人権デューデリジェンスとは・意味

目次

  1. 人権デューデリジェンスとは
  2. 人権デューデリジェンスが注目される背景
  3. 人権デューデリジェンスの事例
    3-1.コーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令
    3-2.キリンホールディングスの人権デューデリジェンス
  4. 人権デューデリジェンスの課題と展望
  5. まとめ

1 人権デューデリジェンスとは

人権デューデリジェンスとは、企業のサプライチェーンにおける人権リスクの防止と軽減を図るため、人権リスクの評価や対策の実行、対策に対する評価や情報開示などを行う一連の取り組みのことです。

サステナブルな社会を実現するうえでは、人権の保護・尊重は不可欠な要素です。企業が人権保護に取り組むことで、企業活動における人権侵害とそれにより引き起こされる様々な社会課題の解決につながります。また、従業員や取引先からの関心も高まる中、人権に対応することでステークホルダーと良好な関係を築き、共に持続的に成長していくことにもつながるでしょう。

人権デューデリジェンスのプロセス

OECDのガイダンスによると、デューデリジェンスのプロセスは6つのステップから構成されます。

  1. 責任ある企業行動を企業方針・経営システムに組み込む
  2. 負の影響の特定・評価
  3. 負の影響の停止・防止・軽減
  4. 追跡調査
  5. 情報開示
  6. 適切な場合、是正措置を行う

企業は、一連のサイクルを継続的に回すことが求められるため、専門家による支援と人材の確保、体制の構築や手順の整理を行ったうえで、PDCAサイクルを回しながら、改善に取り組んでいく必要があります。

(※引用:JETRO「人権デューディリジェンス、日本企業の対応は?」)
(※参照:第一生命経済研究所「【1分解説】人権デューディリジェンスとは?」)

2 人権デューデリジェンスが注目される背景

人権の尊重はサステナブルな社会を実現するうえで重要な要件でありながら、課題の多い領域でもあります。例えば、強制労働や児童労働、劣悪な労働環境、長時間労働、さまざまなハラスメントや賃金未払いなど、企業活動においても多岐にわたる人権侵害が依然として存在しています。

このような中、欧州では人権デューデリジェンスを義務化・制度化する動きが始まっています。国単位では、フランス、ドイツなどで人権デューデリジェンスを義務付ける法律が施行されています。

さらに、EUでは欧州議会の主導で「コーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令案」がまとめられ、2023年6月にドラフト案が採択されました。同指令において、人権デューデリジェンスの実施が義務付けられる企業や開示すべき内容のガイドラインなどが整理される見通しです。

日本でも2022年9月に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が発表されるなど、企業が人権デューデリジェンスに必要な体制を構築することは、今後ますます求められていきます。

(※参照:EY「欧州サステナビリティ・デューデリジェンスの義務化に関する立法プロセスの進展 日本企業は何に留意するべきか」、「欧州サステナビリティ・デューデリジェンスの義務化に関する動向と日本企業への影響」)

3 人権デューデリジェンスの事例

すでに人権デューデリジェンスの制度化が進んでいるEUの状況や、日本の取り組み事例について紹介します。

3-1 コーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令

EUでは「コーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令」により、条件に当てはまる企業に対して人権デューデリジェンスを義務付ける方向で調整を進めています。

2023年6月時点のドラフトによると、EU域内の企業だけでなく、EU域内で活動する第三国の企業も適用対象となる可能性があります。適用対象となる企業はグループ1、2に分けられており、グループによって適用開始時期が異なります。

EU域内企業

  • グループ1:従業員数平均1000人超、かつ、グローバルでの前年度売り上げが1億5,000万ユーロ超(最終親会社が当該基準に該当する場合を含む)
  • グループ2:従業員数平均500人超、かつ、グローバルでの前年度売り上げが1億5,000万ユーロ超(最終親会社が当該基準に該当する場合を含む)。もしくは従業員数平均250人超、かつ、グローバルでの前年度売り上げが4,000万ユーロ超

EU域外企業

  • グループ1:EU域内での前年度売り上げが1億5,000万ユーロ超(最終親会社が当該基準に該当する場合を含む)
  • グループ2:グローバルでの前年度売り上げが1億5,000万ユーロ超、かつ、そのうちEU域内売り上げが4,000万ユーロ超(最終親会社が当該基準に該当する場合を含む)

(※引用:EY「欧州サステナビリティ・デューデリジェンスの義務化に関する立法プロセスの進展 日本企業は何に留意するべきか」)

デューデリジェンスの対象は、バリューチェーン全体を含む取引関係です。なおデューデリジェンスの実施義務を怠ったうえ、防止・停止・是正・最小化すべき悪影響が起きた場合には、民事責任を負う恐れがあります。

3-2 キリンホールディングスの人権デューデリジェンス

大手飲料メーカーのキリンホールディングスでは、人権方針を策定したうえで、人権デューデリジェンスを実行しています。

同社では、次のような評価や取り組みを行っています。

  • 人権リスクが高いと評価した国・地域では、現地訪問をし現地法人のアセスメントを実施
  • 本社担当者が現地に訪問して説明を行い、行動計画を現地法人と共に作成
  • 行動計画は現地法人主体で実行、本社で横断的事項や現地の取り組みのモニタリング・進捗確認を継続的に実施
  • 国別の影響評価報告書を公表
  • 二次サプライヤーに対しては、一次サプライヤーとともに、現地訪問
  • M&Aや新規事業の意思決定においても、人権を評価ポイントとの一つとする

(※参考:外務省「「ビジネスと人権」に関する取組事例集」)

4 人権デューデリジェンスの課題と展望

日本では、人権デューデリジェンスを行っている企業数はまだ限られています。JETROの調査によると、日本で人権デューデリジェンスを実施している企業は、2022年度時点で10.6%にとどまっています。また、大企業による実施率が約30%であるのに対し、中小企業は約8%と、企業規模により実施状況も異なります。日本で人権デューデリジェンスという言葉が登場したのが比較的新しいこと、またデューデリジェンスの実施には人材の確保や体制構築、継続的なPDCAの実施など様々なリソースが必要であることも、一因として考えられます。

ただし、約40%の企業は1年~数年以内に実施を検討しているなど、必要性を理解する企業は少なくありません。顧客から人権に対する対応状況を求められたことのある企業も約35%となっており、顧客要請に応える形で人権デューデリジェンスの取り組みが今後普及していくと期待されます。

(※参照:JETRO「人権デューディリジェンス、日本企業の対応は?」)

5 まとめ

人権デューデリジェンスは日本ではまだ普及の途上ですが、欧州ではすでに大企業に義務化する方向で調整が進められています。義務化は日本のグローバル企業を含む域外企業にも及ぶ可能性が想定されるため、欧州域内で取引のある企業は動向を認識しておく必要があるでしょう。

人権を尊重する産業・企業を増やすためには、日本でも人権デューデリジェンスを普及させる必要があります。日本ではまだ新しい概念であるがゆえに「馴染みがない」という企業の担当者が多いので、欧州や国内の事例を周知しながら認知度を高めていくことが期待されます。

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伊藤 圭佑

資産運用会社に勤める金融ライター。証券アナリスト保有。 新卒から一貫して証券業界・運用業界に身を置き、自身も個人投資家としてさまざまな証券投資を継続。キャリアにおける専門性と個人投資家としての経験を生かし、経済環境の変化を踏まえた投資手法、投資に関する諸制度の紹介などの記事・コラムを多数執筆。