今回は、AirCarbon Exchangeについて、一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / Instagram : @fukuokasho12)に解説していただきました。
目次
- AirCarbon Exchangeとは
1-1.AirCarbon Exchangeの概要
1-2.カーボン・クレジットとは - ブロックチェーンが解決するカーボン・クレジット市場の課題
2-1.トレーサビリティの確保
2-2.カーボン・クレジットの多重カウントや詐欺の防止 - AirCarbon Exchangeでのブロックチェーン活用方法
3-1.ハイブリッドな分散型プラットフォーム
3-2.6種類のトークン化されたカーボン・クレジットを提供 - AirCarbon Exchangeの特徴
4-1.コストを最小限に抑えることができる
4-2.デベロッパーはロイヤリティとしてインセンティブを受け取れる
4-3.世界中にクライアントが存在する
4-4.大規模な資金調達を完了
4-5.業界で豊富な経験を有するプロジェクトチーム - まとめ
近年、気候変動問題などの観点から、世界中において脱炭素への取り組みが進められています。そんな中、シンガポールを拠点とするAirCarbon Exchange(エアカーボン・エクスチェンジ)は、初の国際的なカーボンクレジット取引所を展開しており、注目を集めています。
今回は、AirCarbonExchange(ACX)ついて、詳しく解説していきます。
①AirCarbon Exchangeとは
1-1.AirCarbon Exchangeの概要
AirCarbon Exchange(エアカーボン・エクスチェンジ)とは、2019年に設立されたシンガポールに拠点を構えるデジタル取引所です。AirCarbon Exchange(ACX)は初の国際的なカーボン・クレジット取引所として、トークン化されたクレジットをブロックチェーン上において管理しており、ユーザーはプラットフォーム上でそれらを自由に取引することが可能となっています。2022年11月時点に、企業体、金融トレーダー、炭素プロジェクト開発者、およびその他の業界関係者で構成される 150以上の顧客基盤を有しています。
ACXは、世界のボランタリーカーボン*マーケット(VCM)に関する最も注目されている調査、Environmental Financeのマーケットランキングで、2年連続 (2021年、2022年)で、世界のベストカーボンエクスチェンジとして認められました。また、ACX はWired UK とPublicis Sapient(ピュブリシス・サピエント)の「グローバルエナジーテックアワード」で「エネルギー取引におけるベストソリューション」にも選ばれています。
*ボランタリーカーボンマーケット(VCM):自主的炭素市場」と呼ばれる、炭素汚染削減者と排出者の間の取引を促進する市場
近年、世界中で「持続可能な開発目標」である「SDGs」が提唱されているほか、日本国内においても2050年までに二酸化炭素の排出を実質ゼロにすることを目指す「2050年カーボン・ニュートラル」が進められています。そんな中、このカーボン・クレジットにもますます注目が集まっており、その推定需要は2030年までに15倍以上増加することが見込まれ、市場全体ではおよそ500億ドル以上の規模になるとの予測が立てられています。
このように、カーボン・クレジットの市場規模が急速に拡大している中、それらを自由に取引できるAirCarbon Exchangeにも大きな期待が寄せられています。
1-2.カーボン・クレジットとは
カーボン・クレジットとは、二酸化炭素をはじめとする「温室効果ガス」の排出削減量を示す証明書のことを指し、別名「炭素クレジット」とも呼ばれています。
具体的には、企業が森林の保護や植林、また省エネルギー機器導入などを実施することによって発生した二酸化炭素などの温室効果ガスの削減効果を「クレジット(排出権)」として発行することで、他の企業や個人との間で取引できるようにする仕組みのことを言います。あらゆる削減努力を講じてもどうしても削減しきることが難しい温室効果ガスに関しては、その排出量に合わせてカーボン・クレジットを購入することで排出量の一部を相殺し、穴埋めすることが可能となっており、これを「カーボン・オフセット」と呼びます。
このような仕組みは主にヨーロッパを拠点とする企業において特に活発に取り入れられていますが、最近では前述したSDGsの普及などを受けて、日本国内においても導入の動きがますます拡がっています。実際、国際開発金融機関である「世界銀行」によると、2030年を目処として、政府主導の規制の枠組みのもとで設立されたカーボン市場とは異なる、民間主導の「ボランタリー・カーボン・クレジット」の市場規模はおよそ20兆円にまで到達すると見込まれています。
このように、カーボン・クレジット市場は現在急成長を遂げており、その取引環境の整備および改善にも注目が集まっています。
