「ラベル付き債券―グリーニウム―事実か虚構か」ウェビナーレポート(後半)

2024年5月21日に開催された「Labelled Bonds – Greenium – fact or fiction?(ラベル債券―グリーニウム―事実か虚構か)」では、グリーン・ウォッシングやグリーン・ハッシングのリスク、欧州規制の影響などについて専門家が議論しました。本稿ではその内容をレポートします。

グリーンボンドやESG債の発行残高が急成長している背景や、グリーンボンドに付加されるプレミアム価格「グリーニアム」について議論された前半については、「ラベル付き債券―グリーニウム―事実か虚構か」ウェビナーレポート(前半)をご覧ください。

※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・銘柄への投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、ご自身のご判断において行われますようお願い致します。
※本記事は2024年7月19日時点の情報をもとに執筆されています。最新の情報については、ご自身でもよくお調べの上、ご利用ください。

1.グリーン・ウォッシングとグリーン・ハッシングのリスク

1-1.情報開示の増加がグリーン・ウォッシングを抑制

「他の様々な債券のように、ラベル付き債券もグリーン・ウォッシングやグリーン・ハッシングのリスクに晒されているか」という質問に対し、ザンゲール氏は大きな懸念事項であることに変わりはないが、情報開示に関しては前進しているとの見解を示しました。なお、グリーン・ハッシングとは、企業がグリーン・ウォッシング批判などの世論の反発を懸念して、自社の気候変動対策目標や取り組みの公表を控えることを指します。

ザンゲール氏「私が参考にしている欧州グリーン債基準(European Green Bond Standard:EUGBS)は2024年12月から適用されます。グリーン・ウォッシングを抑制する一方で、持続可能な金融エコシステムを育成することを目的としているのです。EUGBSの標準化を進め、情報開示を増やすことに注力しています。このような取り組みは、投資家がグリーン・ウォッシングのリスクを確実に軽減するのに役立ちます」

1-2.発行体のコスト増がグリーン・ハッシングのリスクを高める可能性も

一方で、発行体にとって報告書の作成コストが大きな負担になっているという声が高まっていることから、「グリーン・ハッシングのリスクは高まっている」との懸念も示しました。

ザンゲール氏は「グリーン・ハッシングのリスクは高まっています。そのため、ラベル付き債を購入する投資家は、発行体だけでなく、債券の内容や資金の用途、プロジェクトの期間、さらにインパクトレポートについても納得できるようなリサーチを行うべきです」と述べました。

また、セクターや発行体、デュレーション、膨大な数のラベルを考慮した場合、何かリスクはあるかという質問に対しては、「私はこれ以上ラベル付き債券は必要ないと考えていました。しかし、一部の意見として、もし民間からの資金援助が得られないのであれば、新たなラベルを設立してその資金を必要なところに回すべきという強い主張もあります。これらを含め、現在はトランジション・(ファイナンス)ラベルの必要性が話題になっています」

2.欧州での規制がグリーン債市場にもたらす潜在的影響

2-1.サステナビリティ情報開示要件

サステナビリティ関連規制は、市場に大きな影響を及ぼす要因の1つです。最近では、英国で2024年7月31日に導入される「投資ラベル制度」と、2024年12月に導入されるサステナビリティ情報開示要件(Sustainability Disclosure Requirements:SDR)が注目を集めています。この点について、ザンゲール氏が見解を示しました。

ザンゲール氏「サステナビリティ情報開示要件(SDR)では持続可能な投資とは何かを定義することが求められています。ですから、これらの規制によって投資家が今まで分かりにくかった点がクリアになり、投資家の関心をグリーンボンドに集中させるという点で、大きな役割を果たしていると思います」

2-2.ESMAのフレームワークがグリーン・ウォッシングを抑制

同氏は興味深い新たな規制関連の動きとして、ESGおよびサステナブル・トランジションなどの用語を名称に使用するファンドに関する欧州持続可能な金融の枠組み(EU Sustainable Finance framework:ESMA)とEUGBSを挙げました。

ESMAのフレームワークはラベル付き債券には適用されないものの、グリーン・ウォッシングを抑制し、持続可能な金融エコシステムを育成することを目的としています。欧州グリーン債基準は、世界のグリーン債発行におけるのための標準基準となることが予想されており、発行の標準化に加え、ラベル評価の労力が大幅に軽減すると期待されています。

2-3.関心が高まる生物多様性に関する規制

一方、リチャードソン氏はグリーン債分野で今後さらに関心が高まることが予想されるテーマの一つ、生物多様性に関する規制についてコメントしました。

リチャードソン氏「生物多様性の分野では規制が注目されています。例えば、欧州森林伐採破壊防止規則(EU Deforestation Regulation :EUDR)は森林破壊を伴わない農地で生産された製品であることを企業に義務付けるものとして非常に重視されており、森林伐採と関連性のある企業やサプライチェーンのコストを押し上げることが予想されます」

3.プライマリーマーケットとセカンダリーマーケットにおけるグリーン化

最後のトピックは、プライマリーマーケット(発行市場)とセカンダリーマーケット(流通市場)におけるグリーンボンドの違いでした。これについては、一般的に需要力学によるものということで意見が一致していますが、モーティマー氏とリチャードソン氏は一歩踏み込んだ見解を示しました。

リチャードソン氏「プライマリーマーケット(発行市場)の価格設定の影響や利点を特定するのは非常に難しく、需要の関係は複雑です。投資家がプロセスに適切に関与できる環境を作るためには、セカンダリーマーケット(流通市場)におけるエビデンスを通じて、プライマリーマーケット(発行市場)の価格設定の影響や利点を明らかにし、その効果を実証することが有効だと考えています。」

モーティマー氏「要するに、どのようなリスクプロファイルや経済価値があるのか、どうすればさらに改善できる可能性があるのか、発行体レベルでの状況を人々が理解するためには、政策・規制のサポートや市場の理解が重要であり、また多くの資金を投入する必要があります。こうすることで、自然と需要がシフトし、より持続可能な形でグリーン発行体にプレミアがつくようになるでしょう。」

4.ウェビナー体験後記

1時間を超えるウェビナーでしたが、本記事ではレポートしきれなかったトピックも含めて非常に興味深い議論が交わされ、あっという間に時間が過ぎ去っていました。ラベル付き債券を含むESG及びインパクト投資市場の成長を促す上で多くの複雑な課題が横たわる一方で、多様な取り組みを通して着実に前進していると実感出来る内容でした。また、投資家の根本的な意識改革も重要だと改めて考えさせられました。

筆者としては、モーティマー氏がアジア圏を総体的に見て、常にトランジション・ファイナンスに焦点が当てられている点が非常に魅力的であり、なかでも日本には市場をリードできるポテンシャルがあると考えている点にも期待を感じます。日本のように大規模な金融基盤と先進的な産業・生産部門を有する国にとっては理にかなった動きであり、政府と産業がうまく連携していると言えるでしょう。

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アレン琴子

英メディアや国際コンサル企業などの翻訳業務を経て、マネーライターに転身。英国を基盤に、複数の金融メディアにて執筆活動中。国際経済・金融、FinTech、オルタナティブ投資、ビジネス、行動経済学、ESG/サステナビリティなど、多様な分野において情報のアンテナを張っている。