一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12))に解説していただきました。
目次
- カーボンクレジットの概要
1-1. カーボンクレジットとは?
1-2. カーボンクレジットの種類について - カーボンクレジットのマーケットと種類
- ボランタリークレジットの市場規模と特徴
3-1. ボランタリークレジットの市場規模
3-2. ボランタリークレジットのメリット
3-3. ボランタリークレジットのデメリット - ボランタリークレジットの今後について
- まとめ
カーボンクレジットに関連する用語については、聞き慣れない英語が使われることが多く、理解するのに少々難しさがあるかもしれません。その中の一つが本記事の主題である「ボランタリークレジット」です。
脱炭素経営に注目している経営者の皆様、または、これからの社会動向に興味を持つ一般の方々にとっては、身近なテーマであるカーボンクレジットについて知っておくことは有益です。そこで、今回はボランタリークレジットが何であり、どのような種類が存在するのかを説明いたします。
1.カーボンクレジットの概要
1-1.カーボンクレジットとは?
ボランタリークレジットとは何か、簡潔に言うと、カーボンクレジットの一形態と説明できます。この「ボランタリークレジット」は、「ボランタリー」と「クレジット」の2つの語から成り立っています。
「ボランタリー」は英語で「voluntary」とされ、自発的な行動や参加を意味します。これは強制や義務ではなく、個人や組織が自主的に行動することを指す言葉です。我々が一般的に知っている「ボランティア」も、この語から派生しています。
さらに、「クレジット」は英語の「credit」からきた借用語です。「クレジット」は一般的に「信用」と訳されますが、ボランタリークレジットの文脈では少し異なる意味を持ちます。ここでの「クレジット」は、特定の活動によって削減された温室効果ガスの排出量を基準に、その削減量に相当する取引可能な単位を指します。
具体的には、1トンの温室効果ガス排出を抑制した場合、その功績として1トン分のカーボンクレジットが与えられ、これが取引の対象となります。つまり、カーボンクレジットとは、具体的な排出抑制量を示す指標と言えます。このカーボンクレジットは、排出削減の実績を持つ企業や国が発行し、他の企業や国がこれを取得します。これにより、取得者は自身の排出量の補償や削減目標の達成、炭素税の軽減、企業価値の向上などを目指すことができます。
このようなカーボンクレジットの活用は「カーボンプライシング」とも呼ばれ、排出削減を促進するとともに、持続可能な開発や気候変動対策を支援します。この仕組みは環境への負荷を減らすだけでなく、経済的なインセンティブの提供や持続可能なビジネスモデルの構築にも寄与すると期待されています。
カーボンクレジットの取引は、国際的なカーボンマーケットや取引プラットフォームを介して行われます。それでは、次に、カーボンクレジットの種類について見ていきましょう。
1-2.カーボンクレジットの種類について
カーボンクレジットにはいくつかの種類があり、それらは主に主体者によって分類することができます。
大きく分けて、国や地方自治体が主体となって行うカーボンクレジットと、民間が主体となって行うカーボンクレジットの2つに分けられます。そして、ここで取り上げるボランタリークレジットは、民間機関が主体となって認証・発行されるカーボンクレジットの一種を指します。
日本におけるカーボンクレジットの例を挙げると、次のような分類が可能です。
①国や地方自治体が発行するカーボンクレジット(レギュレタリークレジット)
- 京都メカニズムクレジット:
京都議定書に基づき、国連が主導するカーボンクレジットの仕組みを指します。 - J-クレジット:
国が省エネルギーや再生可能エネルギーによる国内の排出削減量、または森林管理による国内の二酸化炭素吸収量をカーボンクレジットとして認証する仕組みです。 - JCMクレジット:
二国間のクレジット制度により、途上国と協力して行った排出削減活動の一部をカーボンクレジット化する仕組みを指します。
②ボランタリークレジット
これは、国内外のプロジェクトによる温室効果ガスの排出削減や二酸化炭素の吸収・除去量を、民間の認証機関がカーボンクレジットとして認証する仕組みを指します。ボランタリークレジットは民間が主導するため、コンプライアンスマーケットよりも種類が多いのが特徴です。
- VCS(ベリファイド・カーボン・スタンダード):
