エネルギー転換の課題に挑む「グリーン化石燃料」とは?米国スタートアップ3社事例

持続可能な社会の実現に向けてクリーンエネルギーへの移行が進む中、世界はまだまだ化石燃料に依存しています。実際、世界の石炭生産量は2030年まで、石油・ガス生産量は2050年まで増加し続けると予想されており、各国の政策と現実のギャップが浮き彫りになっています。

本記事では、エネルギー転換の現状とソリューションとして注目が高まっているグリーン化石燃料、そして石油大国・米国でグリーン化石燃料に取り組むスタートアップ事例をレポートします。
※本記事は2024年5月26日時点の情報です。最新の情報についてはご自身でもよくお調べください。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・ファンドへの投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、利用者ご自身のご判断において行われますようお願い致します。

目次

  1. 二極化するエネルギー転換
  2. インフラ整備・経済的要因などがハードルに
  3. グリーン化石燃料とは?
  4. 大手石油・ガス企業間でもグリーン化が加速
  5. グリーン化石燃料に取り組む米国スタートアップ3社
    5-1.ガスフレアリングの余剰エネルギーをオンサイトの電力供給に利用「Crusoe Energy Systems」
    5-2.メタン回収タンクツールで石油保存問題を解決「Xtreme Tank Technologies」
    5-3.環境に優しい低コスト燃料添加物を開発「Fuel Gems」
  6. まとめ

1.二極化するエネルギー転換

世界151カ国がネットゼロ排出達成に向けて取り組む中、2023年には世界のエネルギー転換への投資が過去最高の1兆8,000億ドル(約282兆4,779億円)を記録するなど、ポジティブな前進が見られます。

参照:ブルームバーグNEF「Energy Transition Investment Trends 2024

ところが一方では、2021年の化石燃料の消費・生産への直接補助金及び減税額が6,970億ドル(約109兆3,709億円)と前年からほぼ増額し、過去最高水準に達したことが、経済協力開発機構と国際エネルギー機関(IEA)の共同調査で明らかになりました。

また、国連環境計画(UNEP)の報告書『Production Gap Report 2023』によると、アラブ首長国連邦や米国、ドイツ、中国、カナダなどの主要石油生産20カ国の殆どが化石燃料の生産に財政的・政策的支援を継続しています。

これらの国が軌道修正しない限り、2030年の世界の石油生産量は、気温上昇を1.5 ℃抑えるための目標を約110%、2℃抑えるための目標を69%上回ることになります。

参照:UNEP「Production Gap Report 2023
参照:UNEP「Governments plan to produce double the fossil fuels in 2030 than the 1.5°C warming limit allows
参照:OECD「Fossil fuel support is still growing

2.インフラ整備・経済的要因などがハードルに

エネルギー転換がシナリオ通りに進んでいない背景には、複数の要因があります。例えば、先進国を中心に再生可能エネルギーの生産量は増加しているものの、送電網などのインフラ整備が需要に追い付いておらず、生産されたエネルギーが無駄になっています。

他にも、クリーンエネルギーは化石燃料よりコストが高いこと、再生可能エネルギーの生産に必要な土地面積と比較すると抽出可能なエネルギー量に限界があること、インフラ整備には民間投資が不可欠であるにも関わらず、投資家間ではインフラより技術面に対する関心が遙かに高いことなど、様々な課題が浮上しています。再生可能エネルギー施設の建設には広大な敷地や莫大な資金が必要となるため、特に低所得国への資金援助も大きな国際的課題の一つです。

参照:ブルームバーグNEF「Energy Transition Investment Trends 2024
参照:Forbes「It’s Harder Than You Think To Stop Using Fossil Fuels

産業という観点から見ると、生産・輸送を含む化石燃料のバリューチェーン全体への影響を最小限に抑える取り組みが必要となることから、包括的かつ長期的なエネルギー転換アプローチが必須となります。脱化石燃料は一夜にして成し遂げられるものではなく、様々な要因を慎重に考慮しながら段階的に実施する必要があるのです。

3.グリーン化石燃料とは?

