今回は、アイデンティティのデジタル化と分散化について解説した渡邉草太氏(@watatata0108)のコラムを公開します。
目次
- アイデンティティとは
- デジタルアイデンティティの社会的インパクト
2-1. アイデンティティのデジタル化 – エストニアの国民デジタルID
2-2. アイデンティティ包摂 – インドの生態情報ID「Aadhaar」 - なぜデジタルアイデンティティに分散化が求められるのか
3-1. 分散型アイデンティティ(Decentralized Identity)
3-2. エコシステム概観と応用例 - ソーシャルグッドとしての分散型デジタルアイデンティティ
4-1. 国連WPF(世界食糧計画)、難民向けブロックチェーン活用
4-2. DID2020によるアイデンティティ包摂 - DIDはアイデンティティの「デジタル化」と「ブロックチェーン」の交差点
本記事では、現代のテクノロジー社会で最も注目されるトピックである「アイデンティティのデジタル化と分散化」について解説していきます。分かりやすさを重視し、技術的な話ではなく活用事例を中心にみていきましょう。
アイデンティティとは
本記事におけるアイデンティティとは、ある人物の身元を判別する情報のことです。以下の図は、アイデンティティという言葉の意味を明確にするために、我々の身の回りにあるアイデンティティ情報を性質別に区分したものになります。
この他にも、生体情報やデジタル上で登録するウェブサービスのアカウント、ソーシャルメディア上で発信する情報なども、アイデンティティの一部として捉えることができます。
デジタルアイデンティティの社会的インパクト
次に、デジタルID(デジタルアイデンティティ)について、昨今話題となっている最先端の事例を紹介します。
アイデンティティのデジタル化 – エストニアの国民デジタルID
【引用元】e-Estonia
エストニアは「電子政府」をスローガンとし、国民の使用する行政サービスのうち、99%をデジタル上で利用可能にするシステムを構築しています。例えば、同国の選挙は半数近くの投票がオンラインで行われていることで有名です。
このような行政のオンライン化を可能にしたのが、エストニアの国民ID(国民識別番号)というデジタルアイデンティティ基盤です。エストニア国民の実に95%が、国民IDの電子チップが埋め込まれたこのカードを保有しています。
同カードはパスポートや公的身分証明書、運転免許証、健康保険証としても機能し、本人確認作業の簡易化を実現しているのです。
アイデンティティ包摂 – インドの生態情報ID「Aadhaar」
【引用元】Aadhaar – Wikipedia
インドは人口が約13億人に上る超大国として知られ、大きな経済成長のポテンシャルを秘めています。ただほんの10年前までは、人口の半分以上がIDとなる身分証を保有していなかったため、銀行口座を持っている人はほんの一部に限られていました。
しかし、生体情報(指紋と虹彩)ベースのデジタルID「Aadhaar」がこの状況を一変させます。現在、同IDは11億人に普及しており、国民の80%以上が銀行口座を保有するまでになりました。結果的に、金融サービスや給付、医療サービスなどが適切かつ迅速に市民に提供されるようになっています。
インド政府は、国内全域にIDを普及させる重要性を理解していました。おかげで現在のインドのフィンテック市場は中国を追い抜く勢いで成長しています。同政策の成功は疑う余地がないでしょう。
金融包摂の文脈ではしばしば銀行口座を普及させることに目が行きがちですが、実は「アイデンティティ包摂」をすることが何よりも重要だということです。
なぜデジタルアイデンティティに分散化が求められるのか
さて、ここまでエストニアとインドで導入されたデジタルIDの事例を基に、アイデンティティ及びデジタルIDの有効性に関して説明してきました。しかし、上述したようなアイデンティティ基盤には、未だ多くの課題が残されています。
それはセキュリティーとプライバシーの2点です。上述2つの例から分かる通り、中央集権的なシステムによるアイデンティティ情報の管理は、セキュリティー及び個人情報の保護の観点で大きなリスクになり得ます。
実際、インドのAadhaarは過去に何度もハッキング被害を受け、国民の情報が漏洩してしまった過去があります。またエストニアのデジタルIDシステムは、2007年のサイバーアタックにおいて多くの情報が漏洩しました。同国はそれを機にブロックチェーンベースのIDインフラへ移行しています。
分散型アイデンティティ(Decentralized Identity)
以上のような背景から、分散型ネットワーク(P2P)を活用し、より安全なアイデンティティ情報の管理基盤を作る試みが始まっています。
ここでいう分散型ネットワークとは、従来のような中央サーバーに依存するモデルではなく、コンピュータ同士が直接的に接続・通信し合うネットワークモデルです。
