気候関連に関する政府間パネル(IPCC)が2018年に発表した「1.5度特別報告書」によると、世界の気温上昇を1.5度に抑えるには、温室効果ガス排出量を2030年までに2010年比で45%削減し、2050年前後に実質ゼロにする必要があるとされています。
各国はこの目標に対し、それぞれ目標を定めています。日本では、2030年度において、2013年度比で温室効果ガスを46%削減、さらに50%の高みに向けて挑戦し2050年ネットゼロとしています。米国においては2030年までに2005年比で50~52%の温室効果ガス削減し、2050年ネットゼロを目指しています。
今回は、自動車業界の主なESGの課題とサステナビリティの取り組みや、日米主要企業の動向について解説します。
※本記事は2023年9月30日時点の情報です。最新の情報についてはご自身でもよくお調べください。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・ファンドへの投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、利用者ご自身のご判断において行われますようお願い致します。
目次
- 自動車業界の主なESG課題
1-1.気候変動問題とは
1-2.人権問題とは - 自動車業界のサステナビリティ活動
2-1.日本の自動車に関する目標と政策
2-2.米国の自動車に関する目標と政策 - 人権問題への取り組み
3-1.日本の取り組み
3-2.米国の取り組み - 日米主要企業の環境への取り組み
4-1.トヨタ自動車
4-2.日産
4-3.GM
4-4.フォード・モーター - まとめ
1.自動車業界の主なESG課題
自動車業界が直面するESG課題としては、気候変動問題と人権に関する問題が挙げられます。
1-1.気候変動問題とは
気候変動問題とは、世界的な平均気温の上昇に伴う海面水位の上昇や干ばつ、大型ハリケーンの発生、氷河の融解など異常気象が世界各地で起きていることが、私たちの暮らしや経済活動にさまざまな悪影響を及ぼしていることを指します。
気候変動は、途上国や弱者に対し、より悪影響をおよぼし、差別や貧困などの問題にもつながっています。
なお、気候変動の要因の一つに化石燃料の燃焼が挙げられ、自動車業界では化石燃料を動力源とするガソリン車からの脱却が急務となっています。
1-2.人権問題とは
自動車業界は、世界に張り巡らされたサプライチェーンにより成立しています。新興諸国を中心とする資源調達国では、強制労働や児童労働、低賃金労働など人権問題が起きています。
2.自動車業界のサステナビリティ活動
2-1.日本:自動車に関する目標と政策
日本におけるサステナビリティ活動で、自動車業界に関する目標は、「2035年までに新車販売で電動車100%を実現する(対象:EV=電気自動車、PHV=プラグインハイブリッド車、FCV=燃料電池車)」です。
日本政府は自動車の電動化を進めるため、EV購入時に使える補助金・グリーンエネルギー自動車導入補助金を導入しています。
2023年6月現在、日本の電気自動車シェアは0.88%で、PHVとFCVを加えても1.93%です。これは米国(約2.9%)や欧州(約9.1%)と比較し低くなっています。
2-2.米国:自動車に関する目標と政策
米国では、2032年までに新車の3分の2を電気自動車とすることを目指しています。
また、EV車の普及を後押しするため、EV購入者に対し、1台につき最大7,500ドルの税控除を実施しています。ただし、税控除を受ける対象車は、最終組み立て工程が北米でおこなわれた車両であること、車両の希望小売価格が上限以下であること、購入者の所得が設定上限以下であること、バッテリー関連調達価格要件の全部またはいずれかを満たした車両であることです。なお、2023年4月17日時点で対象車は米国車22モデルです。
参考:EPA「Federal Tax Credits for Plug-in Electric and Fuel Cell Electric Vehicles Purchased in 2023 or After」
全米自動車ディーラー協会(NADA)によれば、2021年の新車乗用車販売台数(約1493万台)のうち、電気自動車のシェアは約2.9%です。
3.人権問題への取り組み
3-1.日本の取り組み
日本政府は、2022年9月にサプライチェーン等における人権侵害のガイドラインを設定しました。その中で人権尊重への取り組み例としては、人権侵害を理由とした製品・サービスの不買運動、投資先としての評価の降格、投資候補先からの除外・投資引き揚げの検討対象化等です。
人権侵害を理由に取引先から取引を停止される可能性は重大な経営リスクで、人権侵害の抑制効果が期待できます。
参考:ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」
3-2.米国の取り組み
米国では、法律により、強制労働(児童労働を含む)によって、外国で採掘、生産、製造されたすべての商品の輸入が禁止されています。
4.日米主要企業の環境への取り組み
日米自動車メーカーの環境への取り組みをみていきましょう。
4-1.トヨタ自動車
トヨタ自動車は、トヨタ環境チャレンジ2050を掲げ、気候変動への対応として、ライフサイクルCO₂ゼロチャレンジ、新車CO₂ゼロチャレンジ、工場CO₂ゼロチャレンジを策定し、取り組んでいます。それぞれの目標と取り組みをみていきましょう。
