその他の課題として、目標を達成できなかった場合、発行体にとっては金利負担が増加するなど財務を圧迫するリスクが挙げられます。目標達成が難しい場合はトランジションへの投資をさらに促進することが望まれますが、財務負担の増加が将来の投資を難しくさせるリスクがあるのです。一方で財務基盤が強固な企業にとっては、目標達成が困難な場合、金利を負担をすることで目標達成を見送るといった判断ができてしまう恐れもあります。

企業にとって効果的なインセンティブとなるよう、企業の財務状況を考慮した条件設定をすることが大切です。また、投資家や各ステークホルダーが企業の取り組みを継続的にチェックし、助言・提言をしていくことも必要でしょう。

(※参照:経済産業省「ファイナンスド・エミッションの課題解決に向けた考え方に関する文書を取りまとめました」)

5 まとめ

トランジション・リンク・ボンドは、目標の達成状況とファイナンス条件をリンクさせることで、脱炭素化に向けたトランジションを後押しする仕組みです。従来のグリーンボンド等では資金調達の困難だった多排出セクターにとって新たな資金調達手段となるでしょう。

日本でもエネルギーセクターなどで発行事例が出てきています。2050年のカーボンニュートラル達成に向けてトランジションへの投資を加速させるため、透明性の確保やファイナンスド・エミッションの短期的な増加といった課題への取り組みが求められます。

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伊藤 圭佑

資産運用会社に勤める金融ライター。証券アナリスト保有。 新卒から一貫して証券業界・運用業界に身を置き、自身も個人投資家としてさまざまな証券投資を継続。キャリアにおける専門性と個人投資家としての経験を生かし、経済環境の変化を踏まえた投資手法、投資に関する諸制度の紹介などの記事・コラムを多数執筆。