エネルギー安全保障が脱炭素超え、世界のインフラ戦略の最優先事項に——独シーメンス調査で明らかに

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ブラジルで11月に開催される第30回気候変動枠組条約締約国会議(COP30)を前に、独シーメンスが10月27日に発表した最新の世界調査により、エネルギーの安定確保と自国独立が、気候変動対策よりも各国のインフラ戦略における最優先課題となったことが明らかになった。この転換は、地政学的な不確実性の高まりを背景に、気候協調から自国エネルギー主権への軸足の移動を示している。

「Siemens Infrastructure Transition Monitor 2025」は、19カ国の1,400人の企業幹部および政府関係者への調査に基づいており、エネルギーレジリエンス(強靭性)が国家優先課題の首位に浮上したことを報告している。2023年の調査では3位だったこの項目が、市場の変動や世界各地の紛争がサプライチェーンと投資優先順位を再編する中で最上位に躍り出た。シーメンスのマネージングボードメンバーで、スマートインフラ部門最高経営責任者(CEO)のマティアス・レベリウス氏は「インフラ転換は新局面に入り、エネルギー安全保障という国家目標が、脱炭素化に関する国際協調を上回るようになった。レジリエンスはもはや任意ではなく、人工知能(AI)、テクノロジー、デジタル化がこの転換に不可欠である」と述べている。

調査結果は、世界の気候目標達成への信頼感が低下していることも示している。2030年までの脱炭素目標を達成できると考える経営幹部は37%にとどまり、2023年の44%から7ポイント減少した。一方で57%が今後2年間に化石燃料への投資が増加すると予想しており、信頼性と経済性に重点を置いた現実的な国家戦略への転換を物語っている。この傾向の背景には、2022年のウクライナ情勢を契機とした欧州のエネルギー危機や、米中間の技術・貿易対立の激化がある。多くの国が戦略物資としてのエネルギーの管理を強化し、輸入依存からの脱却を目指している。実際、国際エネルギー機関(IEA)の報告によれば、2022年の欧州天然ガス価格は前年比で約10倍に高騰し、エネルギー安全保障が経済安定にとって死活問題であることが露呈した。

回答者の62%以上が、将来のエネルギーシステムは世界貿易よりも地域内・国内生産に依存するようになると予測している。また、半数以上がエネルギー独立(52%)とレジリエンス(53%)が自国ですでに「進展または成熟段階」にあると回答しており、この移行が現実に進行中であることを裏付けている。日本でも経済産業省が、エネルギー政策の指針「エネルギー基本計画」の見直しの議論を5月より開始しており、特に2035年以降における国内の電源供給の目標設定を焦点に年度内の策定を目指している。日本政府は2050年までの脱炭素社会(カーボン・ニュートラル)実現を宣言しているものの、中間目標として2030年までに温室効果ガス排出を2013年度比で46%削減する目標の達成は、エネルギー安全保障との両立という観点から難易度が高まっている。

気候目標への自信が低下する一方で、デジタル革新とAIは、レジリエンスと脱炭素化の両方を可能にする主要な推進力として認識されている。回答者の66%がAIによってインフラの信頼性が向上していると答え、59%はAIを排出削減に活用していると回答した。シーメンスは、送電網への投資、デジタル化、高度な分析を国家政策の枠組みに組み込むことで、経済目標と環境目標の双方に向けた進展を加速できると強調している。ただし、AIやデータセンターの電力需要増加も新たな課題となっている。IEAの報告では、世界のデータセンターの消費電力量は2022年の460テラワットから2026年には1000テラワットを超えると予想されており、脱炭素化とデジタル化の両立が各国の政策立案者にとっての難題となっている。

今回の調査結果は、世界的な脱炭素化の機運が後退しつつある中で、各国がいかに実利的なエネルギー政策へと舵を切っているかを浮き彫りにしている。COP30では、パリ協定の1.5度目標達成に向けた国際協調の重要性が改めて議論される見込みだが、エネルギー安全保障を最優先とする各国の姿勢が、気候変動対策の推進力にどのような影響を与えるかが注目される。国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)が2023年に発表したサステナビリティ開示基準など、企業に対する情報開示要求は強まっているものの、実際の投資判断においては短期的なエネルギー安全保障が優先される傾向が鮮明となっている。

【参照記事】Energy security tops climate action as key driver of global transition, Siemens reports

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HEDGE GUIDE編集部 ESG・インパクト投資チーム

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