リチウム抽出の環境負担を軽減 最先端の「DLE(直接リチウム抽出)技術」に取り組む海外スタートアップ紹介

リチウムは、家庭用電化製品・携帯機器・EV(電気自動車)のバッテリーから医薬品、化学薬品、再生可能エネルギーの蓄電まで、生活のあらゆるところで使用されています。枯渇の心配がない資源として需要が拡大する一方で、抽出・生産プロセスによる環境負担が懸念されています。

本稿では、このような課題のソリューションとして、環境負担が低く、回収効率の高いリチウム抽出技術を開発する海外スタートアップを紹介します。
※本記事は2024年6月18日時点の情報です。最新の情報についてはご自身でもよくお調べください。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・ファンドへの投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、利用者ご自身のご判断において行われますようお願い致します。

目次

  1. リチウム抽出とは?
    1-1.炭酸リチウム・水酸化リチウム
    1-2.主なリチウム抽出法
  2. 既存のリチウム抽出法の課題
  3. 注目の抽出技術「直接リチウム抽出法」とは?
  4. 最先端DLE技術に取り組む海外スタートアップ3社
    4-1.ElectraLith (オーストラリア)
    4-2.Go2Lithium (カナダ)
    4-3.Ellexco (米国)
  5. リチウム抽出市場動向
  6. まとめ

1.リチウム抽出とは?

リチウムの用途や抽出法、特徴は様々です。ここでは主にバッテリー原料として需要が拡大している炭酸リチウム・水酸化リチウムの抽出法について解説します。

1-1.炭酸リチウム・水酸化リチウム

リチウムはアルカリ金属の一種で、地中の粘土質堆積物や塩水・鉱石・地熱井の塩水・海水などに塩や他の化合物の成分として含まれており、抽出・加工することで様々な用途に使用することが可能です。抽出されたリチウムの一部はガラスやセラミックなどの原料として加工せずに消費されますが、多くは炭酸リチウムとして精製された後、水酸化リチウムなどの化合物に加工されます。

いずれのリチウムもバッテリー原料としての消費が増加しており、電気自動車(EV)の普及に伴い、エネルギー密度・充放電性・持続性に優れた水酸化リチウムの需要が高まっています。

1-2.主なリチウム抽出法

主なリチウム抽出法には、粘土や鉱石からリチウムを取り出す「鉱石産」と、地上に汲み上げた塩水を長期間蒸発・濃縮させてリチウムを取り出す「かん水(塩水)産」があります。

鉱石産は粉砕・過熱・焙焼・硫酸侵出・精製などの複雑なプロセスが必要ですが、かん水産より短期間でリチウムが生産でき、鉱石の種類によっては直接、水酸化リチウムを抽出することも可能な点がメリットです。一方、かん水産は気候などの影響で蒸発プロセスに最長数年を要することがあるものの、鉱石産より費用効果が高い方法です。

2.既存のリチウム抽出法の課題

脱炭素社会への移行に欠かせない技術としてリチウム抽出が注目を集める一方で、既存の抽出・生産プロセスに起因する環境的・社会的影響が大きな課題となっています。

その一つとして、大量の資源・エネルギー消費や二酸化炭素(CO2)の排出が挙げられます。2021年に科学・社会ジャーナル、Science Direct(サイエンス・ダイレクト)で発表された研究によると、重機を使用するスポジュメン鉱石(リシア輝石)からのリチウム生産では1トン当たり約37トン、太陽エネルギーを使用する塩水からのリチウム生産では1トン当たり約11トンのCO2が排出される可能性があります。

2019年のWall Street Journal(ウォール・ストリート・ジャーナル)紙の調査では、リチウム電池の生産により引き起こされる気候への影響の40%が、抽出プロセスに起因していることが明らかになりました。

参照:Climiate Portal「How is lithium mined?
参照:Mining Technology「The cost of green energy: lithium mining’s impact on nature and people

さらに、リチウム抽出・生産に使用される硫酸や水酸化ナトリウムなど、リチウム抽出・生産に使用される化学物質や金属が地元の水源や土壌に流出した場合、環境・生態系汚染や健康問題を引き起こす可能性があり、先住民コミュニティにとっても大きな懸念事項です。Proceeding of the Royal Society(英国国立協会会報)の論文には、リチウム抽出が原因でチリに生息する2種類のフラミンゴが絶滅の危機に瀕しているという報道もあります。

参照:Mining Technology「The cost of green energy: lithium mining’s impact on nature and people

3.注目の「直接リチウム抽出法」とは?

