ネイチャーポジティブ経済とは?注目されている背景や上場企業の取り組み事例も

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ネイチャーポジティブ(自然再興)とは、気候変動や経済活動によって失われつつある生物多様性を、保全するだけでなく回復軌道にまで導くという考え方です。カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーへの移行とともに、地球上の生態系と持続可能な未来を守るために必要不可欠な要素となっています。

この記事では、日本も国家戦略として実現を目指しているネイチャーポジティブ経済の意味や、上場企業の取り組み事例をご紹介します。環境問題やESG投資に関心のある方は参考にしてみてください。


※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・銘柄への投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、ご自身のご判断において行われますようお願い致します。
※本記事は2023年8月10日時点の情報をもとに執筆されています。最新の情報については、ご自身でもよくお調べの上、ご利用ください。

目次

  1. ネイチャーポジティブ経済とは
    1-1 ネイチャーポジティブが注目される背景
    1-2 ネイチャーポジティブ経済の実現に必要なこと
  2. ネイチャーポジティブ経済に取り組む上場企業例
    2-1 大成建設
    2-2 キリンホールディングス
    2-3 花王
  3. まとめ

1 ネイチャーポジティブ経済とは

ネイチャーポジティブ(自然再興)とは、生物多様性の損失を止め、保全するだけでなく、回復軌道に乗せるという考え方です。人々の生活は、衣食住の様々な場面で豊かな生態系の恩恵を受けてきました。しかし、経済活動によって多くの生態系が危機に直面していることから、健全な生態系を確保しつつ自然の恵みを維持回復させること、自然資本を守りながら社会経済に活かすことを目的に、ネイチャーポジティブという考え方が誕生しました。

それではまず、ネイチャーポジティブという考え方が注目されている背景や、国策としても掲げられているネイチャーポジティブ経済の内容を確認してみましょう。

1-1 ネイチャーポジティブが注目される背景

2010年10月に開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)で、生物多様性に関する2020年までの世界目標「愛知目標」が採択されました。しかし、2020年9月に公表された「地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)」では、「愛知目標」の多くが達成されていない状況が指摘されました。また、従来のシナリオでは生物多様性が失われ続ける可能性が指摘され、自然回復への道筋をつけることが急務であるとの認識が共有されました。

2030年自然協約

こうした流れを受けて、2021年6月に開催されたG7サミットで「2030年自然協約」が合意され、2030年までに生物多様性の損失を止めて回復させるネイチャーポジティブへのコミットメントが、各国リーダーにより表明されました。

2030年自然協約では、以下の4つの柱を掲げています。

4つの柱 内容
移行 自然資源の持続可能かつ合法的な利用への移行を主導すること
投資 自然に投資し、ネイチャーポジティブな経済を促進すること
保全 野心的な世界目標等を通じたものを含め、自然を保護、保全、回復させること
説明責任 自然に対する説明責任及びコミットメントの実施を優先すること

昆明・モントリオール生物多様性枠組

また、2022年10月、12月にカナダのモントリオールで開催された生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)では、2030年までの目標として「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が発表、採択されました。この枠組みでは、2030年までに陸と海の面積のそれぞれ30%を保全することで生物多様性を維持する新たな国際目標「30by30」が示されるなど、各国の取り組むべき内容が掲げられています。

2050年に向けたビジョンと、2030年までの本枠組みのミッション、そして23のターゲットの主な内容は以下の通りです。

内容
2050年ビジョン 自然と共生する世界
2030年ミッション 自然を回復軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め反転させるための緊急の行動をとる
23のターゲット
(一部)
・2030年までに、陸と海のそれぞれ30%以上を保護・保全(30by30)
・乱獲を防止するなど、野生種の利用等が持続的かつ安全・合法なものにする
・自然を活用した解決策等を通じた気候変動の生物多様性への影響の最小化
・事業者や金融機関による影響評価・情報公開の促進

企業に対しても、生物多様性に係るリスクや影響の評価・開示など様々な要請が盛り込まれています。今後、ネイチャーポジティブへの取り組みは、ESG投資の観点からも上場企業をはじめ企業評価の重要な要素となる見込みです。

