一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12))に解説していただきました。
目次
- Scope3とは
1-1. Scope3の概要
1-2. Scopeが注目される背景
1-3. Scope3の分類 - Scope3に関連するこれまでの動き
2-1. 東京ビヨンド・ゼロ・ウィーク
2-2. Scope3の開示義務化
2-3. Scopeにおける「環境属性証明書(EAC)」の利用 - Scope3におけるカーボンクレジット利用への懸念
3-1. 複数の環境団体による公開書簡
3-2. 脱炭素に逆効果である可能性
3-3. 従来の「緩和階層」解体の恐れ
3-4. 自身のバリューチェーン内における排出努力への影響 - まとめ
近年、「2050年カーボンニュートラル」の実現を目指し、企業のサプライチェーンにおける温室効果ガス排出量の見える化が急速に進められています。
その中で、企業の事業活動全体における排出量を把握するのに役立つ「Scope3(スコープ3)」について、「カーボン・マーケット・ウォッチ(Carbon Market Watch)」、「ニュークライメート・インスティテュート(NewClimate Institute)」、「グリーンピース(Greenpeace)」などの複数の環境団体が、Scope3におけるカーボンクレジットの利用を控えるよう強く求める公開書簡を発表しました。
これらの環境団体は、Scope3でカーボンクレジットを使用することが企業のバリューチェーン内での排出削減努力に大きな影響を与える可能性があると指摘しており、今後の動向に注目が集まっています。
今回は、Scope3の概要や、複数の環境団体がカーボンクレジットの利用を控えるよう求める理由について詳しく解説します。
1.Scope3とは
1-1.Scope3の概要
近年、地球規模で気候変動問題が深刻化しており、実際、産業革命以降に世界の気温は平均で1度上昇したと言われています。
また、このままの状況が続けば、2050年には気温が約1.5度も上昇するという研究も出ており、早急な対策が求められています。
そんな中、1998年、「世界経済人会議(WBCSD)」や「世界資源研究所(WRI)」などによって「GHGプロトコルイニシアチブ」と呼ばれる団体が創設され、2011年10月には「GHGプロトコル」が策定されました。
GHGプロトコルとは、温室効果ガス排出量の算定および報告に関する世界的な基準として知られており、この中で、自社の排出する温室効果ガスだけでなく、原料調達・製造・物流・販売・廃棄といった一連の流れを通したサプライチェーン全体での排出量を算定し、 報告するためのガイドラインが示されました。
なお、GHGプロトコルでは、サプライチェーン排出量が「Scope1(直接排出量)」、「Scope2(間接排出量)」、そして「Scope3(その他の排出量)」に分類され、それぞれに明確な定義が設けられました。
中でも、今回のポイントとなる「Scope3」は、燃料の燃焼や製品の製造などにおいて、事業者が直接排出した温室効果ガス排出量である「Scope1」、および他社から供給された電気・熱・蒸気の使用に伴う、間接的な温室効果ガス排出量である「Scope2」以外の部分を指し、企業における温室効果ガス排出状況の全体像をより明確に把握できる基準として、その重要性はますます高まりを見せています。
1-2.Scopeが注目される背景
では、なぜ「Scope」という概念がここまで注目されるようになったのでしょうか。
その理由としては、GHGプロトコルが、自社以外が出す温室効果ガス、すなわち「サプライチェーン排出量」にフォーカスしているという点が挙げられます。
前述した通り、サプライチェーンとは、原料の調達から実際に商品が消費者の手に触れるまでの、自社製品の製造から販売にまつわる一連の流れ全般を指します。
そして、GHGプロトコルでは「Scope」という分類を用いて、原料の仕入れ先や製品の卸先など、自社の上流および下流の温室効果ガス排出量まで考慮に入れる仕組みを確立しているため、より正確な排出状況を把握でき、排出量が特に多い「ホットスポット」を洗い出すことができるというメリットがあります。
また、Scope3を測定することによって、取引先に排出に関する負担を丸投げし、自社はエコフレンドリーであると主張することが困難になるため、これまで社会問題の一つとして考えられてきた「グリーンウォッシュ(環境配慮をしているようにごまかす、上辺だけの欺瞞的な環境訴求)」をより防止しやすくなるという点も、Scopeという概念が広く浸透した理由の一つであると考えられます。
1-3.Scope3の分類
Scope3は、サプライチェーンの「上流」と「下流」に分類することができ、原材料の調達や輸送・配送などが「上流」、製品の使用や廃棄が「下流」とされているほか、これらをさらに、下記に挙げる15のカテゴリに分類することが可能です。
- 購入した製品・サービス
- 資本財
- Scope1,2に含まれない燃料及びエネルギー活動
- 輸送、配送(上流)
- 事業から出る廃棄物
- 出張
- 雇用者の通勤
- リース資産(上流)
- 輸送、配送(下流)