②ブロックチェーンが解決するカーボン・クレジット市場の課題
2-1.トレーサビリティの確保
カーボン・クレジット市場が抱える大きな課題の一つとして、不透明な取引や価格決定プロセスが挙げられます。
カーボン・クレジットは相対取引が中心となっているため、取引相手を確保することが比較的難しいほか、売買高や価格などの取引についての情報も限られており、クレジットの発行から売買、保有、そしてオフセットまでの一連のトレーサビリティが十分に確保できていない状況となっています。また、カーボン・クレジットの価格がその質と適切に結びついていないという声が多くあるものの、現時点ではクレジットの価値を客観的に評価する絶対的な基準が存在しないため、価格決定プロセスが不透明であるという問題点があります。
このようなことから、温室効果ガスの削減プロジェクトに対するファンディングもつきにくく、供給不足の原因の一つとなっています。そんな中、ブロックチェーン技術を駆使することによって、オフセットに至るまでの全ての段階をブロックチェーン上に記録することが可能になるほか、誰もがその情報を参照することができるようになるため、トレーサビリティを十分に確保できるようになります。
さらには、より透明性の高い価格決定プロセスを実現できるようになるため、信頼性の担保された取引が可能になります。
2-2.カーボン・クレジットの多重カウントや詐欺の防止
カーボン・クレジット市場ではこれまで、同一の排出削減に基づく複数のクレジット発行や複数の使用などといった多重カウントや、実際は認証が行われていないクレジットを利用した詐欺的な取引などが問題視されてきました。
そんな中、ブロックチェーン技術を導入することによって、AirCarbon Exchangeでは認証を獲得しているクレジットのみが流通しているため、クライアントは詐欺のリスクを考えず、安心して取引を行うことが可能です。また前述の通り、それぞれのクレジットに関するトレーサビリティは全てブロックチェーン上に記録されるため、偽造や改ざんが極めて難しく、多重カウントを徹底的に防止することができるようになっています。このように、ブロックチェーン技術を活用することによって、クライアントがより安心して利用できる環境を実現しています。
③AirCarbon Exchangeでのブロックチェーン活用方法
3-1.ハイブリッドな分散型プラットフォーム
AirCarbon Exchangeはブロックチェーン技術を活用しつつ、従来の商品市場の中央オーダーブックを組み合わせたハイブリッドな分散型プラットフォームを構築。取引所のマッチングエンジンは、現在1秒あたり約 10,000のオーダーで取引をマッチングします。
具体的には、OTC(相対取引)での炭素取引に伴う複雑かつ面倒な手動プロセスを簡素化・自動化しています。ユーザーは実装されたスマートコントラクトを介して、システム上で透明性および真正性の担保された記録を使用して簡単に取引や決済を実行することができます。
このように、AirCarbon Exchangeは商品と担保を証券化できる未来のマーケットの代表として、証券化されたトークン取引へ新しいアプローチを生み出しており、ブロックチェーン技術を活用することによって、カーボン・クレジット市場のさらなる効率化を実現しています。
3-2.6種類のトークン化されたカーボン・クレジットを提供
ACXでは、炭素クレジットを取引可能なトークンとして証券化しています。特に、クレジットを提供する市場に基づいてトークンを構成します。取引所が保有する炭素クレジットは信託に保有され、トラストに入金されたクレジットに対して1つのデジタルレシートが存在します。
分野別にトークン化されたカーボン・クレジットは以下の6種類です。クライアントは自身のニーズにマッチしたクレジットを取引することが可能となっています。
1. AirCarbon CORSIA Eligible Tonne(CET)
「AirCarbon CORSIA Eligible Tonne(CET)」とは、「国際民間航空機関(ICAO)」によって確立された、2021 ~ 2023年におけるカーボン・オフセットおよび削減スキーム(CORSIA)適格のクレジットです。
2. AirCarbon Global Nature Tonne(GNT)
「AirCarbon Global Nature Tonne(GNT)」とは、自然に基づくソリューションに特に重点を置いたバイヤー向けに作成されたクレジットで、それぞれのGNTは林業などをはじめとする、自然に基づくプロジェクトによって生成されたクレジットを表しています。
3. AirCarbon Global Nature+ Tonne(GNT+)
「AirCarbon Global Nature+ Tonne(GNT+)」とは、GNTと同じく自然に基づくプロジェクトによって生成された炭素排出単位のことを指し、達成されたコベネフィットに対する追加の認証を伴うクレジットとなっています。