TNFDの設立

2021年6月に、TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)という国際組織が設立されました。 TNFDは、企業の事業活動における自然資本や生物多様性に係るリスクや機会、影響に関する評価・情報開示の枠組み作りを進める国際組織です。2023年9月に、情報開示のフレームワークについて最終提言をまとめる予定です。

今後、TCFD(気候変動に関する情報開示の枠組みである、気候変動関連財務情報開示タスクフォース)などと併せ、脱炭素や生物多様性に関する積極的な情報開示を行う企業が増えてくることが期待されています。

1-2 ネイチャーポジティブ経済への移行

「生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学―政策プラットフォーム(IPBES)」が2019年に公表した「生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書」によると、地球上の大部分において自然が大きく変化したと確認されています。

例えば、世界の陸地の75%と海洋の66%は大きな改変や人為的な要因で影響を受けており、湿地の85%以上が消失しています。さらに、全動植物の約25%は絶滅危惧にあるなど、地球全体の自然が悪化している状況です。

2020年1月に世界経済フォーラムが発表した「Nature Risk Rising」では、世界の総GDPの半分以上にあたる約44兆ドルの経済価値創出が自然資本に依存しているとのデータもあり、このままでは自然の損失によって大きな経済価値の損失につながる可能性も指摘されています。

その一方で、世界経済フォーラムによると、ネイチャーポジティブ経済への移行により、2030年までに年間10.1兆ドルのビジネスチャンスと、約3億9,500万人の雇用を生み出せると見込まれています。

生物多様性国家戦略 2023-2030

これらの状況を踏まえ、日本政府は、生物多様性の損失と気候危機への統合的な対応や、ネイチャーポジティブの実現に向けた社会の根本的変革を目指す国家戦略「生物多様性国家戦略 2023-2030」を閣議決定しました。この中で5つの基本戦略と、それに対する行動目標などが、以下の通り設定されています。

基本戦略 行動目標(一部)
生態系の健全性の回復 ・陸や海の30%以上を保全し、それら地域の管理の有効性を強化
・気候変動による生物多様性に対する負の影響の最小化
自然を活用した社会課題の解決 ・生態系が有する機能の可視化や、一層の活用を推進
・再生可能エネルギー導入における生物多様性への配慮を推進
ネイチャーポジティブ経済の実現 ・企業による生物多様性への依存度
・影響の定量的評価、現状分析、科学に基づく目標設定、情報開示を促すとともに、金融機関や投資家による投融資を推進する基盤を整備し、投融資の観点からも生物多様性を保全・回復する活動を推進
・生物多様性保全に貢献する技術・サービスに対する支援の推進
生活・消費活動における生物多様性の価値の認識と行動(一人一人の行動変容) ・国民に積極的かつ自主的な行動変容を促す
・伝統文化や地域知、伝統知も活用しつつ地域における自然環境を保全・再生する活動を促進
生物多様性に係る取組を支える基盤整備と国際連携の推進 ・効果的かつ効率的な生物多様性保全の推進、適正な政策立案や意思決定、活動への市民参加の促進を図るためデータの発信や活用に係る人材育成やツール提供
・生物多様性地域戦略を含め、多様な主体の参画の下で統合的な取り組みを進めるための計画策定支援を強化

(※参照:環境省「生物多様性国家戦略2023-2030の概要」)

ネイチャーポジティブ経済の実現に向け、企業に対する生物多様性関連のリスクや影響の評価・情報開示を促すだけでなく、金融機関や投資家に対しても生物多様性の保全や回復に役立つ活動を推進できるような投資や融資の基盤整備を促しています。

2 ネイチャーポジティブ経済に取り組む上場企業

こうした流れを受け、国内企業の中には、自社が自然に及ぼす影響や依存度の測定・開示、生物多様性に配慮した持続可能な原材料の調達、「30by30」に貢献する緑化などの活動など、ネイチャーポジティブ経済への移行に向けて動き始めている企業があります。

ネイチャーポジティブ経済に取り組んでいる上場企業の取り組み事例をご紹介します。

2-1 大成建設

大成建設株式会社(1801)は、国内大手のゼネコンで、首都圏での再開発や大型土木工事なども手掛ける東証プライム市場に上場している企業です。過去に制定した「環境方針」「長期環境目標(TAISEI Green Target 2050)」「生物多様性宣言」の改定を2023年3月1日に発表しています。