- 販売した製品の加工
- 販売した製品の使用
- 販売した製品の廃棄
- リース資産(下流)
- フランチャイズ
- 投資
このように、Scope3ではサプライチェーン上の事業活動に関係する温室効果ガスの排出源が余すところなく含まれています。
2.Scope3に関連するこれまでの動き
2-1.東京ビヨンド・ゼロ・ウィーク
経済産業省は、2021年10月に、温室効果ガスの排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」、さらには過去に大気中に排出された二酸化炭素も削減する「ビヨンド・ゼロ」に向けたエネルギー・環境関連の国際会議「東京ビヨンド・ゼロ・ウィーク」を開催しました。
この東京ビヨンド・ゼロ・ウィークでは、期間中に8つの国際会議が開催され、世界的な気候変動に対処するためのさまざまな方法が話し合われました。
中でも、気候変動問題に関する企業の情報開示をうながす「TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)」によって開催された「TCFDサミット」では、情報開示の環境変化や広がり、課題、投資家の役割などをテーマとして4つのパネルディスカッションが実施され、Scope3の重要性についても言及されました。
具体的には、サプライチェーン全体の脱炭素化をめざす観点からも、Scope3(材料調達や製品を出荷した以降のフェーズ)は重要であり、排出や削減の算定方法の確立が必要であるという旨の認識が共有され、ここから企業のScope3に対する取り組みがより一層加速することとなりました。
2-2.Scope3の開示義務化
2023年6月26日、企業のESG(環境、社会、ガバナンス)分野における報告基準を策定する国際組織「国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)」が、Scope3の開示義務化を確定しました。上場企業は取引先などサプライチェーン全体のScope3を含めた情報開示がグローバルスタンダードとなり、さらに気候変動が発生した際の財務リスクや対応についての情報開示も求められるようになります。
この背景には、ESG投資が増加している一方で、気候変動に関する企業の情報開示の枠組みが乱立している現状があります。基準が統一化されていないため、今回の開示義務化により投資家が企業を選別しやすくする狙いがあると考えられています。
新しい基準は2024年から適用が開始され、日本ではサステナビリティ基準委員会が主体となり、日本版の基準策定が進められています。具体的には、2025年3月末までに最終確定が予定されており、3月期企業であれば2026年3月期の有価証券報告書から同基準に基づく開示が行われる見通しです。
例えば、大手総合飲料メーカーの「キリンホールディングス」は、Scope3領域の温室効果ガス排出量削減に向けて本格的に取り組んでいます。2024年4月より「キリンサプライチェーン環境プログラム」を開始し、Scope3排出量の多い17社のサプライヤーが参加します。このプログラムでは、「温室効果ガスの実排出量データの相互開示」、「SBT(科学的根拠に基づく目標)水準の温室効果ガス排出量削減目標設定依頼・支援」、「温室効果ガス排出量削減に向けた協働取り組み」を推進しています。
さらに、キリンホールディングスは2030年までに2019年比でグループ全体のScope3排出量を30%削減することを目標としており、そのうちの10%の削減をこのプログラムで実現することを目指しています。
このように、環境問題の解決に積極的に取り組む企業では、Scope3の開示を先行して充実させる動きが出てきています。
2-3.Scopeにおける「環境属性証明書(EAC)」の利用
「SBTi(Science Based Targets initiative:科学的に根拠のある目標イニシアチブ)」は、2024年1月、ネットゼロ基準を2025年に改定する可能性がある旨を発表しました。
この改定には、Scope3排出削減の取り組みについての新たなガイダンスが追加されると言及されています。
具体的には、Scope3排出量の削減を目的としたカーボンクレジットの利用について、現行の制限を超えて拡大することを決定したとしており、幅広い協議を行った結果、科学的根拠に基づいた方針、基準、手順によって適切な裏付けがあれば、「環境属性証明書(EAC)」がScope3の排出量を減らすための新たなツールとして機能する可能性があると結論付けました。
「環境属性証明書(EAC)」とは、1メガワット(MWh)時の電力が持つ、発電方法やエネルギー源などの環境属性に関する情報を提供する証書で、企業が再生可能エネルギー源から電力を購入しているのを主張をする際に効果を発揮するものとして知られています。
そして、SBTiは今回、Scope3排出量の削減を目的としたケースに限って、EACの利用を拡大する決定をしたというわけです。
SBTiは声明において、EACの利用拡大は、企業がイノベーションとテクノロジーの向上によって炭素排出を根本的にゼロにする道を切り拓くとともに、クレジットによる「補償」によってバリューチェーンの脱炭素化も加速する方法であると述べています。
