低コストな「天然水素掘削」の将来性は?海外スタートアップ4社紹介も

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水素は、炭素燃料として有望視されている一方で、社会インフラとしての役割を果たすためには多くの課題があります。そのような中、低コストで環境に優しい「天然水素(Natural Hydrogen)」が、未来の水素社会に革命をもたらすポテンシャルを模索する動きが広がっています。

本稿では、海外の天然水素プロジェクトの最新動向と、天然水素を牽引するスタートアップについてレポートします。

※本記事は2023年10月27日時点の情報です。最新の情報についてはご自身でもよくお調べください。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・ファンドへの投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、利用者ご自身のご判断において行われますようお願い致します。


目次

  1. 既存の水素エネルギーの課題
  2. 注目の「天然水素」とは?
  3. 期待が高まっている理由
    3-1.地中に豊富に眠る天然資源
    3-2.低コストで生産可能
  4. 世界各地で取り組みが加速
    4-1.米国
    4-2.フランス
    4-3.スペイン
  5. 有望なスタートアップ4社
    5-1.HyTerra(オーストラリア)
    5-2.45-8 Energy(フランス)
    5-3.Helios Arago(シンガポール)
    5-4.Natural Hydrogen Energy(米国)
  6. 今後の課題
  7. まとめ

1.既存の水素エネルギーの課題

環境への影響や低コスト化は、水素エネルギー普及に向けた課題です。2023年10月現在、利用されている水素の殆どは、天然ガスや石炭などの化学燃料を使用して製造される「グレー・ブラック・ブラウン水素」であり、大気中に大量の二酸化炭素(CO2)を放出するというデメリットがあります。

そこで注目されているのが、製造過程で排出されたCO2を回収する「ブルー水素」や、電気分解技術と再生エネルギ―を使用して製造・使用時のCO2排出量をゼロにする「グリーン水素」です。しかし、これらの水素は環境負担が低いというメリットがある一方で、他の水素よりコストが高い点が広範囲な普及のハードルとなっています。

水素の色分けについて興味のある方は、「次世代エネルギー「グリーン水素革命」を加速させるスタートアップの取り組み」を参考にしてみてください。

2.注目の「天然水素」とは?

水素普及に向けた課題の解決策として期待されているのが、「ホワイト又はゴールド水素」や「地中水素(Geologic Hydrogen)」とも呼ばれる「天然水素」です。天然水素は、海洋や大陸の地殻、火山ガス、熱水、地熱塩水など、さまざまな地質環境に発生する天然資源で、地下の水素鉱床につながる化学反応により、継続的かつ自然に再生すると考えられています。

天然水素が次世代エネルギー源として注目されるようになったのは、2012年です。カナダの天然水素企業Hydroma(ハイドロマ)が西アフリカのマリ共和国ブラケブグーの油田で、純度98%の天然水素を偶然に発見したのがきっかけです。この水素は燃料電池に転換され、ブラケブグーの町に供給されました。

参照:Hydrogen Fuel News「Unveiling the Mysteries of White Hydrogen: The Ultimate Guide
参照:GEOSIENTISTS「Natural hydrogen: the new frontier

3.期待が高まっている理由

水素社会への移行計画とともに、天然水素への期待が高まっているのには、2つの理由があります。

3-1.地中に豊富に眠る天然資源

長年にわたり、天然水素は希少性が高く、抽出が困難という理由から、経済的な利益をもたらさないとされていました。しかし、最近の研究結果は、以前に考えられていたより遥かに広範囲にわたり地中に天然水素が眠っている可能性を示唆しており、米国やカナダ、オーストラリア、フランス、フィンランド、フィリピンなど多数の国で、水素の貯留層が次々と発見されています。

米天然水素スタートアップ、Natural Hydrogen Energy(ナチュラル・ハイドロジェン・エナジー、以下NH2E)の創設者兼CEOで天然水素研究者のヴィアチェスラフ・ズゴンニク氏が複数のデータから分析したところ、地中から抽出可能な水素量は推定年間2,300万トンでした。「実際の数値はそれより2~3桁高い」と、同氏は推定しています。

参照:REUTERS「Startups race to strike hydrogen gold

3-2.低コストで生産可能

天然水素が期待されているもう一つの理由は、コストの安さです。

国際エネルギー機構(IEA)の試算によると、グレー水素の1㎏あたりの生産コストは0.9~3.2ドル(約138~480円)、ブルー水素は1.5~2.9ドル(約225~435円)、グリーン水素は3.0~7.5ドル(約450~1,125円)です。一方で、天然水素は2.3ドル(約345円)で生産できる可能性があると、オーストラリアの天然水素スタートアップGold Hydrogen(ゴールド・ハイドロジェン)は試算しています。