ネイチャーポジティブ実現に向けた長期目標

この改定で、持続可能な環境配慮型社会の実現に向けたグループとして、長期目標を以下の通り明確化しました。

  • 3つの社会:脱炭素社会、循環型社会、自然共生社会
  • 2つの個別課題:森林資源・森林環境、水資源・水環境

「自然共生社会」に関しては、2030年度までの目標として「ネイチャーポジティブに貢献する提案工事の実施」を追加し、2050年度までのネイチャーポジティブの実現を目指しています。また、同社の「生物多様性宣言」には、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」と「生物多様性国家戦略」の基本概念も盛り込み、自然と共生する社会の実現に向けた内容へと改定しています。

グループとしてネイチャーポジティブ経済の実現に取り組む姿勢を示した大成建設は、専門知識を有するステークホルダーとしてTNFDをサポートする国際組織「TNFDフォーラム」にゼネコンとして初めて参画しているほか、「30by30」を国内で達成するため、環境省が創設した「生物多様性のための30by30アライアンス」にも参加しています。

グリーンデザインの活用

具体的な取り組みとして進めているのが、自然の持つ多様な機能をインフラ整備や土地利用などに活用するグリーンインフラです。例えば、芝浦水再生センターの敷地上部にある品川シーズンテラスでは、テラス内の人工地盤には広大な緑地を整備し、東京湾からの風を緑地で冷却し都心へ送ることができるようなデザインで設計されています。

また、汚れた雨水が直接海に流れないよう、一時的に貯蓄するための雨天時貯留地を敷地の地下に建設しました。雨天時は、水再生センターの処理能力を超える分は簡易処理して放流されており、その場合通常より汚濁物質の除去率が下がることから、放流水質が悪化してしまうという課題があったためです。雨天時貯留地に一時貯留することで、放流される汚濁負荷量を削減し、東京湾の水質改善に寄与することを目的としています。

環境DNA分析技術の活用

ほかにも、大成建設が施工した地域における木材を伐採した山林の再造林活動に加え、水や土などに含まれる生物由来のDNA分析技術を用いて、建設現場周辺の保全対象地域における希少生物の継続的な生物環境モニタリングを行っています。DNA分析を行うことで、従来目視では調査が困難であった、サンショウウオ類の生息状況の把握に努めています。希少生物の生息状況を調査することで、建設工事により異変があった場合の早期対応や、生息地域の保全につながると同社は考えています。

(※参照:大成建設「自然共生社会」)

2-2 キリンホールディングス

キリンホールディングス株式会社(2503)は、国内のビール販売大手であるキリンビール社や、清涼飲料などを製造・販売しているキリンビバレッジ社などを傘下に持つ企業です。

TNFDに基づく試行的開示

同社は、2022年3月に公開されたTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)の開示フレームワークβ版v0.1で提唱された評価アプローチ「LEAP」を用い、同社の2022年度環境報告書の中で試行的な開示を試みました。また、2023年の環境報告書の中では、TNFDフレームワークβ版 v0.2を用いています。

LEAPは、自然関連のリスクと機会を科学的根拠に基づき体系的に評価するためのプロセスです。例えば、同社の主力商品の一つである「午後の紅茶」は、日本が輸入するスリランカ産茶葉の約25%を使用しており、特定の地域への依存度が高い商品だと同社は捉えています。そのため、LEAPアプローチを用い、スリランカの中でも自然公園に近い紅茶農園を特定し、周辺の生態系を把握したり、どの程度人為的な影響を受けているか環境ストレスの評価をしたりすることで、生物多様性を保全するための対策が取られているかを把握することに努めました。

紅茶農家へのトレーニング支援

また、LEAPアプローチの採用に先駆けて、同社は2013年からスリランカの紅茶農園に対して、持続可能性の観点から審査をクリアした農園のみに与えられる認証制度「レインフォレスト・アライアンス」の取得支援を行っています。レインフォレスト・アライアンスの認証を取得するためには、森林保全などの「環境」、農場などで働く人々の人権保護や生活向上などの「社会」、農業技術の向上などを図る「経済」という3つの基準をクリアする必要があります。