なお、基本規則などをまとめた最初の草案は2024年7月までに公表され、公開協議と技術審議会による審査、理事会による採択を経て最終的に決定されるということです。
3.Scope3におけるカーボンクレジット利用への懸念
3-1.複数の環境団体による公開書簡
冒頭でも触れた通り、2024年4月、炭素市場分析と気候変動に対する政策活動を行うベルギーの「カーボン・マーケット・ウォッチ(Carbon Market Watch)」、気候変動の研究とプロジェクトを支援するドイツの「ニュークライメート・インスティテュート(NewClimate Institute)」、地球規模で起きる環境問題の解決に向けて活動する国際環境NGO「グリーンピース(Greenpeace)」などの複数の環境団体が、企業によるScope3について、その一部をカーボンクレジットで相殺することへの「柔軟性」の提供を控えるよう強く求める公開書簡を公表したことが明らかになりました。
この公開書簡は、民間クレジットの普及を目指して主張行動規範などの策定を行っている「VCMI(Voluntary Carbon Markets Integrity Initiative)」 、前述した「SBTi(Science Based Targets initiative:科学的に根拠のある目標イニシアチブ)」、そして「GHGプロトコル」に対して発表されたもので、Scope3削減にカーボンクレジット利用を認めないよう要求する内容となっています。
では、これらの団体は、なぜこのような要求を発表するに至ったのでしょうか。
その理由について詳しく解説していきます。
3-2.脱炭素に逆効果である可能性
まず初めに、脱炭素に逆効果である可能性が挙げられています。
具体的には、Scope3においてカーボンクレジットを利用可能にするという柔軟性を許容することは、直接的な財務的利害を持つ存在によって大きく支持されていると述べており、一定の層が利益を享受するような偏った構造になりかねないことを指摘しています。
また、企業が自らのScope3排出量を減らすことは、テクノロジー的に見ても可能であると主張されているほか、Scope3排出量こそが、多くの企業の温室効果ガス排出量の大部分を占めることを強調しており、カーボンクレジットによる排出量の相殺を許容した場合、脱炭素を促進するどころか、反対に逆効果を招いてしまう可能性があると懸念しています。
3-3.従来の「緩和階層」解体の恐れ
公開書簡は、カーボンクレジットを使用してScope3排出目標の達成を可能にするという試みが、これまで「緩和階層」として知られていたものを崩してしまうことになると警告しています。
そもそも「緩和階層」とは、企業が脱炭素を目指す上で優先順位を明確につけることが重要であるという考え方で、具体的には、まず科学と整合した削減目標である「SBT」を設定し、自らエネルギー消費を削減、さらに、脱炭素や低炭素エネルギーに代替したうえで、最終手段としてオフセットする、という段階を踏んで目標を達成することを言います。
つまり、企業において、本来の削減努力を行わず、クレジットだけで目標を達成することは望ましくないと考えられているわけです。
しかし、Scope3においてカーボンクレジットを利用したオフセットが可能になった場合、上記のような段階的な削減の概念が崩壊し、最も望ましい方法で脱炭素を進める企業が少なくなってしまうと懸念されており、こうした理由から、Scope3に関して、外部の削減によって内部削減目標を達成することは許容されないと主張しています。
3-4.自身のバリューチェーン内における排出努力への影響
今回の公開書簡では、Scope3におけるカーボンクレジットの使用を許可するか否かは、企業が自身のバリューチェーン内で、これらの排出削減努力をするかどうかという決定に大きな影響を与える可能性があるとしています。
そして、企業自身のより精力的な削減努力を促すため、そして、環境との調和を守るためにも、正しい選択をする責任があると主張しています。
4.まとめ
企業に対してもエコフレンドリーな経営が強く求められるようになってきている昨今、国際的なガイドラインである「GHGプロトコル」の「Scope」の概念に則って温室効果ガスの排出量を算定および報告することは、企業の社会的信頼性の向上や機関投資家に対するアピールにつながる重要なプロセスとなっています。
しかしその一方で、Scope1・Scope2以外の、事業者の活動に関連する他社の排出量を指す「Scope3」において、カーボンクレジットを利用しないように求める団体が出てきており、企業がScope3目標をカーボンクレジットで達成することに対して、懸念の色を示しています。
今回解説したように、実際、Scope3でカーボンクレジットによるオフセットを許容してしまうと、脱炭素の推進にさまざまな悪影響が出る可能性があると言われており、今後の動きに大きな関心が集まっています。
Scope3の開示義務化への準備も着々と進められている今、その波に取り残されないためにも、企業には速やか且つ臨機応変な対応が求められています。
立花 佑
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