2020年5月に改正金融商品取引法が施行され、日本でも本格的にセキュリティトークンへの取り組みが熱を帯びてきました。ブロックチェーンは、もはや実験フェーズではなく活用フェーズへと進みつつあるのです。
今回は、国内大手不動産情報サイト「LIFULL HOME’S」を運営するLIFULLでブロックチェーン事業を推進する松坂さんへ、techtecの田上(著者)がインタビューを実施しました。
話し手: 株式会社LIFULL 松坂維大(まつざか つなひろ)氏
聞き手: 株式会社techtec/PoL 田上智裕(たがみともひろ)
インタビュー概要
LIFULLのブロックチェーン事業
田上:松坂さんとはもう何年も前からのお付き合いになりますね。いつも大変お世話になっています。本日はよろしくお願いします!
松坂氏:はい、こちらこそよろしくお願いいたします。
田上:まずはLIFULLで取り組んでいるブロックチェーン事業について教えてください。どういった経緯で、いつ頃から会社としてブロックチェーンへの取り組みを開始したのでしょうか?
松坂氏:個人的に暗号資産・ブロックチェーンに興味を持ち始めたのは、Mt.Goxが話題になっていた2014年頃です。大きな可能性を感じていたものの、会社としてやっていくには説明も難しくて…
転機となったのは2017年です。社内における自分の役割が変わったこともあり、比較的自由に動けるようになりました。そのタイミングで、不動産ブロックチェーンをやることになり、社内にも部門を設置する運びとなっています。
背景としては、不動産情報を共有する際の信憑性をブロックチェーンで高められないかなという点です。現状の不動産情報は、1つの不動産に対して複数の事業者が関係し、各々が異なる情報の持ち方をしています。そのため、例えば複数の企業で何かをやろうとする場合に、毎回名寄せ(各々で所有している不動産情報を統合する作業)をしなければなりません。
これをブロックチェーンで管理することができれば、情報に信憑性を持たせられるだけでなく、運用コストも削減できるのではないかと考えていました。
一方で、ブロックチェーンを使っていくのに1つの会社だけでやるのは特徴を最大限に活かしきれないなと思い、ADRE(Aggregate Data Ledger for Real Estate)を立ち上げています。
ブロックチェーンの特性を活かした不動産コンソーシアム
田上:不動産コンソーシアムですね。私も前職時代に不動産ポータルの開発に携わっていたので、コンソーシアムの構想を社内で提案したことがあります。具体的には、どういった取り組みを行なっているのですか?
松坂氏:ADREでは、1つの不動産に対して1つのIDを発行し、これを共通基盤として使っていこうという取り組みを行なっています。これ自体は営利事業というわけではなく、この共通基盤を使って不動産事業者が各々でプロダクトを作っていくためのものです。
田上:10月には一般社団法人不動産情報共有推進協議会を設立し、松坂さんは代表理事に就任されましたね。設立の背景と今後の取り組みについて教えてください。
松坂氏:先述のADREにおける責任を明確化したり、共通基盤を開発するに際しての費用をどのように賄うか、そういった議論が出てきたので改めて法人化した次第です。
取り組む内容や目的は前身のADREと変わりません。私自身が代表に就任させていただいたのはあくまで形式上であって、参画団体は全てフラットな立場になります。どこかの会社の色がつくことはありません。
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※ LIFULLやゼンリン、全保連、デジタルベースキャピタルは共同で、事業者間の不動産情報の共有、連携のための情報インフラ構築を推進する「一般社団法人不動産情報共有推進協議会」を2020年10月に設立。松坂氏は同法人の代表理事に就任した。(参照)
田上:透明性や耐改ざん性など、ブロックチェーンの強みはパブリックでこそ発揮される側面が強いかと思います。なぜコンソーシアムなのでしょうか?
松坂氏:これはよくある誤解なのですが、組織がコンソーシアムなだけであって、そこで使われるブロックチェーンはパブリック型のものであるべきだと考えています。
共通基盤であるIDはパブリックな状態で管理され、誰でも自由に使えるようにしていきます。仮にこれが誰かの手によって管理されている場合、利用者側に大きなリスクが伴うからです。
一方で、ある程度までは誰かがプロダクションをしていかないと何も進みません。であれば、それはコンソーシアムがやっていくのが良いのかなという考え方を持っています。
田上:コンソーシアムを進めるにあたり、良い点や困難な点はどういったところでしょうか?