4. AirCarbon Sustainable Development Goal Tonne(SDGT)
「AirCarbon Sustainable Development Goal Tonne(SDGT)」とは、17の持続可能な開発目標である「SDGs」に沿った持続可能な開発によるベネフィットのための追加の認証、または登録承認ラベルを伴うクレジットのことを指します。
5. AirCarbon Renewable Energy Tonne(RET)
「AirCarbon Renewable Energy Tonne(RET)」とは、再生可能エネルギーに関連するプロジェクトから生成されたクレジットのことを指します。
6. AirCarbon Household Offset Tonne(HOT)
「AirCarbon Household Offset Tonne(HOT)」とは、少なくとも2つのSDGs要素があると認定された調理方法に関するプロジェクトから生成されたクレジットのことを指します。
④AirCarbon Exchangeの特徴
4-1.コストを最小限に抑えることができる
AirCarbon Exchangeでは、取引手数料が「1,000 tCO2e」あたり5ドルに設定されているため、ユーザーは取引にかかるコストを最小限に抑えることが可能です。一般的に、カーボン・クレジット業界ではトランザクションの10%から20%ほどを手数料として徴収することが多いですが、AirCarbon Exchangeの手数料はトランザクションの1%未満という、業界で最も低い水準を誇っています。
そのため、ユーザーはよりお得にカーボン・クレジット取引を行うことができ、実際に21年は第2四半期までにおよそ360万トンもの取引が実施されている状況となっています。
4-2.デベロッパーはロイヤリティとしてインセンティブを受け取れる
AirCarbon Exchangeでは、二次流通以降カーボン・クレジットが取引されるたびに、プロジェクトのデベロッパーに対してロイヤリティとしてインセンティブが付与されるシステムが採用されています。
そのため、デベロッパーは一時的な報酬のみならず、継続的なインセンティブを獲得することが可能となっています。
4-3.世界中にクライアントが存在する
AirCarbon Exchangeは世界中にクライアントが存在することでも知られています。実際、およそ30か国にも上る国で計160社以上の売り手および買い手を抱えており、売り手である世界のカーボンオフセットクレジット開発業者と買い手である世界の企業およびトレーダーが、日々取引を行っています。
そのため、AirCarbon Exchangeは常に高い流動性を維持しており、ユーザーにとって取引しやすい環境が整備されています。
4-4.大規模な資金調達を完了
AirCarbon Exchangeはすでに大規模な資金調達を完了していることでも知られています。具体的には、ドイツ取引所傘下の「欧州エネルギー取引所(EEX)」より、戦略的パートナーシップの一環として1000万ドルもの資金調達を受けたことが明らかになっています。さらに、直近の23年1月には脱炭素ベンチャーキャピタルファンドである「TRIREC」がリードする資金調達ラウンドにおいて、1500万ドルの資金調達に成功したことを発表しています。
このように、AirCarbon Exchangeは業界からの注目度が高い期待のプロジェクトであると言えるでしょう。
4-5.業界で豊富な経験を有するプロジェクトチーム
AirCarbon Exchangeのプロジェクトチームは、デジタル取引所、カーボン・クレジット取引、およびスタートアップの経験が豊富なエキスパートらによって構成されています。具体的には、アメリカとアジアの取引所および規制の枠組みにおいて合計30年もの経験を持つトーマス・マクマホン氏、そしてカーボン・クレジット市場のパイオニアとして知られるウィリアム・パゾス氏が共同CEO兼共同創設者となっているなど、業界に精通した人物が多く参加しています。
そのため、プロジェクトの信頼性が高く、クライアントは安心して利用することが可能です。
⑤まとめ
シンガポールを拠点とするAirCarbon Exchangeではブロックチェーン技術を活用することによって、カーボン・クレジット市場のさらなる効率化を実現しています。中でも、ブロックチェーンの性質を活かしたトレーサビリティの確保や、トークン化されたカーボン・クレジットの取り扱いなど、これまでのカーボン・クレジット市場における課題を解決する画期的なプラットフォームを提供しています。
カーボン・クレジット市場は今後ますますその規模を拡大していくと見込まれており、それに伴ってAirCarbon Exchangeのようなカーボン・クレジット取引プラットフォームに対する需要もさらに高まっていくことが予想されるため、引き続きその動向から目が離せなくなっています。
中島 翔
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