世界的に飲料水の水質検査や土壌に含まれる有害物質の分析など、環境関連の測定ニーズが高まっています。そのような中、環境を始め、食品、医薬品、半導体など様々な分野向けに検査・分析機器を提供する業界の最大手企業がアジレント・テクノロジーズ(ティッカーシンボル:A)です。
そこで今回は、検査・分析機器のリーディングカンパニーであるアジレントの特徴や、本業を通じたサステナブルな取り組み、ESG(環境、社会、ガバナンス)評価、組み入れファンドなどを紹介します。
目次
1.分析機器のリーディングカンパニー
アジレントは、1939年に設立されたヒューレット・パッカード(HP)にルーツを持ちます。正式には1999年にHPの会社分割に伴って誕生しました。新規株式公開(IPO)価格は当時のシリコンバレー史上最高額であったことから、株式市場でその将来性を高く評価されていた模様です。
アジレントは、検査・分析機器、試薬、ソフトウェアの開発販売などを手掛ける業界の最大手企業です。現在では世界100ヵ国超で事業展開しており、日本では東京都八王子市に拠点を設けています。
アジレントの強みの一つが、環境、食品、化学、医薬品、法医学など多様な業界を対象にした、クロマトグラフィー(物質を分離・分析する手法)分析に使われる分析機器です。同機器は、たとえば、飲料水や廃水などに有害な汚染物質が含まれていないか検証するのに利用されます。そして、液体クロマトグラフ(LC)およびガスクロマトグラフ(GC、世界No1)の両分野において、アジレントは世界を代表するリーディングカンパニーです。
アジレントのガスクロマトグラフィーシステム
※画像はアジレント・テクノロジーズ「Intuvo 9000 GC システム」より引用
同社が取り扱う機器は高額であることに加え、技術者・研究者が他の機器を利用するためにはそれなりの学習時間を要します。これらのことによって乗り換えコストが発生し、アジレントの競争優位性の確保に繋がっています。また、研究施設などで利用される分析用の消耗品は、プリンターのインクのように何度も繰り返し利用されるため、同社にとって安定した収益源になります。調査会社アライドマーケットリサーチによると、アジレントが強みとするクロマトグラフィーの市場規模は、2020年の87億ドルから2030年までに153億ドルへ拡大し、2021年から2030年までに5.8%のGAGR(年平均成長率)で拡大する見込みです。業界リーダーのアジレントにとって更なる業績拡大が期待できそうです。
参照:AMR「クロマトグラフィー市場の概要2030」
※図はアジレント・テクノロジーズ「Investro Overview」を基に筆者作成
2.本業を通じたサステナブルな取り組み
アジレントは、本業を通じて社会課題の解決に資するソリューションを提供しています。ここからは、環境や食品、化学など幅広い分野で利用される同社のソリューションや取り組み事例を紹介します。
たとえば、「環境(水)」の分野では、オロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物(PFAS)を巡り、世界的に飲料水に含まれるPFASを規制・監視強化する動きが広がっている状況です。PFASは「永遠の化学物質」として知られており、一部の種類は自然界に放出されると殆ど分解されず、生物に取り込まれると体内に蓄積されることが分かってきています。発がん性や免疫機能の低下といった一部の病気との関連性を示すエビデンスも示されています。
参照:NHK「「PFAS」とは? 世界の規制状況・健康への影響は?」
日本では、PFASを使用した製品の製造は禁止されていますが、禁止前に作られた製品は規制対象外であり、外部流出した場合の環境や人体への影響が懸念されています。PFASおよびPFASのなかでも毒性が強いとされるペルフルオロオクタン酸(PFOA)が、東京都や神奈川県などの米軍基地周辺の河川や地下水などから、国の暫定的な目標値を超える値が検出されています。6月8日には、東京・多摩地域の住民を対象にした血液検査で、国の調査の約2.4倍の血中濃度が検出されたことが明らかになりました。
参照:NHK「“有害” PFOS PFOAとは? 米軍基地周辺でも検出 水質の目標値は」
参照:NHK「PFAS 東京 多摩地域の住民に血液検査 “約2.4倍の血中濃度”」
そのような中、アジレントの液体クロマトグラフィーおよび質量分析を用いて、飲料水と地表水中のPFASを測定するソリューション「LC/TQによる水中PFAS分析用eMethod」に対する需要が高まっています。同ソリューションを活用することで、これまで何週間もかかっていた飲料水および地表水の水質検査、最適化、メソッド開発を数時間で行えるようになります。このツールを利用することで、水中のPFAS濃度をより早く把握したり、低濃度で早期発見したりすることが期待できます。なお、「LC/TQによる水中PFAS分析用eMethod」には100種類以上のPFAS化合物を測定できるため、現在、重要な規制の全てに対応しており、長期にわたり使用することが可能です。
「病理診断」の分野では、世界的に罹患者数が増加している「がん」に対する包括的ソリューションを提供しています。世界保健機関(World Health Organization: WHO)の外部研究組織である国際がん研究機関(International Agency for Research on Cancer, IARC)は、2020年に新たにがんに罹患した人は1,930万人であるのに対し、2040年には3,020万人へと増加すると予測しています。
参照:WHO「Cancer Tomorrow」
日本においても、日本人の2人に1人が生涯でがんに罹患し、3分の1人はがんで亡くなる最も大きな社会課題の一つとなっています。
参照:厚生労働省「がんの罹患数と死亡数」
アジレントは、2012年にがん診断のデンマーク企業ダコ(Dako)を買収したことを手掛かりに、がん市場にフォーカスした診断分野へ進出しました。ダコはがん診断ソリューション分野における世界有数の企業です。病理医向けに抗体、試薬、科学機器、ソフトウェアなどを提供しています。抗体の製造販売に加え、免疫組織化学染色(IHC) 検出試薬キット、乳がん治療におけるHER2 診断薬のハーセプテストなどを、他社に先駆けて発売してきました。
