「循環とICTの力で、農業はもっと進化する」野菜と魚を同時に育てる株式会社アクポニ【インタビュー】

Mr Hamada, aquaponics

近年、世界における飢餓人口が増え続けています。2023年には、国連WFPが活動を行う79カ国において、3億4,500万人が食料不安に直面すると推定されており、90万人以上が飢きんに近い状況にあると言われています。

その要因のひとつに挙げられるのが、気候変動です。気候変動により、農作物の生育が難しくなったり、人々の生活環境が破壊されたりするためです。一方で、世界の農林業由来で排出される温室効果ガスは全体の20%以上(2007年~2016年平均)を占めており、食料生産自体が気候変動の原因になっている側面もあります。

このような中、持続可能な農業・養殖業のあり方を模索する企業が、株式会社アクポニ(以下「アクポニ」)です。2014年に会社を立ち上げた代表取締役の濱田健吾さんは、野菜と魚を同時に生産でき、かつ環境負荷も低いアクアポニックスという農法の研究と普及に取り組んでいます。

今回は濱田さんに、アクアポニックスの特徴やメリット、事業としての取り組み内容と今後の展望について伺いました。

(※参照:国連WFP「世界的な食料危機」)

話し手:株式会社アクポニ 濱田健吾さん

宮崎県出身。大学卒業後は海外の小学校で日本語講師をつとめる。帰国後は専門商社にてさまざまな新規事業立ち上げに携わり、その後アマゾンジャパンに転職。趣味の釣りをきっかけに出会ったアクアポニックスをブログで発信し始めたところから自身の事業をスタートし、アクポニの前身「おうち菜園」を2014年に創業。アクアポニックスを学べるアカデミーや導入支援事業に乗り出す。アメリカのアクアポニックス農園で修行を積んだのち、2021年に試験農場「湘南アクポニ農場」を設立。日本に合ったアクアポニックスのノウハウ構築と普及に取り組んでいる。

目次

  1. 「おさかな畑」アクアポニックスの魅力
  2. 持続可能な食料生産の鍵は「循環」
  3. 「この3年で潮目が変わった」SDGsの広がりが追い風に
  4. 生産管理の鍵はデータ分析
  5. データの力をブランディングに活用
  6. アクアポニックスには、人を集める力がある
  7. 日本で培った技術と経験を世界で役立てたい
  8. 編集後記

1 「おさかな畑」アクアポニックスの魅力

藤沢市北部に位置する湘南台駅からバスでさらに20分、道路沿いに広がる畑地の一角に濱田さんが運営する「湘南アクポニ農園」はあります。

「普段はあまり農園での作業はないのですが、魚や野菜の様子を見るのが好きでして。なるべく来られるようにしたいんです。」

そう言って笑う濱田さんの様子からは、生きものを愛する気持ちが伝わってきます。

濱田さんが普及活動を行うアクアポニックスは、水産養殖の「Aquaculture」と水耕栽培の「Hydroponics」からなる造語です。農薬や肥料を使わずに野菜と魚を同時に育てるシステムであるため、アクポニでは「おさかな畑」と呼びます。その仕組みを濱田さんは次のように説明してくれました。

「魚を養殖するとフンが出ますよね。フンを微生物が分解することで、養分に変えられます。具体的には、アンモニアが分解され窒素になります。窒素は、植物の成長に欠かせない成分。自然がもつ循環の働きを仕組み化したものが、アクアポニックスなのです。」

画像はアクポニのウェブサイトより転載

水耕栽培では、液体肥料を水に溶け込ませて栽培をする方法がありますが、アクアポニックスでは魚の排泄物由来の養分がその役割を果たします。植物が養分を吸収し、綺麗になった水が魚の水槽に戻るという循環のおかげで、水換えや水槽のそうじをしなくても、野菜や魚はしっかり育ちます。水が循環するおかげで土を使う農法よりも水使用量を削減できること、肥料が不要なためランニングコストが抑えられること、農薬や除草剤を使わないため安全性が高いことが魅力です。

2 持続可能な食料生産の鍵は「循環」

「農薬や肥料は、過剰になった分がどうしても生産している場所の外に流れてしまいます。こうして流れ出た農薬や肥料が、環境負荷となる懸念があります。」

農業や魚の養殖は、効率性を重視しすぎてしまうと、持続可能ではなくなってきてしまうのではないか、と濱田さんは話します。

「マグロの養殖では、1キロ太らせるのに20キロの餌が必要なんですよ。回遊魚でずっと泳いでいるから、代謝がすごい。マグロの餌である小魚よりもマグロの方が売れるから、大量の餌を投じてマグロの養殖をしようと思う方もいるでしょう。ですが持続可能性の観点で考えたら、良いとは言えないのではないでしょうか。」