キリンが支援する認証取得のためのトレーニングでは、集中豪雨時の土壌の対応や、適切な農薬と肥料の使い方などを教えています。こうした農園の人々へのトレーニングは、農園周辺の環境保全や不必要な森林伐採の防止など、LEAP分析で判明した環境リスクへの対応策につながると同社は考えており、認証取得支援を拡大しようと努めています。

キリンの支援により認証取得した農園の数、また2024年に向けた目標は、以下の通りです。

2013-2022累計実績 2022-2024累計目標
大農園 94件 15件
小農園 120件 5,350件

(※参照:キリン「環境報告書」)

このほかにも、日本産ワインの生産・販売の拡大に向けて遊休荒廃地をブドウ畑に転換するための研究や、準絶滅危惧種の存在しているホップ畑で生きもの調査を継続的に実施しモニタリングをするなど、自社事業が与える生態系へのインパクト調査や研究を行っています。

2-3 花王

花王株式会社(4452)は、洗剤などの日用品や化粧品などの製造販売を手掛ける東証プライム市場に上場している化学品メーカーです。生物多様性に関する基本方針や保全のための行動指針を設定しています。また、2023年4月10日にLEAP(TNFDβ版 v0.3)のフレームワークを活用して自社の環境インパクトを分析評価し、アクセンチュア社との生物多様性に関する共同調査レポート「生物多様性がもたらすビジネスリスクと機会」を公開しました。本レポート上では、同社事業の影響を大きく受ける地域やサプライチェーン上の工程の特定や、シナリオ分析と対策の検討を行っています。

特定の地域や資源への依存・影響を抑制する取り組み

例えば、世界人口の増加により、花王が製造・販売する洗浄剤の原料であるパーム核油は今後不足する見込みです。そこで花王は、従来用途が限られていた、食用油を採取後に残る固体性状の油脂から、約10年かけて洗浄成分「バイオIOS」を開発しました。限られた資源を有効活用するための研究を通し、特定の資源や地域に自社事業が依存したり影響を与えたりすることを抑える取り組みを進めています。

持続可能な調達のための取り組み

また、花王はサプライチェーンの上流にあるパーム農園に目を向けた取り組みを進めています。パーム農園からは洗剤や化粧品などの原料であるアブラヤシを収穫できますが、アブラヤシの育つ熱帯域は、多くの生物がつながりをもって生息する生物多様性の豊かな場所です。近年は世界的な洗浄剤などの需要増加に伴い、アブラヤシ農地を作るために森林が伐採され生物多様性にも影響を与えていることが問題となっています。

これを受け、2004年に国際組織「持続可能なパーム油のための円卓会議(RSPO)」が発足し、花王も2007年からメンバーとなっています。2025年までに同社で使用するパーム油をRSPO認証油に100%切り替えることを目指しています。

また、2020年からは栽培技術も低く収穫量も少ないインドネシアの独立小規模パーム農園の支援も開始しています。2030年までに約5,000農園を対象に、現地パートナーと協働で生産性向上の技術指導やRSPO認証取得に向けた教育を行っています。インドネシアの独立小規模パーム農園の生産性が向上することで、パーム農園開拓のための新たな森林伐採を抑制する効果があると同社は考えています。
(※参照:花王「2022年の活動」)

3 まとめ

ネイチャーポジティブは、生物多様性の損失を止めるだけでなく回復軌道に導く考え方です。カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーと同じく、喫緊の環境課題です。ネイチャーポジティブ経済の実現は日本でも国家戦略として掲げられており、その中では企業に対する要請なども明記されています。近年、上場企業をはじめとする国内企業がネイチャーポジティブの実現に向けた取り組みを始めています。

今後、TNFDの開示枠組みが定まってくると、ネイチャーポジティブに関する情報開示や取り組みは重要度を増してくることが予想されます。ESG投資の観点からも重要な指標となり得るため、興味のある方は各企業のネイチャーポジティブへの取り組みをお調べになってみてください。

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