アジレントの傘下に収まった後も、全自動免疫染色装置「ダコ Omnis」を発売するなど、病理診断分野で業界をリードしています。また、がんは遺伝子異常が原因で起こる疾患とされています。そのような中、アジレントは、一度に複数の遺伝子の変異を調べる検査である次世代シーケンス(NGS)技術を有するCartageniaの買収などを通じ、がんゲノミクス分野も強化しています。
また、アジレントはステークホルダー・エンゲージメントの一環として、ESGレポートにおいてマテリアティ・マトリックスを開示しています。この中で、ステークホルダーにとっての重要性と事業へのインパクトが共に非常に高いESG課題として、「イノベーション& R+D」、「製品サステナビリティ」を挙げています。
そのうち、「製品サステナビリティ」向上に向けた取り組みとして、同社は科学研究における持続可能性の向上を目指す非営利組織 My Green Labと提携し、環境に配慮した製品の証となる ACT(Acountability = 説明責任、Consistency = 整合性、Transparency = 透明性)ラベルを取得した質量分析計を提供しています。
ACT ラベルは、環境へ影響を与える指標(水の使用、危険廃棄物、無害廃棄物、エネルギー消費、梱包、輸送に伴う影響)を提供し、購入者がサステナブルな選択を出来るようにするものです。アジレントはACTラベルを取得した高品質のラボ用分析機器を製造販売する初の企業となります。現在、同社が取り扱う機器の約30%がACTラベルを取得しており、その中には主力製品のLCやGC製品群が含まれています。
参照:アジレント「Agilent’s Fiscal Year 2021 ESG Report」
参照:厚生労働省「がんの罹患数と死亡数」
My Green LabのACTラベル
※画像はアジレント・テクノロジーズ「Introducing ACT」より引用
3.アジレントのESG評価
アジレントは本業を通じてサステナブルな取り組みを実践しており、ESGの面でも高い評価を得ています。
たとえば、多くの投資家が利用するサステイナリティクス(Sustainalytics)社のESGリスクレーティングでは、2023年2月11日時点で15.4と低リスク評価を得ており、サステイナリティクスがカバーする製薬業界グループ906社中17番目という良好な評価となっています。
参照:Morning Star「Company ESG Risk Ratings」
また、MSCIのESG評価ではAAを獲得しています。これはMSCI ACWIインデックスに含まれるヘルスケア機器を提供する81社の中で上位34%(2023年7月5日時点)に入るリーダー企業として位置づけられます。不正行為の監視や企業倫理の徹底といった企業行動と製品の安全性&品質で高スコアを獲得しました。
参照:MSCI「ESG 評価および気候変動検索ツール」
その他にも、2023年にはバロンズ誌の「最も持続可能な米国企業100社」ランキングの上位20社に6年連続で選出されています。同ランキングは、米国上場企業のうち時価総額で上位1,000社を選び、職場の多様性、温室効果ガス(GHG)、廃棄物など、ESGの側面から各社のパフォーマンスを評価します。
参照:アジレント「Agilent Again Named One of Barron’s 100 Most Sustainable Companies」
4.アジレントの業績・株価動向
ここからはアジレントの業績や株価動向を見ていきます。世界的に環境、食品、化学など様々な業界で検査・分析サービス需要が高まる中、同社は順調に業績を拡大させています。
過去5年間(2018年と2022年)の業績を比較すると、売上高は49億ドルから69億ドルへと41%増、希薄化後1株あたり利益(EPS)は2.79ドルから4.18ドルへと50%拡大しました。
参照:アジレント「2018 Agilent Technologies, Inc.Annual Report」
参照:アジレント「UNITED STATES SECURITIES AND EXCHANGE COMMISSION Form 10-K 」
5年平均の営業利益率は19%、株主資本利益率(ROE)は25%と、良好な水準で推移しています。アジレントが乗り換えコストの高さによる競争優位性を確立していることにより、高い収益性を確保していることがうかがえます。
参照:Morning Star「アジレント・テクノロジー株式会社」
資本政策面については、自社株買いを含む総還元利回りは2.49%、配当性向は19%台と、更なる還元余地を残します。
参照:Morning Star「アジレント・テクノロジー株式会社」
参照:ナスダック「S&P500」
株価動向に目を転じると、2017年10月3日から2022年10月31日までの5年間の累積トータルリターン(配当再投資)は、アジレントがS&P500および競合グループ(S&P500のヘルスケア&マテリアルズ指数を構成する全社)を上回りました。
※図はアジレント・テクノロジーズ「2022 Annual Report」を基に筆者作成
バリュエーション面では、アジレントの予想PER(株価収益率)が26倍台(5年平均は41倍台)と、競合の一つであるサーモ・フィッシャー・サイエンティフィック(TMO)と同水準(5年平均は33倍台)です。また、S&P500のPERが17倍台(2023年6月15日時点)と比較すると、検査・分析機器市場の更なる成長期待が高いと判断できます。
参照:Morning Star「アジレント・テクノロジー株式会社」
参照:ナスダック「S&P500」
過去3ヵ月間における14名のアナリストによるコンセンサス・レーティングは「Strong Buy(強い買い推奨)」です。目標株価の平均値(12ヵ月後)は169.5ドルと、4月14日終値の139.2ドルと比較して約20%の上昇余地があります。アナリスト予想の最高値は174ドル、最安値は164ドルです。アジレント株は、2021年8月に史上最高値となる179.28ドルをつけています。
5.アジレントを組み入れるファンドは?
