NPOへの寄付や企業との連携を検討する際、「その団体は本当に信頼できるのか」という問いは、多くの関係者が直面する課題だ。この「信頼性」をいかに客観的に評価し、社会的な資金循環を円滑にするか。2025年10月29日、この課題に対する具体的な解決策を示すシンポジウムが開催された。テーマは、NPOの信頼性を「見える化」する第三者認証制度「グッドギビングマーク」。NPOの組織運営の健全性を可視化するこの取り組みは、企業、財団、NPOの新たな連携や資金循環の創出を後押しするものだ。
第三者による客観的な組織評価を通じて「寄付者保護」の実現へ
シンポジウムの冒頭で、主催団体である日本非営利組織評価センター(JCNE)の佐藤大吾理事長は、金融業界の「預金者保護」や「投資家保護」といった概念が寄付の世界には欠けていたと指摘。支援者が抱える「この団体を信じていいのか」という不安に対し、客観的な判断材料を提供し、「寄付者保護」を実現することがグッドギビングマーク制度の目的の一つだと説明した。
グッドギビングマークの評価基準は、活動内容の成果(事業評価)ではなく、組織運営の健全性(組織評価)に特化している点が特徴だ。理事会は適切に機能しているか、財務や活動に関する情報は透明性をもって公開されているか。そして、多くの企業が時間とコストをかけてきたコンプライアンスや反社会的勢力との関与の有無といった点も、専門機関としてJCNEが審査する。
佐藤氏は、企業や助成団体が個別に行ってきたNPOの信頼性調査について、共通する審査項目をJCNEが代行する仕組みだと説明。これにより、支援する側の調査コスト削減にも繋がるとした。
「共助資本主義」の実現により、事業成長と社会包摂の両立へ
続く基調講演では、経済同友会の斎藤祐馬氏が、NPOとの連携が企業の経営戦略において重要性を増しているとの考え方を示した。
斎藤氏は、現代の資本主義が格差や貧困といった課題を抱える中で、企業の利益追求と社会全体の包摂性を両立させる新たな思想が必要だと指摘。こうしたマクロな課題認識を背景に、経済同友会が提唱するのが「共助資本主義」である。
斎藤氏によれば、この「共助資本主義」を実践する上で、NPOは不可欠なパートナーとなる。スタートアップが短期的な成長を求められるのに対し、NPOはより長期的な視点で社会課題に取り組むことができる。しかし、NPOは資本主義の枠外にあるため、人材確保や資金調達に課題を抱えており、企業からの資金循環をいかに拡大させるかが大きな課題であると述べた。
斎藤氏によれば、NPOとの協働は、長期的なファン層の形成や未来の顧客層の開拓といった企業価値の向上に繋がる。さらに、現代では企業の社会的なインパクトがなければ、優秀な人材の獲得は困難になるとし、人材戦略の観点からもNPO連携が企業の競争力を高める有効な手段になり得るとした。
最後に斎藤氏は、こうした連携を実現するための最初の一歩として、経営者自身が「現地訪問などを通じて実際に現場に触れてみること」の重要性を強調。まずはNPOの活動への理解を深め、経営トップが変革の意思を持つことが、共助資本主義を推進する上で不可欠であると訴え、講演を締めくくった。
支援する側と支援される側から見た「信頼」の現状と課題
パネルディスカッションでは、NPO、企業、助成財団という異なる立場から、「信頼」に関する現状の課題が共有された。
日本の子供の貧困問題に取り組む認定NPO法人キッズドアの渡辺由美子氏は、NPOが社会から持たれがちなイメージについて言及。フィクションであるテレビドラマの中でさえNPOが悪役として描かれることがある現状に触れ、「ドラマの題材になるほど、NPOに対して漠然とした不信感が社会に根強く残っていると感じ、衝撃を受けました」と述べた。こうした社会的な先入観は、一部の不適切な団体の存在によって増幅され、誠実に活動する多くのNPOにとって、活動資金の調達や社会的な連携を進める上での見えない障壁となっている。
一方で、支援する側も判断の難しさに直面している。ヤフーネット募金で約400の団体と関わるLINEヤフーの西田修一氏は、「専門部署であっても、団体の信頼性を十分に確認するには相当な時間を要します。一般の寄付者の方が判断するのはさらに困難ではないでしょうか」と語る。ベネッセこども基金の青木智宏氏も、「託された資金である以上、性善説のみに頼ることはできない」と、助成財団としての責任と実務上の課題を指摘した。
これまでは、代表者の知名度や活動実績、どの企業が寄付しているのかなどが信頼の拠り所となりがちだった。しかし、より多くのステークホルダーが安心して連携するためには、客観的な評価基準に基づく「信頼の仕組み」が求められている。各者の発言から、支援する側とされる側の双方に存在する「信頼性の評価基準の不在」という共通の課題が浮き彫りとなった。
グッドギビングマーク認証団体の認証授与式
シンポジウムでは、グッドギビングマーク認証の第一弾となる18の認証団体への認証授与式も執り行われた。認証団体には、フローレンス、キッズドア、ピースウィンズ・ジャパンなどが名を連ねた。

グッドギビングマーク認証授与式の様子