松坂氏:コンソーシアムの長期的な視座としては、不動産業界にとってメリットになることをしていこうというものになります。ただし、参画しているのは個別の営利企業になるので、各論になるとどうしても自社の利益を無視できない思考が働いてしまうんですよね。
例えば、各社が抱える不動産情報をどこまで公開するか、といった議論をする際は進行が難しくなると感じています。インセンティブをどのように設計していくかが重要だと思いますね。
現在はβ版という形でIDを発行しています。これをどのように使っていくかを議論しているのですが、やはりプロダクトがある状態で話せるのは違いを感じますね。他の業界に事例として共有できますし、行政とのコミュニケーションの際にもわかりやすく伝えられていると思います。
あらゆる不動産をデジタル化するセキュリティトークン
田上:セキュリティトークンは、ユーティリティトークンとは違い個人投資家からは少し他人事のような印象があります。セキュリティトークンのインパクトはどういったところにあるのでしょうか?どういった課題を解決し、社会に何をもたらすのでしょうか?
松坂氏:インターネットがどれだけ普及し進歩しようとも、不動産はリアルアセットにすぎないんです。では、このリアルアセットをどのようにデジタル化するのかと考えた際に、出てきた1つの答えがセキュリティトークンでした。
「あらゆる不動産をデジタル化する」という観点でセキュリティトークンに注目しています。
田上:ブロックチェーンに限らず、テクノロジーの文脈では手段が目的化してしまう傾向が強いと感じています。具体的にはどういった社会課題を解決するのでしょうか?
松坂氏:例えば空き家の問題があげられます。これは、空き家の所有権を移転する際に発生する登記費用が、不動産の譲渡価格を上回ってしまうという問題です。このような状況では、不動産を譲渡するメリットがなく、空き家が空き家のままになってしまいます。
これは、不動産の流通コストに関係する問題です。現状、不動産の売買や権利移転を行う場合、最大で6%の手数料が発生します。
このコスト構造は、取引時に登記情報や耐震性などをアナログで確認する必要があるために発生するものです。これが不動産の流通を阻害する要因になっています。この確認コストを削減することができれば、不動産に流動性を持たせられるなと感じました。
田上:これもブロックチェーンに限った話ではありませんが、コストがかかるということはそれを事業にしている人がいるということです。こういった複数のステークホルダーが存在する状態でも、ブロックチェーンの活用は進みますか?つまり、既得権益による反対運動に阻害されないのでしょうか?
松坂氏:6%の手数料を削るわけではない、という点には注意が必要です。この6%の内訳を見てみると、5.5%ぐらいが事業者の利益ではなくコストなんですよね。なので、この5.5%で発生しているコストを削減してあげるという考え方です。
つまり事業を搾取するわけではなく、そこにかかっている不要なコストは削ることができると考えています。ただし、こういった説明は各ステークホルダーにしっかりとしなければなりませんね。
田上:5月1日に改正金融商品取引法が施行されました。これにより、日本でも正式にセキュリティトークンの取り扱いが認められたことになりましたが、今後の日本におけるSTO(Security Token Offering)市場をどのように見ていますか?
松坂氏:セキュリティトークンは、株式におけるほふり(証券保管振替機構)みたいなものなんですよね。持分や証券を管理するための台帳にすぎません。
現在は、株式取引がかなり自由にできるようになりましたが、以前は現物の証券を自身で管理していたため紛失してしまったりといった問題が起きていました。また、株式市場に流動性を持たせたり、二次流通市場を整備したりするのに苦労していたものです。
これをよりスムーズにするのがセキュリティトークンだという理解を持っています。かつ、その運用をブロックチェーンがやってくれるわけですから、これを利用しない手はないです。イチから24時間365日稼働させる必要があるシステムを構築するのは至難の技です。
田上:仰る通り、ブロックチェーンの特徴の1つとしてゼロダウンタイム(サーバがダウンしない)はあげられますよね。よく分散型データベースとブロックチェーンの違いは何ですか?という質問を受けますが、個人的にはゼロダウンタイムの実現が最も大きな強みだと思っています。既存システムの場合、サーバダウンを前提にアーキテクチャを組んでいるので、本来は不要なコストが発生してるんですよね。それでもシステムはダウンしてしまう。先日の東証システムダウンの件がわかりやすい例です。
不動産業界に特化したSTOスキーム
田上:8月には不動産特定共同事業者(不特法事業者)向けのSTOスキームの提供を開始しましたね。金商法ではなく不動産特定共同事業法の枠組みである点が特徴かと思いましたが、なぜこの領域から開始したのでしょうか?