VCSは炭素オフセット市場で最も取引量が多い、国際的な認証プログラムです。Verraという認証団体が認証を行い、その他にも4つの認証プログラムを取り扱っています。VCSは温室効果ガス(GHG)排出量削減に貢献する事項の確認・評価基準を提供しています。VCS認証を取得した炭素オフセットは、「VCSクレジット」として取引され、これを企業や個人が自身の排出量を補填するために使うことが可能です。さらに、VCSは他の炭素オフセットプログラムとも連携や相互承認を行い、国際的な炭素オフセット市場の一貫性と透明性の確保に努めています。
- GS(ゴールド・スタンダード):
GSも炭素オフセット市場での国際的な認証プログラムで、持続可能な開発プロジェクトのための基準を提供しています。厳格な基準と認証プロセスを通じて、環境負荷削減プロジェクトの実施とその結果を評価し、認証しています。GSは高品質で信頼性のある炭素オフセットを提供し、企業や個人が自身の排出量を補填するための一つの手段となっています。VCSと比較するとGSの審査はより厳格で、持続可能な開発に関する要件も厳しいことから、信頼性はVCSよりも高いと認識されています。
- CAR(クライメート・アクション・リザーブ):
CARはアメリカのNGOが設立した、温室効果ガス(GHG)の排出削減やオフセットを管理するためのプログラムです。エネルギー効率向上プロジェクト、再生可能エネルギープロジェクト、森林保護プロジェクトなど、GHG削減や吸収に貢献する活動を対象としています。エネルギー効率改善プロジェクト、再生可能エネルギープロジェクト、森林保護プロジェクトなど、温室効果ガスの削減や吸収に寄与する活動を対象としています。 - ACR(アメリカン・カーボン・レジストリ):
これもまたアメリカのNGOが設立した炭素オフセットプログラムです。具体的なプロジェクト例としては、風力発電、太陽光発電、バイオマスエネルギー、廃棄物管理などが挙げられます。
2.カーボンクレジットのマーケットと種類
カーボンクレジットの取引を行うカーボンマーケットは、「コンプライアンスカーボンマーケット(CCM)」と「ボランタリーカーボンマーケット(VCM)」の2つで構成されています。これらのカーボンマーケットは全て、パリ協定で設定された温室効果ガス削減目標達成のための仕組みです。
コンプライアンスカーボンマーケットは、国や地域、または国際機関が設定する排出削減義務や排出量報告制度などといった規制や制度に基づいて、温室効果ガスの排出権の取引が行われるマーケットを指します。一方、ボランタリーカーボンマーケットは、企業や個人が自主的に温暖化対策を実施し、その結果として削減された温室効果ガスの量を「カーボンクレジット」として認証。これを自主的に取引する、民間主導のマーケットを指します。
ボランタリークレジットは企業などの民間の自主的なクレジット活用が前提となっているため、温室効果ガス排出削減以外の付加的な効果、例えば生物多様性保全や水質保全、雇用創出などにも焦点が当てられます。これがコンプライアンスマーケットとの主な違いとなっています。例えば、HEDGE GUIDEでも取り上げているFlowcarbonは、民間が主導するボランタリーカーボンマーケットに属しています。
3.ボランタリークレジットの市場規模と特徴
3-1.ボランタリークレジットの市場規模
カーボンクレジット市場は、主に国や地域が主導するコンプライアンスマーケットが中心ですが、ボランタリークレジット市場はそのスピードで驚くほど急速に成長しています。この急成長の背景には、ここ数年で多くの企業がカーボンニュートラルやネットゼロを目指す目標を設定していることが大きく影響しています。ボランタリークレジット市場の規模を見ると、2021年のデータではカーボンクレジット市場全体の約36%をボランタリークレジットが占めていて、その金額は約14億ドル、取扱量は約3億6,200万トンにも上ります。
企業がエネルギーの節約や再生可能エネルギーの利用を進める努力は、その企業の業種や資本力により大きく異なります。そして、これらの方法だけでは総排出量をゼロにすることには限界があります。そこで、企業の排出削減努力だけではカバーしきれない部分を補うために、ボランタリークレジット市場が利用されています。この需要が増えることで、ボランタリークレジット市場はさらに拡大しているのです。
日本国内でも、日本のカーボンクレジット制度の一環として発行されるJCM(ジョイントクレジットメカニズム)に加え、国内のボランタリークレジットや一定の要件を満たす海外のボランタリークレジットを公共調達や排出量取引に活用することを経済産業省が提案しています。
3-2.ボランタリークレジットのメリット
