一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12)に解説していただきました。
目次
- 水素の普及へ向けた動き
「水素基本戦略」の策定
「水素社会推進法」の成立 - 水素関連市場
水素関連市場の市場規模
水素関連市場の見通し - 注目すべき日本の銘柄
岩谷産業(8088)
トヨタ自動車(7203)
マクセル(6810)
テクニスコ(2962)
日本精線(5659)
NOK(7240) - まとめ
政府が「2050年カーボンニュートラル」宣言を行って以来、日本では社会全体で脱炭素への取り組みが加速しています。そんな中、脱炭素は投資分野においてもホットなキーワードとして捉えられており、中でも近年は「水素」に関連する銘柄が大きな関心を集めています。
水素は、燃焼時に二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギーであり、燃料電池にも利用可能なほか、原料としても使用できる可能性があるとして注目されており、今後、関連企業のパフォーマンスはますます伸びていくのではないかと期待されています。
今回は、特に水素関連にフォーカスして、現在注目を集めている日本の銘柄をいくつか紹介していきます。
1. 水素の普及へ向けた動き
1-1. 「水素基本戦略」の策定
水素が注目される背景には、政府の水素政策があります。日本政府は、水素の広範な普及を目指した政策を展開しており、2017年には世界初の国家戦略「水素基本戦略」を策定しました。この水素基本戦略では、二酸化炭素排出量の削減目標を達成するために、水素社会の実現に向けて進む方針が示されています。「2050年カーボンニュートラル」の実現を目指し、2050年までに水素を主なエネルギー源とする社会を築くことを目標としています。
水素は、酸素と結合すると大きなエネルギーを生み出す性質があり、このエネルギーは発電などに利用できます。また、水素エネルギーの使用時には二酸化炭素が排出されないため、化石燃料に代わる新たなエネルギーとして期待されています。政府はこうしたメリットに注目し、関連する政策を進めています。
水素基本戦略では、水素を再生可能エネルギーと並ぶ新しいエネルギーの選択肢として位置づけ、水素をエネルギーとしてあらゆるシーンで活用する社会を目指しています。具体的には、水素のコストをガソリンやLNG(液化天然ガス)と同程度にすることを目標とし、当時1Nm3(気体の量を表す単位)あたり100円のコストを、2030年には30円に、将来的には20円にすることを目指しています。
さらに、2023年6月には水素基本戦略の改定が行われました。この改定では、2040年までに年間で1200万トンの水素を導入するという具体的な目標が掲げられ、水素から生成されるメタンやアンモニアなどの合成燃料も脱炭素に必要なエネルギーとして、水素と並行して研究が進められることになりました。また、家庭での利用に加え、工場や機械、陸・海・空の輸送手段など産業面での水素消費拡大も示されています。
1-2. 「水素社会推進法」の成立
上記の「水素基本戦略」に加え、2024年5月17日には参院本会議で「水素社会推進法」が可決、成立しました。
水素社会推進法とは、化石燃料由来の水素やアンモニアなどを「低炭素水素等」と定義し、その活用促進を目的とした法律です。この法律は、製造時に出る二酸化炭素が従来の手法よりも少ない低炭素水素の供給や利用を促進することを狙いとしています。具体的には、政府が再生可能エネルギーを利用して製造されたクリーンな水素を製造・輸入する企業に対し、割高な水素の製造コストと比較的安い天然ガスとの価格差を補填します。
政府は2050年までに温暖化ガスの排出を実質ゼロに減らす目標を掲げており、低炭素水素は鉄鋼や化学など脱炭素が難しい分野での脱炭素燃料として利用が期待されています。今後、経済産業省は夏ごろに事業者の申請受け付けを開始し、年内の支援開始を目指しています。
現段階での水素の供給価格は1立方メートルあたり100円ほどですが、供給量を増やすことで、2030年には価格を3分の1に引き下げる計画が示されています。また、2040年には供給量を1200万トン程度と、現状の6倍に増やす目標が掲げられています。
日本では政府主導で脱炭素に向けた水素普及の動きが活発化しており、水素関連銘柄にも大きな注目が集まっています。
2. 水素関連市場
2-1. 水素関連市場の市場規模
日本の市場調査会社「富士経済」は、2023年3月16日に発表した水素関連の市場調査結果で、2040年度には水素ガスのグローバル市場が2021年度比で2.1倍の53兆8,297億円に拡大すると予想しました。この背景には、低炭素な製造方法による水素が主流となり、「FCV(Fuel Cell Vehicle:燃料電池自動車)」や発電設備での利用が増加することが挙げられます。