授与式では、オンラインで参加した認証団体からもコメントが寄せられた。
東日本大震災を機に設立されたNPO法人やっぺすの柏原淑子氏は、「社会のニーズの変化に対応していく中で、このような心強い認証を得られたことを大変ありがたく思います。これからも活動に邁進してまいります」と、今後の活動への決意を語った。
認定NPO法人チャリティーサンタの山田伊都子氏は、「この制度は、社会が一体となる上での難しい部分を橋渡しするものだと感じました。制度が社会に広がり、より良い未来を作っていく一助となれればと強く思います」と、制度の社会的な役割への期待を述べた。
認証団体と支援者が語る「グッドギビングマーク」への期待
最終セッションでは、認証を取得したNPOと、制度を活用する企業・助成財団の担当者が登壇し、「グッドギビングマークに期待すること」をテーマに議論が交わされた。
認証団体からは、第三者による客観的な評価が持つ価値について、具体的な活用法とともに語られた。子ども・子育て支援に取り組む認定NPO法人フローレンスの黒木健太氏は、「早速、名刺に認証ロゴを入れました」と報告。これにより、初対面の挨拶の段階から認証取得について言及でき、団体の信頼性を伝える上で有効なコミュニケーションツールになるとの期待を示した。
長年、国際協力の現場で活動してきた認定NPO法人難民を助ける会(AAR Japan)の堀江良彰氏は、「これまでNPO業界には『自分たちは良いことをしているのだから、外部からの評価は不要』という風潮があったかもしれない。しかし、それでは活動は広がりません」と、セクターが抱えてきた課題に言及。第三者認証が、団体が自らのガバナンスを律する機会になると同時に、寄付者に対して「あなたのお金は適切に活用します」という明確なメッセージになることの重要性を訴えた。
一方、支援する立場からも、この制度が実務に与える影響について具体的な声が上がった。資産運用会社であるアモーヴァ・アセットマネジメントの松浦麻詩路氏は、投資家から預かった手数料の一部を寄付する投資信託の事例を紹介。「投資家への説明責任を果たす上で、寄付先のデューデリジェンスは極めて重要。非営利組織の評価に関する専門知識は社内にないため、JCNEのような外部機関の客観的な評価は、経営陣が寄付を承認する際の重要な判断材料となります」と、金融機関ならではの厳格な視点から制度の価値を語った。
ヤマト福祉財団の大江美幸氏は、助成先の公募・審査における活用について触れた。「限られた時間の中で審査を行う際、認証の有無は団体の組織基盤を把握する上で分かりやすい指標になります」と述べ、2022年から申請書に第三者評価の有無を確認する項目を設けていることを明かした。特に、これまで自己申告に頼らざるを得なかった反社・コンプライアンスチェックをJCNEが担うことは、助成実務の効率化と信頼性向上に大きく貢献すると評価した。
セッションを通じて、グッドギビングマークが単なる「お墨付き」ではなく、NPOにとっては組織運営の健全化と信頼獲得のツールとして、企業や財団にとっては効率的で確度の高いパートナー選定の指標として、双方に具体的なメリットをもたらす社会インフラとなることへの期待が示された。
信頼のインフラを共に育て、セクター全体の未来へ
シンポジウムの最後に、JCNE理事長の佐藤大吾氏が、本制度に込められた想いと今後の展望を語った。
佐藤氏はまず、まだ知名度の低い制度にいち早く参加した認証団体と、活用を表明した企業・財団へ深い感謝を述べた。その上で、NPOが自らの潔白を証明することの難しさに言及。「特にインターネット上の匿名の書き込みによって、団体の評判が一方的に損なわれるケースは少なくない。支援を検討する担当者は、少しでも疑わしい情報があれば支援を見送る傾向がある。これは双方にとって大きな機会損失です」と、NPOが直面する現実的な課題を指摘した。
グッドギビングマークの審査では、こうしたネット上の情報についても、JCNEがNPOに事実確認を行うという。佐藤氏は、「NPOの方々にとっては耳の痛い質問もあるかもしれませんが、我々が第三者として事実確認をさせていただくことで、支援する側の不安を解消する役割を担いたい」と、審査の裏側にある意図を説明した。
さらに、NPOが外部の専門家や経営者を役員に迎える際、十分な審査を行わずに就任を依頼しているケースがあることにも触れ、グッドギビングマークでは役員個人についてもコンプライアンスチェックを行うことで、組織全体の信頼性を担保していく方針を示した。
最後に佐藤氏は、「日本は課題先進国であり、NPOの活躍のフィールドはますます広がっています。このセクターが政府や企業のパートナーとして機能していくためにも、信頼のインフラは不可欠です」と強調。「この制度はJCNE単体で成し遂げられるものではありません。皆様と共に育てていきたい」と呼びかけ、シンポジウムを締めくくった。
【関連サイト】グッドギビングマーク制度
【関連サイト】公益財団法人 非営利組織評価センター
HEDGE GUIDE 編集部 寄付チーム
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