個人投資家の間でも、ESGに対する意識が高まってきています。「ステークホルダーエンゲージメント」という言葉を、聞いたことがある方もいるでしょう。
言葉は知っているけれど、具体的な取り組みやメリットについて知りたい方もいらっしゃるのではないでしょうか。
今回は、ESGに積極的に取り組んでいる花王の事例を元に、ステークホルダーエンゲージメントについて、具体的に見ていきたいと思います。
※本記事は2023年4月17日時点の情報です。最新の情報についてはご自身でもよくお調べください。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・ファンドへの投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、利用者ご自身のご判断において行われますようお願い致します。
目次
- ステークホルダーエンゲージメントとは
1-1.ステークホルダーの概要
1-2.エンゲージメントとステークホルダーエンゲージメント
1-3. ステークホルダーエンゲージメントはなぜ重要? - 花王の事例を紹介
2-1.花王のステークホルダー
2-2.どのステークホルダーとどんな対話をしているのか
2-3.具体的な取り組み事例 - まとめ
1.ステークホルダーエンゲージメントとは
そもそも、ステークホルダーエンゲージメントとは、どういうものなのでしょうか? ステークホルダーとエンゲージメントについて解説します。
1-1.ステークホルダーの概要
ステークホルダーを一言の日本語で表すと、企業の利害関係者です。たとえば、株主です。企業の業績が良く株価が上がれば利益を得られる一方、その逆なら損失を被りますので、株主はステークホルダーの一つです。
また、従業員もステークホルダーです。企業の業績の良し悪しで給料や賞与の額は変動し、経営危機になれば早期退職の募集なども考えられます。
顧客、取引先、地域社会や自治体、同業者も、企業活動によって利害があるため、ステークホルダーです。
1-2.エンゲージメントとステークホルダーエンゲージメント
エンゲージメントとは一般的に、何らかの関係を構築することを表します。一方で投資の世界では、株主(特に機関投資家)が企業に対して行う、建設的で目的を持った対話を指します。
もう少し噛み砕いて表現すると、株主と経営者が、どうしたらものごとが良くなるのか、積極的に有益な話し合いをすることです。
エンゲージメント単独では、株主と企業の関係を表すことに留まり、また対話の主体は機関投資家であると説明されることが多いようです。対して、ステークホルダーエンゲージメントは対話の主体が企業側であり、その相手もステークホルダー全体と多岐にわたります。
企業がESGに対する取り組みを進めるにあたって大切にしないといけないのが、世の中をよりよくしようという姿勢をもって、利害関係者としっかり対話をすることです。ステークホルダーエンゲージメントとは、まさにこのことを指す言葉です。
1-3.ステークホルダーエンゲージメントはなぜ重要?
それでは、ステークホルダーエンゲージメントの重要性はどういったところにあるのでしょうか。企業・投資家・顧客・社会全体の、それぞれの視点で見てみます。
まずは、企業側の視点で考えてみましょう。企業の社会的信頼やイメージの向上がステークホルダーエンゲージメントに取り組むメリットとして思い浮かびやすいかもしれませんが、それだけではありません。
ステークホルダーエンゲージメントとは、企業を取り巻く周囲の声をよく聴き、対話を行い、それに基づいた改善をしていくことを指します。真摯に取り組むことは、世の中のニーズに合った商品やサービス作りにも役立ち、長期的には企業の収益向上にもつながる可能性があることが想像できます。
次に、投資家側の視点です。例えば株式の投資家は、企業のオーナーとして、企業価値の向上を望む立場です。
投資先企業が、しっかりとステークホルダーエンゲージメントに取り組むことで、長期的には企業価値向上に繋がることが期待できます。さらに、企業が積極的に投資家に情報開示をしてくれることで、投資判断がしやすくなるというメリットもあります。
顧客側の視点ではどうでしょうか。たとえば、企業が顧客アンケートを行い、結果を製品に反映させることもステークホルダーエンゲージメントの一つです。より良い製品が顧客の手に渡ることで、生活の質が向上することが期待できます。
また、製品についての情報開示をきめ細かに行うことで、顧客側は、より自分の意向に合った商品を選ぶことができ、満足度の向上にもつながります。
最後に、社会全体の視点から見てみましょう。企業のステークホルダーは、様々な方面にわたって存在します。多くの企業が、各ステークホルダーと適切な関係性を築き、協働して物事を動かすことができれば、世の中全体が加速度的に良くなる可能性があると考えられます。
企業がステークホルダーエンゲージメントに取り組むことで、企業自身のメリットにもつながるうえ、広く世の中に利益をもたらすことが期待されます。
2.花王の事例を紹介
ここまでは、ステークホルダーエンゲージメントについて、一般的な内容を説明してきました。より具体的に知るために、ESGに積極的に取り組んでいる花王の事例を見ていきましょう。