ライフサイクルCO₂ゼロチャレンジ
ライフサイクルCO₂ゼロチャレンジの目標は、部品調達からリサイクルされるまでのライフサイクル全体でのCO₂排出ゼロです。また、中間目標としては、2030年までにライフサイクルでのCO₂排出量を2013年比25%以上削減するとしています。
新車の開発段階から、新車そのものが排出するCO₂の削減ばかりではなく、すべての工程においてCO₂の排出量を減らせるかということを考慮し、取り組んでいます。具体的には、リサイクルバイオ素材を増やす、廃車時に分解しやすくするなどです。
新車CO₂ゼロチャレンジ
新車CO₂ゼロチャレンジの目標は、2050年にはグローバル新車平均CO₂排出量を2010年比で90%削減することです。この目標を達成するための中間目標として、2030年のCO₂排出量を2010年比35%以上削減するとしています。
CO₂を排出しないゼロエミッション車(EV・FCV)の生産台数・販売台数を増やします。取り組みとして、レクサスは2030年までにバッテリーEVのフルラインナップを実現、電池関連の新規投資額の増加などに取り組んでいます。
工場CO₂ゼロチャレンジ
工場CO₂ゼロチャレンジの目標は、2050年グローバル工場CO₂排出ゼロです。中間目標として、グローバル工場からのCO₂排出量を2013年比35%削減することを掲げています。
工場で使う電力量を少なくする工夫や工場にソーラーパネルを設置しています。太陽光発電や、風力発電などの自然の力や水素など環境にやさしい方法でつくられた電気を使用するといったことに取り組んでいます。
4-2.日産
日産はNissan Ambition 2030という長期ビジョンを掲げ、「よりクリーンで、より安全で、よりインクルーシブな、誰もが共生できる世界の実現」を目指し、2050年度までに車のライフサイクル全体におけるカーボンニュートラルの実現を目指しています。
同社は、電動化を中核に電動車のラインナップを充実し、2030年度までにニッサンとインフィニティの両ブランドで、グローバルの電動車のモデルミックスを50%以上に拡大することを目指しています。
また、2050年度までに事業活動を含むライフサイクル全体で、カーボンニュートラルの実現を目指しています。
電動化を進めるため、英国でバッテリーのギガファクトリーを含む電気自動車生産ハブへの10億ポンドを投資しました。バッテリーの二次利用とリサイクル事業の推進などに取り組んでいます。
参考:日産「サステナビリティレポート2022」
4-3.GM
GMは、2040年までにグローバルな製品および事業活動において、二酸化炭素排出量実質ゼロを目指しています。中間目標としては、2030年までに販売される新車の少なくとも50%をゼロエミッションとし、2035年までに新型乗用車の排出ガスをゼロにするとしています。
2021年後半に、ミシガン州に初のEV専用組み立て工場「ファクトリー・ゼロ」をオープンしました。2022年1月には、ミシガン州の生産拠点に70億ドルを投資し、バッテリーセルとEVピックアップ・トラックの生産能力を大幅に増強しました。また、テネシー州とカナダ・オンタリオ州の工場のEV工場への転換を進め、目標達成に向け行動しています。
4-4.フォード・モーター
フォードは2050年までに、二酸化炭素ネット排出量ゼロを目指しています。中間目標として、2035年までにスコープ1*とスコープ2*の二酸化炭素排出量を2017年比76%削減、スコープ3*の排出量を2019年比50%削減することを目指しています。
フォード・モーターのスコープ
*スコープ1:事業者自ら排出する直接排出量
*スコープ2:電気など他社から供給された間接排出量
*スコープ3:スコープ1、2以外の事業活動に関連する他社の温室効果ガス排出量
参考:フォード・モーター「Sustainability and Financial Report 2023」
二酸化炭素ネット排出量ゼロを達成するために、自動車の電動化を進めています。具体的には、電動化を推進のため、2025年までにEV及びバッテリー開発分野に300億ドル(約4.2兆円)以上を投入し、2030年までに新車販売台数のEV比率を40%に高めるとしています。
同社は独自のバッテリー製造を目指し、EVバッテリー大規模研究センター「Ford Ion Park」の建設や、韓国企業とのEVバッテリーモジュールの開発・生産合併会社「BlueOvalSK」
を設立しました。
5.まとめ
自動車業界のESG課題として、温室効果ガスの排出削減が挙げられます。自動車業界はすそ野が広く、生産製造過程全体における電力消費が多いため、各社は工場の電力に自然エネルギーを活用する等さまざまな取り組みを進めています。
同時に、ガソリン車から温室効果ガスを排出しないEVやFCVへのシフトが進んでいます。日米政府も、EVシフト推進のため、補助金や税控除などで後押ししています。
トヨタ自動車、日産、フォード・モーターは2050年に、GMは2040年に、二酸化炭素ネット排出量ゼロを目標とし、中間目標を掲げて行動しています。
藤井 理
大学を卒業後、証券会社のトレーディング部門に配属。転換社債は国内、国外の国債や社債、仕組み債の組成等を経験。その後、クレジット関連のストラテジストとして債券、クレジットを中心に機関投資家向けにレポートを配信。証券アナリスト協会検定会員、国際公認投資アナリスト、AFP、内部管理責任者。
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