CSVリーダー企業のネスレ、重点分野や2030年までの目標は?ESG評価や業績も

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近年は、世界中の多くの企業がESGに取り組んでいます。ネットゼロの達成に向けた目標達成や、ステークホルダーとの関係、「B Corp」認証取得など、多くの項目を推進しています。

そのなかでも、今回はCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)に積極的に取り組み、ESG(環境・社会・ガバナンス)やサステナビリティの取り組みも高く評価されている食品世界大手ネスレ(スイス、ティッカーシンボル:NESN)のサステナブルな取り組みを紹介します。

※この記事は2022年12月26日時点の情報に基づき執筆しています。最新情報はご自身にてご確認頂きますようお願い致します。
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目次

  1. 乳幼児食品会社から世界最大の食品飲料会社に
  2. 「栄養・健康・ウェルネス」企業への転身
    2-1.「60/40+」により栄養・健康と経済的価値の両立へ
    2-2.CSV方針では3つの重点分野を確立
    2-3.マテリアリティ(重要課題)の設定
    2-4.SDGsに整合した2030年までの3つの長期目標を策定
  3. ネットゼロ・ロードマップ公表
  4. ネスプレッソが「B Corp」認証取得
  5. ネスレのESG評価は?
  6. ネスレの業績・株価動向、投資できるファンドは?
  7. まとめ

1.乳幼児食品会社から世界最大の食品飲料会社に

ネスレは、1867年にドイツ生まれの薬剤師アンリ・ネスレ氏が立ちあげました。母乳での育児が難しい乳児でも摂取できる食品の開発・生産をはじめます。

ネスレ製品についている鳥の巣のロゴは、アンリ・ネスレ氏が自ら開発した乳児用シリアルを偽物から守る意味を込めて考案されました(ネスレはドイツ語で「巣」を意味する)。

ネスレ
※画像はネスレより引用

1905年にはスイスで欧州初の煉乳工場を開設したアングロ・スイスと合併し、現在のネスレグループが誕生します。1914年からの第一次世界大戦下では、ネスレの缶入りミルクへの需要が高まりました。

その後、スイス初のチョコレートブランド「カイエ」を生みだしたペーター・カイエ・コーラーを買収。ブラジル政府の要請をうけて「ネスカフェ」を開発したほか、「マギー」スープなどを生産するアリメンターナとも合併します。

1986年には「誰でも熟練したバリスタのように最高のコーヒーをいれられるように」という発想の下で「ネスプレッソ」が生みだされ、1988年には「キットカット」を製品ポートフォリオに加えました。

このように、ネスレは150年以上の歴史において合併・買収、商品の多角化を図ってきました。現在では複数の強力なブランド商品を擁し、1日に10億個の製品を販売する世界最大の食品飲料会社に成長します。

2018年には米スターバックス(SBUX)から商品の販売権を取得。主力のコーヒー事業は「ネスカフェ」、「ネスプレッソ」、「スタバ」といった有力ブランドを含め、2,000以上のブランドを保有しています(ネスレ「BRANDS」)。

2.「栄養・健康・ウェルネス」企業への転身

1997年にはピーター・ブラベック-レトマト氏が最高経営責任者(CEO)に就任しました。ブラベック氏は健康意識の高い消費者ニーズの高まりに対応すべく、単なる食品飲料会社から「栄養・健康・ウェルネス」を提供するリーダーであり続けると宣言します。

2-1.「60/40+」により栄養・健康と経済的価値の両立へ

ブラベック氏は、「60/40+(シックスティ・フォーティ・プラス)」と呼ばれる独自の製品試験プログラムを開始します。これは、目隠しの味覚テストにおいて60%の消費者が他社製品よりもネスレ製品を支持することと、栄養基準として塩分や脂肪分などを減らした栄養価の高い製品を提供することを目的とします。