これまで主流だったコンプライアンスカーボンマーケットは、その仕組みが複雑で理解が難しいため、マーケット参加者はこの分野の専門知識やソリューションを持つ企業に限られていました。しかし、ボランタリークレジットの登場により、これまでコンプライアンスカーボンマーケットとは無縁だった企業や個人もマーケットへの参加が可能となりました。コンプライアンスカーボンクレジットよりも多岐にわたる範囲でクレジットを発行できる点がボランタリークレジットの大きなメリットと言えます。
3-3.ボランタリークレジットのデメリット
一方で、ボランタリークレジットの拡大に伴い、企業の戦略訴求の妥当性や、企業が調達したクレジットの属性や品質に問題が生じ、企業にダメージを与える例も散見されています。
企業の戦略訴求の妥当性とは、企業が排出削減の努力を先延ばしにし、カーボンクレジットを利用して直面する目標を達成しようとする姿勢を指します。これは、企業が自身のCO2排出を実際に削減する努力を軽視する結果をもたらす可能性があるため、問題とされています。カーボンクレジットが生まれた背景から考えると、企業にはまず自身で排出ガスの削減に取り組むことが求められているためです。
クレジットの属性や品質については、たとえば、REDD+という枠組みにおける排出削減回避クレジットでは、現実と合わない過剰なクレジットが作られてしまうことや、森林破壊による環境や社会への悪影響が起こるなどの事例が存在します。カーボンクレジットの算定基準は複雑で不明確なため、排出削減効果が本当にあるのか疑問が残る状態があり、クレジットの品質を十分に保証できていないという側面があるのです。そこで、クレジットの発行や品質評価に関するルールを整備し、排出削減プロジェクトのモニタリング体制を整えることで、カーボンクレジットの信頼性を高めることが求められています。
その他にも、カーボンクレジットマーケットでは取引の実態が見えづらく、価格決定の方法が明確でないという問題も指摘されています。カーボンクレジットの種類は多種多様で、取引も相対取引が中心であるため、取引状況や価格決定の方法は必ずしも透明とは言えない状況です。そのため、一つの解決策としては、取引を公開する市場への移行やクレジットの標準化、分類化を行い、市場取引が可能なクレジットの量を増やして透明性を高めることが重要だとされています。
このように、カーボンクレジットマーケットは、クレジットの質と透明性に関して大きな課題を抱えているのが現状です。最近では、ボランタリークレジット発行機関VerraのCEOが透明性に関する問題を受けて辞任するという事例もありました。これはまだ解決しきれていない問題を示していますが、一方で改善の余地とマーケットの拡大可能性も残されていると言えるでしょう。
4.ボランタリークレジットの今後について
ボランタリークレジットにはまだ解決すべき課題がありますが、企業の取り組みと信頼性の高いクレジット選択により、これらの問題は克服できます。
二酸化炭素の排出削減への世界的な動きは10年以上前から始まりましたが、その取り組みがすぐに終わるとは考えられません。むしろ、民間主導のボランタリークレジットマーケットはこれからさらに成長を遂げると予想されます。
また、ブロックチェーン技術の活用により、ボランタリークレジットの信頼性も向上していくでしょう。カーボンニュートラルなブロックチェーン「NEARプロトコル」や、その技術を利用したカーボンクレジット発行プロジェクト「Flowcarbon」などが存在します。このようなブロックチェーンを基盤としたボランタリークレジットは、マーケットへのアクセスが容易になる点でも、ボランタリークレジットのさらなる拡大を支える要素となるでしょう。また、ブロックチェーン技術により、異なるネットワークが即時に相互運用可能となり、気候変動の問題解決への取り組みが広がりつつあります。これはWeb2.0のエコシステムでは得られなかった大きなチャンスと言えるでしょう。
ボランタリークレジットの分野でも、Web3.0技術をどのように気候変動対策に活用するかについての議論が進行中です。
5.まとめ
より柔軟な制度を構築できるボランタリークレジットは、コンプライアンスカーボンクレジットよりも、今後さらなる拡大が見込まれます。
ボランタリークレジットに対する期待としては、民間が主導することにより、企業の個別のニーズに対応したクレジット展開によるカーボンニュートラルへの多様な取り組みの創出、カーボンクレジットマーケットへのアクセシビリティの改善、そして信頼性の高いクレジットの創造が挙げられます。
これらの観点から、ボランタリークレジットとブロックチェーン技術は、非常に良い相性を持つと言えるでしょう。今後、ブロックチェーン技術がボランタリークレジットの分野でさらに使用されることで、その信頼性や使いやすさという特徴が広く認知されるきっかけとなることを期待します。
中島 翔
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