ファイナンスド・エミッションとは・意味

目次

  1. ファイナンスド・エミッションとは
  2. ファイナンスド・エミッションが注目される背景
  3. ファイナンスド・エミッションの国内の動き
    3-1.日本の金融業界の動き
    3-2.炭素会計システム導入の動き
  4. ファイナンスド・エミッションの課題・今後の展望
  5. まとめ

1 ファイナンスド・エミッションとは

ファイナンスド・エミッション(Financed Emissions)とは、投融資先の温室効果ガス排出量のことです。排出量ネットゼロの実現に向けて、金融機関が気候変動リスク・機会を検討したり、投融資を通じて投資先企業の脱炭素化を支援したりするにあたり、投融資先の排出量を算定・開示することが求められ始めています。

温室効果ガス排出量については、国際基準の開発・促進に取り組むイニシアティブ「GHGプロトコル」が、以下の3基準に基づく定義を公表しています。

  1. スコープ1:自社が所有・管理するボイラー、炉、車両などから発生する温室効果ガスの直接排出
  2. スコープ2:自社が消費・購入・取得した電気、蒸気などから発生する温室効果ガスの間接排出
  3. スコープ3:スコープ2に含まれるものを除く、自社のバリューチェーンで発生する間接的な温室効果ガスの排出

さらにスコープ3は、「輸送、配送」、「資本財」などの排出活動に応じて15のカテゴリーに分かれています。ファイナンスド・エミッションは、金融機関におけるスコープ3のカテゴリー15「投資」(株式投資、債券投資、プロジェクトファイナンスなど)に該当します。

ファイナンスド・エミッションの算出・開示には、2020年11月に「金融向け炭素会計パートナーシップ(Partnership for Carbon Accounting Financials、PCAF)」が公表した基準が主に用いられています。

融資や株式、社債などが算出の対象となっており、あらゆる機関投資家や銀行などの金融機関による活用が想定された仕組みです。なお、ファイナンスド・エミッションを公表する場合、スコープ1および2の公表も求められます。

(※参照:環境省「排出量算定について」、「ポートフォリオ・カーボン分析の活用と高度化に向けた検討報告書」)
(※参照:PCAF「Financed Emissions」)

2 ファイナンスド・エミッションが注目される背景

ファイナンスド・エミッションは、様々な理由からその重要性が認識され始めています。一つは、投融資先の排出量が可視化されることで、金融機関と企業の間で脱炭素化に向けた対話と支援が進むと期待されているためです。

ネットゼロへの移行を目指す金融イニシアティブ「GFANZ(Glasgow Financial Alliance for Net Zero)」では、傘下の金融アライアンスに賛同する投資家・金融機関に対し、2050年までにファイナンスド・エミッションを含む自社の排出量をネットゼロにすることを求めています。金融機関のバリューチェーン上の排出量算定は、そのための第一歩と言えます。

また、金融機関に対し気候変動リスクの管理を求めるルール作りが国内外で進められている点も、一因として挙げられます。例えば、金融機関を対象とした国際的なルール作りを進めるバーゼル銀行監督委員会(BCBS)は、2022年6月に「気候関連金融リスクの実効的な管理と監督のための諸原則」を公表しました。気候変動や温暖化に対するインパクトの管理・監督の強化と、気候変動リスクに対応するため十分な資本・流動性を持っているか検証することを、金融機関に対して求めています。

こうした管理・監督の強化も、ファイナンスド・エミッションの算出・開示が進む要因の一つです。

(※参照:金融庁「ファイナンスド・エミッションの課題解決に向けた考え方について」)
(※参照:環境庁「⾦融機関への環境整備(ファイナンスド・エミッションへの対応について)」)
(※参照:一般社団法人全国銀行協会「気候変動問題への銀行界の取組みについて」)
(※参照:野村総合研究所「進展する投融資ポートフォリオのCO2排出量計測の動き」)

3 ファイナンスド・エミッションの国内の動き

日本では、官民を挙げてファイナンスド・エミッションの導入・実践を支援する動きがみられます。

3-1 日本の金融業界の動き

日本の銀行業界の発展に取り組む一般社団法人全国銀行協会では、2021年12月に「カーボンニュートラルの実現に向けた全銀協イニシアティブ」を策定しました。銀行業界のミッションとして、「社会経済全体の2050年カーボンニュートラル・ネットゼロへの『公正な移行』(Just Transition)を支え、実現する」を掲げています。

ミッションを達成するための施策として、顧客企業への支援、気候変動リスクの管理、PCAFなどの国際イニシアティブへの参加を挙げています。ファイナンスド・エミッションの測定・開示は、国際イニシアティブであるPCAFが推進しています。2021年11月には日本でPCAF Japan coalitionが発足するなど、ファイナンスド・エミッションの算出を支援する動きが国内でも浸透し始めています。