同プログラムの好例として、たとえば、インドで最も人気のある麺製品「マギーダルアッタヌードル」は、塩分量をおさえる一方、たんぱく質、食物繊維が豊富なアッタ、野菜を含み、味覚と栄養価をともに向上させました。「60/40+」を導入することで、同時に収益性も向上しており、社会的価値(ひとびとの栄養・健康)と経済的価値の両立を実現した取り組みのひとつです。

2-2.CSV方針では3つの重点分野を確立

2006年には「共通価値の創造(CSV)」方針を発表します。これは、自社や株主だけでなく、社会や地球にとっても有益な事業アプローチを構築して価値を生みだしていくことを目指すものです。

CSV方針に則り、以下3つを長期的な価値を創出する重点分野に位置づけます。

  1. 栄養
  2. 水資源
  3. 農業・地域開発

水
※画像はネスレ「Taking a holistic approach to water management」より引用

このうち、「水」に関しては、世界的な水不足により、水リスクにともなう事業への影響が懸念されている状況です。水の使用による事業への影響については、著名なインパクト投資家であるロナルド・コーエン氏が出版した「インパクト投資」に分かりやすくまとまっています。コーエン氏は著書のなかで、コカ・コーラ(KO)とペプシコ(PEP)を例に挙げます。

2018年の売上高はペプシコがコカ・コーラの2倍であるのに対し、環境費用は2分の1になりました。この環境効率の違いは、主に水使用量によるもので、ペプシコはコカ・コーラの5分の1の使用にとどまっています。このように、環境インパクトを貨幣換算することで、「真実の業績」が見えてくると指摘しています。

また、環境分野で世界的に権威のある英NGOのレポート、「CDP GLOBAL WATER REPORT 2020」によると、水リスクに関連した不作為コストは、何らかの対策を講じた場合に係る費用の5倍以上にもなり得るとしています。水リスクの財務インパクトは、製造業が圧倒的に大きく、それに電力、素材、そしてネスレが属する食品飲料・農業が続きます。

2-3.マテリアリティ(重要課題)の設定

ネスレは2021年、気候変動と脱炭素化に加え、水、人権、責任ある調達をマテリアリティ(重要課題)として位置づけました。水分野の取り組みの例としては、パキスタンでは洪水灌漑だったものから、うね間灌漑(畑地の傾斜や整地を利用して水を流す地表灌漑)への移行、および点滴灌漑の導入を通じて、年間2,000万立法メートルもの水を節約しました(コップ1,200億杯分の水に相当)。

今年7月には、メキシコ・ベラクルス州に100%水を再循環させ、グリーンエネルギーを活用した持続可能なコーヒー工場を開設しています。そして、ネスレ ウォーターズプレッジ(誓約)の下、2025年までに事業活動を展開するすべての拠点で、ポジティブウォーターインパクトを目指します。

関連記事:ネスレ メキシコに100%水再循環・グリーン電力利用のサステナブルコーヒー工場開設

2-4.SDGsに整合した2030年までの3つの長期目標を策定

2017年には持続可能な開発目標(SDGs)に整合した2030年までの3つの長期目標を策定します。

  1. 5,000万人の子どもがさらに健康な生活を送れるように支援
  2. 3,000万人のコミュニティの生活向上
  3. 環境負荷ゼロ

また、目標策定から3年後の「ネスレ アニュアルレビュー2020年」では、以下のような事例を実現しています。

  • 微量栄養素(ビタミン、ミネラル)強化食品量を栄養不足の危険性の高い国で1,960億個提供
  • 35万4,900人の農業従事者に能力開発プログラムを通じた研修を実施
  • 農業従事者に2億3,500万本のコーヒーの苗木を提供
  • 製造オペレーションにおいて温室効果ガス(GHG)排出量を2010年比で36.7%削減

2021年には、栄養へのアクセス指数 (ATNI) グローバルインデックスで2年連続第1位を獲得しました。ANTIは食生活の改善と肥満・栄養不足の解消を目指すNPOです。栄養価の高い製品を手頃な価格で製造する、ネスレのPPP(手の届く価格帯の製品群)戦略が、業界をリードする取り組みとして評価されています。

