テクノロジーで「格差・不平等」を解消?持続可能な社会の実現に挑むスタートアップ3社

SDGs(持続可能な開発目標)である「不平等の解消」。しかし、環境などの他のサステナビリティ分野に比べるとその取り組みは遅れており、世界中のいたるところでさまざまな格差や不平等が拡大しています。UN(国際連合)は「世界のおよそ5人に1人が、少なくとも1つ以上の国際人権法に違反する理由で差別を経験したことがある」と報告しています。

参考:UN「Goal10: Reduce inequality within and among countries

本稿では持続可能な社会の実現に向けて格差や不平等の解消が重視されている背景と、撲滅に挑戦するスタートアップの事例を紹介します。

※本記事は2023年10月6日時点の情報です。最新の情報についてはご自身でもよくお調べください。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・ファンドへの投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、利用者ご自身のご判断において行われますようお願い致します。

目次

  1. 世界の不平等の現状
  2. 不平等の解消がサステナビリティで重視される理由
  3. 格差・不平等問題に取り組むスタートアップ3社
    3-1.発展途上国の医療格差改善に挑む「Simprints」
    3-2.失業者の就活を支援するデータ駆動型AIプラットフォーム「Bob」
    3-3.小規模農家の所得向上と食料不足解決に貢献する「Agrorite」
  4. 投資動向
  5. まとめ

1.世界の不平等の現状

所得や性別、学歴、社会的地位、人種、民族、宗教、性的指向などに起因する格差や不平等問題は、さまざまな形態で世界中に根強く残っています。

新型コロナを機に一段と拡大した経済格差は、その最たる例です。本部をパリに置く世界不平等研究所(World Inequality Lab)の調査報告書『World Inequality Report 2022』によると、世界の全資産の76%を最富裕層の上位10%が保有しているのに対し、最貧困層の50%の保有資産は全体の2%に過ぎません。一方で、世界の人口のおよそ8%が極度の貧困(1日の生活費が2.15ドル/約287円以下)に陥っていると、世界銀行は推定しています。

ジェンダー格差への取り組みも進歩が遅く、解消というには程遠い現状です。世界経済フォーラム(World Economic Forum)が男女格差の度合いを指数化した『世界ジェンダー格差指数2022』では、一部の発展途上国で大きな進歩が見られたものの、北欧諸国が依然として上位を占めるなど、国や地域間の格差が浮き彫りになっています。

参考:世界銀行「Poverty and Shared Prosperity Report
参考:世界経済フォーラム「世界ジェンダー格差指数
参考「World Inequality Report 2022

医療や社会インフラが未発達の低所得国においては、公的なID(身分証明書)による不平等問題も深刻です。世界銀行の推定によると、出生証明書やパスポートなどの公的なIDを所有しておらず、銀行や社会保障、ヘルスケア、教育といった生活に不可欠なサービスにアクセスできない「Invisible People(出生登録されていない人々)」が、世界中に8億5,000人存在するといいます。

参考:世界銀行「850 Million People Grobally Don’t Have ID – Why This Matters And What We Can Do About It

2.不平等の解消がサステナビリティで重視される理由

GDP(国内総生産)成長率の低迷や犯罪率の上昇、公衆衛生の悪化、教育水準の低下、政治・社会・企業への信頼低下など、不平等の拡大が長期的にネガティブな影響を与える可能性を示唆する調査結果が複数報告されています。このようなネガティブな影響は、地球温暖化を含む他の社会問題への取り組みを遅らせるリスクをはらんでいます。

一方で、2021年に「不平等に取り組むためのビジネス委員会(BCTI)」を立ち上げた「持続可能な開発のための世界経済人会議(WBCSD)」は、不平等の拡大が市場・金融システムの崩壊につながるシステミックリスクに警鐘を鳴らすと同時に、不平等への取り組みにおいてリーダーシップを発揮するよう企業に呼びかけています。

参考:Seven Pillars Institute「The Consequences of Economic Inequality
参考:WBCSD「The Business Commission to Tackle Inequality makes the case for business to take a stand on inequality

格差や不平等の形態や度合いは国や地域によって異なるため、世界万能の対策はありません。持続可能な社会の実現に向けて、長期的な視野から格差・不平等の根本的な原因を見直し、各国・地域の実状に応じて効果的な対策を講じる必要があります。