濱田さんは、持続可能な食料生産の鍵となるのは循環だと考えています。

「アクアポニックスは、循環のコアパーツとして機能すると思っています。たとえば、アクアポニックスでは微生物を活性化させるために温度を一定以上に保つ必要がありますが、工場やエアコンの排熱などが熱源として活用できます。これまで無駄に排出されるだけだったものを、循環の輪に組み込めるんです。下水処理施設なんかは、水も微生物も熱も揃っているので、すごくおもしろい場だと思いますよ。」

続けて、アクアポニックスの活用ビジョンについて話します。

「方向性は2つあります。ひとつは先ほどの例のように、すでにある工場や下水処理施設などと組み合わせて、既存の仕組みの中に組み込んでいく形。もうひとつは大きな食料生産システムとして、農業に組み込む形です。」

レストランに併設すれば材料の自給自足に役立つ他、野菜と魚が育つ場はエンタメ性も演出できます。一方、大規模農園でアクアポニックスを活用する場合、エネルギーや資源循環効率が上がることでコスト削減につながる点、周年で質の高い作物を生産できる点が強みです。こういったメリットを多くの人に知ってもらいたい、と濱田さんは話します。

効率的に野菜を栽培できる水耕タワー(撮影地:湘南アクポニ農場)

3 「この3年で潮目が変わった」SDGsの広がりが追い風に

アクポニは、教育・農園設置・生産管理コンサル・流通の4つの分野で事業を展開しています。主軸となっているのは、教育や農園設置などのアクアポニックスを「広める」事業です。

「教育を入り口に、農園設置、生産管理コンサルまでひと続きになっているイメージです。教育は『アクアポニックス・アカデミー』といって、座学や実習を通して体系的に学んでもらうようになっています。アカデミーで関心を深めた後、農園を作りたいと希望する人向けに農園設置のサポートや、さらに農園を作った後も支援をしてほしいという方向けに生産管理コンサルをしています。」

毎月、見学に来園する人数は30名ほどで、アカデミーを受講する人数は5名から10名。そのうち、4名に1名ほどが実際に農園を開き、その半数が生産支援コンサルを受けています。農園作りを行ったのは、過去2年間で35件(2023年9月末時点)。潮目が変わったのはこの3年くらいだそうです。

「SDGsという言葉が広まったことが大きいと実感しています。食料生産をより持続可能なものにするために、良い方法はないかを模索し始める人が増えてきたのではないでしょうか。」

水槽の魚の様子を確認する濱田さん(撮影地:湘南アクポニ農場)

4 生産管理の鍵はデータ分析

個人の感覚や経験値に頼ることなく生産管理を容易に行えるよう、アクポニの生産支援コンサルにはICTを活用している点が特徴的です。

「アクアポニックスに限らず、一次産業の課題はベテランの経験と勘に頼りすぎていることだと感じます」

ベテランの農業従事者の方が持つ知識や経験は素晴らしいけれど、知識や経験が共有されずに個人の中で留まってしまったり、データとして活かされなかったりすると、農作業や生産管理の改善・効率化を行う上で、限界があると濱田さんは考えます。

そうした課題感から、2022年10月に「アクポニ栽培アプリ」がローンチされました。人が行う作業と環境情報のデータを紐付けて、生産管理に必要なデータの一元管理ができるシステムです。

「スマート農業でデータ活用といえば、センサーを入れて気温や水温、pHなどの環境データを測り、その推移を見られるようにする、というものが一般的でした。しかし、グラフだけ見ても農業の改善にはつながりません。大切なのは、どういう環境の時にどのような作業をしたのか、結果として生育状況がどうだったのかという情報をセットで分析することです。アプリでは、作業内容や生育の具合を簡単に記録できるようにしました。環境データと作業・生育の記録の総合的なレポートを見て育て方を評価することで改善ポイントが明確になります。テクノロジーをうまく活用することで、農業の再現性はもっと高くなるはずです。」

生産管理コンサルでは、レポートをもとにどう判断するかといった指導を行っています。従来、農業のコンサルは現場に行かないとできない難しさがありましたが、独自に開発した仕組みを使うことでリモートでの支援を実現しているそうです。さらに、データの蓄積によって精度や再現性が向上することも期待されます。

5 データの力をブランディングに活用

日本でアクアポニックスを普及させるための課題はどのようなものがあるか、という問いに対して、濱田さんはこう答えてくれました。

「アクアポニックスの認知を広げ、育てた作物の単価を上げることです。私たちはデータを使ったブランディングを考えています。有機野菜は有機JASの認証制度があり、土で育てているというような栽培方法に対する定義はあります。しかし、栽培方法による環境負荷についてはわかりません。アクポニでは、環境負荷をどのくらい低減できたのかをデータ化し、数値で示そうと思っています。CO2・水・窒素の3つの評価項目について、どのくらい負荷を低減できたか、数理モデルを活用して評価します。」

