DAC(直接空気回収)とは?カーボンニュートラル達成に向けた新しいアプローチ

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一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12)に解説していただきました。

目次

  1. DACとは
    1-1.DACの概要
    1-2.DACが注目される背景
  2. DACの仕組み
    2-1.空気の吸引
    2-2.二酸化炭素の捕捉
    2-3.二酸化炭素の分離と回収
    2-4.二酸化炭素の貯蔵または利用
  3. DACのメリットとデメリット
  4. DACをめぐる国内の動きや現状
    4-1.経済産業省「DACワーキンググループ」
    4-2.DACの市場規模予測
    4-3.DACの実証や商用化
  5. まとめ

日本を含む世界では、2050年までのカーボンニュートラル達成を目標として掲げており、これに向けてさまざまな対策が講じられています。その一方で、今のままのペースでは、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの排出量をどれだけ抑えたとしても目標を達成することは難しいと言われています。

こうした問題を解決する糸口になると期待されているのが、今回紹介する直接空気回収技術「DAC」です。DACは、大気中から直接二酸化炭素を回収する技術のことを指し、過去の排出によってすでに大気中に蓄積された二酸化炭素についても削減可能なことなどから、カーボンニュートラルに大きく貢献すると関心を集めています。

今回は、DACについて、その概要や仕組み、メリットなどを詳しく解説していきます。

①DACとは

1-1.DACの概要

「DAC」とは、「Direct Air Capture」の頭文字を取ったもので、日本語では「直接空気回収技術」と呼ばれています。

具体的には、大気中から二酸化炭素を直接分離・回収する技術のことを指し、地球温暖化を緩和するための重要な手段として注目を集めています。DACでは、大気中の二酸化炭素を吸着剤や化学反応を用いて捕捉および回収し、回収された二酸化炭素は、再生可能エネルギーや廃棄物エネルギーとして利用されたり、地中貯留によって大気中の二酸化炭素濃度の削減に用いられたりします。

この他、二酸化炭素を分離・回収し地中などに貯留する「CCS(Carbon dioxide Capture and Storage」とあわせた「DACCS」と呼ばれる方法も関心を集めており、脱炭素社会への重要なソリューションとして位置付けられています。二酸化炭素の分離・回収技術の研究開発をはじめ、大規模な実証研究も進められており、日本国内においても、物理吸着法、化学吸収法、膜分離法、電気化学法等の分離・回収技術の研究が行われるなど、実用化に向けて積極的な取り組みが実施されています。

1-2.DACが注目される背景

DAC(直接空気回収技術)が注目される背景には、地球温暖化をはじめとする気候変動問題の深刻化と、それに対する国際的な取り組みの強化があります。近年は気候変動による影響がますます顕著になっており、異常気象や自然災害の頻発、海面上昇などが地球規模で確認されています。こうした気候変動問題の影響を食い止めるには、二酸化炭素の排出削減だけではなく、大気中にすでに存在している二酸化炭素を除去する技術が必要であるという考え方が広がっており、こうした中でDACが重要なソリューションとして期待されているのです。

このほかに、国際的な気候政策の強化もDACが注目される理由の一つであると言えるでしょう。2015年にパリで開催された、温室効果ガス削減に関する国際的取り決めを話し合う「国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)」では、気候変動問題に関する国際的な枠組みである「パリ協定」が採択され、温室効果ガス排出削減(緩和)の長期目標として、気温上昇を2℃より十分下方に抑えるとともに1.5℃に抑える努力を継続すること、そのために今世紀後半に人為的な温室効果ガス排出量を実質ゼロとすること(排出量と吸収量を均衡させること)が掲げられました。このパリ協定を受けて多くの国が二酸化炭素排出削減目標を掲げており、DACはこうした目標を補完する技術としても注目されているのです。

さらに、各国政府や国際機関は、DACを含む先進的な二酸化炭素削減技術の開発と普及を支援する政策を打ち出しており、こうした動きもDAC普及への追い風となっています。

