今回は、Web3.0とDAOをテーマに事業を行うFracton Ventures株式会社の寺本健人 氏から寄稿いただいたコラムをご紹介します。
目次
最近ESG投資の観点から注目されている債券カテゴリの一つに環境債があります。環境債は温室効果ガスの削減や土壌・大気等の汚染除去、再生可能エネルギーの利用拡大など、環境問題の解決に資する事業に使途を限定して発行される債券を指し、陸上、海上など事業領域に応じて「グリーンボンド」「ブルーボンド」などと呼ばれる場合もあります。近年のESG投資に対する意識の高まりを受けて発行実績は急伸しており、環境省のデータによると2022年には世界全体で4,960億ドルの環境債が起債されたといいます。
環境債の発行主体は国際機関、グローバル企業、政府など多岐に渡り、国内でも発行事例が相次いでいます。22年に国内で起債された環境債は95件、金額にして2兆円に達します。環境債の発行に踏み切った企業には三井住友銀行やみずほファイナンシャルグループなどの金融機関、東京都などの地方自治体、日本郵船や三菱地所などの事業会社が名を連ね、国内でも環境債の利用が様々なセクターで広がっていることがわかります。
なお、企業にとってのメリットとしては、環境債を発行する過程でその企業のサステナビリティ戦略を詳細に点検・立案するきっかけとなったり、社会的イメージの向上に繋がったりするほか、社会的インパクトを重視する投資家など新たな投資家層を獲得することによる資金調達基盤の多様化、近年の環境債に対する旺盛な需要により環境債の方が通常の債券と比べて発行条件面で有利になる(いわゆる「グリーニアム」)ケースがあるといった点が挙げられます。一般的な債券と比較しても、企業やその他の機関にとっては環境債の発行に踏み込む十分な理由があると言えるでしょう。そのぶん起債者には、調達する資金が環境にとってポジティブな影響を及ぼすプロジェクトに用いられることを事前に明らかにし、実際にそのプロジェクトに資金が投じられているかを継続して開示する責任が生じます。
環境債を発行する企業・その他の機関は通常の債券起債にかかる業務に加え、その使途の追跡評価・開示を行う必要があります。こうした活動は基本的には関係当局や国際機関が取りまとめたガイドラインに従ってある程度標準化された形式で行われるものの、虚偽の開示によって環境へのポジティブなインパクトを偽装し投資家を欺く「グリーンウォッシング」を防ぐためには、より一層の明確なルール整備と透明性を担保可能な標準化された基準が求められます。
今回は、その透明性ある開示をパブリックブロックチェーンとインターネットを利用して行おうとするプロジェクトを紹介します。
デジタル環境債発行のためのプラットフォーム、Frigg
スイスを拠点に活動するプロジェクト、Friggは環境債などのサステナブル債をブロックチェーン上で発行するためのプラットフォーム、また発行した債券によって行われるグリーンプロジェクトの状況をリアルタイムに開示するツールを開発・提供しています。Friggのアプローチはサステナブルプロジェクトをトークン化し、デジタル証券として投資単位を小口化して提供するもので、個人投資家にとってもこうしたプロジェクトへの投資を容易にすることを目指しています。
前述のように、Friggのソリューションは環境債の発行とその情報開示の大きく2つに分かれています。順に見ていきましょう。まず環境債の発行プラットフォームはサステナブルプロジェクトをトークン化することで投資単位を小口化し、より多くの投資を呼び込むことを目指すものです。Friggによると、現在のサステナブルプロジェクトは資金調達をエクイティに依存しており、特にアフリカなど発展途上国では再生可能エネルギーへの投資コストが依然高いことが課題だといいます。そこで、そうしたプロジェクトの債券をFriggのプラットフォームを通じてトークン化してブロックチェーン上で展開することで、プロジェクトの実施者と投資家が仲介者を排して直接繋がることができ、プロジェクトの透明性が大きく向上するというのがFriggの提案です。Friggはサステナブルプロジェクトが起債する際に必要な投資家向け開示事項を掲載するWebサイト(Microsite)を用意し、投資家の本人確認や投資家に引き渡す債券トークンのデプロイなどを行います。
Friggのもう一つの強みは情報開示ソリューションです。Friggプラットフォーム上で発行された環境債はFrigg Universe、Frigg Globeと呼ばれるページで一覧表示され、そうしたプロジェクトがもたらしている環境へのインパクトをリアルタイムで可視化します。例えば再生可能エネルギーを利用した発電プラントであれば、日毎の発電量や削減された温室効果ガスの量、発電プラントのライブカメラ映像などが逐一FriggのWebサイト上で公開されるというわけです。こうしたデータは債券を購入する前の投資家も確認することができるため、プロジェクトが実際に環境問題の解決に貢献しているかを確認してから投資することができます。
既にFriggを使って環境債トークンを発行したプロジェクトも出てきています。22年9月にはアフリカ・ルワンダ共和国にAgatobwe水力発電プラントを建造するプロジェクトのディスカウント債がFrigg上で発行されました。施工はノルウェーの開発会社であるMalthe Winje社が担い、プロジェクトにはノルウェー外務省の外局であるノルウェー開発協力庁やノルウェー開発途上国投資基金なども支援を行っています。全体としてはプロジェクトにかかるコストの多くをMW社や政府系機関が拠出し、一部にFriggを通じた投資家の資金を活用している構図のようです。
オンチェーン環境債の未来はどうなる?
本記事ではブロックチェーン上で環境債を発行する基盤としてFriggを紹介しましたが、まだ情報開示の質やプロジェクトの信頼性などに課題が残っています。例えば前述のAgatobwe発電プラントの場合オンラインで公開される発電量の計測データに抜けがみられるほか、インフラプロジェクトという性質上環境債の償還までの期間が15年と比較的長いところ、本当に15年後に償還を受けられるのか信頼しにくいのが現状です。その結果、Frigg上での資金調達額の目標は300万ドルであるところ、現在の調達額は18万ドル程度に留まっています。
これを打開するためには、環境債の信頼を高めるために既に行われている施策をオンチェーン環境債にも導入することが効果的だと思われます。例えば欧州では、サステナブルプロジェクトに投資するファンドのハイリスクな部分(ジュニア債)に政府系金融機関など公共セクターが投資することで、万一投資が回収できなくなった場合のリスクを引き受け、一般投資家が投資しやすい環境を整えるといった施策が行われています。他方、オンチェーンで環境債を発行するFriggの場合、第一号案件であるAgatobwe発電プラントではノルウェーの政府機関がプロジェクトを支援しているものの、具体的にどういった形で関わっているのかが見えづらいため投資家の不安解消には繋がっていません。環境債の投資促進のための施策は急速に発達しているため、そうした取り組みをトークン化環境債でも実現し、同時にそれらを適切に開示・周知することでオンチェーン環境債への投資をさらに呼び込むことができるでしょう。
さらに、日本でも昨今セキュリティトークン発行基盤の整備が進んでいます。国内でパブリックブロックチェーンを用いた環境債の発行事例は現時点で見当たらないものの、トークン化によって小口化した環境債は個人投資家とも相性が良く、近い将来国内でも発行されると予想できます。ブロックチェーンの力によって、日本人投資家にとっても環境債が身近なものになることが期待されます。
Fracton Ventures株式会社
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