国連によるSDGs達成に向けたブロックチェーン活用の歴史とその事例を概観する

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今回は、国連が取り組むブロックチェーン事例と社会的インパクトについて、渡邉草太氏(@watatata0108)が解説したコラムを公開します。

目次

  1. なぜ国連はブロックチェーンの活用を試みるのか
  2. 国連機関UNDPが示すブロックチェーンの6つの活用ドメイン
    2-1. 金融包摂(Financial Inclusion)
    2-2. エネルギー・アクセスの環境向上
    2-3. 生産と消費責任
    2-4. 環境保護
    2-5. 法的アイデンティティの提供・維持
    2-6. 寄付の効果向上
  3. まとめ

2019年10月、国際連合の補助機関であるUNICEF(国連児童基金)が「UNICEF暗号通貨ファンド」を設立し、BTCやETHによる寄付の受領を始めたことをご存知でしょうか。今や国連ほどの国際機関でさえ、ビットコインを初めとした暗号通貨の活用を始めています。

本稿は、SDGs(持続可能な開発目標)を押し進める国連と、ブロックチェーンの関係性を概観する記事です。これまで国連が携わってきたブロックチェーン技術を活用したSDGs関連プロジェクトを紹介し、ブロックチェーンの社会的インパクトについて考察していきます。

ブロックチェーンを採用する組織といえば、一般的にIT企業、金融機関などがあげられます。ですが国連は非営利組織であり、全ての活動は慈善的事業です。そのため、彼らは環境・社会をテーマにした様々な用途で、ブロックチェーン技術の活用を目指しています。

その意味で、国連の取り組みはビジョナリーかつ独自性に富んでいて、目を見張るものがあります。

なぜ国連はブロックチェーンの活用を試みるのか

Image Credit : UN(国際連合)

UNICEFファンドの例が示すように、国連はここ数年、暗号通貨ないしブロックチェーン技術の活用に対して非常に積極的です。実際、世界的に見ても比較的早い段階から、同機関はブロックチェーンの将来性に対してポジティブな見方を示しています。

昨年の中国共産党の習近平主席によるブロックチェーン推進発言は、業界で大きな注目を集めました。一方で、第9代国連事務総長のアントニオ・グテーレス氏も、2018年時点の国連総会で既に、ブロックチェーンに関してポジティブな意見を述べた過去があります。

昨年末のForbesの記事の中でも、同氏はForbesのインタビューに対し、「大規模かつ国際的な行政機関は、ブロックチェーンを積極的に取り入れるべきだ」と回答しています。

加えて同氏は、「国連がデジタル化社会ので中で権威を維持していくためには、ブロックチェーン技術を活用する必要がある。ブロックチェーンは、SDGs(持続可能な開発目標)の達成に大きく貢献するだろう」と述べました。

SDGsとは、2015年の国連サミットで採択された、「持続可能でよりよい世界を目指すための国際目標」です。環境や社会、貧困などに関連する17のグローバル目標を掲げており、これらの目標をベースに、数十の補助機関が様々な慈善事業に取り組んでいます。

以上の発言を踏まえると、国連がブロックチェーンを活用する最も大きな理由は”SDGsの達成を実現するため”だということが分かります。

国連機関UNDPが示すブロックチェーンの6つの活用ドメイン

Image Credit : UNDP(国際連合開発計画)

UNDP(国連開発計画)公式サイトの「Beyond Bitcoin」というページには、SDGs達成に向けたブロックチェーンの活用方法を、6つのカテゴリに分けて解説しています。それぞれのカテゴリの中では、UNDP及びその他の国連関連組織が関与したプロジェクト事例についても紹介されています。

①金融包摂(Financial Inclusion)

世界銀行のデータによれば、世界には現在、銀行口座を未所有又は銀行サービスにアクセスできていない人が17億人以上存在しているといいます。例えば、タジキスタンという国では、銀行口座普及率が低いにも関わらず、40%の世帯が出稼ぎをする家族からの送金に依存している状況です。

そこでUNDPのAltFinLabは、Bitspark社と提携することで、ブロックチェーンを活用した送金ネットワークとモバイルアプリを開発しました。同アプリによって、出稼ぎ労働者は遠い実家に帰宅する手間なく、より迅速かつ簡単に送金を行えます。

またセルビアのニルという地域でも、AID:Tech社と共同でのパイロットイニシアティブにて、送金システムを構築しました。同パイロットの目的は、海外在住の出稼ぎ労働者向けの決済ネットワークの構築と、そのネットワークに参加するためのデジタルIDの開発及び提供です。

決済以外の領域では、ブロックチェーンを土台とした信用情報機関の構築を目指すプログラムも始動間近です。ちなみに、このプログラムのパートナーであるKivaという非営利組織は、Libra協会のメンバーでもあります。

②エネルギー・アクセスの環境向上

エネルギー配給の分野でも、ブロックチェーンの活用は始まっています。具体的には、太陽光発電などの再生可能エネルギーや、スマートメーターなどのIoT機器を活用することで、未だ電力にアクセスできていない人々に電力を届ける試みです。