環境に対する「やさしさ」が見える化されることで、アクアポニックスへの注目度が高まるはずだ、と濱田さんは考えます。2024年2月までにモデルを作りあげ、アプリに実装する計画とのことです。

(※参照:農林水産省「有機JAS制度について」)

6 アクアポニックスには、人を集める力がある

濱田さんは、アクアポニックスは地方創生とも相性が良いと考えています。

「アクアポニックスの農園は、水族館と植物園が一緒になったような空間です。野菜だけを作っている畑に関心がなかった人も、魚が一緒に泳いでいると『なんか面白そう』と集まってきてくれます。生態系の循環が見えるので、子ども達の教育にも役立ちます。見て収穫して、食べて、色々な角度で楽しめる。来園者は年齢や性別に関わらず、みんな嬉しそうなんですよ。」

地域を盛り上げるためには、人の力が必要です。アクアポニックスがもつ「人を集める力」を活用することが、地方創生の糸口となるのかもしれません。

7 日本で培った技術と経験を世界で役立てたい

濱田さんは、アクアポニックス発祥の地であるアメリカの農園でも経験を積んできました。その中で気づいたことは、海外でのアクアポニックスへの需要の高さです。

「いろんな農園で働かせてもらう中で感じたのは、アフリカや中南米ですごくアクアポニックスのニーズがあるということです。アフリカや中南米の国々から、国や機関の斡旋で研修生が学びに来ているんですよ。水が少ない地域だから、国として切実な需要があるのだと実感しました。」

今濱田さんが力を入れて取り組んでいるのは、アメリカで学んだアクアポニックスの技術にテクノロジーを組み込んで、再現性が高く効率的な農法に進化させることです。

「私が知る限り、海外で数値化・可視化の技術をアクアポニックスに取り入れているところはほぼありません。乾燥地帯だと、野菜の種を蒔いても芽すら出なかったり、井戸を掘ったら塩水が出るという場所もあります。土を使う農業と比較し、アクアポニックスは7割から9割も節水して野菜と魚を育てられるため、乾燥地帯で必要とされるはずだと考え、海外展開する前提で事業を構築しています。」

現在力を入れているイチゴの栽培も、海外展開を視野に入れた戦略だと濱田さんは説明します。

「海外で日本のアクアポニックスを導入したいと思ってくれている人たちは、『せっかくなら日本の美味しい食べ物を自国でも作りたい』と考えています。日本のイチゴは海外でとても人気があり、水耕栽培も可能。日本で進化したアクアポニックスの魅力を海外に知ってもらうには、ぴったりの作物です。」

アクポニには、海外からの問い合わせがたくさん届き、留学生が見学に来ることもあります。再現性が高く、節水かつ肥料や農薬も使わないアクアポニックスは、世界の食料事情を好転させる可能性を秘めているのではないでしょうか。

(※参照:アクポニ「アクアポニックスの超基礎 魚で野菜が育つとはどういう仕組み?」)

8 編集後記

アクアポニックスの農園の一角にある水槽で、ティラピア(いずみ鯛)が口の中で卵を育てていました。マウスブリーディングといって口の中で卵を育て、孵化してからもしばらく稚魚は親の口の中で育つそうです。別の水槽では金魚が泳ぎ、少し離れた農園ではチョウザメも回遊しています。たくさんの野菜が育つ中で魚が共存している様子は、同じ作物が植えられている見慣れた田園風景とは異なり、非日常的な魅力を感じながらもどこか懐かしさがこみ上げます。

本来の生態系は、多くの動植物、微生物が共存しあって成り立っています。アクアポニックスの農園は、人工物を取り入れて見た目こそ綺麗に整備されていますが、魚、野菜、微生物によって作られる自然の生態系のミニチュアとも言えます。「同じ植物だけが生えている状態は、見方によっては異様な光景なんです」という濱田さんの言葉が、とても印象的でした。

海外では、アクアポニックスで栽培された野菜は安全性が高いことなどから高く評価され、価格にも付加価値が反映されているそうです。日本でのブランディングはまだ途上ですが、濱田さんの「価値の見える化」戦略が奏功すれば、より利益率が高く経済的メリットの大きい農法として成長し、日本での普及が進むのではないでしょうか。

The following two tabs change content below.

松尾 千尋

名前:まつおちひろ 金融機関に14年ほど勤務。大学卒業後は、都市銀行で資産運用コンサル業を担当し、FP1級を取得。外資系保険会社に転職後、クレジットアナリストとして投資先の調査・分析・レポート執筆などを行い証券アナリスト資格を取得。現在はライターとして独立し、金融・ESG・サスティナビリティに関する記事を中心に幅広く執筆活動を行う。別分野では、整理収納アドバイザー・インスタグラマーとしても活動中。/ Instagram : @mer_chip310