脱炭素社会に向けた次世代エネルギーとして、水素に期待が高まっています。筆者の暮らす英国においても政府が2030年までに40億ポンド(約7,220億8,128万円)規模の投資を見込み、同国初の水素経済計画を打ち出しています。
参照:英国政府「UK government launches plan for a world-leading hydrogen economy」
しかし、その一方で、製造過程で発生する温室効果ガスの排出量やコスト面など、さまざまな課題が指摘されています。このような中、気候変動対策の目標に貢献すると同時に、世界のエネルギー需要を満たすのに役立つとして期待が高まっているのが「グリーン水素(Green Hydrogen)」です。
本稿では、水素社会実現のカギを握るとされる「グリーン水素(Green Hydrogen)」の動向と、それを加速させているスタートアップの取り組みついてレポートします。
※本記事は2023年9月12日時点の情報です。最新の情報についてはご自身でもよくお調べください。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・ファンドへの投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、利用者ご自身のご判断において行われますようお願い致します。
目次
- 持続可能な次世代エネルギー「水素」
- 水素エネルギーの種類
2-1.グレー
2-2.ブラック・ブラウン
2-3.ブルー
2-4.レッド
2-5.ターコイズ
2-6.ホワイト - グリーン水素とは?
- グリーン水素の課題
4-1.低コスト化
4-2.インフラの整備 - グリーン水素革命を加速させるスタートアップ3社
5-1.「Hydra Energy」(米国)
5-2.「Planetary Technologies」(カナダ)
5-3.「Ryze Hydrogen」 - まとめ
1.持続可能な次世代エネルギー「水素」
汎用性が高く、多様な資源と製造法から生成できる水素は、気候変動問題やエネルギー危機の解決策の一つとして、注目されている持続可能なエネルギー候補の一つです。
限りある貴重な資源を消費し、環境に悪影響を与える化石エネルギーとは異なり、水素は水や化合物の状態で地球上の至る所に存在し、環境負担も低いとされています。
2.水素エネルギーの種類
しかし、水素と一言にいってもさまざまな種類があり、すべての水素が環境に優しいわけではありません。エネルギー分野においては水素の製造方法を表す略語として、以下のように水素をカラー(色)分別しています。
2-1.グレー
通常、石油や天然ガスに含まれるメタンや石炭から製造され、水蒸気に反応させて二酸化炭素(CO2)と水素(H2)に分解します。製造過程でCO2を排出します。
2-2.ブラック・ブラウン
石炭を原料とする水素です。他の水素カラーと比べると水素単位当たりのCO2排出量が大幅に増加するため、「環境に最も有害な水素」とされています。
2-3.ブルー
「低炭素水素」として活用が広がっている水素です。グレーやブラック同様、メタンや石炭を原料としますが、製造過程で排出されるCO2の大部分(80~90%)を回収し、長期間貯蔵することが可能です。
2-4.レッド
核エネルギーを利用した水素で、「パープル」「ピンク」と呼ばれることもあります。製造過程でCO2を排出しません。
2-5.ターコイズ
天然ガスを直接熱分解することにより、製造中のCO2排出量を抑制しながら水素と固体炭素を取り出す、「メタン熱分解プロセス」を経て製造されます。
比較的新しい水素技術であるため、現時点における製造は小規模にとどまるものの、将来的には再生可能エネルギーを活用した低炭素水素として、活用が拡大する可能性があります。
2-6.ホワイト
主に地下深部の鉱床に存在し、水圧破砕により放出される天然由来の水素です。純粋な形で抽出し、単離することが困難なため、エネルギー源としては一般的に使用されていません。
参照:National Grid「The hydrogen colour spectrum」
参照:Hydrogen Fuel News「Unveiling the Mysteries of White Hydrogen」
3.グリーン水素とは?
グリーン水素は太陽光発電や風力発電などの余剰再生可能エネルギーを使って水を電気分解し、水素と酵素に還元することにより製造されます。クリーンな電力を利用しており、製造過程でCO2を排出しない点が大きなメリットです。
近年は、各国が競うようにグリーン経済成長戦略の一環として、グリーン水素の開発プロジェクトを打ち出しており、投資も活発化しています。Precedence Research(プレセデンス・リサーチ)の調査によると、グリーン水素の市場価値は2022年に40億ドル(約5,657億618万円)を超えており、2032年までに3220億ドル(約45兆5,395億円)規模に成長する見込みです。
参照:世界経済フォーラム「Grey, blue, green – why are there so many colours of hydrogen?」
参照:Precedence Research「Green Hydrogen Market」
また、国連気候変動枠組み条約締約会議(COP26)において取り上げられるなど、重工業や長距離貨物、海運、航空といった大量にエネルギーを消費する分野の脱炭素化を実現する手段としても期待されています。
参照:世界経済フォーラム「What is green hydrogen and why do we need it?」
4.グリーン水素の課題
脱炭素化に欠かせない次世代エネルギーとしての期待が高まる一方で、実用化に向けた課題も山積みです。水素自体の需要は増加し、2021年には94トン(前年比5%増)に達したのにも関わらず、グリーン水素が全体に占める割合はわずか1%以下でした。
参照:国際エネルギー機関(IEA)「Hydrogen」
4-1.低コスト化
活用が広がらない大きな理由の一つとして、コストの高さが挙げられます。そもそも、水素は単位体積当たりのエネルギーが少ないため、他のエネルギーと比べると製造・輸送・保管・配送などのコストが高くなってしまう点がデメリットの一つです。