このような課題対策として世界各国で開発プロジェクトが活発化しているのが、「直接リチウム抽出法(Direct Lithium Extraction:DLE)」と呼ばれる、塩湖や地層から汲み上げた塩水から直接リチウムを抽出する技術です。

DLEでは樹脂や吸着剤、イオン交換技術、膜分離技術(※分離機能を有する膜を利用して、物質を分ける技術)などを使用してリチウムのみを抽出します。蒸発プロセスが不要なため炭素排出量や生産期間が現在の生産法の約半分に削減されるほか、使用済みの塩水を盆地帯水層に再注入できるため環境負担が低いといったメリットがあります。

その一方で、より少ない水でより多くのリチウム供給が可能になり、回収率が改善されることによりコスト競争力の向上やリチウム価格の安定化にも貢献すると期待されています。

様々なメリットが期待される一方で、DLEの潜在的な環境への影響を懸念する声もあります。例えば、前後処理を含めたプロセス全体で見ると従来の蒸発法より多くの淡水が必要となるほか、塩水の再注入が盆地の地層構造を乱す可能性などが考えられます。DLEは歴史の浅い技術であるため淡水・エネルギー消費量などが定量化されておらず、環境への影響を測定するためには長期的な観察が必要です。

4.最先端DLE技術に取り組む海外スタートアップ3社

リチウムの回収率を大幅に向上し、より効率的・経済的で環境に優しい最先端のDLE技術を開発する動きも活発化しています。ここでは、DLE技術の進化に挑む海外スタートアップ3社を紹介します。

4-1.低コスト・高純度の電池グレード水酸化リチウムを生産ー「ElectraLith」(オーストラリア)

「最もスピーディーでクリーン、効率的なリチウム抽出法で環境の未来を切り開く」をスローガンに掲げているのは、メルボルンのElectraLith(エレクトラリス)です。同社が特許を取得した膜分離リチウム抽出・精製技術「DLE-R」は、水や化学薬品を一切使用せず再生可能エネルギーのみで稼働し、塩水・地熱・油田・リサイクル素材・スポジュメン鉱床を含むあらゆるリチウム源から水酸化リチウムを生産するという革新的なものです。

参照:ElectraLith HP「ElectraLith

最近では、多国籍工業・資源企業グループRio Tinto(リオ・ティント)が保有するアルゼンチン最大の鉱床の一つ、リンコン・リチウムプロジェクトでパイロットテストを実施したほか、鉱山資源探査企業Mandrake Resources(マンドレイク)がユタ州で実施するリチウムプロジェクトでは、純度99.9%のバッテリーグレードの水酸化リチウムを塩水から生産することに成功しました。現在はDLE-Rのパイロット施設の建設に向け、Mandrakeと戦略的パートナーシップの契約を進めています。

参照:S&P Global「Direct lithium extraction to spread across all brines – ElectraLith CEO
参照:Investing News Network「Next Generation DLE Provider Electralith Produces 99.9%…

同社はオーストラリアのモナッシュ大学エネルギー効率分離研究所のスピンオフとして2021年に設立され、多国籍工業・資源企業グループRio Tinto(リオ・ティント)などから総額159万ドル(約2億4,689万円)の資金を調達しています。

参照:PitchBook「ElectraLith

4-2.計算地球科学とクリーンテックの融合「Go2Lithium」(カナダ)

イオンを含む溶液に他の物質を入れると、溶液中のイオンと物質中のイオンが入れ替わる現象を「イオン交換(吸着)」といいます。バンクーバーのGo2Lithium(ゴーツゥリチウム)はこの原理に着目し、独自に開発した「cDLE(Continuous Direct Lithium Extraction:連続直接リチウム抽出)」技術で特許を取得しました。リチウム回収率とリチウム溶出濃度の最大化、生産スピードの最速化、化学物質投入コストの最小化を実現するなど、最先端のDLE技術を誇ります。

同社はオーストラリアンのクリーンテック・スタートアップClean TeQ Water(クリーン・テック・ウォーター)と、米国の鉱物・電気金属探査技術スタートアップIvanhoe Electric(アイヴァンホー・エレクトリック)が2023年に立ち上げた、ユニークな学際的ジョイントベンチャーです。両社のクリーンテックと計算地球科学(※コンピューターサイエンス・データ分析などの技術と地質学・地球物理学・自然地理学などを融合させたもの)分野の知識・経験を活かし、最も効率的・経済的で環境に優しい、持続可能なアプローチを目指しています。

