独重電大手シーメンス(ティッカーシンボル:SIE)は9月14日、ドイツ最大級のグリーン水素製造プラントの操業を開始したと発表した(*1)。「EU水素戦略」を策定した欧州では、次世代エネルギーと目される水素をめぐり、各業界の有力プレーヤーによる動きが活発化している。
同プラントでは、ドイツ・南部バイエルン州のブンジーデル・エネルギー・パークの風力・太陽光エネルギー、および8.75メガワット(MW)級の電解槽を活用する。年間1,350トンの水素製造を見込む。水素はおもに地域の産業、商業、交通部門で利用することで地産地消をはかる。シーメンスによると、プラントの製造能力を17.5MWまで引き上げる交渉がすでに始まっているという。
WUN H2がプラントを運営する。シーメンスグループの融資部門であるシーメンスファイナンシャルサービス(SFS)がWUN H2の株式45%を保有。公益企業のRiessner GaseとStadtwerke Wunsiedelがそれぞれ45%、5%保有する。
国際エネルギー機関(IEA)が「多用途のエネルギーキャリア」と評する水素は、さまざまな分野に応用が利き、広範な産業で用いることができる。水素を製造する方法は複数あり、そのうちの1つが電解槽を用い、水を酸素と水素に分解して製造する。その際に利用する電気が再生可能エネルギー由来のものであれば「グリーン水素」とよぶ。ただし、今日の水素の多くは化石燃料由来の「グレー水素」になるという。
世界各国・地域が水素の利活用を模索している。欧州は、脱炭素化にむけて水素の製造および市場拡大をはかるべく「EU水素戦略」を策定。ウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会(EC)委員長は9月14日の一般教書演説で「水素はゲームチェンジャー(#1)になり得る」との考えを示した(*2)。2030年までにEU域内で毎年1,000万トンのグリーン水素製造をめざす。
これを実現するには、投資ギャップを埋め、供給サイドと需要サイドを結びつけるマーケットメーカーを導入する必要があるという。水素市場の発展を後押しすべく、「欧州水素銀行」も設置し、30億ユーロの資金を投じられる見込みだ。
民間レベルでも水素関連プロジェクトを推進する動きが活発化している。英石油大手シェル(SHEL)は7月初旬、傘下のシェル・ネーデルランドとシェル・オーバーシーズ・インベストメンツを通じ、欧州最大となるグリーン水素製造プラントの建設に向けた投資を最終決定した(*3)。
また、シェルは同7月、同社の中国法人「殻牌」が中国電力インフラ大手、申能集団の関連会社である上海申能能創能源発展と提携したと発表している(*4)。上海に水素ステーションを建設するための合弁会社を設立する。シェルにとって初となるアジアでの水素補給ネットワークの構築をはかる方針だ。
合弁会社の名称は「上海申能殻牌新能源」。むこう5年間で上海と長江デルタ地域に6~10箇所の水素ステーションを建設する計画である。長江デルタ地域では2030年までに最大30箇所まで拡大する。これにより、毎日およそ3,000台の燃料電池トラック・バスに水素を供給できるようになる。
水素補充ネットワークは、上海と長江デルタ地域の道路貨物輸送、公共交通、行政サービス、港湾などの分野における燃料電池車の導入を加速させる。さらに、上海市が選定された「燃料電池自動車モデル都市群(#2)」の形成に寄与するという。
水素ステーションではまず、地場の化学工業エリアから副次的にでてくる低排出の水素を利用する。長期的にはグリーン水素の製造および供給を模索する方針だ。申能集団は水素の製造から貯蔵、輸送、補給、利用までのバリューチェーンの構築をはかる。
シェル中国法人のエグゼクティブ・チェアマンを務めるジェイソン・ウォン氏は「中国の運輸や重工業といった、二酸化炭素(CO2)の排出削減が困難な産業(hard-to-abate産業)の排出削減に、水素は重要な役割をはたすだろう。また、水素は30年までに同国のエネルギーシステムにおいて、すくなくとも5%を構成する見通しである」と述べた(*4)。
シェルは気候変動対策を推し進めるなか、巨大市場である中国との結びつきをつよめている。1月下旬には、中国・河北省張家口で世界最大級の水素電解槽を活用したグリーン水素の製造を開始した(*5)。
つづく3月下旬には、中国の電気自動車(EV)大手である比亜迪(BYD、01211)と提携(*6)。エネルギー・トランジション(#3)の推進にくわえ、BYDのバッテリー式電気自動車(BEV)およびプラグインハイブリッド(PHEV)のチャージングエクスペリエンスの向上をめざす。
また、工業ガス大手英リンデ(LIN)は8月下旬、ドイツ・ブレーマーフェルデで世界初となる旅客列車向けの水素充填システムの稼働を開始した(*7)。欧州をはじめ、中国でも水素を活用した動きが活発化している。
(#1)ゲームチェンジャー…ものごとの状況や流れを一変させる個人や企業、製品、アイデアのこと。
(#2)燃料電池自動車モデル都市群…20年9月、中国財政部など関連5部門が「燃料電池車の嗜好応用の実施に関する通知」を発表した。燃料電池車の支援について、車両と基幹部材サプライチェーン整備のモデル都市奨励金方式を採用。上海市は21年8月にモデル都市群に選定され、25年までに5,000台の燃料電池自動車(FCV)と73の水素ステーションを展開することを目標としている。
(#3)エネルギー・トランジション…従来の石炭や石油などの化石燃料を中心とするエネルギー構成から、太陽光や風力などの再生可能エネルギーを中心としたものに大きく転換していくこと。
【参照記事】*1 シーメンス「Siemens commissions one of Germany’s largest green hydrogen generation plants」
【参照記事】*2 欧州委員会「State of the Union Address by President von der Leyen」
【参照記事】*3 シェル「Shell to start building Europe’s largest renewable hydrogen plant」
【参照記事】*4 「SHELL AND SHENERGY FORM JOINT VENTURE TO DEVELOP HYDROGEN REFUELLING NETWORK IN CHINA」
【関連記事】*5 英石油大手シェル 中国で世界最大級の水素電解槽を活用したグリーン水素製造を開始
【関連記事】*6 英シェルと中国BYD、EV充電強化など戦略的提携。社用車のCO2排出量実質ゼロを目指す。
【参照記事】*7 リンデ「Linde Inaugurates World’s First Hydrogen Refueling System for Passenger Trains」
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