参照:PV Magazine「Natural hydrogen exploration ‘boom’ snaps up one third of South Australia
参照:GEOSIENTISTS「Natural hydrogen: the new frontier

つまり、将来的に天然水素を商業的なエネルギー源として活用することができれば、環境に優しく資源豊富なエネルギーを低コストで生産することが可能になるのです。

4.世界各地で取り組みが加速

天然水素への期待が高まる中、純度の高い天然水素を大量に発見・掘削するための取り組みが世界各地で急加速しています。以下、米国とフランス、オーストラリアの取り組みを見てみましょう。

4-1.米国

米国エネルギー省は2023年9月、カーボンフリーエネルギー政策の一環として、天然水素掘削プロジェクトを支援する2,000万ドル(約29億9,896万円)の基金設立を発表しました。また、資源を定量化するための国際研究の発表を年内に予定しており、何らかの進展が期待されます。

参照:Science「U.S. bets it can drill for climate-friendly hydrogen—just like oil

4-2.フランス

フランスは2022年4月、鉱物資源を開発するための鉱業法に天然水素を含めることを決定しました。これは、「2030年までに再生可能水素の輸入及び生産各1,000万トン実現を目指す」という、EU全体の取り組みに先駆けた動きです。

フランスでは、欧州最大級となり得る巨大な天然水素鉱床がロレーヌ地方で発見されたことから、天然水素への期待がさらに加速しています。

参照:EURACTIV「Excitement grows about ‘natural hydrogen’ as huge reserves found in France

4-3.オーストラリア

オーストラリアは国家水素戦略に天然水素プロジェクトを組み込んでいます。一部の州管轄区域は石油探査ライセンス(石油採掘のための商業的に実行可能な鉱床の探査許可)に天然水素を含めるように修正しました。

オーストラリアのエネルギー・コンサル企業Energy Quest(エナジー・クエスト)によると、2022年2月までの1年間で18件の探査ライセンスが申請或いは付与されたといいます。

参照:オーストラリア政府HP「Australia’s Hydrogen Production Potential
参照:PV Magazine「Natural hydrogen exploration ‘boom’ snaps up one third of South Australia

5.有望なスタートアップ4社

スタートアップの存在が、新たな潮流を牽引しています。

2023年7月には米コロラド州デンバーを拠点とするKoloma(コロマ)が、ビル・ゲイツ氏が設立した設立したクリーン・エネルギー・ベンチャー、Breakthrough Energy(ブレイク・スルー・エネジー)などから総額9,100万ドル(約134億6,940万円)の資金を調達しました。これにより、天然水素に対する投資家からの注目度が一気に高まりました。

参照:Carbon Credits「Bill Gates Backs Stealth Startup with $91M for Hydrogen Revolution

以下では、天然水素スタートアップ4社を紹介します。

5-1.世界初の上場地中水素掘削スタートアップ「HyTerra」

西オーストラリア州スビアコに本社を置くHyTerra(ハイテラ、以下HYT)は、天然水素掘削分野の世界的パイオニア的存在です。

2023年8月の時点で、米カンザス州ネハマ・リッジの探査地区及びプロジェクトの所有・運営リース権を100%保有しているほか、Natural Hydrogen Energy(ナチュラル・ハイドロジェン・エナジー)と共同で米ネブラスカ州における試掘作業の準備を進めています。

スタートアップとして注目されている同社の歴史は長く、2001年にTriple Energy(トリプル・エネジー)という社名で設立されました。

当時は石油・ガス開発プロジェクトを専門分野としていましたが、2022年にオーストラリアの水素プロジェクト開発企業Neutralysis Industries(ニュートラシス・インダストリーズ)を買収したのを機に、HYTに社名変更しました。同2022年、地中水素掘削スタートアップとしては初めてオーストラリア証券所に上場し、IPO(新規公開株)で総額580万ドル(約8億6,802万円)を調達しました。

参照:Proactive Investors「HyTerra moves toward drilling its first natural hydrogen well on Nemaha Ridge
参照:Proactive Investors「HyTerra grows natural hydrogen lease holding on Nemaha Ridge following geophysical survey results
参照:Market Screener「Hyterra

5-2.45-8 Energy

フランス北東部の都市メッスで2017年に設立された45-8 Energy(エナジー)は、環境に優しいヘリウム及び天然水素の探査・生産を専門分野とするスタートアップです。