また、水素ガスだけでなく、発電設備や製造装置、水素ステーションなどの機器を含めた水素関連市場は、2040年度に2021年度比3.5倍の90兆7,080億円になると予想されています。日本での水素ステーションの市場規模は、2040年度に2021年度比76.3倍の1,756億円と予測されており、水素の調達コストが低下することで水素ステーションの設置数が増加すると見られています。
国内における水素利用は、FCVのほか、発電設備の燃料が牽引すると予想されており、水素やアンモニアを混焼する設備の導入が推進されることで、水素需要がさらに拡大する見込みです。
実際、2023年9月15日には、東名高速道路の足柄サービスエリアにおいて、全国の高速道路のサービスエリア(SA)・パーキングエリア(PA)で初となる水素ステーションがオープンしました。このステーションは、LPG(液化石油ガス)分野で日本の市場占有率1位を誇る総合エネルギー企業「岩谷産業」が開業し、今後もFCVの普及促進や利便性向上を目指して全国で水素ステーションの整備を進める計画を発表しています。
日本は水素関連特許数が世界トップクラスであるなど、テクノロジー面で優位性を持っているため、今後は水素コア技術を生かした装置や素材など、国内外における水素関連ビジネスの実装化が大いに期待されています。
2-2. 水素関連市場の見通し
ここからは、水素関連市場の見通しについて、特に注目すべきポイントをいくつか紹介していきます。
まず一つ目のポイントとして、水素サプライチェーンが挙げられます。
水素サプライチェーンとは、水素の製造、貯蔵、輸送、供給を一貫して支える仕組みのことを言い、中でも「製造」については、現時点では主な原料としてガスや石炭が使われているため、二酸化炭素を排出しない再生可能エネルギーを利用して水素を作り出すテクノロジーに注目が集まっています。また、気体である水素を効率的に貯蔵および輸送するには、圧縮したり-253℃まで冷やして液化させるなどして体積を小さくする必要があります。そのため、水素の利用本格化を見据えて、大型の液化水素の低温貯蔵タンクや運搬船の開発が進められています。このほか、「供給」にあたる部分としては、前述した水素ステーションが例挙げられます。水素ステーションは、2023年9月時点で国内164か所に設置されていることが分かっていますが、割高な設置コストが水素ステーション普及の妨げとなっています。水素の充填時間はおよそ3分程度で、フル充電で走れる距離や燃費もガソリン車とほぼ変わらないことから、設置コストを削減できる新たなテクノロジーの開発が期待されています。
二つ目のポイントとしては、水素の利用が挙げられます。
中でも、水素を燃料とするFCVは、二酸化炭素などの温暖化ガスや有害物質を排出しない「究極のエコカー」と呼ばれており、FCVへの水素の充塡はEVの給電に比べてかかる時間が短く済むうえ、航続距離はEVに比べて長いことから、今後さらに普及していくと見られています。また、工場では、排ガスを利用して水素を作る試みがスタートしているほか、水素を使った発電についても、2030年代から本格化すると予想されており、こうした事業を手がけている関連企業に注目が集まっています。海運に関しても、2050年カーボンニュートラルを前提とした排出削減が求められており、水素やアンモニアで動く船・運搬船などの開発が急がれています。
このように、水素が普及することによって、上に挙げたような業界が盛り上がるのではと予想されます。
では、次の項からは、実際にチェックしておきたい日本の銘柄をいくつか紹介していきます。
3. 注目すべき日本の銘柄
3-1. 岩谷産業(8088)
前項でも少し触れましたが、「岩谷産業」は本社を大阪府大阪市中央区に置く産業・家庭用ガス専門商社で、LPG分野において日本の市場占有率1位を誇る総合エネルギー企業となっています。
同社は全国で水素ステーションを展開しており、脱炭素に向けた水素関連銘柄としてチェックしておきたい銘柄の一つと言えるでしょう。具体的には、国内唯一の液化水素サプライヤーとして、千葉県市原市の「岩谷瓦斯 千葉工場」、大阪府堺市の「ハイドロエッジ」、山口県周南市の「山口リキッドハイドロジェン」の3拠点体制で全国への安定供給を行っているということです。
また、気体の水素を圧縮して高圧のガスとして供給する圧縮水素のプラントを全国に10拠点保有しており、液化水素と圧縮水素を合わせた外販用の水素市場でのシェアは70%(2024年2月、岩谷産業調べ)となっています。
FCVは特にトラックやバスなどの商用車の長距離輸送においてさらなる普及が見込まれており、高速道路上などでの水素ステーションの整備需要の拡大が期待されているため、水素市場において抜群のシェアを誇っている岩谷産業は、しっかりと押さえておくことをおすすめします。