同社がカナダのリチウム開発企業LithiumBank Resources(リチウムバンク・リゾース)と提携し、アルバータ州のリチウム塩水パイロットプラントで実施したプロジェクトでは、cDLEの導入によりリチウム回収率を98%増加させ、運用コストを34%削減したことなどが立証されました。

参照:Go2Lithium HP「LithiumBank Files Updated Preliminary Economic Assessment Technical Report for the Boardwalk Lithium Brine Project, West-Central Alberta

4-3.電気を使って廃水から高純度リチウムを抽出「Ellexco」(米国)

化学物質の代わりに電気を利用し、熱発電所の廃水(地熱塩水)からリチウムを抽出する方法を開発したのは、ジョージ・ワシントン大学の研究者チーム率いるEllexco(エレクスコ)です。

同社の技術は地熱塩水に電流を流してリチウムやナトリウム、カルシウムなどを含むイオンを電極材料に引き寄せ、リチウムのみを取り出すというものです。これにより、純度の高いリチウム抽出が可能になります。効率的で環境に優しいリチウム生産だけではなく、廃水を再利用することで循環型経済の発展にも貢献する画期的な技術です。

2023年には「Cleantech Open Northeast (CTONE) Regional Finals(※MITエンター・プライズ・フォーラムから発足したクリーンテック・スタートアップ・アクセレーター・プログラム)」の優勝者4社のうちの1社に選ばれたほか、米国エネルギー省による「Geothermal Lithium Extraction Prize(※DLE技術の進歩に貢献する技術に贈られる地熱リチウム抽出賞)」の準優勝を獲得しました。

5.リチウム抽出市場動向

リチウムは特にEV分野における脱炭素化を実現する上で、極めて重要なカギを握っています。EV需要の鈍化に連動し、リチウム価格が急落するという動きも見られますが、価格低下によりリチウムバッテリーのコストが低下し、普及促進につながるのではないかという見方もあります。

Bloomberg(ブルームバーグ)NFTの予想によると、長期的には世界のリチウムの需要はEVバッテリー需要に牽引され、2030年までに現在の5倍弱に増加する見通しです。

一方で、大手石油・ガス企業による市場参入も追い風となりそうです。既に、米国のExxonMobil(エクソンモビール)が2027年のEVバッテリー生産開始を目途に、同社初のDLEリチウムプロジェクトに着手しているほか、米国のOccidental Petroleum(オクシデンタル・ペトロリアム)やノルウェーのEquinor(エクイノール)などがリチウム技術スタートアップ株を取得するなど市場参入準備を進めています。

さらに、欧米や日本を含む各国政府は資源・抽出・生産・インフラ・技術などのリチウム戦略を打ち出しており、今後、リチウムの安定供給を目指す動きが世界規模で活発化することが予想されます。

Fortune Business Insights(フォーチュン・ビジネス・インサイツ)によると、こうしたポジティブな要因に後押しされ、世界のリチウム抽出市場は2021~2028年の期間CAGR6.0%のペースで成長し、5億1,600万ドル(約805億934万円)に達する見通しです。

参照:ExxonMobil HP「Making progress on lithium … and making a difference
参照:HART ENERGY「Occidental’s Lithium Technology ‘Ready for Prime Time
参照:Offshore Technology「Oil and gas companies rush into lithium
参照:Fortune Business Insights「Lithium Mining Market Size, Share &COVID-19 Impact Anlysis

6.まとめ

本稿では、クリーンエネルギー移行に欠かせないリチウムの抽出・生産と、それに伴う環境的・社会的影響という、相反する課題解決解決に貢献すると期待されている、海外の最先端技術についてレポートしました。

リチウムに秘められた無限の可能性を最大限に活かし、よりクリーンで健康的な未来を実現するためには、技術的進歩は勿論のこと、長期的なビジョンと包括的な取り組みが必須です。広範囲な投資の拡大が期待できる領域でもあることから、今後の進展が気になるところです。

The following two tabs change content below.

アレン琴子

英メディアや国際コンサル企業などの翻訳業務を経て、マネーライターに転身。英国を基盤に、複数の金融メディアにて執筆活動中。国際経済・金融、FinTech、オルタナティブ投資、ビジネス、行動経済学、ESG/サステナビリティなど、多様な分野において情報のアンテナを張っている。