アジレントを組み入れるファンドとしては、「野村環境リーダーズ戦略ファンド Bコース(為替ヘッジなし)」が挙げられます。同ファンドは、「スマートビルディング」、「淡水化」、「スマート農業」といった環境問題の解決を牽引する企業、「環境リーダーズ」に投資します。2020年10月の設定から日が浅いため1年間のトータルリターンになりますが、同一カテゴリー(国際株式・グローバル・含む日本)を上回る運用成績を上げています。設定来では+39.9%のパフォーマンスです。コスト(信託報酬率)はフィーレベル・カテゴリー(先進国株式・アクティブ)において平均的となります。同ファンドには、その他に産業ガス世界大手のリンデ、省エネルギー関連メーカーの仏シュナイダーエレクトリック、水ビジネス世界最大手の仏ヴェオリア・エンバイロメントなどが組み込まれています。
参照:ウェルスアドバイザー「野村 環境リーダーズ戦略ファンドBコース」
「野村環境リーダーズ戦略ファンドBコース(為替ヘッジなし)」は、モーニングスターの「ファンド オブ ザ イヤー 2021」のESG型部門で優秀ファンド賞も獲得しています。販売会社は野村證券であり、「野村ではじめる!「ESG投資」応援キャンペーン」の対象銘柄です。同キャンペーンは、2025年12月30日までに対象銘柄を「投信積立」で購入した場合、毎月の購入金額合計50万円までの購入時手数料相当額をキャッシュバックするものです。
参照:野村證券「野村ではじめる!「ESG投資」応援キャンペーン」
また、三井住友DSアセットマネジメントの「世界インパクト投資ファンド(愛称:Better World)」にも組み入れられています。同ファンドは、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の潮流に沿い、社会にインパクトをもたらしている革新的な企業の株式に投資します。実質的に運用を手がけるウエリントン・マネジメントは、インパクト投資に精通し、100兆円以上の運用資産を誇る世界有数の独立系資産運用会社です。他の組み入れ銘柄としては、心血管疾患治療分野のリーディングカンパニーである米ボストン・サイエンティフィック、米保険会社グローブライフ、世界最大級のドメイン・レジストラである米ゴーダディなどが組入上位10銘柄に含まれています。
トータルリターンについては、同一カテゴリー(国際株式・グローバル・含む日本)を3年では上回っている一方、5年では下回っています。2016年8月の設定来では+99.37%のパフォーマンスです。コスト(信託報酬率)はフィーレベル・カテゴリー(先進国株式・アクティブ)において高い水準となります。販売会社はSBI証券、楽天証券、野村證券、PayPay銀行、三菱UFJ銀行などです。たとえば、楽天証券であれば、「世界インパクト投資ファンド(愛称:Better World)」は積立、100円投資、NISA(ニーサ)に対応しています。
参照:ウェルスアドバイザー「世界インパクト投資ファンド」
なお、個別株として投資する場合、割安に米国株式投資を実践できるSBI証券、楽天証券、マネックス証券のいずれの証券会社でも取り扱っています。たとえば、SBI証券は業界最安水準の手数料を実現しているほか、総合口座開設後、口座開設月の翌月末までの最大2ヵ月間、米国株式の取引手数料が無料となる「Wow!株主デビュー!米国株式手数料Freeプログラム」も実施中です。
参照:SBI証券「Wow!株主デビュー!~米国株式手数料Freeプログラム~」
6.まとめ
アジレントは本業を通じてサステナブルな取り組みを実践し、外部機関より高いESG評価を獲得しています。様々な業界で検査・分析の需要が高まる中、同社の長期的な発展に期待されます。
フォルトゥナ
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