一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12))に解説していただきました。
目次
- GXとは
1-1. GXの概要
1-2. GX誕生の背景 - GX関連法
2-1. GX推進法
2-2. GX脱炭素電源法 - GX移行債とは
3-1. GX移行債の概要
3-2. 日本の現在の状況
3-3. GX移行債の設計 - GX移行債の具体例
4-1. 官民投資の詳細な内訳
4-2. 蓄電池産業
4-3. 鉄鋼業 - まとめ
2023年5月、カーボンニュートラルの達成に向けた新たな法制度であるGX推進法およびGX脱炭素電源法が成立し、GX(グリーントランスフォーメーション)にもますます大きな注目が集まっています。
そんな中、脱炭素に向けた政府の投資資金を賄うために発行される「GX移行債」にも関心が寄せられていますが、これらは比較的新しい概念のため、まだその詳しい内容や仕組みがわからないという方も多いのではないでしょうか。
そこで今回は、日本でも発行されるGX移行債について、GXの概要を踏まえながら、日本の現在のステータスと具体例などを詳しく解説していきます。
1.GXとは
1-1. GXの概要
「GX」とは、「Green Transformation(グリーントランスフォーメーション)」の略で、温室効果ガスを多く排出する化石燃料から、太陽光や風力などのクリーンエネルギーによる経済社会システムへの転換を目指す取り組みを指します。産業革命以降、私たちの生活や経済は石油や石炭などの化石燃料に大きく依存してきました。しかし、これらを使用する際に放出される二酸化炭素が地球温暖化の主因とされているため、太陽光や水素など環境負荷の低いエネルギー源への転換が急務となっています。
このような背景を受け、政府はサスティナブルなエネルギー源を経済成長の鍵と見なし、GXを通じて社会全体の変革を推進しています。また、経済産業省は2022年2月に「GXリーグ」を設立しました。このリーグは、カーボンニュートラル実現に向けた新たな制度として、GXに取り組む企業、官公庁、学界、金融機関が連携し、経済社会システムの変革と新市場の創出に取り組んでいます。
さらに、GXリーグは、2050年までのカーボンニュートラル実現を目指し、未来をリードする企業の集合体を形成することを目標としています。このようにGXを中心とした積極的な取り組みが進行中です。
1-2. GX誕生の背景
SDGs(持続可能な開発目標)やパリ協定などを受けて、現在、世界中の国々や企業は地球温暖化を引き起こす温室効果ガスの削減に向けて努力を続けています。日本国内においてもこの動きは活発化しており、実際、2020年10月には政府が2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラルを目指すことを宣言しました。
しかし、これらの目標達成を現実的なものにするためには、現行している社会構造そのものを変革する必要があると言われています。そこで、日本ではこの変革を経済成長のチャンスと捉え、温室効果ガス排出量削減と産業競争力向上の両立を目指すGXの考え方を打ち出すことで、地球温暖化問題の解決につなげていくことを目指しています。
2.GX関連法
冒頭でも少し触れましたが、2023年2月10日、岸田政権はGXに向けた政策パッケージである「GX実現に向けた基本方針」を閣議決定し、その実行に必要な制度を定めることを目的として、2023年の通常国会にGX推進法とGX脱炭素電源法という二つのGX関連法を提出しました。
ここでは、この二つの法制度について詳しく解説していきます。
2-1. GX推進法
「GX推進法」とは、2023年5月12日に成立した脱炭素を進めるための新たな法制度のことを指し、主に「カーボンプライシング」と呼ばれる制度や、脱炭素社会に必要なテクノロジー開発のための投資支援などが定められています。
なお、カーボンプライシングとは、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出に対して金銭の負担を求める仕組みのことを指し、具体的には次の2種類があります。
- 対象となる企業全体からの温室効果ガス総排出量に上限である「キャップ」を設定
- キャップの範囲内で発行される排出枠を各企業がマーケットで取引
- 保有する排出枠を超えて排出した場合には、重い罰金が課せられる