このような中、化石燃料の使用を続ける一方で脱炭素を目指す「グリーン化石燃料(Green Fuel)」への注目が高まっています。

化石燃料のそのものをグリーンにすることは不可能ですが、多様な手段で化石燃料による環境負担を少しでも軽減することは可能です。グリーン化石燃料はこうした取り組みに役立つ技術やアイデア、概念のことで、「グリーンオイル(Green Oil)」や「グリーンガス(Green Gas)」と呼ばれることもあります。

代表的なものでは二酸化炭素回収・貯蔵(Carbon dioxide Capture and Storage : CCS)技術や摘発性有機化合物(Volatile Organic Compounds:VOC)回収技術、燃料添加剤などが挙げられます。これらの技術にクリーンエネルギーを組み合わせることにより、環境負担のさらなる軽減が期待できます。
参照:EsimiTech「The Rise of “Green” Oil and Gas

4.大手石油・ガス企業間でもグリーン化が加速

石油・ガス産業では、淡水使用量の削減・リサイクル、メタン漏れの削減、使用済みオイルのリサイクル、データ分析ツールを活用したプロセスの合理化・改善、再生可能エネルギーを含む低炭素エネルギー市場への参入など、グリーン化に向けた多角的な取り組みが進んでいます。

Shell(シェル)やBPを含む多数の石油・ガス企業は、持続可能性の向上や温室効果ガス排出の削減に役立つ多様な技術・ソリューションに投資するなど、低炭素事業への移行を加速させています。石油・ガス産業は、年間8,000万トンの温室効果ガスを排出する地球温暖化・気候変動の最大の原因であることから、さらなる取り組みが必要不可欠です。
参照:Statista「Oil and gas sector emissions worldwide – statistics & facts

5.グリーン化石燃料に取り組む米国スタートアップ3社

革新的なアイデアと技術力をもつスタートアップの存在も、グリーン化石燃料への取り組みを加速させる原動力となっています。ここでは市場をリードする米国3社の事例を見てみましょう。

5-1.ガスフレアリングの余剰エネルギーをオンサイトの電力供給に利用「Crusoe Energy Systems」

原油や天然ガスのフレアリング(※原油・天然ガスの生産時に発生する余剰ガスを焼却処分すること)はメタンを排出するだけでなく、エネルギー源浪費の要因でもあります。

世界銀行の調査報告書『2022 Global Gas Flaring Tracker Report』によると、2021年には1,800テラワットのエネルギーに相当する1,440億㎥の天然ガスが焼却されました。これは欧州連合(EU)の純発電量のほぼ3分の2、あるいはサハラ以南アフリカに電力を供給するのに十分な量です。
参照:世界銀行「2022 Global Gas Flaring Tracker Report

コロラド州で2018年に設立されたCrusoe Energy(クルーソー・エナジー)は、このような課題の解決を目指すスタートアップです。

同社は天然ガスのフレアリングによるメタン排出を削減し、余剰エネルギーを電力に変換してオンサイト(原油生産施設、風力・太陽光・原子力・水力発電施設など)のモジュール式データセンターに供給するための、コスト効率の高いソリューションを提供しています。同社の取り組みにより、2022年には40億立方フィート以上の天然ガスの燃焼、6,400トンのメタン排出が削減されたほか、廃棄物の削減やデータセンターの供給負担軽減にも貢献しています。
参照:Crusoe Energy HP「Crusoe Energy

2022年4月のシリーズC資金調達ラウンドでは総額3億5,000万ドル(約549億593万円)を調達し、石油・ガス産業の循環型経済モデルとしても注目されています。
参照:Business Wire「Crusoe Energy Systems Closes $505 Million in New Capital Led by Climate Technology Investors G2 Venture Partners, Prepares Launch of CrusoeCloud

5-2.メタン回収タンクツールで石油保存問題を解決「Xtreme Tank Technologies」

ガソリンは、自動車や機械、火力発電の燃料からガスコンロ、溶剤まで、幅広い用途に利用されています。その一方で、燃焼の際に二酸化炭素(CO2)やベンゼンなどの有害な副産物が発生し、蒸発して気体になると光化学オキシダント(OX)やPM2.5 (微小粒子状物質)といった摘発性有機化合物(Volatile Organic Compounds:VOC)に変化するという特徴があります。また、引火点がマイナス40℃と低く、極めて引火・摘発しやすいため、取扱いにも厳重注意が必要です。
参照:ワシントン州エコロジー局「Reducing air pollution from cars
参照:e-AS「燃料蒸発ガス・VOCとは