松坂氏:金融商品取引法の枠組みで定義される金融商品ってたくさんあるんです。その中で例えば、株式会社の経営者などが自らの権限でいかようにもできてしまうという状態にある金融商品があったとして、それだと一般投資家が安心して購入することができなくなってしまいます。ガバナンスをしっかりと整備する必要があるため、多少なりとも厳しい法制度になっているわけですね。
では、不動産の場合はどうなのか。不動産って持ち逃げできないですよね(笑)。お金の流れも意外とシンプルで、これを他の金融商品と同じ法制度で縛るのは適切ではないんじゃないかと思っていました。
こうした前提に立つと、不動産のトークン化スキームというのも金融商品取引法とは別にあった方が良いのかなと考えたんです。その結果、不動産特定共同事業法の枠組みでセキュリティトークンを発行できないか、という構想に至りました。
一概にセキュリティトークンやSTOとして括ってしまうと、どうしても一番厳しいところに合わせなければならなくなるため、個別に議論していきたいなと考えています。
その上で、まずはプロダクトを出してみようということで、今回の取り組みに繋がりました。
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※ LIFULLは、セキュリティトークン市場を牽引するSecuritize Japanと共同で、2020年8月に不動産特定共同事業者向けのSTOスキームの提供を開始している。同年5月に施行された改正金融商品取引法の枠組みではなく、不動産特定共同事業法の枠組みでセキュリティトークンを発行する仕組みとなっている点が特徴だ。不動産業界に特化したスキームとなっており、今後の普及が期待される。(参照)
田上:日本でもSBIグループがSTOの実施を発表し、先日LIFULLからも国内不動産初のSTOが発表されました。今後も取り組み事例は続きそうですか?
松坂氏:前向きに捉えている一方で、リアルアセットとブロックチェーンを繋ぐオラクル機能を果たすプレイヤーが圧倒的に不足していると感じています。これは不動産に限った話ではありませんが、今後様々なリアルアセットをブロックチェーンに繋いでいくには、より多くのオラクル機能が必要です。
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※ オラクルとは:ブロックチェーンは、記録されたデータの信憑性や透明性を担保するには最適な仕組みだが、そもそも記録される前のデータに誤りがあった場合、ブロックチェーンが意味をなさなくなってしまう。これをオラクル問題といい、ブロックチェーンに記録される前のデータの信憑性を証明する役割を担う組織ないし仕組みのことをオラクルという。なお、米オラクル社とは全くの別物。
あとは、ファンドのDAO化のような取り組みには積極的に挑戦していきたいと考えています。これも不動産に限った話ではありませんが、ファンドを組成する場合は一定のコストがかさむ市場構造になっているため、小規模のファンドが組成できなかったりするんですよね。
であれば、そこでかかるコストを削減するためにトークンを使っていったり、透明性を持たせるためにブロックチェーンを活用したりといった構想が浮かんできます。
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※ LIFULLは、先述のSecuritize Japanおよびエンジョイワークスと共同で、2020年10月より一般投資家向けにセキュリティトークン発行・譲渡スキームの提供を開始している。1口5万円という少額で参加することができ、セキュリティトークンを活用することで第三者の証明を必要とせずに自身の持ち分を証明することができるようになった。セキュリティトークンはあくまで権利証明・移転をスムーズにするためのツールにすぎず、投資家も専門的な知識を必要とせず投資に参加することが可能だ。(参照)
少し文脈はずれますが、こういった考えを巡らせていると、やはり円に連動したステーブルコインが欲しいなと思いますね。日本でもCBDCの議論が進んでいますが、我々の普段の生活に即したレートで計算できるデジタル通貨が必要だなと。
これも実際にやってみて感じた課題なので、やはり何かやってみるということが大事だなと思います。
田上:本日はありがとうございました!私が前職時代に足を踏み入れて挫折した不動産ブロックチェーンを、ここまで形にされていて本当に凄いなと思います。
最後に少し余談となりますが、ブロックチェーンに明るくない人たちが、信用対象としてブロックチェーンを認識するようになる時代って来ると思いますか?つまり、これまで第三者を信頼することで成り立っていた仕組みをブロックチェーンにリプレイスしたところで、その新たな仕組みを信頼して使う人がいなければ意味がありません。
結局はブロックチェーンの課題ってそこに尽きるのかなと思ってまして、そのあたりどのようにお考えでしょうか?
松坂氏:この問題については、誰もがブロックチェーンを理解して信頼する必要はないんじゃないかなと思うんですよね。例えば現在のあらゆる仕組みにおいても、私や田上さん含め誰もが理解しているものってないんじゃないかと思っています。
であれば、ブロックチェーンをわかる人だけが中身までしっかりと確認して、このシステムは問題ありませんよと教えてあげればいい。理想としては、ちゃんと使われるプロダクトがあった上で、それが実はブロックチェーンで動いているといった状態ですよね。そういった意味でも、やはり実際に動いて何かを作ってみるということは大事だと思います。
取材後記
2020年5月に金融商品取引法が改正され、日本でも本格的にセキュリティトークンの市場が盛り上がりをみせてきました。
セキュリティトークンは、これまで主流であったユーティリティトークンとは異なり、各産業の課題に即した形で発行されます。今回も、不動産業界における課題を解決するためにセキュリティトークンないしブロックチェーンが活用されており、非常にわかりやすい事例となったのではないでしょうか。
引き続き、様々な産業から具体的な取り組みが出てくることを期待しましょう。
田上智裕
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