②DACの仕組み

2-1.空気の吸引

DACシステムは、まず大量の空気を吸引することからスタートします。大気中の二酸化炭素濃度は約0.04%と非常に低いため、膨大な量の空気を処理する必要があります。そのため、DACシステムでは、強力なファンや吸引装置を用いることによって、効率的に空気の取り込みが行われており、このプロセスを経ることで、大気中からの二酸化炭素の捕捉を可能にしています。

2-2.二酸化炭素の捕捉

次に、上記で吸引された空気を、特殊なフィルターまたは吸収材に通すことによって、二酸化炭素を捕捉します。

一般的に使用される吸着材としては、水酸化ナトリウム(NaOH)やアミンが挙げられ、これらの吸着材は、空気中の二酸化炭素と化学反応を起こし、固体または液体の形で二酸化炭素を捕捉します。水酸化ナトリウムを用いた場合、次のような化学反応が発生します。

CO2 + 2NaOH → Na2CO3 + H2O

この反応により、二酸化炭素は炭酸ナトリウム(Na2CO3)の形で吸着材に取り込まれるというわけです。

2-3.二酸化炭素の分離と回収

次に、捕捉された二酸化炭素を吸着材から分離するために、加熱や圧力の低下といった処理が行われ、これによって純粋な二酸化炭素として分離および回収が可能となります。このプロセスにおける吸着材は再利用可能であるため、持続的な運用が可能だということです。そして、回収された二酸化炭素は圧縮され、液体状態となることで、より容易な輸送および貯蔵を実現しています。

2-4.二酸化炭素の貯蔵または利用

上記のプロセスを経て回収された二酸化炭素は、いくつかの方法で処理されます。

最も一般的な方法の一つは、CCS(Carbon Capture and Storage)技術による地下貯蔵です。この方法は、回収された二酸化炭素を地下深くの岩層や枯渇した油田、ガス田に注入し、永久的に貯蔵するものとなっており、地層を適切に選定し、適正な管理を行うことによって、貯留した二酸化炭素を1,000年にわたって閉じ込めることができると言われています。

また、二酸化炭素を再利用するCCU(Carbon Capture and Utilization)技術も広く用いられています。この方法は、二酸化炭素の排出削減だけでなく、捕捉した二酸化炭素を有価値な製品やエネルギー源に変換することを目的としており、気候変動対策の一環として、サスティナブルな経済の実現に向けて重要な役割を果たすとされています。

③DACのメリットとデメリット

メリット

「DAC(直接空気回収技術)」のメリットとしては、下記のようなものが挙げられます。

①温室効果ガス削減の効果

DACの最大のメリットは、大気中の二酸化炭素を直接削減できることです。

二酸化炭素は地球温暖化の主な原因であり、大気中の二酸化炭素濃度が増加することによって温室効果が強まり、気候変動が加速します。これまでの二酸化炭素削減方法は、主に排出源対策(例:工場や発電所の排ガス処理)に依存していましたが、DACはこれらの特定の排出源に依存せず、大気全体から二酸化炭素を取り除くことができるため、過去の排出によってすでに大気中に蓄積された二酸化炭素も削減することが可能です。

②地理的柔軟性

DAC技術は設置場所に大きな制約がないため、空気のある場所であればどこでも導入することができるというメリットがあります。排出源近くでのみ効果を発揮するこれまでの二酸化炭素捕捉技術とは異なり、DACは都市部、農村部、さらには砂漠地帯や海洋近くなど、さまざまな場所に設置できます。この柔軟性は、二酸化炭素排出が少ない地域や、自然災害が頻発する地域でも効果的な削減手段を提供することができるとして、注目されています。

③再生可能エネルギーとの相性

DACシステムの運用にはエネルギーが必要ですが、太陽光や風力、水力などといった再生可能エネルギーを活用することによって、カーボンフットプリントを最小限に抑えることができます。また、再生可能エネルギーと組み合わせることで、DACの運用自体がカーボンニュートラルとなり、さらに環境負荷を低減することが可能なため、クリーンエネルギーの利用拡大と気候変動対策というシナジー効果を生み出すことができます。