ソーラーパネルを設置し、電力の地産地消及び余剰電力の販売ネットワークを構築することで、地域の活性化が期待できます。UNDPは電力自給率の低い東ヨーロッパの小国モルドバにて、このような電力ネットワークの実現に取り組みました。

電力トークン化マーケットプレイスを提供するThe Sun Exchangeと提携し、同時に同国最大の大学施設に大量のソーラーパネルを設置しました。各パネルの所有者は、電力を外部の企業や学校、家計に提供することで、報酬としてSolarCoinsの受け取りが可能です。

World Energy Outlook(2018)によれば、農村地域を中心に、世界では未だ10億人ほどの人が十分な電力にアクセスできていません。このような課題の解決を目指すプロジェクトは他にもいくつか存在し、国連とは直接的に関係がありませんが、Sun Protocol(※以下記事参照)などが好例です。

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③生産と消費責任

UNDPのAltFinLabは、アムステルダムを拠点とするFairChain Foundationと共同で、エクアドルのカカオ農家のためのチョコレートのフェアトレード基盤をブロックチェーンを用いて構築しました。

農園のカカオから生産されたチョコレート菓子「The Other Bar」のパッケージにはQRコードを記載されています。消費者はこのQRコードから、生産者や流通情報を確認でき、かつトークンによって農家に対して直接的に支払いができます。トレーサビリティはブロックチェーンによって保証されており、農家はより適性な報酬を得られるようになりました。

ちなみに、IBM社もブロックチェーンを活用したコーヒー豆のフェアトレードに取り組んでいます。これらのモデルの実用性が世界的に実証され始めれば、グローバルサプライチェーンの公平性は向上していくのではないでしょうか。

④環境保護

環境保護ドメインでも適用の可能性は探られています。CedarCoinは、レバノン杉の植林に対し報酬として配布されるトークンです。レバノンにあるレバノン杉の森は、世界遺産に指定されています。CedarCoinの購入履歴は、自然保護への貢献を可視化・証明してくれるため、CSR(企業の社会的責任)の観点で同トークンに需要が生まれるという設計です。

⑤法的アイデンティティの提供・維持

アイデンティティの証明は、医療や配給、法的保護、金融サービスへのアクセスにとって必要不可欠です。しかし例えば世界中に7,000万人いるとされる難民の中には、法的アイデンティティを未だ持っていない人も多くいます。当然、そのような人々は最低限度のサービスすら受けられません。

2017年、WFP(World Food Program:国連世界食糧計画)はブロックチェーン技術を活用し、ヨルダンのシリア難民向けに生体情報(眼球の虹彩)ベースのデジタルIDシステムを構築しました。難民たちは虹彩認証を通して物やサービスを享受することが可能です。

CNBCによれば、WFPは既存のアナログな方法に比べ、金融サービスに関連する管理コストを98%カットし、よりスムーズに医療や食品、教育などの提供に成功したといいます。

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他にも、土地の所有権情報の登録先としてブロックチェーンを活用し、自然災害による所有権紛失のリスクを排除する取り組みなどがあります。

⑥寄付の効果向上

暗号通貨で寄付をする最大のメリットは、透明性の担保と送金における仲介者の排除にあります。UNDPは非常に大きな額の寄付マネーを流通させている組織です。そのため、効率性の観点でブロックチェーン技術を採用する合理性を持っています。

既に言及した「UNICEF暗号通貨ファンド」は最も適当な例でしょう。同ファンドの最初の寄付先であるUNICEF INNOVATION FUNDは、これまでメキシコの医療プロジェクト、アルゼンチンの資金調達プラットフォーム、チュニジアのソーシャル・ガバナンスツールなど複数のプロジェクトに投資を行っています。

ちなみに、UNICEF暗号通貨ファンドに最初に寄付を行った組織はEthereum Foundationです。

まとめ

もちろん以上で述べた事例はほんの一部です。国連のSDGs関連のブロックチェーンプロジェクトは、上記で述べた6つのドメイン以外にも、教育や農業など様々な分野にまたがっています。こちらのサイトでは、国連関連のSDGsプロジェクトを一覧で見ることができます。

さて、国連がこれほど積極的にブロックチェーンに取り組んでいるという事実は、残念ながらあまり知られていません。理由は、多くのテック企業や金融機関同様に、多くのプロジェクトがPoCから実用段階へ移行していないためだと予想されます。

ですが、その独自のビジョンと多種多様なアプローチ自体はとても魅力的です。さらにブロックチェーン技術の普及及び発展の観点では、国連の同技術に対する姿勢とその取り組みは、非常にポジティブな要素だと考えれるでしょう。

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渡邉草太

ドイツ・ベルリン在住。放送大学情報コース在籍。2018年頃からブロックチェーン業界にてライターorリサーチャーとして活動。ブロックチェーン学習サービスPoL(ポル)でリサーチャーとして活動中。主な研究・執筆対象はパブリック・ブロックチェーンの分散型金融システム(DeFi)やフィンテック、分散型アイデンティティなど。Twitter : https://twitter.com/souta_watatata