3.ネットゼロ・ロードマップ公表

さらに2021年には、2050年までにGHG排出量の実質ゼロを達成するための計画「ネットゼロ・ロードマップ」を公表します。49ページにもおよぶ同計画では、ネットゼロ実現に向けた詳細な目標とアクションプランが記載されています。たとえば、以下のものなどが挙げられます。

  1. 2022年までに肉、パーム油、パルプ・紙、大豆、砂糖について森林破壊ゼロの一次サプライチェーンを実現
  2. 2025年までに100%認証された持続可能なココア・コーヒーを使用
  3. 2025年までに100%リサイクル可能もしくは再利用可能な商品パッケージに移行
  4. 2025年までにすべての現場で100%再生可能電力への切り替え
  5. 2030年までにGHG排出量を2018年比で半減
  6. 2030年までにリジェネラティブ農業(環境再生農業、#1)によって50%の主要な食品成分の調達
  7. 2030年までに2億本を植林

(#1)リジェネラティブ農業…土壌の健康と肥沃度を改善し、水資源や生物多様性の保全を目指す農業アプローチ。健全な土壌は気候変動に対するレジリエンス(強じん性)が高く、収穫量を増やし、農家の生活向上を後押しする。

そして、2021年のCSV報告書では主要な非財務指標パフォーマンスが公表されています。具体的には以下のようなことを行い、順調な進捗を示している模様です。

  1. 2018年以降に1,370万トン(CO2換算)のGHGを削減
  2. 一定のサプライチェーンにおいて森林破壊ゼロの割合が97.2%
  3. 自社工場で230万㎥の水使用を削減
  4. バージンプラスチック(再生素材でないプラスチック)使用量を2018年比8.1%削減

今年10月には、「ネスカフェ」の新サステナビリティ計画「ネスカフェ・プラン」を公表しました。2030年までに10億スイスフラン(約1,400億円)超を投じ、リジェネラティブ農業の推進、GHG排出量の削減、コーヒー農家の生活向上を図ります。

4.ネスプレッソが「B Corp」認証取得

ネスレは「食の持つ力で、現在そしてこれからの世代のすべての人々の生活の質を高めていく」というパーパス(存在意義)を達成するために、CSVをその中核に据え、さまざまなステークホルダーの価値創出を目指しています。

そのようななか、Nestlé Nespresso S.A.(ネスプレッソ)は「B Corp」認証を取得しました。これは米国ペンシルベニア州拠点の非営利団体Bラボによる認証フレームワークです。

ガバナンス、従業員、コミュニティ、環境、顧客の5分野で高い水準を達成する必要があり、さまざまな経営判断において、すべてのステークホルダーに与える影響を考慮しなければなりません。同認証を取得すると、環境や人権などに配慮した公益性の高い企業として評価されるといわれています。

Bラボ
※画像はBラボ「Make Business a Force For Good」より引用

近年、社会的課題の解決と経済成長の両立を図る企業が増加するなか、現在では世界86か国で158業界にまたがる5,948社がB Corp認証を取得しています。

代表的な企業としては、ESG分野の先駆者として知られるダノン(BN)の子会社、創業者が全保有株式を環境NPOなどに寄付するとして話題を集めたアウトドア用品のパタゴニア(非上場)、持続可能な素材でスニーカーを製造するオールバーズ(BIRD)、ユニリーバ(ULVR)傘下のベン&ジェリーズなどが挙げられます。

5.ネスレのESG評価は?

