カーボンニュートラルに向けたデジタル通貨でのサステナビリティ・リンク・ローンとは

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今回は、デジタル通貨でのサステナビリティ・リンク・ローンについて、大手仮想通貨取引所トレーダーとしての勤務経験を持ち現在では仮想通貨コンテンツの提供事業を執り行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / Instagram : @fukuokasho12)に解説していただきました。

目次

  1. デジタル通貨フォーラムとは
    1-1.デジタル通貨フォーラムの概要
    1-2.事務局を務める「株式会社ディーカレットDCP」とは
  2. サステナビリティ・リンク・ローンとは
    2-1.サステナビリティ・リンク・ローンの概要
    2-2.サステナビリティ・リンク・ローン原則
    2-3.サステナビリティ・リンク・ローンのメリット
  3. デジタル通貨を活用したファイナンス実証実験
    3-1.実証実験の概要
    3-2.実証実験を行う背景と目的
    3-3.実証実験の実施内容
  4. デジタル通貨「DCJPY」とは
    4-1.「DCJPY」の概要
    4-2.「DCJPY」の特徴
  5. まとめ

23年2月15日、デジタル通貨事業を手がける株式会社ディーカレットDCPは、自社が事務局を務めるデジタル通貨フォーラムにおいて、「DCJPY(仮称)」と呼ばれるデジタル通貨を活用したファイナンス実証実験を実施する旨を明らかにしました。

この実証実験は、ブロックチェーン上の再生可能エネルギーの取引で発生する決済において「DCJPY」を活用するほか、「DCJPY」での貸付である「サスティナビリティリンク・ローン」を行うファイナンスサービスの実証実験だということで、業界からは大きな注目が集まっています。

そこで今回は、カーボンニュートラルに向けたデジタル通貨でのサステナビリティ・リンク・ローンについて、その概要や特徴などを詳しく解説していきます。

①デジタル通貨フォーラムとは

1-1.デジタル通貨フォーラムの概要

「デジタル通貨フォーラム」とは、銀行や小売、運輸、情報通信などといったさまざまな分野にわたる企業や銀行、自治体、団体、有識者およびオブザーバーとしての関係省庁や中央銀行が参加し、金融インフラのデジタル化を通して経済および産業のさらなる発展と効率化に貢献すべく、日本国内におけるデジタル通貨の実用性を検討する取り組みのことを指します。

デジタル通貨フォーラムの取り組みは元々、20年6月に「デジタル通貨勉強会」という名称でスタートし、その後の20年12月にデジタル通貨フォーラムへと発展的改組が行われました。そして、22年4月27日における参加メンバー公表以降、新たにいくつかの企業が加わり、現在は合計100以上の主体による取り組みとなっています。

デジタル通貨フォーラムでは、あらゆる業界の企業と企業、企業と個⼈、個⼈と個⼈がデジタル通貨を介してシームレスにつながる世界を⽬指しています。ブロックチェーンを駆使したスマートコントラクトとデジタル通貨を組み合わせることによって、物流および商流と⾦融の連携や、証券と資⾦の同時受け渡し(DVP) の実現を目指します。またバックオフィス業務の効率化や匿名性とデータ利活⽤の両⽴などを実現し、個⼈や企業、産業の活動をサポートするとともに、⽇本経済の活性化へとつなげていくとしています。さらに、保険⽀払いや地域通貨への応⽤、電⼦マネーへのチャージなど、⽣活のあらゆる⽤途に活用することで、新しいサービスや新しい価値を⽣み出し、より便利で豊かな⽣活の実現を⽬指しているということです。

1-2.事務局を務める「株式会社ディーカレットDCP」とは

Deccuret
「株式会社ディーカレットDCP」とは、前述したデジタル通貨フォーラムにおいて、全体の取りまとめや分科会の運営サポートなどを⾏う「事務局」の役割を担っている企業のことを指します。