- 温室効果ガス排出量1トン当たりにおける税率を設定
- 化石燃料の輸入や消費などに課税
排出量取引制度
炭素税
なお、この炭素税制度は2028年度から導入される予定となっており、化石燃料の輸入事業者などに対して徴収されるということです。
2-2. GX脱炭素電源法
「GX脱炭素電源法」とは、2023年5月31日に成立した再生可能エネルギーと原子力発電の規制や制度に関する改正案が含まれた法律のことを指します。このGX脱炭素電源法では、既存の原発をできるだけ活用し、電力の安定供給と温暖化ガスの排出削減を目指すとしており、今後の脱炭素施策の方向性に大きな影響を与える存在になると見られています。
なお、GX脱炭素電源法は電気事業法、原子力基本法、原子炉等規制法、再処理法、再エネ特措法という計5本の法改正を束ねたものとなっており、具体的には、安全規制については30年を超えて運転する原子炉について、最長10年ごとに劣化状況を評価し、原子力規制委員会の認可を受けることを義務付ける内容が盛り込まれています。また、東京電力福島第1原発事故後に導入した「原則40年、最長60年」という運転期間の規定を原子炉等規制法から電気事業法に移し、運転延長を経済産業相が認可する仕組みを採用するとしています。さらに、今回の政令においては、2025年の施行に先立って、電力会社が30年を超えて動かす場合に必要な規制委審査の申請受け付けを10月1日からスタートすることも明らかにされました。
このように、現在すでに上記の「GX関連二法」が動き出そうとしており、今後の国内におけるGXに向けた取り組みもますます活発化していくことが予想されます。
3.GX移行債とは
3-1. GX移行債の概要
GX移行債とは、カーボンニュートラルに向けた政府の投資資金を賄うために発行される「トランジションボンド(移行国債)」のことを指します。
環境問題に関連する債券というと、企業や地方自治体などが国内外のグリーンプロジェクトに要する資金を調達するために発行する「グリーンボンド(環境債)」がよく知られていますが、GX移行債は通常の国債やグリーンボンドではなく、トランジションボンドと位置付けられています。
そもそもトランジションボンドとは、一般的に、二酸化炭素の排出量などの観点からグリーンボンドの発行基準を満たさないものの、また低炭素経済社会などに移行するためのプロジェクトを資金使途とする債券のことを指します。
そして、近年日本国内ではカーボンニュートラルに向けて企業によるトランジションボンドの発行が増加しており、中でも石油やガス、鉄鋼などといった二酸化炭素の排出量が特に多いブラウンセクターの企業の間で、発行する企業が相次いでいます。
また、海外においてはグリーンボンド国債の発行が目立っており、トランジションボンドの発行は世界的にまだ前例がなく、日本がその先駆けとなることが期待されています。
3-2. 日本の現在の状況
2022年5月13日に産業技術環境局・資源エネルギー庁によって公開された「クリーンエネルギー戦略 中間整理」を見ると、GXを成し遂げるには、電源脱炭素化・燃料転換に年間でおよそ5兆円、製造工程の脱炭素化などに年間でおよそ2兆円、エンドユースに年間でおよそ4兆円、インフラ整備に年間でおよそ4兆円、研究開発などに年間でおよそ2兆円が必要であると記載されています。
そして、この資産をもとにしてカーボンニュートラルに関連する投資額をそれぞれ積み上げていった場合、2030年において単年で最低限およそ17兆円が必要になることが報告されており、こうした試算の結果、GXへの投資額は十年間でおよそ150兆円必要であると結論づけられました。
では、政府は十年間でおよそ150兆円という大きな額をどのように調達するのでしょうか。2022年6月7日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2022」においては、GXに向けた具体的な方法について、下記の二つが挙げられています。
- 成長促進と排出抑制・吸収を共に最大化する効果を持った「成長志向型カーボンプライシング構想」を具体的にし、できる限り活用すること。
- 「規制・サポート一体型の投資促進策」として、省エネ法12などの規制対応、水素・アンモニアなどのエネルギーや脱炭素電源の導入拡大に当たり、新しいスキームを具体的にすること。
