インパクト志向金融宣言の地域金融分科会は5月30日、地域金融機関によるポジティブ・インパクト・ファイナンス(PIF)の実務を支援する「地域ポジティブ・インパクト・ファイナンス(PIF)実践ガイダンス(2025年度版)」を公開した。本ガイダンスは、中小企業のサステナビリティ推進に向け、業種別の共通KPIを提示し、PIFの質の確保とより効果的なインパクト創出を目指すものだ。
PIFは、国連環境計画金融イニシアチブ(UNEP FI)が打ち出した原則に則り、企業の事業活動が社会や環境に及ぼす影響(インパクト)を把握し、ポジティブな影響の最大化とネガティブな影響の低減を目的として、金融機関と企業の対話により指標(KPI)を設定し、定期的にモニタリングを行う融資の仕組み。日本国内では、金融を通じて環境的・社会的な課題解決を目指すアプローチとして着実に浸透しており、2019年3月の初取引以降、特に間接金融のウェイトが高い背景から地域金融機関による取り組みが急増した。2025年3月末時点で、全国におけるPIFの取組件数は1,591件に達し、その多くは地域金融機関によるもので、中小企業を対象とした融資が大半を占めている。
このようなPIF活用の広がりに対し、すべての金融機関がPIFの取り扱いに至っているわけではなく、また、既に取り組む金融機関においても適切なKPI設定に課題を感じるケースや、インパクトの定量化、評価基準の統一が進んでいないためPIFの「質」にばらつきが生じる可能性が指摘されていた。本ガイダンスは、こうした状況を踏まえ、PIFに取り組む金融機関が一定の「質」を確保しながら、より効果的なインパクト創出につなげること、そしてPIFの理解促進と実践的な活用支援により、今後より多くの金融機関がスムーズにPIFを導入できる環境を整えることを目的として策定された。
ガイダンスでは、PIFの評価体系として「地域PIF三層構造モデル」を提唱している。このモデルは、企業活動のインパクトを三つの層に分けて評価する。最下層(第3層)は、コンプライアンス違反や大規模事故の防止など、事業の継続性に疑義が生じる事象の管理・抑制に対応する「重大なネガティブインパクトの排除」の領域だ。
中間層(第2層)は、事業の安定性や企業の経営基盤に関わり、社内外に生じうる影響の管理・改善に対応する「経営基盤に関わる非財務マター(ネガティブインパクトの管理を含む)」の領域。これら第2層および第3層は、企業価値を損なうリスクの抑制と成長を支える経営基盤要素で構成され、一般的なESG投資家も重視するベーシックな非財務項目であることから「ESG投資領域」と位置付けられた。
最上層(第1層)は、社外(環境・社会・経済)にポジティブなインパクトをもたらし、中長期的な事業成長・企業価値の向上に資する事業活動を評価する「ポジティブインパクトの最大化」の領域であり、「インパクト投資領域」とされる。
本ガイダンスでは、企業が創出すべきポジティブ・インパクトおよび抑制すべきネガティブ・インパクトをこの三層構造にマッピングすることで、KPIの意味づけを明確化し、融資先企業との積極的な対話を促進することを推奨している。特に第2層および第3層に属する項目は、業種ごとの特性はあるものの個社性が比較的小さく、地域金融機関が広く活用できる共通KPIを特定することが可能と考えられ、本ガイダンスでは主にこの領域に焦点を当てている。
共通KPIの策定にあたっては、全国の地域金融機関が中小企業に対して2021年1月から2023年6月までに実行したPIFの中から、KPIの設定等で相応の水準にあると判断した60件の事例を詳細に分析した。その上で、業種別に頻出するKPIを抽出し、それらがUNEP FIの分類に照らしてどのカテゴリに属するかを分析。その結果、取り組み件数の多い卸売業・小売業、製造業(食品加工を除く)、食品加工製造業、建設業、運輸業、廃棄物処理業、医療・福祉業、不動産業の8業種において、具体的な共通KPIの事例が提示された。
この共通KPIは、いわゆる「マテリアリティ(企業の持続的成長や価値創造において重要な課題)」の考え方を踏まえて整理されており、地域企業と地域社会の間に強い依存関係と影響関係があることを考慮し、地域企業をダブルマテリアリティ(企業が環境・社会に与える影響と、環境・社会が企業に与える影響の双方を重要と捉える考え方)の視点から評価することを推奨している。また、KPI設定における目標の野心度や、インパクトフロンティアーズのABCアプローチ(A: 害を避ける行動、B: ステークホルダーへの利益、C: 解決策への貢献)と三層構造モデルとの関連性についても言及している。
さらに、共通KPIとUNEP FIのインパクト分析ツール「Impact Analysis Tool」で示される各業種の重要テーマを比較することで、国際標準との相違点を明示し、いわゆる「ガラパゴス化」を避ける配慮も行っている。本ガイダンスは、1年半にわたる分科会での議論を経て策定された。2025年1月以降は、地域金融機関や評価機関の実務メンバーから成るタスクフォースを設置し、ドラフトを作成、インパクト志向金融宣言内でも意見を集約したうえで今回の公開に至った。今後も必要に応じて随時改訂を行っていく予定だ。
今回のガイダンス公開は、地域金融機関が中小企業のサステナビリティ経営への移行を金融面から後押しする上で、具体的な指針となる。共通KPIの活用が進むことで、地域における環境・社会課題の解決に向けた資金の流れが加速し、持続可能な経済活動への貢献が期待される。
【参照】地域ポジティブ・インパクト・ファイナンス(PIF)実践ガイダンス(2025年度版)
HEDGE GUIDE 編集部 不動産投資チーム
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