今回は、ブロックチェーンを利用したESGテーマの資金調達について、大手仮想通貨取引所トレーダーとしての勤務経験を持ち現在では仮想通貨コンテンツの提供事業を執り行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / Instagram : @fukuokasho12)に解説していただきました。
目次
- ESGとは
1-1.ESGの概要
1-2.ESGの構成要素
1-3.世界中で展開されているESG投資
1-4.SDGsとの違い - ブロックチェーンとESG
2-1.ESGにおけるブロックチェーンの役割
2-2.ブロックチェーンを利用した資金調達の実例 - ブロックチェーンで資金調達を行う利点
3-1.やりとりの効率化が可能
3-2.透明性が確保される
3-3.自動化が可能 - 今後の展開
4-1.ブロックチェーンを利用した資金調達の普及
4-2.ESGのさらなる広がり - まとめ
近年、世界中で環境問題や社会問題の解決に向けたさまざまな取り組みが行われており、同時にESGおよびESG投資に対する関心もますます高まっています。
そんな中、ブロックチェーン・テクノロジーを利用し、ESGをテーマとする資金調達を実施しようとする動きが活発化しています。
そこで今回は、今話題のブロックチェーンを利用したESGテーマの資金調達について、その概要や実例、今後の動向などを詳しく解説していきます。
①ESGとは
1-1.ESGの概要
ESGとは、環境を意味する「Environment」、社会を意味する「Social」、ガバナンスを意味する「Governance」という三つの英単語の頭文字を組み合わせて作られた言葉のことを指します。
私たちが暮らす地球上では現在、温暖化や水不足をはじめとする環境問題や、人権問題や差別といった社会問題など、さまざまな課題が浮き彫りになっています。そんな中、2006年に国際連合によって「PRI(責任投資原則)」と呼ばれるイニシアティブが提唱されたことをきっかけとして、ESGおよびESG投資に対する社会の注目が集まりました。以来、ESGは企業が長期的に成長するために重要な要素であると考えられており、経営においてESGが示す三つの観点について配慮ができていない企業は、投資家などから企業価値毀損のリスクを抱えているとみなされるようになりました。
このようなことから、ESGに十分に配慮した取り組みを進めていくことは、企業にとって長期的な成長を支える経営基盤のさらなる強化につながると考えられています。
1-2.ESGの構成要素
具体的にESGの構成要素としてあげられる事例は、下記の通りとなっています。
Environment(環境)
- 自然生態系への配慮や、生物多様性の保護に対する取り組み
- 気候変動への緩和策または対応策の実施
- 「CO2」をはじめとする温室効果ガスの削減に対する取り組み
- 水を含む資源の枯渇への対応 など
Social(社会)
- 人権に対する配慮
- ジェンダーの平等
- 児童労働に加担していないかどうか
- 積極的な労働環境の改善 など
Governance(企業統治)
- 企業コンプライアンスの遵守
- 積極的な情報の開示
- 社外取締役の設置
- 役員会の独立性の担保 など
1-3.世界中で展開されているESG投資
近年、ESGを考慮した「ESG投資」と呼ばれる投資概念が世界中で大きな注目を集めており、一種のトレンドとなっています。
これまでの株式市場においては、財務情報を重視して投資先を決定するという考え方が主流となっていましたが、最近では超長期的な運用を行っている機関投資家から、企業経営の「持続可能性」を評価する指標として、ESGが注目されるようになりました。
機関投資家は国の年金の運用を行っている機関をはじめ、保険会社や信託銀行などといった、個人投資家とは桁違いの大きなお金を動かす投資のプロ集団であるため、その分市場における影響力は甚大なものとなっています。2018年5月時点で、世界各国における約2,000にも上る機関投資家が「PRI(責任投資原則)」に賛同する考えを示しており、実際に日本「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」も2015年に署名を行っているなど、このイニシアティブに署名している機関投資家の数は年々増加している状況です。
このような動きの中、ESG投資をさらに重視する流れが世界的に広がりを見せているため、ESGを無視した経営を行っている企業は今後の資金調達がかなり難しくなってくると考えられます。前述の通り、機関投資家は個人投資家と比べてその規模が桁違いであるため、多額の資金を必要としている企業にとっては、このような大口の機関投資家に投資対象として選択してもらえないというのは、経営を進めていく上で大きな懸念材料となります。そのため、近年は各企業がESGをより一層重視しており、ESGを意識した事業に取り組みながらその進捗状況を積極的に情報公開するといった動きが拡大しています。
このように、これまでの投資家が重要な投資基準として考えていた、企業における収益やキャッシュフローなどの財務情報のみならず、非財務情報である「E(環境)・S(社会)・G(企業統治)」の観点から、企業の持続可能性を評価していくのがESG投資の最大の特徴となっています。