3-2. トヨタ自動車(7203)
「トヨタ自動車」では、カーボンニュートラル実現に貢献するために、燃料電池(FC)システムサプライヤーとして水素活用の促進を目指した取り組みを強化しており、水素を核としたクルマづくりおよび水素社会の実現に向けて尽力しています。
具体的には、大型車から小型車まで、さまざまなタイプの車両に対応できるよう、搭載性に配慮して設計した水素タンクを開発しており、欧、米、日各社のタンク規格を統一化して数量をまとめることで、25%の製造コスト低減を目指しているということです。
さらに、水素の新たな選択肢として「水素エンジン車」の開発を進めていることも明らかにしています。水素エンジン車は「FCEV(燃料電池自動車)」とは違い、水素から発電するのではなく、ガソリン車などと同じようにエンジン内で燃焼させて走る仕組みとなっています。
水素エンジンは、排気後処理システムなどディーゼルエンジンのテクノロジーの多くを活用することができるものの、水素を燃焼させることによって発生する水がエンジン内に入ってしまうという課題があるため、トヨタではレースのほか、公道走行が可能なナンバー付きの実証車(レクサスLX)を用意することで、市販化をめざした開発を加速させているということです。
3-3. マクセル(6810)
「マクセル」は、エネルギー事業、機能性部材料事業、光学・システム事業などを手がける企業で、水素ガス発生装置の大手メーカーとしても知られています。
マクセルでは、1982年に固体高分子電解質膜形水電解セルを商品化し、1989年に水素・酸素混合ガス発生装置、1996年に水素ガス発生装置を商品化するなど、早い段階から水素関連の事業に着手しており、これらの商品は、さまざまな分野において数多くの販売実績を有しています。
具体的な用途としては、洗浄用や飲料用の水素水、ダイヤモンド合成や薄膜シリコン合成の水素源のほか、再生可能エネルギーを水素に変換させるシステムとしても活用されており、その需要はますます拡大していくと見られています。
3-4. テクニスコ(2962)
「テクニスコ」は、金属・ガラス・シリコン等の精密加工部品製造メーカーで、2023年9月、岡山大学・学術研究院ヘルスシステム統合科学学域の紀和利彦教授と共同で、室温で動作可能な高感度水素センサーを開発したことを発表しました。このテクノロジーは、FCVや燃料電池などの安全性の向上に貢献するものだということで、今後広く普及することが期待されています。
また、2024年7月には、この開発案件が令和6年度予算「成長型中小企業等研究開発支援事業」(Go-Tech事業)の採択テーマに選ばれたことが明らかになり、これを受けて今後開発がさらに加速していくことが予想されています。
3-5. 日本精線(5659)
「日本精線」は、大阪府大阪市中央区に本社を置くステンレス鋼線のトップメーカーとして知られる企業で、燃料電池用をはじめ高純度水素ガスの製造、精製分野に適用可能なパラジウム合金圧延箔を使った水素分離膜モジュールの開発に成功したことで知られています。
このモジュールは、独自の金属フィルター加工技術との融合により作製されるもので、水素ステーションの水素製造装置や家庭用燃料電池の水素精製プロセス、半導体産業で使用される超高純度水素ガス精製分野などでの需要が期待されています。
3-6. NOK(7240)
「NOK」とは、自動車部品、電子部品などを製造・販売する総合部品メーカーで、水素社会の実現に貢献できるよう、「つくる」、「ためる」、「はこぶ」、「つかう」それぞれの分野で活躍する新製品・新技術の開発に取り組んでいます。
具体的には、燃料電池に利用される水素、酸素、水蒸気および冷却水用のセルシール部材のほか、燃料電池に供給する水素ガスの圧力を調整する「水素制御ソレノイドバルブ」、低温環境や高圧部位などの条件で使用できる「耐水素用Oリング」などを手がけており、将来性が有望視されています。
4. まとめ
政府は「2050年カーボンニュートラル」の実現を目指して脱炭素への取り組みを強化しており、その一環として「水素基本戦略」や「水素社会推進法」など、水素にフォーカスした政策を推進しています。こうした状況を受けて、今後、水素関連のサービスや製品の需要がさらに拡大することを見越し、国内でも水素関連の事業を手がける企業に特に大きな関心が集まっています。
中でも、今回紹介した銘柄は、事業内容や実績などから考慮しても、投資における注目銘柄であると言えるため、脱炭素関連の銘柄を探している方はぜひ参考にしてみてください。
中島 翔
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