21年12月に設立されたディーカレットDCPは、デジタル通貨事業子会社の経営企画や管理を行う企業として、多様な価値をつなぐプラットフォーム創りに尽力しています。また、「VISIONあらゆる通貨と価値の役割をデジタル化し、豊かな社会創りに貢献する」というビジョンを掲げ、安全で透明性の高いサービスづくりを推進しています。

②サステナビリティ・リンク・ローンとは

2-1.サステナビリティ・リンク・ローンの概要

「サステナビリティ・リンク・ローン(SLL)」とは、借り手の環境的・社会的に持続可能な経済活動および経済成長を促進するため、借り手のESG(環境・社会・ガバナンス)戦略と整合した「サステナビリティ・パフォーマンス・ターゲット(SPTs)」を設定し、その達成状況に応じて、借り手にインセンティブもしくはディスインセンティブがあるローンのことを指します。

具体的には、まず借り手の包括的な社会的責任に係る戦略によって掲げられたサステナビリティ目標とSPTsとの関係を整理します。次に事前に定められた「重要業績評価指標(KPI)」を用いて測定される適切なSPTsによって、サステナビリティの改善度合を評価および測定します。そして、それらの評価および測定の結果に応じて金利などが変動する仕組みとなっています。つまり、KPIは目標の達成状況を測るための指標となり、SPTsはその指標において達成すべき水準を意味するというわけです。

このサステナビリティ・リンク・ローンは、ESG投資の普及が拡大したことに伴って、18年度より世界において急激に拡がりを見せています。サステナビリティ・リンク・ローンと似ているものに「グリーンローン」がありますが、サステナビリティ・リンク・ローンはグリーンローンとは異なり、調達資金の融資対象が特定のプロジェクトに限定されるのではなく、一般事業目的に使用されることが多くなっています。多岐にわたるローン商品や債券枠(Bonding Lines)、保証枠(Guarantee Lines)、信用状などの融資枠が存在し、融資後のレポーティングが義務付けられていることから、透明性が担保された安心のローンとなっています。

2-2.サステナビリティ・リンク・ローン原則

サステナビリティ・リンク・ローンは、国際的な指針として知られる 「サステナビリティ・リンク・ローン原則(SLLP)」によってフレームワークが制定されています。SLLPはサステナビリティ・リンク・ローン商品の開発を促進し、誠実性を維持することを目的として、シンジケートローン市場で活動している主要な金融機関の代表から構成される作業部会によって19年に策定されました。

なお、SLLPの発行元は下記の通りとなっています。

  • ローン・マーケット・アソシエーション(LMA)
  • アジア太平洋ローン・マーケット・アソシエーション(APLMA)
  • ローン・シンジケーション&トレーディング・アソシエーション(LSTA)

また、SLLPは具体的に下記4つの核となる要素に基づき、フレームワークの規定を行っています。

  • 借り手の全体的な企業の社会的責任(CSR)戦略との関係
  • 目標設定 ― 借り手のサステナビリティの測定
  • レポーティング
  • レビュー

2-3.サステナビリティ・リンク・ローンのメリット

①借り手のメリット
融資を受ける際に「SPTs」を設定することで、企業内におけるサステナビリティ戦略、リスクマネジメント、ガバナンスなどの体制整備につながるほか、中・長期的なESG評価の向上にもいい影響を与えるため、企業価値やサプライチェーン全体の価値向上も見込めます。

また、サステナビリティ・リンク・ローンは目標の達成状況によって融資条件が変動するため、取り組み次第で融資条件のメリットを受けることができます。

②貸し手のメリット
借り手のデフォルト(債務不履行)などがない限り安定的なキャッシュフローをもたらす融資対象であるほか、環境や社会面において持続可能な経済活動へ積極的に資金を供給し、サポートを行っていることをアピールできるため、社会的な支持の獲得にもつながります。