このような基盤を元に構築されるアイデンティティはDecentralized Identity(=DID)と呼ばれています。特定の中央集権的機関ではなく分散的なネットワーク内において、ユーザー自身が管理することができるIDということです。
こうした理由から、分散的なネットワークを実現する大きな構成要素として、DIDは大きく期待されています。その点、同じく分散型を目指すブロックチェーンとの相性が良いと考えられており、両技術の融合を試みたプロジェクトが多く誕生しているのです。
エコシステム概観と応用例
ブロックチェーン技術の到来によって、DIDへの期待とその開発スピードは高まっています。以下は、DIDエコシステムを概観する上でベンチマークすべき業界団体です。
DIF(Decentralized Identity Foundation)
DIFは、DIDの開発・発展を目指したオープンソース・エコシステムであり、非営利の業界団体だといえます。加盟プロジェクトは、一丸となってDID規格の標準化や普及に向けて共同する方針となっています。
同団体には、分散的な識別子の構築やストレージ、認証、情報の検証などいくつかの研究分野に対し、それぞれワーキンググループが存在します。
【引用元】DIF
メンバーリストを見ると、海外ではMicrosoftやIBM、Accenture、Webank(Tencent子会社)、MasterCard、日本からはNECなどのビッグプレイヤーが名を連ねていることが分かります。
またブロックチェーン絡みの著名プロジェクトとしては以下があげられます。
- Sovrin:Hyperledger Indy基盤の分散型デジタルIDネットワークを開発する非営利組織
- U-Port:ConsenSys社が支援するEthereumブロックチェーン上の分散型IDサービス
- Blockstack:分散型のコンピューティング及びアプリプラットフォーム。デジタルIDサービスOnenameを開発
- R3:コンソーシアム向け分散型台帳「Corda」開発企業
- Civic:あらゆるサービスのKYC及びログインを簡易化するデジタルIDを開発
- Bloom:分散型ID及び信用スコアリングシステムの開発
- Polymath:セキュリティートークンのプラットフォーム
ERC725 Alliance
【引用元】ERC725 Alliance
また、Ethereumのスマートコントラクト規格であるERC725及び735を活用した分散型アイデンティティを推進する、ERC725 Allianceも注目すべき取り組みの一つです。
加盟メンバーには、日本の「BlockBase」が名を連ねています。同社はERC725技術を用いて、クラウドソーシングサービス「ランサーズ」のデジタルIDの実証実験をサポートしました。
ソーシャルグッドとしての分散型デジタルアイデンティティ
最後に、分散型のデジタルアイデンティティが生み出す社会的インパクトを理解するために、いくつかの事例を紹介します。
国連WPF(世界食糧計画)、難民向けブロックチェーン活用
先ほど紹介したインドのAadhaarシステムによって、今となってはインド人口の大半が固有のデジタルIDを所持し、行政・金融・医療サービスの恩恵に預かることができています。しかしながら、世界には未だ法的なアイデンティティを持たない人々が10億人以上も存在するのです。
2016年に、国連組織の一つであるWFP(World Food Program)はブロックチェーン技術を活用し、ヨルダンの難民向けに生体情報ベースのデジタルIDシステムを構築しました。
CNBCによると、WFPは既存のアナログな方法に比べ、金融サービスに関連する管理コストを98%カットし、よりスムーズに医療や食品、教育を提供することに成功したとされています。
DID2020によるアイデンティティ包摂
DID2020は、MicrosoftとAccentureなどが牽引する、人道的用途におけるDIDの適応を目指す非営利団体です。世界中の人にデジタルアイデンティティを提供することを目的とし、DIFにも加盟しています。
活動事例としては、タイ及びインドネシアにて現地の福祉組織と共同し、分散型デジタルIDの付与プログラムを実施しました。
DIDはアイデンティティの「デジタル化」と「ブロックチェーン」の交差点
本記事では、デジタルIDの発展及びDIDの分散化について解説してきました。以上を踏まえると、IDの分散化を目指すDIDというムーブメントは、デジタル化の波とブロックチェーンの波を大きな要因としていることが分かります。
近い将来、アイデンティティを持たない人々や、アナログなIDしか持たない人々は、まずデジタルIDを持つことになるでしょう。そして、その過程でセキュリティとプライバシーの保護を目的にブロックチェーン技術が活用され、デジタルIDは分散化し始めると予想できます。
今はまだ未成熟な技術ですが、DIDが及ぼす社会的影響はブロックチェーンというムーブメントと重なり合うことで、非常に大きくなっていくと考えられます。
渡邉草太
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