また、金融庁、経済産業省、環境省が共催する「トランジション・ファイナンス環境整備検討会」の下に、ファイナンスド・エミッションに関するサブワーキングが設置されました。主要な金融機関で委員が構成されており、ファイナンスド・エミッションに関する考え方の整理や、ネットゼロに向けた投融資を積極的に行うための評価枠組み作り、トランジション・ファイナンスを推進するための環境整備に取り組んでいます。

(※参照:全国銀行協会「気候変動問題への銀行界の取組みについて」)
(※参考:官民でトランジション・ファイナンスを推進するためのファイナンスド・エミッションに関するサブワーキング「ファイナンスド・エミッションの課題解決に向けた考え方について」)

3-2 炭素会計システム導入の動き

その一方で、ファイナンスド・エミッションの算出には、財務、事業活動、バリューチェーンに関する多種多様なデータを組み合わせた複雑な計算が求められます。正確性、網羅性、開示の適時性を備えた、包括的なシステムの構築が必要ですが、金融機関自身が開発するのは容易ではありません。

炭素会計プラットフォームを提供する米パーセフォニ(Persefoni)社は、2023年10月にPCAFの公認SaaSパートナーとして認定されました。同社のプラットフォームは、PCAF基準に準拠した金融機関向けの排出計算機能を実装しており、ベンチマーキングや、ポートフォリオ別の排出量管理、排出量の予実管理の機能に加え、開示支援を提供しています。

同社の炭素会計システムは、三井住友銀行、愛知銀行や滋賀銀行など国内の金融機関にも導入されています。また2022年から、三井住友銀行及び日本IBM社とのパートナーシップにより、金融機関向けに排出量算定と分析、データ活用に関するソリューション提供を始めています。

(※参照:パーセフォニ社「Persefoni Recognized Among First PCAF-accredited SaaS Vendors」、「Sumitomo Mitsui, Persefoni, and IBM Japan Join Forces for Net-Zero Emissions」)

4 ファイナンスド・エミッションの課題・今後の展望

このように、ファイナンスド・エミッションの算出を支援する取り組みが各方面で進む一方で、脱炭素化に向けた支援を阻害してしまういくつかの課題もあります。

まず、温室効果ガス排出量の多い事業・企業への投融資は、脱炭素化に取り組んでいたとしても、金融機関にとっては自社のファイナンスド・エミッションを一時的に増加させてしまう点です。

例えば、石炭火力事業や自動車産業など排出量の多い事業や企業が、省エネ技術の開発や燃料転換、設備の効率化など、脱炭素化への移行に取り組んでいたとします。このような脱炭素化への移行を後押しする金融支援(トランジション・ファイナンス)を金融機関が行うことで、将来的に経済全体の排出量削減が期待されます。しかし、足元では金融機関自身のファイナンスド・エミッションが増加します。

また、ファイナンスド・エミッションは測定時(ヒストリカル)の排出量を示しますが、脱炭素化により将来削減され得る排出量を示すものではありません。そのため、ファイナンスド・エミッションのみで評価をしてしまうと、トランジション・ファイナンスを行う金融機関が、あたかも脱炭素化に十分に取り組んでいないように見られる恐れがあるのです。

こうした懸念から、排出量の多い事業・企業に対する投資控えが助長されると、実経済の脱炭素化が阻害される可能性があります。そのため、トランジション・ファイナンスを他の温室効果ガス排出要因と分けて評価をしたり、短期的な排出量の評価ではなく長期的なスパンでのKPI設定を行ったりするなど、金融機関が積極的にトランジション・ファイナンスを行えるような仕組み作りが求められています。

(※参考:官民でトランジション・ファイナンスを推進するためのファイナンスド・エミッションに関するサブワーキング「ファイナンスド・エミッションの課題解決に向けた考え方について」)
(※参照:環境庁「⾦融機関への環境整備(ファイナンスド・エミッションへの対応について)」)

5 まとめ

金融機関が気候変動リスク・機会を検討し、投資先企業の脱炭素化を支援する中で、様々な金融機関でファイナンスド・エミッションの算出・開示に向けた取り組みが始まりつつあります。一方で、温室効果ガス排出量の多い事業・企業に対して脱炭素化の移行支援を行う際に、ファイナンスド・エミッションが一時的に増えてしまうなど、評価方法には課題が残っています。

今後、ファイナンスド・エミッションの課題が整理され、ファイナンスド・エミッションの手法が普及・定着するとともに、トランジション・ファイナンスの促進につながる仕組み作りが進むことが期待されます。

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伊藤 圭佑

資産運用会社に勤める金融ライター。証券アナリスト保有。 新卒から一貫して証券業界・運用業界に身を置き、自身も個人投資家としてさまざまな証券投資を継続。キャリアにおける専門性と個人投資家としての経験を生かし、経済環境の変化を踏まえた投資手法、投資に関する諸制度の紹介などの記事・コラムを多数執筆。