テキサスに拠点を置くXtreme Tank Technologies(エクストリーム・タンク・テクノロジジーズ)は、石油が可燃性タンクに放出された際に発生するVOCを即座に回収・除去し、汚染物質を除去する技術で特許を取得しています。同社のタンクツールはガスの摘発性が最も高い領域を検知する独自の圧力トランスミッター(空気圧や油圧の測定結果を信号として出力する装置)が設置されており、従来の浮き屋根式(タンクの天井から蒸気を抜き取る方法)などの方法では回収不可能な最重質・最軽質ガスも回収できるよう設計されています。

また、無人かつ自動的にタンク火災を検知・消火するプロセス安全装置の機能も備えているほか、必要に応じてタンク内部を可燃性から不活性に変えることも可能です。同社は、テキサスとカナダでChevron(シェブロン)などの大手石油会社とパイロットプロジェクトを実施しました。
参照:Xtreme Tank Technologie HP「Xtreme Tank Technologie
参照:Xtreme Tank Technologie「5 Green Oil and Gas Startups To Watch in 2023

5-3.環境に優しい低コスト燃料添加物を開発「Fuel Gems」

化石燃料による環境負担を軽減する手段の一つとして、燃料添加物の需要も高まっています。

燃料添加物はエンジン内部の不純物を除去して摩擦抵抗を軽減するため燃料効率が向上し、温室効果ガス排出量の削減が期待できます。自動車産業だけではなく航空産業においても、持続可能な航空燃料(SAF)への移行に欠かせない技術として研究・開発が加速しており、2030年までに15億ドル(約2,352億5,039万円)市場に急成長する見込みです。
参照:AIN「Study: Aviation Fuel Additive Market Set To Soar

このような中、同分野で目覚ましい成長を遂げているのは、最先端の特許ナノ技術で燃料添加物産業に革新を起こすと期待されている、テキサスのFuel Gems(フューエル・ジェムス)です。

同社はプラズマを生成する電子モジュール、リアクターとプラズマを制御するソフトウェアを活用し、先進的な材料を独自の手法で合成することにより、画期的な燃料添加物を開発しました。僅か1グラムで1トン相当の燃料の酸化を防ぎ、有害物質を最大49.5%削減、燃料効率を20%向上できるほか、ガソリン1ガロン当たりのコストは1セント(約1.56円)と競合製品より最大95%安価です。
参照:Fuel Gems HP「Fuel Gems

同社はこれまでに丸紅やBPなどの大手石油・ガス企業とパイロットプロジェクトを実施し、初の生産施設を立ち上げたほか、クラウドファンディングを介して2,000人以上のエンジェル投資家から資金を調達した実績があります。

2024年5月25日現在、バッテリーへの応用研究・開発に向け、株式型クラウドファンディング「Republic(リパブリック)」で100万ドル(約1億5,693万円)の資金調達にチャレンジする一方で、2026年までにIPO(株式公開)の実施を目指すという野心的なビジョンを掲げています。
参照:Yahoo Finance「Clean Energy Startup FuelGems Secures $895k In Crowdfunding Drive
参照:Republic「Fuel Gems

6.まとめ

化石燃料からクリーンエネルギーへの転換は課題も多く、決して真っすぐな一本道ではありません。しかし、世界は未来のエネルギーシステムに向けて着実に前進しており、今後も様々なイノベーションやチャンスが生まれることが期待できます。

実現のカギを握る技術進歩は長期的な成長が期待できる領域であることから、目が離せない投資対象となるでしょう。

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アレン琴子

英メディアや国際コンサル企業などの翻訳業務を経て、マネーライターに転身。英国を基盤に、複数の金融メディアにて執筆活動中。国際経済・金融、FinTech、オルタナティブ投資、ビジネス、行動経済学、ESG/サステナビリティなど、多様な分野において情報のアンテナを張っている。