1-4.SDGsとの違い
ESGとよく引き合いに出される言葉として、「SDGs」があります。SDGsとは「Sustainable Development Goals」の頭文字を組み合わせて作られた言葉で、日本語では「持続可能な開発目標」と訳されます。
SDGsは2001年に策定された「ミレニアム開発目標(MDGs)」の後継として、2015年9月の国連サミットで加盟国の全会一致で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載されており、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指すことを示した国際目標となっています。SDGsは近年急速にその知名度を高めており、日常生活の中でも目にする機会が多くなっているように思われます。
そんなSDGsと今回解説するESGはどちらも国連から誕生した言葉となっており、環境への配慮や社会規範の強化をするといった面においては性質がかなり似ています。しかしその一方で、両者には根本的な目的に大きな違いがあることを忘れてはいけません。ESGはあくまでも投資を実施する際の企業の選択基準であり、投資をする側としては長期的な資産運用を行っていくための重要な指標となります。そして反対に、企業側としては投資家に評価してもらえるための取り組みを推進することを指します。
企業が選ばれるために行う活動はSDGsに則したもので、その活動をサポートする投資は結果的にSDGsの達成にもつながっていくというわけです。つまり、簡単に言えば、ESGとは「投資家がSDGsを達成するために投資をする際の観点」と考えることができます。ESGの根本には「投資」というキーワードがあるのに対し、SDGsは「投資」や「資産」などといった限定的な考え方とは異なり、教育や福祉、エネルギーや経済、また貧困や飢餓、人権や環境問題といったさまざまな課題に対して世界が共通に取り組むべき目標のことを言い、このような点において両者には決定的な違いがあるというわけです。
②ブロックチェーンとESG
2-1.ESGにおけるブロックチェーンの役割
一般的に、企業のESGへの取り組みは事業計画に記載されるかたちで目標が公開され、その後決算資料などにおいて結果が公表される流れとなっています。
しかし、そこで課題となってくるのが、ESGについての目標の数値化が困難なこと、そして目標に対する達成度の測定がしにくいことです。財務目標などに関しては数字で管理されているためこのような問題は発生しませんが、ESG計画を実行した結果は企業にとって極めて管理しづらいものとなっています。無論、大企業は事業計画として公表した目標に対してその結果を審査される機会が比較的頻繁に存在するため、実行の結果がより正確に検証されるなど、ESG活動を体外的にうまく発信することが可能と言えます。
しかしその一方で、中小企業は正確な活動内容を審査される機会が少なく、その証明を行うことも困難な環境にあるため、ESG活動を積極的に行っていたとしても、その活動を最大限に発信していくことが比較的難しいという現状があります。
そんな中、改ざんやコピーが難しく、半永久的なデータ保存が可能なブロックチェーン・テクノロジーを用いることで、大企業だけでなく中小企業もESGに対して正しい評価を獲得できるようになり、SDGsの達成により近づくことができるのではないかと言われています。
このように、ブロックチェーン・テクノロジーによって各企業のESGに対する取り組みを確実に証明することができるほか、デジタル署名などを駆使することでESGの取り組みが監査証明されたことをブロックチェーンに記録できるなど、これまで企業が抱えていたESGについての課題の解消が可能になるというわけです。
2-2.ブロックチェーンを利用した資金調達の実例
ここでは、ブロックチェーン・テクノロジーを利用したESGテーマの資金調達について、その実例を紹介していきます。
2018年4月17日、オーストリアを拠点とする大手電力会社「フェアブント(Verbund AG)」が、世界初となるブロックチェーン・テクノロジーを活用した「グリーン・シュルトシャイン(Grüner Schuldschein)」による資金調達を成功させ、大きな話題となりました。
そもそもグリーン・シュルトシャインとは、別名「債務証書」とも呼ばれるドイツ法に基づいたローンのことを指し、調達資金の使途を「環境に配慮したプロジェクト」と定める、ESGに関連した金融商品として知られています。
今回フェアブントがブロックチェーン・テクノロジーを利用した資金調達を実施した背景に一つとして、電力業界におけるブロックチェーン・テクノロジーの積極的な活用が挙げられます。電力業界は金融業界と並んで特にブロックチェーンの活用が進んでいる分野であると言われており、最近では、発電や送配電、小売といった領域を中心として、さまざまなシーンであらゆる活用手法が検討されています。
このように、世界各国の電力会社が新たなブロックチェーンを駆使した新たな取り組みを始めていますが、日本も例外ではありません。実際、2017年7月には「東京電力ホールディングス」がドイツの大手電力会社として知られる「イノジー(Innogy SE)」と共同でブロックチェーン・テクノロジーを駆使した P2Pプラットフォーム事業を立ち上げ、ドイツでの事業展開をスタートしています。