2-1.花王のステークホルダー
花王は、日本の生活用品メーカー最大手の1つです。同社のステークホルダーは、株主、社員、顧客の他にも多岐にわたります。
たとえば、サプライヤーです。サプライヤーとは、企業が製品を作るために必要な原材料や、サービスを供給する企業などのことです。
花王の場合は、石鹸・洗剤などの生活用品を作るのに欠かせない素材として、パーム油があげられます。パーム油のメーカーや農園などがサプライヤーの代表格になります。なおパーム油には、厳密には果肉から取れるパーム原油、種子部分から取れるパーム核油があるものの、当記事では両方の総称として「パーム油」を用いることとします。
また各地にある事業所、工場、研究所などの周辺地域社会も大事なステークホルダーの一つです。企業活動に伴い、廃棄物や排水・排気などにより、地域環境にネガティブな影響を与える面もあります。しかし企業の工場や事務所がその地域にあることで、雇用が生まれるというポジティブな面もあります。
その他、行政や自治体、業界団体や同業者などで関係性があるところは、同社のステークホルダーといえます。
2-2.どのステークホルダーとどんな対話をしているのか?
花王は各ステークホルダーとどのような方法で対話をしているのでしょうか。例を見ていきましょう。
株主に対しては、主に決算や経営についての説明、それに対する株主からの質問に答えることなどが求められます。そのための場として、年1回の株主総会や四半期に1回の決算説明会をはじめ、事業説明会や個人株主向け説明会、社長スモールミーティングも随時行われています。
消費者に対しては、製品に関する意見を聞くことや、製品に関する正しい知識・使い方の啓蒙をすることが大切です。活動としては、相談の場やモニターの家庭訪問、イベントなどが随時行われています。
良いものづくりに欠かせないパートナーであるサプライヤーとのエンゲージメントとしては、品質向上会議や、花王の求める基準の遵守状況についてモニタリングが行われています。
その他にも、行政、業界団体、NGO・NPO、公共の研究機関などの外部組織との間では、随時意見交換会が開かれるなどの交流が持たれています。
2-3.具体的な取り組み事例
〇〇会、〇〇ミーティングなどと言われても、ピンとこない方は多いと思います。ここからは、身近な事例も含めた、より具体的な取り組み内容をご紹介します。
まず、対サプライヤーについての事例です。前述の通り、花王のサプライヤーの代表格として、パーム油農園やメーカーが挙げられます。しかし、パーム油生産は、ESGの観点で大きな問題を抱えています。
たとえば、環境問題です。パーム油は、アブラヤシという植物の実から取れます。主な産地は東南アジア、とりわけインドネシアやマレーシアなどの熱帯雨林が豊かな地域です。
アブラヤシの農園を新規で作るためには、こうした森林を切り開く必要があります。そのため、パーム油の生産活動は、森林破壊とそれに伴う野生動物の生息地縮小に繋がってしまいます。
更にアブラヤシ農園では、人権問題も深刻です。農園で働く労働者に対しては、暴力や脅しなどを伴う強制労働や、契約期間や条件を明示しないなどの労働環境問題、児童労働などの問題が存在します。
米国労働省による報告書「児童労働または強制労働によって生産された品目リスト」の中では、マレーシアでは児童労働や強制労働、インドネシアでは児童労働のリスクがある生産物として、アブラヤシの実が指定されています。また、先住民の人権問題も抱えています。
こういった問題の解決に向けて、花王はサプライヤーと、どのようなエンゲージメントを行っているのでしょうか。
前述の問題については、大規模なパーム油生産企業よりも、小規模農園の方がより深刻です。小規模パーム農園に対する支援として、「SMILE」(SMallholder Inclusion for better Livelihood & Empowerment program) というプログラムが開始されました。
花王と、インドネシアのアピカルグループ(油脂製品製造・販売会社)、同アジアンアグリ(農園会社)の3社が協働して、インドネシアの小規模パーム農園の生産性向上、持続可能なパーム油に対する認証(RSPO)の取得を支援するものです。内容としては、経験豊富な指導グループが農園を訪問し、持続可能性に配慮した生産管理や、生産性向上のための教育、RSPOの認証取得に向けた支援、安全対策や教育が行われています。この取り組みは、2030年まで行われる予定です。
身近な取り組み事例として、顧客(生活者)との対話事例をあげておきましょう。花王がどんなに環境負荷の低い製品を作ったとしても、消費者が使い方を間違えれば、効果は下がり、ゼロになることもあります。
たとえば、すすぎ1回の衣料用洗剤を開発しても、生活者がすすぎ2回で洗濯をすれば、意味がありません。製品の環境価値を正しく伝え、正しく行動してもらうことが非常に大切です。花王はさまざまなイベントを通じて、CO2削減の重要性や同社の活動、製品の環境価値を伝える取り組みを行うことで、生活者の啓蒙に努めています。
もう一つ、身近な事例として、地域や大学との協働事例をご紹介します。「使用済み紙おむつ」の環境負荷について知っていますか?