3.格差・不平等問題に取り組むスタートアップ3社

このような中、テクノロジーを活用して世界の格差や不平等と戦う方法を再考し、撲滅を目指す動きが活発化しています。以下、スタートアップ3社の取り組みを見てみましょう。

3-1.発展途上国の医療格差改善に挑む「Simprints」

医療格差の原因の1つは、未熟な医療及び社会インフラとそれに起因する健康・医療記録システムの欠落です。

ケンブリッジ大学のスピンオフである英非営利スタートアップ、Simprints(シムプリンツ)は、ビル&メリンダ・ゲイツ財団を筆頭とする非政府組織(NGO)や非営利組織(NPO)、各国政府などと提携し、発展途上国における医療格差問題の改善に取り組んでいます。

コミュニティーの医療従事者は同社が開発した指紋認証スキャナーとモバイルアプリ、クラウドを活用し、受益者(患者)の個人情報や健康・医療記録などを収集及び閲覧できるという仕組みです。これにより、公的IDを所有していない人を含む受益者の身元や情報を正確に把握し、より効果的なケアを提供できるようになります。

同社は過去7回の資金調達ラウンドを介し、米コンピューターネットワーク機器開発・販売大手、Cisco(シスコ)などから総額440万ドル(約5億8,397万円)を調達しました。

参考:「Simprints HP
参考:Innovation&Impact「Accurate Identification for Global Impact
参考:Crunchbase「Simprints

3-2. 失業者の就活を支援するデータ駆動型AIプラットフォーム「Bob」

先進国・発展途上国を問わず、失業や不安定就業は貧困問題の原因の1つです。

米非営利企業Bayes Impact(ベイズ・インパクト)の仏スピンオフ・スタートアップのBob(ボブ)は、データ駆動型AI(人工知能)プラットフォームを介して失業者の就活を支援しています。

同社の無料オンライン・プラットフォームはAIが求職者のデータ(職歴・スキルなど)や雇用市場動向を分析し、パーソナライズされた就活行動計画の作成やアドバイス、コーチングを提供します。2019年12月までに国内で20万人以上の失業者が同社のプラットフォームを利用しました。

同社はJPモルガン・チェース財団やGoogle財団から寄付金として資金調達したほか、職業安定所のPole Emploiや投資銀行のBPI(Banque Publique D’investissement)といった国内の公的パートナーからも資金提供を受けています。

参考:EU-Startups「Bob
参考「Bob HP

3-3.小規模農家の所得向上と食料不足解決に貢献する「Agrorite」

世界銀行によると世界の最貧困層の6割以上が農業に従事しており、発展途上国の小規模農家の多くが最低水準以下の生活を余儀なくされているといいます。

参考:OXFAM「Improving Livelihoods For Smallholder Farmers

「小規模農家の所得を向上させることで経済格差を改善する」「サプライチェーンの効率化を図ることで食料不足を解決する」という2つの取り組みを進めているのは、ナイジェリアのAgrorite(アグロライト)です。

同社は、農場の進捗状況を遠隔から確認できるモニタリングシステムやデータ管理システムといったスマート農業技術、コンサルティング、農作物や加工品の保管・管理、農業保険など、包括的な農業サービスの提供に加え、国外・国内のネットワークを介して収益性の高い契約先を確保することにより、小規模農家を支援しています。

参考「Agrorite HP

4.投資動向

環境などの他のサステナビリティ分野に比べると、不平等への取り組みへの投資規模はまだまだ初期段階にあるといえるでしょう。しかし、上記のスタートアップ事例が示すように、国際企業や組織が積極的に資金を投じている分野でもあります。

投資家間においても関心が高まっており、さまざまな形態の格差・不平等の解消に焦点を当てた投資商品が販売されています。

サステナビリティへの取り組みの一環として不平等問題に焦点を当てる企業も増加傾向にあることから、今後の成長が期待されます。

5.まとめ

あらゆる不平等は社会的及び経済的発展を脅かし、人々のモチベーションや幸福感、自尊心を損ないます。公平な社会を創造する上で、世界規模での対策は極めて重要ではあるものの、私たち一人ひとりが当事者意識を高め、「身近なところで自分になにができるのか」について考えてみることも大切ではないでしょうか。

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アレン琴子

英メディアや国際コンサル企業などの翻訳業務を経て、マネーライターに転身。英国を基盤に、複数の金融メディアにて執筆活動中。国際経済・金融、FinTech、オルタナティブ投資、ビジネス、行動経済学、ESG/サステナビリティなど、多様な分野において情報のアンテナを張っている。