同社は独自の革新的技術力で、競合と一線を画しています。スイスのSolexperts(ソレックスパーツ)と共同開発した天然水素測定用のIoT(モノのインターネット)ツール「SurfMoG H₂」は、電気化学センサーとバッテリー、通信システムを内蔵しています。過酷な環境下においても、水素を検出し、長期間モニタリングするように設計されています。

同社はこの画期的な技術とプロジェクトで、主要エネルギーグループや公的機関から注目を集めており、資金調達ラウンドシリーズB※で、総額2180万ドル(約32億6,786万円)を獲得しました。

※収益性を確保し、売上拡大のフェーズにあるスタートアップの資金調達

これまでのところ、フランス南部のピレネー・アトランティック県など、国内4つの地域で天然水素探査プロジェクトを実施しており、2024年のヘリウムの生産開始を目標にしています。

参照:45-8 Energy「Hy-way to Helium

5-3.Helios Arago

欧州初の天然水素製造プロジェクト「モンソン・プロジェクト」を展開しているのは、2017 年にシンガポールで設立されたHelios Arago(ヘリアス・アラゴン)です。

掘削地となるのはスペイン北東部アラゴン地域のモンゾン高原で、110万トンの水素の回収が見込まれています。同鉱区では他にも潜在的な天然水素源が確認されていることから、最終的な回収総量は500万~1,000万トン、アラゴン州全体では1億トンを超える可能性があります。

2014年後半に1200万ユーロ(約19億1,570万円)を投じて掘削を開始し、2029年初頭から20~30年間にわたり、年間5万5,000~7万トンの水素を生産する計画です。最終的には地中水素の生産及び物流の拠点を築き、フランスやイベリア半島(*欧州南西部に位置する半島)などへ配送することを目標としています。

Helios Aragoは米ベンチャー・キャピタルファンド「Accent Hydrogen Fund(アセント・ハイドロジェン・ファンド)」などの支援を受けており、オックスフォード大学やダラムエネルギー研究所、欧州議会など、天然水素分野における国際的パイオニアや政府機関と提携しています。また、欧州地域で天然水素の商業化を促進するための法的整備にも協力しています。

参照:Helios Arago 「Helios Arago
参照:Hydrogen Insight「Massive underground reservoir of natural hydrogen in Spain ‘could deliver the cheapest H2 in the world’

5-4.Natural Hydrogen Energy

米コロラド州デンバーに拠点を置くNatural Hydrogen Energy(ナチュラル・ハイドロジェン・エナジー、NH2E)は、Koloma やHYTとともに天然水素分野での急成長が期待されているスタートアップです。
同社の研究チームは20年以上にわたり天然水素の研究を続けており、膨大なデータと専門知識、実績で競合をリードしています。

2019年に米ネブラスカ州で探査作業を開始し、国内で初めて地中水素の掘削に成功するという功績を成し遂げました。2023年10月現在は商業生産の開始を目標に、HyTerraとの共同プロジェクトを進めています。

参照:NH2E「NH2E

6.今後の課題

多大なる期待が寄せられている天然水素ですが、同分野に関する研究は比較的歴史の浅く、世界各地の水素埋蔵量も含め、未知の部分が多いのも事実です。実際のポテンシャルを理解するためにはより多くのデータや技術が必須となります。

一方で、規制環境の整備も重要課題の1つです。

たとえば、前述のHelios Aragoがプロジェクトを進めるスペインでは、気候変動及びエネルギー転換法案の一環として2021年に承認された「石油・ガス探査・掘削禁止法」が天然水素探査の障害となる可能性が懸念されます。2023年10月現在、規制緩和を求めるロビー活動が行われていることから、政府の対応が注目されます。

また、商業化に向けて前進するにともない、将来的には国際的な合意も必要となるでしょう。

参照:EURACTIVE「Excitement grows about ‘natural hydrogen’ as huge reserves found in France

7.まとめ

天然水素分野の研究はまだまだ初期段階にあり、実用化への道のりは遠いものと思われます。しかし、世界規模でエネルギー転換が勢いを増す中、天然水素が新たな再生可能エネルギー源としてのポテンシャルを秘めていることは疑う余地がありません。

今後、さまざまな研究やプロジェクトを支援するための投資が、世界各国で増加することが予想されます。

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アレン琴子

英メディアや国際コンサル企業などの翻訳業務を経て、マネーライターに転身。英国を基盤に、複数の金融メディアにて執筆活動中。国際経済・金融、FinTech、オルタナティブ投資、ビジネス、行動経済学、ESG/サステナビリティなど、多様な分野において情報のアンテナを張っている。