グリーンボンド(環境債)・ソーシャルボンド・サステナブルボンド(ESG債)の発行残高は過去10年間で100倍以上に成長し、2024 年現在、4兆ドル(約628兆484億円)を突破しています。その一方で、ラベル付き債券の発行需要増加の原動力やグリーンボンドに付加されるプレミアム価格「グリーニアム(Greenium)」を巡る議論が高まっています。グリーニアムは「グリーン」と「プレミアム」を組み合わせた造語で、同じ発行条件の普通債と比べてグリーンボンドの利回りが低く価格が高くなる現象のことです。
2024年5月21日に開催された「Labelled Bonds – Greenium – fact or fiction?(ラベル債券―グリーニウム―事実か虚構か)」では、エコシステムの多様な分野を代表するパネリストが先進国の債券市場で顕在化するグリーニアムの意義、グリーンボンドの発行体や投資家が利益を享受し、市場を成長させるための最善の方法、アジア圏におけるグリーンボンド市場動向、規制の潜在的影響など、様々な課題についての議論を交わしました。本稿ではその内容をレポートします。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・銘柄への投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、ご自身のご判断において行われますようお願い致します。
※本記事は2024年7月19日時点の情報をもとに執筆されています。最新の情報については、ご自身でもよくお調べの上、ご利用ください。
1.パネリスト企業
ESG Nexus(ESGネクサス)
サステナビリティがもたらすビジネスチャンスの特定・分析サービスを提供する市場調査企業で、本ウェビナーのファシリテーターであるハンビー氏が創設者です。
Anthropocene Fixed Income Institute(アントロポロセン債券研究所)
グリーンボンド市場のパイオニア、ウルフ・エルランドソン博士が2020年7月に設立した非営利調査機関です。債券投資を介して気候変動と生物多様性にポジティブなインパクトを生み出すことを目標に掲げています。
Nomura Asset Management(野村アセットマネジメント)
1959年に設立された、日本最大級にして世界有数の資産運用企業です。世界各地で1,375人の従業員を擁し、投資信託や上場投資信託(ETF)、機関投資向けの資産運用サービスを提供しています。
ICE Intercontinental Exchange(インターコンチネンタル取引所)
2000年に設立され、現在はニューヨーク証券取引所やICE Data Services(データサービシズ)などを所有・運営する米国企業です。事業分野は国際的金融取引所及び決済機関、データサービス、住宅ローン・テクノロジーなど多岐に渡ります。
Abrdn(アブドン)
1825 年にスコットランドで設立された国際投資・資産運用企業です。「顧客主導の成長の実現」を戦略に掲げ、先進国・新興国の株式・債券・マルチアセット・不動産・オルタナティブ・ソリューションを包括的に提供しています。
2.ESGデータの役割
ウェビナーでは、ESG(環境・社会・ガバナンス)関連の大きな課題である「透明性・品質・(異なる金融商品の)比較可能性」に焦点が当てられました。発行体に情報開示・報告を推奨し、市場の透明性と秩序の確保を促すガイドラインは存在するものの、インパクトレポートや情報開示、レーティングなどに使用されるデータや評価法は標準化されておらず、一貫性のあるデータが不足している現状です。
ラベル付きグリーン債市場においても、調達資金用途の透明性や使途、KPIに関する十分な報告、KPI達成の有無など、多角的な情報を確認できる信頼性の高いデータを求める声が投資家間で高まっています。
ナルラ氏は顧客のニーズや関心を理解し連携することに加え、データ収集と分析からあらゆる要素を評価することが重要であると考えています。そのために、自社の豊富なデータセットと傾向分析ツールを活用し、調査を行っています。ナルラ氏は、過去3年間で以下のような分析を行いました。
- グリーン債の上位銘柄を様々な通貨で調査
- ベストマッチのブラウン債(環境問題を著しく害している企業が発行する環境債)を見つけ、発行時から現在までの線形リスクの変化を分析
- グリーン債とブラウン債の利回り比較
- KPIの報告・遵守状況
- 線形リスクとの相関関係