また、サステナビリティ・リンク・ローンとして融資を行うことによって、融資による利益を獲得しながらも、資金供給を通して借り手が貸出期間にわたって自らのサステナビリティ経営を高度化するよう動機付けることができるため、結果として持続可能な社会の実現に貢献することが可能です。

③デジタル通貨を活用したファイナンス実証実験

3-1.実証実験の概要

23年2月24日に実施予定の実証実験では、エネルギーエージェントサービスや電力卸取引などを手がける「株式会社エナリス」が運用する、ブロックチェーン上の電力取引プラットフォームを駆使した電力取引で発生する決済およびサステナビリティ・リンク・ローン(SLL)の実行などを、ディーカレットが発行するデジタル通貨「DCJPY」で行います。

この実証実験には、SLLの「サステナビリティ目標(SPTs)」にクリーンエネルギーに関する利用実績などが設定されていることを条件としたサービスが適しているという考えから、SPTsや金利テーブルをブロックチェーン上の電力取引プラットフォームに設定し、DCJPYを使って金融機関のSLL実行などを行うとしています。

3-2.実証実験を行う背景と目的

近年、世界中で脱炭素化に向けた取り組みが進んでいる中、日本国内においても再生可能エネルギー電源の導入需要が高まっており、再生可能エネルギーについての取引データ(電力・環境価値データ)の利用がますます拡大しています。

しかし一方で、再生可能エネルギー発電所の数が増えたことに伴って、環境に悪影響を及ぼすような粗悪な発電所も増えており、こうした状況を踏まえて需要家は、真に環境に配慮した発電所であることを証明する「第三者による再生可能エネルギー電源の環境配慮証明」を有している発電所から調達していることが重要になると考えられています。

このようなことから、「サブグループB」と呼ばれるデジタル通貨フォーラムの「電力取引分科会」では、クリーンエネルギーに関する利用実績などをファイナンスサービス優遇の条件とすることを決定したということです。

これによって、クリーンエネルギーの取引データをポイントとしたファイナンスサービスで企業の脱炭素への取り組みをさらに促進するだけでなく、企業自身の主体的な脱炭素行動を生み出す循環を創出することができると期待し、将来的な可能性を模索すると説明しています。

3-3.実証実験の実施内容

今回はまず、企業(電力需要側)が再生可能エネルギーの利用といったサステナビリティ目標(SPTs)を設け、これを電力取引プラットフォーム(ブロックチェーン)に書き込みます。そして、企業がどの発電所からどのくらいの再生可能エネルギーを購入したかを示す「電力取引データ」と、各発電所がどのくらい環境に配慮しているかを表す「スコアリングレポート」をブロックチェーン上に書き込み、これらのデータから企業の「クリーンエネルギー利用実績」を算出するということです。また、金融機関は企業に対して「サステナビリティ・リンク・ローン(SLL)」を提供し、返済の際には企業のSPTsとクリーンエネルギー利用実績を根拠として融資に対する金利を算出し、徴収するということです。

なお、今回はこれらのファイナンスプロセスを下記のような5つの項目に細分化して検証するとしています。

  1. クリーンエネルギー利用実績の取得およびデジタル通貨を用いた支払い
  2. 需要家がSPTsを設定、SPTsと金利テーブルを電力取引プラットフォームへ書き込み、デジタル通貨によるSLL融資を行う
  3. 需要家が受けた融資資金の使途制限
  4. 再生可能エネルギー利用率などのSPTs評価結果に基づいた金利徴収の実行
  5. 実証実験における「自律分散組織(DAO)」の仕組み活用についての可能性を検討し、可能性がある場合は実装して課題を検証