紙おむつは、現代社会の子育てに欠かせません。昨今では高齢化により、赤ちゃんだけではなく、大人向けの紙おむつの使用量も増加しており、環境に与える影響が更に大きくなると予想されています。
使用済み紙おむつは、現在、年間200万トン以上がごみとなっており、その割合は可燃ごみの4~6%を占めると言われています。また、水分量が多く、焼却炉の燃焼効率を悪化させる原因にもなり得ます。
花王はこの問題に対し、京都大学と、花王サニタリープロダクツ愛媛(おむつなどの生産拠点)のある愛媛県西条市の協力のもと、紙おむつのリサイクルにかかる実証実験をすることで解決に向けて取り組んでいます。
実証実験の現場は、西条市にある保育施設です。リサイクルの概要は、紙おむつを炭素化(炭にすること)し、活性炭などの炭素素材として空気や水の浄化、植物の育成促進などに役立てるというもので、ごみの削減と二酸化炭素排出量の削減が期待されます。
取り組み内容としては、対象の施設に開発した炭素化装置を設置、使用済み紙おむつを殺菌・消臭、体積を減らしたうえで回収し、前述の方法でリサイクルをする、というものになります。今後の予定としては、2023年までに炭素素材への変換技術を確立、2025年以降の社会実装を予定している、とのことです。
実用化されれば、紙おむつによる環境負荷を減らすことができるだけでなく、保育施設や老人ホームでの職員の負担軽減にも役立ちます。一般家庭向けの展開については言及がないものの、もし一般家庭がこの設備を使える仕組みが整えば、家庭でのにおい問題なども解決されるのではないかと期待が持てます。
その他にも、花王は「リサイクリエーション」という取り組みを実施しています。今では広く浸透した詰め替えパッケージですが、詰め替えた後は、ごみとして捨てるしかありません。プラスチック使用量はボトル容器よりも少ないものの、詰め替えパッケージ自体もリサイクルできれば、より環境負荷を減らすことができます。
花王は、地域やNPO、同業他社と協働して実証実験を行っており、特定の地方自治体で詰め替えパッケージの回収が行われています。東京都墨田区で、同業のライオンと協働して行われた実証実験では、洗浄・乾燥して出すことについても、多くの方の協力が得られることが確認できたようです。
詰め替えパッケージは中身の保護のため複雑な構造をしているため、水平リサイクル(リサイクルにより元の製品と同じものを作ること)が困難と言われています。しかし花王は、最終目標をこの「水平リサイクル」の実現と位置付けて、前述した回収の実証実験と並行して、リサイクル技術の研究も行っています。
3.まとめ
ステークホルダーエンゲージメントと聞くと、分かりにくい印象を持つ方も多いでしょう。一方で花王の事例は私たちの生活に根ざしたものも多く、具体的なイメージが湧きやすかったのではないでしょうか。
ステークホルダーエンゲージメントからは、企業のESGに対する取り組みの熱量を感じることができます。投資先や投資を検討している先がESGにしっかりと取り組んでいるか気になる場合は、ステークホルダーエンゲージメントの事例を調べてみると、ヒントが得られるかもしれません。
松尾 千尋
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