グリーン水素は水素の中でも製造コストが最も高く、カーボンプライシング(*企業などが排出するCO2に価格付けを行う仕組み)を考慮しない場合の価格は、1㎏あたり約3~8ユーロ(約463~1,235円)とグレー水素の3~8倍高くなっています。発電コストの高い再生可能エネルギーや電気分解システムを使用していることが、価格を押し上げているのです。
参照:PWC「The Green Hydrogen Economy」
このような背景から、低コスト化や供給の安定化、発電の大容量化など、再生可能エネルギーが直面している既存の課題が解決されることにより、グリーン水素の低コスト化にも貢献すると期待されています。
2023年6月現在ではグリーン水素の低コスト化に向け、製造に使用する電気槽の効率性や耐久性、生産性の向上など、さまざまな手段が模索されています。国連(UN)が設立した国際イニシアチブ「Green Hydrogen Catapult(グリーン水素カタバルト)」は、グリーン水素のコストを1㎏あたり2ドル(約283円)以下に削減することを目標にしています。
参照:Green Hydrogen Catapult「Green Hydrogen Catapult HP」
4-2.インフラの整備
もう一つの重要な課題は、水素経済の活性化につながるインフラの整備です。
ここでいうインフラとは、費用効果と効率性が高く、可能な限りクリーンな手法で水素エネルギーを製造・貯蔵・輸送・供給・利用するためのメカニズム(構造)のほか、透明性の高いグリーン水素市場の確立、個人・企業を問わず、グリーン水素の利用者がアクセスしやすい環境作りなどが含まれます。
インフラの整備は、長期的なコスト削減にも一役買うと期待されています。
参照:Energy Tracker Asia「The Pros and Cons of Hydrogen Energy」
5.グリーン水素革命を加速させるスタートアップ3社
つまり、安全で低コスト、かつ効率的な水素インフラに貢献する技術なくして、グリーン水素を広範囲に普及させることは難しいということになります。
以下、既存の課題へのソリューションを提供することにより、グリーン水素革命を加速させているスタートアップ3社の取り組みを見てみましょう。
5-1.サービスとしての水素(HaSS)「Hydra Energy」(米国)
Hydra Energy(ヒドラ・エナジー)は既存の大型トラックに水素・ディーゼル混焼変換キットを取り付けることにより、必要に応じて水素燃料とディーゼルを切り替えることができる「サービスとしての水素(HaSS)」を提供しています。
過酷な気候の中で実施された30万キロを超える走行テストでは、トラック1台辺り最大40%の排出ガス削減に成功しました。また、積載量や天候に関係なく車両の性能と燃費を向上させるなど、長期的なコスト削減効果も期待できます。
同社のHaSS技術は、米ビジネス誌『Fast Company(ファスト・カンパニー)』が社会にポジティブな影響を与えるイノベーションを讃える「2021 World Changing Ideas Awards(世界を変えるアイデア賞)」の最終候補に選ばれました。
5-2.水素製造とCO2回収を同時に「Planetary Technologies」(カナダ)
Planetary Technologies(プラネタリー・テクノロジーズ)は鉱山物からグリーン水素を製造すると同時に、大気中のCO2を回収・貯蔵するという画期的な技術を開発しています。
「SeaOH2」と呼ばれる同社の特許技術は、鉱産物からバッテリー金属(ニッケルやコバルトなど)やシリカ(砂)を抽出後、残りの精製金属塩溶液を特殊な電解槽に入れて再生可能電力で塩と水に分解し、グリーン水素と純粋なアルカリ水酸化物を生成するというものです。
このアルカリ水酸化物は海洋炭素除去に使用され、海洋酸性化による影響の軽減に貢献します。
同社はこの画期的な技術により、イーロン・マスク氏が設立したマスク財団が最も優秀な炭素移行ソリューションに贈る「XPRIZE Carbon Removal Milestone Award(エックス・プライズ炭素除去マイルストーン賞)」を受賞しました。
5-3.グリーン水素の輸送・低価格化を実現「Ryze Hydrogen」(英国)
グリーン水素経済の促進を目指すRyze Hydrogen(ライズ・ヒドロジェン)は、グリーン水素をディーゼル燃料と同等の価格で供給し、それを持続的かつ安全に輸送するためのインフラを提供しています。一方で、国内の大手エネルギー企業と共同で、さまざまなグリーン水素プロジェクトにも取り組んでいます。
最近では、ガス販売会社Northen Gas Networks(ノーザン・ガス・ネットワーク)、クリーンエネルギーのパイオニアであるHygen Energy(ハイジェン・エナジー)と提携し、イングランド北部のブラッドフォードに低炭素水素製造施設を建設するプロジェクトを進めています。同プロジェクトは、英国政府が低炭素水素技術に資金援助を行う「Net Zero Hydrogen Fund(ネットゼロ水素資金)」の最終候補として選ばれました。
一方、英国最大のエネルギー供給会社British Gas(ブリティッシュ・ガス)の親会社であるCentrica(セントリカ)とは、グリーン水素の製造及び燃料補給施設の開設を計画しています。
参照:Fleet Newss「British Gas fleet investigates hydrogen vehicle switch」
5.まとめ
グリーン水素革命はまだ始まったばかりで、広範囲な普及への道のりは長いかもしれません。
しかし、「脱炭素社会計画の中心を担うエネルギー」として、将来的に重要な役割を果たす可能性を大いに秘めていることから、今後、国家規模での開発や投資がさらに加速することが予想されます。最新の開発動向とともに、投資対象としても注視していきたい分野です。
アレン琴子
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