④環境負荷の低減

DAC技術は、他の二酸化炭素削減手段と比べて環境への影響が少ないという特徴があります。例えば、森林伐採や土地利用の変化を伴う手段と異なり、DACは既存の土地利用に大きな影響を与えることなく、二酸化炭素削減を実現できるほか、地下貯蔵などの方法を用いることによって、長期的かつ安全に二酸化炭素を処理することが可能です。

デメリット

「DAC(直接空気回収技術)」のデメリットとしては、下記のようなものが挙げられます。

①コストが高い

現時点で、DAC技術は非常に高コストだと言われています。実際、二酸化炭素の捕捉、分離、回収、そして最終的な貯蔵または利用には大規模な設備投資と運用費用がかかり、特に、二酸化炭素を効果的に捕捉するための化学薬品や材料、そしてこれを再生するためのエネルギーコストがかなり高額となっています。そのため、こうしたコスト面での課題を克服できない限り、商業的に大規模な展開を行っていくには難しい状況にあります。

②エネルギー消費量

DAC技術は大量のエネルギーを消費することで知られています。二酸化炭素を吸着材に吸着させ、その後分離・回収するプロセスでは、高温や低圧といった条件が必要であり、大きなエネルギーが必要となります。そのため、DACシステムの運用には再生可能エネルギーの利用が推奨されていますが、それでもエネルギー供給の安定性が課題となっています。

③インフラの必要性

DACシステムの導入には、二酸化炭素の輸送および貯蔵のための新たなインフラが必要であり、二酸化炭素を捕捉した後、それを安全に貯蔵するための地層や、再利用するための産業施設が不可欠です。しかし、これらのインフラの構築と維持には莫大な時間やコストがかかるほか、適切な場所の選定や安全性の確保も課題となっています。

④DACをめぐる国内の動きや現状

4-1.経済産業省「DACワーキンググループ」

DACをめぐる国内の動きとしてまず挙げられるのが、経済産業省の「DACワーキンググループ」です。経済産業省は2023年に「ネガティブエミッション市場創出に向けた検討会」を開催してきましたが、2024年1月、同検討会の下に「DACワーキンググループ」を設置し、下記の4点に関する検討を行っています。

  1. 国内外におけるDACのルール形成に関する動向
  2. DACのライフサイクル評価及び算定方法論の開発
  3. DAC市場創出に向けて必要なルールの開発や、国際動向を踏まえた発展の方向性
  4. その他、DAC市場創出に向けた今後の取り組み方針

2024年7月時点ですでに計6回のワーキンググループが開催されており、最も新しい2024年6月28日に行われた会では、課題と取り組みの方向性や、今後のロードマップ(案)について議論が行われました。具体的には、排出削減目標達成への貢献に加え、国内産業競争力の強化を目的として、国内でDAC産業を創出するため、下記にあげる3つの視点から今後の課題と取り組みの方向性が整理されました。

①DACの技術開発を加速する

  • 適地を活用した早期実証
  • 革新性の高い技術の研究開発

②DACの価値が評価される環境を整える

  • クレジット創出環境の整備
  • 我が国の排出削減に貢献するための環境整備
  • 海外実施時の価値移転

③DACCS/DACCU需要を拡大する

  • 官民双方でのDAC需要拡大

このほか、今後のロードマップ(案)については、短期と長期に分けて下記のようなビジョンが掲げられました。

  • 短期
    ・国内では直接利用やコンクリートへの固着等から市場投入、既存CO2利用の代替。
    ・再エネ等の脱炭素電源やCO2貯留地が豊富な適地での大規模スケール実証を実施。
    ・サプライチェーンの一部から、先行する海外DACCS市場へ早期参入。
  • 長期
    ・さらなるスケールアップの実現と大規模DACCS実施。
    ・国外CCSポテンシャルも活用したDACCSサプライチェーンの構築。
    ・相当調整等の実施により、海外DACCSも含めて我が国のNDC貢献に活用。

