前回の寄稿では、DAO(自律分散型組織)においてボランティア精神頼みの運営からプロフェッショナルな運営に変わりつつあるのがグローバルのトレンドであることをお伝えした。「冬の時代」とはいっても有名DAOには数千億円規模の巨額トレジャリー(資金)がいまだに存在する。これを使って、DAOに対して貢献した人には対価として報酬を払うことが当たり前になってきている。本稿では、プロのDAOガバナンスにおいてとりわけデリゲートに注目する。
目次
デリゲートとは?
デリゲートは、DAOのガバナンストークン保有者によって投票権と提案権を委任される(デリゲートされる)個人・組織を指す。
DAOの課題は、投票率の向上だ。MakerやUniswapなど世界有数のDAOを含めて、ほとんどのDAOは投票率の上昇という課題に直面している。流通するガバナンストークンに対して投票で使われたガバナンストークン量で測る投票率は、世界有数のDAOであってもほぼ一桁%とかなり低い水準だ。背景にあるのは、①ガバナンストークン保有者の関心が当初より薄くなっていること、②毎日アップデートされる提案や投票に多忙のためついていけなくなること、③専門外の案件が増えていることがある。
デリゲートは、DAOにおける活動をガバナンストークン保有者の代わりに全て行う。具体的には、ガバナンストークン保有者の代わりに①DAOの議論に参加する②提案をする③投票する④投票の理由を説明する。一般的に一つのDAOにつき複数のデリゲートが存在しており、ガバナンストークン保有者はデリゲートの各プロフィールを確認し、自分の主義主張に合うデリゲートを選択できる。
デリゲートの方法
例えばdYdXの場合、ガバナンストークンであるDYDXトークンをデリゲートする方法は以下の通りだ。
- dYdXのホームページからGovernanceのタブを選択する。
- ガバナンストークンであるDYDXトークンが入ったウォレットを接続する。
- Proposal Power(提案権)とVoting Power (投票権)のどちらをデリゲートするか、または両方をデリゲートするか、選ぶ。
- デリゲート先のウォレットアドレスを入力する。
現在のところ一つのウォレットに入っているトークンは、全て、選択したデリゲートに委任されることになる。複数のデリゲートを使いたい場合は、複数のウォレットにそれぞれのDYDXトークンを分けて保有しそれぞれから委任することになる。
ちなみに、最近イーサリアムのレイヤー2ソリューションのOptimismがAgoraと組んで開発中のガバナンスプラットフォームでは、一つのウォレットから複数のデリゲートに対してトークンの委任をすることが可能になる予定だ。
プロのデリゲート
デリゲートの仕事は、ガバナンストークン保有者の代わりに①DAOの議論に参加する②提案をする③投票する④投票の理由を説明することだ。これら全部を無料でやる人は珍しいだろう。もちろん、デリゲートがDAOの成長ポテンシャルを見込んで無償で協力する可能性もなくはない。また、自分が保有するガバナンストークンの価値を上げるために働くという理由づけもできるだろう。しかし、全てのデリゲートが無料でデリゲート業をやるわけではない。インセンティブ設計が必要になる。
DAOがデリゲートのインセンティブ設計をどのように行うかは2023年のホットトピックになるだろう。例えば、老舗DAOのMaker DAOは、デリゲートされたガバナンストークンMKRの量、投票参加率、投票に関する説明をした割合が合算されて報酬に反映される。現在のところ、デリゲートの最大の年収は14万4000DAI(約2000万円)だ。
デリゲートサービスを展開する会社
民間でデリゲートを生業にする企業も出てきている。彼らはガバナンスのプロ集団であり、巨額トレジャリーを持つDAOからさまざまな仕事を任される。デリゲートも彼らの重要な仕事の一つだ。本稿では、Flipside GovernanceとStablelabについて紹介する。
まずはFlipside Governanceだが、デリゲートとして以下を宣言している。
- フォーラムやDiscord、その他公開チャネルで積極的に発言をすること。
- データを使った意思決定をすること。
- 全ての投票に一貫性を持たせて正直であること
- 提案に対して公平で建設的なフィードバックを提供すること。
- データに基づきまとまった提案を行うこと。
- ガバナンスに関する研究や分析を公開すること。
Flipside Governanceがデリゲートを行うDAOは、実に16もある。利益相反には気をつけなければならないだろうが、デリゲートの兼務は可能なのだ。メンバー構成は、フルタイムが5人。それぞれが、エンゲージメント担当、リサーチ担当、データ分析担当、オペレーション担当などの領域で専門家だという。
次にStablelabだ。15のデリゲートを兼務している。共同創設者はMakder DAOで3年以上働いた経験があり、Web3とDeFiの領域に精通している。デリゲートとしてのスタンスについては、投票率100%と全ての投票に対する理由の提供を約束し、全ての提案が熟慮されるようにできるだけ多くのフォーラムの議論に参加すると述べている。
VCと学生サークル
著名VCのアンドリーセン・ホロウィッツ(a16z)は、初期投資家として複数のDeFiプロジェクトに出資をし、その対価として大量のガバナンストークンを持っている。投票率が低い現状において、a16zが大量のガバナンストークンを使って投票すれば投票結果を大きく左右することになる。しかし、a16zはガバナンスにおける分散化と多様性を重視し、全トークンを自ら投票で使うのではなく、デリゲートすることの重要性をブログで訴えている。
「(デリゲートをすることは)表面的に中央集権を避けるためだけでなくガバナンスの質と多様性を高めることに意義がある。そしておそらく最も重要なことは、それぞれのデリゲートがトークン保有者から独立して投票できるようにすることだ。」
つまり、a16zはデリゲートをした個人や組織がa16zの意に反する投票行動をしても構わないと宣言しているのだ。
実際、先月に話題となったUniswapのBNBチェーンサポートのブリッジをめぐる投票において、a16zは敗れた。コインデスクによると、a16zがデリゲートした人の中にはa16zとは反対の投票をした人もいた。
とりわけ注目したいのは、a16zが学生サークルに多くのトークンをデリゲートしている点だ。VCと学生サークルは相性が良いようだ。
50%以上が、スタンフォード大学やMITなどの米国の大学だ。VCにとって、優秀な若いタレントに実戦でDAOについて学んでもらう機会を提供することは、理に適っているのだろう。
デリゲートは別名「プロトコル政治家」と呼ばれている。票と同義であるトークンを集めてDAOの方向性を決める投票で大きな影響力を持つ。自分の主義主張をはっきりと分かりやすくフォーラムで伝える。時には激しい議論に身を置き、利害の一致する他のデリゲートと手を組む。まさにDAOにおける政治家の役割を果たしている。
今後、日本のWeb3系の大学サークルなどをはじめ、DAOに積極的に参加する日本人を増やすことが世界のDAOに日本市場の声を伝える上で重要になるだろう。
大木悠 dYdX財団 Japan Lead
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