DCJPY SLL

引用:電力取引データ等を活用したデジタル通貨DCJPYによるファイナンスサービスイメージ

④デジタル通貨「DCJPY」とは

4-1.「DCJPY」の概要

今回のサステナビリティ・リンク・ローンにおいて用いられる予定の「DCJPY」とは、前述したデジタル通貨フォーラムにおいて検討されているデジタル通貨を指します。DCJPYは民間銀行が発行を行う、日本円にペッグする「ステーブルコイン」であり、企業や個人が預け入れている「預金」と同等の価値を発揮するアセットとして知られています。DCJPYのユーザーはデジタル通貨用の口座を開設することで、DCJPYを保有したり使ったりすることが可能になるということです。

デジタル通貨フォーラムでは、デジタル通貨のインフラ整備や銀行預金をDCJPYを用いて実行するスキームなどの検討を進めており、その利用範囲としては、日本国内の法人企業や個人として想定していると報告されています。また、発行されるDCJPYの最小単位は1円と定められており、1円未満の決済ニーズがあるケースでは、取り扱いを検討していく予定だということです。

近年、世界中で「経済のデジタル化」や「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が推進されていることを背景として、デジタル通貨への注目度もますます高まっています。そんな中、日本国内においてもこうしたニーズが増加しており、日本円と連動するステーブルコインのDCJPYにも大きな期待が寄せられています。

4-2.「DCJPY」の特徴

①「共通領域」と「付加領域」を併せ持っている
DCJPYは、発行や送金、償却といったデジタル通貨の管理を担う「共通領域」と、アプリやサービスをはじめとする多岐にわたる商取引が可能な「付加領域」の二層構造を有しているデジタル通貨です。

共通領域とは、基本的な資金の移転を取り扱う領域のことを指し、一方で付加領域とは、モノやサービスを利用した場合に、そのニーズに応じてプログラムの設定や書き込みが可能な領域のことを指します。つまり、付加領域で何らかのモノやサービスなどを売り買いした場合、自動的に共通領域と連動してデジタル通貨の送金が可能な仕組みとなっており、DCJPYはこうした構造を採ることによって、デジタル通貨の幅広い相互運用性を実現しているほか、あらゆるビジネスニーズに応えることが可能となりました。

②価値が安定している
「ビットコイン(BTC)」などの仮想通貨は裏付け資産がないことから、ボラティリティが非常に高いことで知られていますが、DCJPYは日本円を担保とするステーブルコインであるため、価格がより安定しており、実用性が高いというメリットがあります。

③業務の自動化が可能になる
取引や決済といった業務は、これまでオペレーションが煩雑になりがちなほか、資金化されるまでに長い時間を要することから、その利便性に課題を抱えていました。

そんな中、DCJPYは付加領域にプログラムを書くことができるため、経理作業をはじめとするさまざまな業務を自動化することが可能であり、事務コストの削減や生産性の向上も実現できます。

⑤まとめ

ディーカレットDCPが事務局を担っているデジタル通貨フォーラムは間もなく、デジタル通貨であるDCJPYを駆使したファイナンス実証実験を実施すると発表しています。この実証実験では、カーボンニュートラルに向けたDCJPYでのサステナビリティ・リンク・ローンを実行するとして、業界からは大きな注目が集まっています。

サステナビリティ・リンク・ローンは持続可能な社会の実現に貢献することが可能な融資として話題になっており、今後どのような拡大を遂げていくのか注目される動きでしょう。

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中島 翔

一般社団法人カーボンニュートラル機構理事。学生時代にFX、先物、オプショントレーディングを経験し、FXをメインに4年間投資に没頭。その後は金融業界のマーケット部門業務を目指し、2年間で証券アナリスト資格を取得。あおぞら銀行では、MBS(Morgage Backed Securites)投資業務及び外貨のマネーマネジメント業務に従事。さらに、三菱UFJモルガンスタンレー証券へ転職し、外国為替のスポット、フォワードトレーディング及び、クレジットトレーディングに従事。金融業界に精通して幅広い知識を持つ。また一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う。証券アナリスト資格保有 。Twitter : @sweetstrader3 / Instagram : @fukuokasho12