つまり、電力業界ではブロックチェーンの将来性に対してある程度の認識が進んでおり、その流れから資金調達においてもブロックチェーンを活用しようという動きが生まれたというわけです。
このフェアブントのグリーン・シュルトシャインでは、ドイツの大手資産運用会社である「アリアンツ・グローバル・インベスターズ(Allianz Global Investors GmbH)」、オーストリアの大手保険会社である「ウニカ(UNIQA Österreich Versicherungen AG)」、そしてドイツの「フランクフルト貯蓄銀行(Frankfurter Sparkasse)」といったかなり大手の機関投資家が投資を行ったということです。
なお、フェアブントの報告によると、ブロックチェーン・テクノロジーを活用したことによって調達関連のコストを約15%削減できたということです。また、アレンジャーのヘラバによると、同技術によって調達関連コストを最大で40%削減することが可能ということで、今後の資金調達においてブロックチェーンの活用が広がることが予想されています。
このフェアブントによる資金調達は、ESG市場に参加する人々に大きな影響を与える結果となっており、今後も革新的な進化を遂げると予想されるESGやフィンテックの分野において、金融市場関係者による新たな取り組みが進められていくと見られています。
③ブロックチェーンで資金調達を行う利点
ここでは、フェアブントの事例を参考に、資金調達にブロックチェーンを利用することのメリットを解説していきます。
3-1.やりとりの効率化が可能
これまでの資金調達では、発行体や投資家、アレンジャーや法律事務所、格付会社などといった調達案件の関係者がそれぞれで情報のやり取りを行うことが一般的だったため、全体的な作業効率があまりよくありませんでした。
しかし、イーサリアムベースのシュルトシャイン発行用デジタル・プラットフォーム「VCトレード」を用いることで、関係者同士の一括のやり取りが可能となり、大幅な効率化が実現しました。
3-2.透明性が確保される
VCトレードのシステムを活用することで、資金調達の各種書類に関しての必要な追記や修正などを関係者同士で随時確認しながら進めることができるため、プロセス全体におけるリアルタイムの進捗を同時に共有することが可能となりました。
このことから、これまで時間やコストをかけていた共有作業を最大限簡略化することができるだけでなく、プロセスの透明性を確保することにも成功しています。
3-3.自動化が可能
VCトレードでは、「応募(サブスクリプション)」や「割当て(アロケーション)」などがアルゴリズムに基づいて自動的に処理されるため、これまで一つ一つ手作業で行われていた作業を自動化することが可能となりました。
このことから、作業の工程数が大幅に縮小され、より正確で効率の良い資金調達が可能となりました。
④今後の展開
4-1.ブロックチェーンを利用した資金調達の普及
前述のように、ブロックチェーンを利用した資金調達にはさまざまなメリットがあり、中でも調達関連のコストを抑えることが可能になるという点では、調達規模が比較的小さい中小企業でも資金調達に積極的に取り組むことができるなど、今後の各分野の産業発展にいい影響を与えると見られています。
このように、今後はブロックチェーン・テクノロジーを利用した資金調達がさらに普及していくと予想されており、各業界から大きな注目を集めています。
4-2.ESGのさらなる広がり
ESGは年々その注目度を増しており、企業投資における重要な指標の一つとなっています。実際、2015年末時点で約662億ドルであった世界全体の投資額は、2021年末には約9,281億ドルにまで拡大するなど、ESG市場が急速な拡大を見せています。
このような状況の中、ESGをテーマとした資金調達はかなりの高確率で今後もその規模を拡大していくと見られており、分野を問わずさまざまな企業に導入されていく見込みです。
⑤まとめ
ESGは近年特に急速な広がりを見せており、投資家および企業ともに注目する重要な投資概念となっています。これまでのESG投資には、今回紹介したいくつかの課題点が存在しましたが、ブロックチェーン・テクノロジーを駆使することによってこれらの課題を解消することができると、各業界から大きな期待が寄せられています。
フェアブントの実例などもあり、今後のESG投資はブロックチェーン・テクノロジーとともに市場規模をさらに拡大していくと見られているため、引き続きその動向に注目していきたいと思います。
中島 翔
最新記事 by 中島 翔 (全て見る)
- 脱炭素に向けた補助金制度ー東京都・大阪府・千葉県の事例 - 2024年10月22日
- 韓国のカーボンニュートラル政策を解説 2050年に向けた取り組みとは? - 2024年10月7日
- NCCXの特徴と利用方法|ジャスミーが手掛けるカーボンクレジット取引所とは? - 2024年10月4日
- Xpansiv(エクスパンシブ)とは?世界最大の環境価値取引所の特徴と最新動向 - 2024年9月27日
- VCMIが発表したScope 3 Flexibility Claimとは?柔軟なカーボンクレジット活用法を解説 - 2024年9月27日