ICEはこれらのデータを標準化し、顧客がポートフォリオをアップロードするだけで、異なる期間おける発行体及びKPIの変化・進化を正確に把握できるプラットフォームを提供しています。その結果、顧客がデータ比較やスクリーニングに費やす時間や労力が削減されました。
3.投資家にとってのESG債券
3-1.投資家にとってESG関連債券の価値
一方、モーティマー氏は、「主流投資家にとってESG関連債券にどのような価値があるのか?」について理解することも重要だと指摘しました。
モーティマー氏「投資家は資産レベルだけではなく、発行体全体の業績にも注目しています。発行体の業績が伴っていれは、耐久性について信用が高くなるというものなのです。投資家はリターンの水準にだけ注目しているのでなく、むしろ運用中のリスク調整を経てリターンが優れている方を好むはずです。
投資家が「全体的なインパクトの変化」について考察することで持続可能な金融市場が形成され、価格決定や持続可能なプロジェクトに資本を配分する原動力となります。結果として持続可能なプロジェクトが主流となるのです。」
3-2.リスクの適切な評価
また、グリーンボンド市場では、持続可能な価格設定を行うために、リスクを適切に評価することが必要であり、それがグリーンボンド市場の今後あるべき姿だと思います。資金調達の方向性を理解するためには、現場の資産レベルについて考えることが非常に重要だと話します。
例えば、インドネシアのような発展途上国で石炭からガスへの転換を段階的に図るとします。そのプロジェクトから得られるインパクトは、先進国でグリーン債を購入してソーラーパネルを建設するより、遙かに莫大なものになります。
モーティマー氏は「このケースでは、温室効果ガスの排出量の削減に貢献したという事実に価値があるのです。もし、投資家がグリーンボンドの裏にある背景を理解し、ラベルの枠組みを超えて考察出来るようになれば、現実の世界で実際に何が行われているのか理解することは難しくありません」
4.グリーンボンドは社会的インパクトを立証する必要がある
サステナビリティ投資への関心が高まっていても、利回りの低いグリーン債を購入することに抵抗を感じる投資家も存在します。この点についてリチャードソン氏は、グリーンボンドの社会的インパクトを立証することで、投資家の見方を変えられると同時に、資金調達のハードルレート(投資評価基準の一つで、最低限必要とされる利回り)が低くなることを期待しています。
リチャードソン氏「グリーンボンドによる資金調達によって行われる気候変動対策アクションが価格にリンクすることが分かれば、より効果的で明確な説明性と透明性のある投資環境が作られます。さらなる投資の誘致にもつながるでしょう」例えば、投資家がグリーンボンドを通して資金提供したプロジェクトの、実際の排出量を確認出来れば、非常に興味深くインパクトのある分野となり、多くの注目をもたらす可能性があります。
一方、ザンゲール氏は「グリーン債にCO2排出量単位の削減というインセンティブを与えることで、その分野への資金流入が促進され、グリーニアム(※)にも影響を与えるのではないか」との見解を示しました。
※グリーニアム…コストを抑えながら資金を調達出来るというメリットを発行体にもたらす反面、投資家にとってはより低いリターンを受け入れること
5.サステナビリティ・パフォーマンスと価格
投資家にとっては、サステナビリティ・パフォーマンスが価格に与える影響も重要なポイントです。リチャードソン氏は、サステナビリティ・リンク・ボンド(Sustainability-linked bond :SLB)市場を例に解説しました。
例えば、最近ではイタリアの公共事業企業Enel(エネル)が100億ドル(約1兆5,683億円)規模のSLBを発行しましたが、2023年の排出量削減目標を達成出来ませんでした。
リチャードソン氏「非常に興味深いのは、それにも関わらず(パリ協定の)1.5℃目標に向けた軌道に乗っており、債券スプレッドに全体的な影響が見られなかったという点です。何故なら、同社は市場に対して上手くコミュニケーションをとっており、投資家にとっては同国がサステナビリティへの長いプロセスに関与していることが明白だったからです」
グリーン・ウォッシングとグリーン・ハッシング(環境対策の公表控え)のリスク、欧州規制の影響について議論された後半については、「ラベル付き債券―グリーニウム―事実か虚構か」ウェビナーレポート(後半)をご覧ください。
アレン琴子
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