ここからはネスレのESG評価を見ていきます。

まず、ESGの投資指数である「FTSE4Good Index Series」に2011年以来連続で選定されており、ESG評価は食品業界の平均を大きく上回っています。

また、投資家に最も多く利用されているESGスコアのひとつ「MSCI ESG Rating」では、直近5年間連続でAAを獲得しています。これはMSCI ACWIインデックスに含まれる食品メーカー82社のなかで上位16%に入るリーダー企業として位置づけられます。

FTSE4Good IndexMSCI
※画像はネスレ「External recognition」より引用

なお、ネスレの「ネットゼロ・ロードマップ」におけるGHG排出削減目標は、SBT(#4)イニシアチブより認定を取得しています。

(#4)SBT…SBT(Science Based Targets):パリ協定に準拠した科学的根拠に基づいた企業の温室効果ガス排出削減目標。国連グローバル・コンパクト(UNGC)、CDP(旧カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト)、世界資源研究所(WRI)、世界自然保護基金(WWF)による気候変動に関する共同イニシアチブ「SBTイニシアチブ」が目標を認定する。

6 ネスレの業績・株価動向、投資できるファンドは?

過去10年間(2012年と2021年)の業績を比較すると、売上高は922億スイスフランから871億スイスフランへと5%減少しています。一方、1株あたり利益(EPS)は3.33スイスフランから6.06スイスフランへ82%の大幅な伸びを示しました。

このことから、より高付加価値事業へとポートフォリオを転換することで、企業規模を多少縮めながらも、収益性を大きく高めていることが分かります。配当については27年連続で増配しています。

配当は株式のリターンを高めるうえで非常に重要なものであり、ネスレの5年平均の配当利回りは2.57%です(モーニングスター「Nestle SA NESNより)。

ネスレ売上高
ネスレEPS
※図は「Annual Review 2021」「Annual Report 2012」より筆者作成

収益性を向上させ、株主還元にも積極的なため、株式市場からの評価も高まりました。ネスレの株価は2012年から2021年の間に132%高、対して英国を代表する株価指数であるFTSE100は30%高と、大きくアウトパフォームしました。また、株価収益率(PER)は現在18倍台となっています(5年平均は27倍台)。

この10年間に、CSVを経営の中核に据えてESG・SDGsの取り組みを推進しながら、収益性や株主リターンを向上させ、サステナブルな取り組みと財務的リターンを両立した経営を実践している企業です。

ネスレは、野村アセットマネジメントの「野村ブラックロック循環経済関連株投信」や三井住友DSアセットマネジメントの「グローバルSDGs株式ファンド」などに組み入れられています。

7.まとめ

ネスレはマルチステークホルダーに最もプラスのインパクトをもたらすことに最も注力しており、今後も経営資源を集中する方針です。具体的な取り組みとしては、栄養・健康・ウェルネスの視点から人びと、家族、ペットの健康を支援したり、環境に配慮しつつ、すべての人が手ごろな価格で安全かつ高品質な栄養製品を生産したりすることが挙げられます。

また、より付加価値の高い事業ポートフォリオを構築し、一桁台なかばのオーガニックグロース(為替やM&Aの影響を除いた内部成長率)の維持を目指しており、今後も成長が期待できると考えます。

さらに、これから経済活動の中心となるミレニアル世代は、社会にプラスのインパクトを与える企業に投資したいという傾向があります。これは上の世代よりもはるかに強い結果があり、CSV経営を実践するネスレに関心が集まるでしょう。

ネスレは設立以来150年以上にわたり、本業を通じて社会課題の解決に取り組んでいます。今後も、永続企業として社会にポジティブなインパクトをもたらすソリューションを提供し、マルチステークホルダーから支持され続けることに期待したいです。

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フォルトゥナ

日系・外資系証券会社に15年ほど勤務。リサーチ部門で国内外の投資家様向けに株式レポートを執筆。株式の専門家としてテレビ出演歴あり。現在はフリーランスとして独立し、金融経済やESG・サステナビリティ分野などの記事執筆、翻訳、および資産運用コンサルに従事。企業型DC導入およびiDeco加入者向けプレゼンテーション経験もあり。
業務窓口
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