4-2.DACの市場規模予測

国際的な専門家で構成された、地球温暖化についての科学的な研究の収集、整理のための政府間機構「IPCC(気候変動に関する政府間パネル)」から公表された「第6次評価報告書(AR6)」によると、2050年前後における日本の残余排出量は、年間約0.5~2.4億トンと推定されており、カーボンニュートラル達成には年間数億トンの二酸化炭素除去(CDR)が必要になると考えられています。

また、安価でクリーンなエネルギーを提供するための諮問機関「国際エネルギー機関(IEA)」によると、2050年ネットゼロの達成には世界全体で2030年には年間9千万トン、2050年には年間9.8億トンのDACによる二酸化炭素の回収が必要と推計されており、2030年には年間およそ400億ドル、2050年には年間およそ1,200億ドルのDAC投資が見込まれています。

なお、現段階におけるDACCSコストについては、適用技術や実施条件によって400ドル~1,000ドル/tCO2ほどとなっていますが、将来的には、年間100万トン規模の達成時点で150ドル~600ドルほど、2050年には100ドル前後がコスト目標および見通しとして示されていることが多くなっています。

4-3.DACの実証や商用化

既存のDAC技術は、二酸化炭素の回収プロセスにおいて多量のエネルギーが必要となることから、DACCSは再エネ電源が豊富かつ安価であり、CCS制度やインフラが十分に整備されている北米や北欧、豪州などにおいて大規模な実証および商用化が進んでいます。

しかしその一方、日本国内におけるCCSの事業化は2030年以降と見込まれているほか、再エネ電源もまだまだ限定的となっているため、現時点では国内でDACCSを実証および商用化できる状況ではないと言われており、ベンチスケール実証に留まっている状況です。こうした状況を受けて、前述したDACワーキンググループでは、DAC技術の社会実装のパターンについて、技術と実施場所という観点から類型化が行われました。

DAC産業全体に目を向けると、DACCSやDACCU自体を行う事業主体のほかに、触媒などの部素材やプラント設計・建設、認証といった事業をサポートする多数の事業者が存在しており、特に、国内には部素材において高い技術を有する企業が多く、こうしたサプライチェーンの一部から、国内企業によるDAC事業への参画が始まると考えられています。

⑤まとめ

DAC技術は、大気中の二酸化炭素を直接除去することができる革新的な方法であり、地球温暖化の緩和に向けた重要な手段とされています。これまでの削減方法にはあまりなかった地理的柔軟性を持っているほか、再生可能エネルギーとの相性もいいなど多くのメリットがあるため、その実用化が期待されています。

しかし一方で、コストが高いことやエネルギー消費量の問題、インフラ整備の必要性などといったデメリットも存在するため、政府や企業、研究機関が協力し、技術革新を行うとともに、こうした課題の克服を図っていくことが不可欠と言えるでしょう。

2050年のカーボンニュートラルに向けて世界が動いている中、DAC技術は今後の日本にとっても重要なソリューションになると予想されるため、経済産業省の「DACワーキンググループ」をはじめとする最新の動向を引き続きチェックしていきたいと思います。

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中島 翔

一般社団法人カーボンニュートラル機構理事。学生時代にFX、先物、オプショントレーディングを経験し、FXをメインに4年間投資に没頭。その後は金融業界のマーケット部門業務を目指し、2年間で証券アナリスト資格を取得。あおぞら銀行では、MBS(Morgage Backed Securites)投資業務及び外貨のマネーマネジメント業務に従事。さらに、三菱UFJモルガンスタンレー証券へ転職し、外国為替のスポット、フォワードトレーディング及び、クレジットトレーディングに従事。金融業界に精通して幅広い知識を持つ。また一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う。証券アナリスト資格保有 。Twitter : @sweetstrader3 / Instagram : @fukuokasho12