そして、このうち「成長志向型カーボンプライシング構想」には、元々は排出枠取引や炭素税などの概念が含まれていましたが、今回の閣議決定において「GX経済移行債(仮称)」が追加されたというわけです。
このGX移行債については、「150兆円超の官民の投資を先導するために十分な規模の政府資金を、将来の財源の裏付けをもったGX経済移行債(仮称)により先行して調達し、複数の年度間に渡って予見可能なかたちで、速やかに投資サポートに回していくことと一体で検討していく。」と記されており、カーボンニュートラルに当たって重要な要素として考えられています。
3-3. GX移行債の設計
日本政府は、国として長期および複数年度にわたり投資促進策を講じることを目的として、カーボンプライシングの導入を行った結果得られる将来の財源を裏付けとした20兆円分のGX移行債を、来年度以降の十年間、毎年度、国会の議決を経た金額の範囲内で発行していくとしています。また、GX移行債は従来の建設国債や特例国債、復興債などと同様に、同一の金融商品として統合して発行することに限らず、国際標準に準拠した全く新しいかたちでの発行も視野に入れて検討していくと説明しています。さらに、そのためにはマーケットにおける一定の流動性の確保、発行の前提となる民間も含めたシステム上の対応、集めた資金の支出管理といった比較的複雑で難しい課題を解決し、国際的な認証を獲得して発行していく必要があるため、関係省庁はその検討体制を早期に発足させる旨を明らかにしています。
このほか、GX移行債によって実際に集めた資金については、GXに向けた投資促進のために支出することを明確化するべく、国によるGX投資の一環として先行的に措置した予算を含めて、エネルギー対策特別会計で区分して経理するということです。なお、償還に関しては、カーボンニュートラル達成の目標年度として定められている2050年度までに終える設計だとしています。
4.GX移行債の具体例
GX移行債は、トランジションボンドとして集めた資金で民間企業が投資に踏み出しづらい革新的なテクノロジーに投資していくとしています。そこでこの項では、GX移行債の具体例について紹介していきます。
4-1. 官民投資の詳細な内訳
前述した通り、日本政府は官民協調で、これからの十年間に合わせて150兆円を超える投資を行うことを目指していますが、その投資に関する細かい内訳は、下記の通りとなっています。
分野 | 官民投資額 ※一部重複あり |
---|---|
自動車産業 | 34兆円~ |
再エネ | 20兆円~ |
住宅・建築物 | 14兆円~ |
脱炭素のためのデジタル | 12兆円~ |
次世代ネットワーク | 11兆円~ |
水素・アンモニア | 7兆円~ |
蓄電池 | 7兆円~ |
航空機産業 | 5兆円~ |
CCS | 4兆円~ |
鉄鋼業 | 3兆円~ |
化学産業 | 3兆円~ |
ゼロエミ船舶 | 3兆円~ |
バイオものづくり | 3兆円~ |
カーボンリサイクル燃料 | 3兆円~ |
資源循環産業 | 2兆円~ |
セメント産業 | 1兆円~ |
紙パ産業 | 1兆円~ |
次世代革新炉 | 1兆円~ |
その他運輸、インフラ、食料・農林水産業、地域・くらし | ー |
このように、政府はGXを達成するために、具体的に上記のような分野に投資を行っていく考えを示しており、GX移行債についてはこれからの十年間で20兆円分の発行を行っていくとしています。
また、主にエネルギーおよび原材料をエコフレンドリーなものにすること、および収益性を向上することに寄与する革新的なテクノロジーの開発や設備投資などをサポートしていくと説明しています。
4-2. 蓄電池産業
政府は、蓄電池の2030年目標である150GWhの国内製造基盤の実現に当たって、これからの十年間で需要側にアプローチして需要を創出しつつ、今後五年間で蓄電池生産拠点に対する集中的な投資を実施するとしています。
実際、蓄電池分野ではおよそ8,600億円の民間投資がスタートしているほか、GX移行債およそ3,300億円により、約2.2兆円の経済効果が期待できるという試算が出ています。
そのため、今後はGX移行債を用いたさらなる投資を実施していくということです。
4-3. 鉄鋼業
鉄鋼分野では、グリーンスチールの2030年1000万t供給に当たって、これからの十年で省エネ法や構造改革をベースとしたGX投資サポートなどによって燃料・原料転換を後押ししつつ、国際競争力のある電力価格の調達を達成し、国際ルールメイクにより国際マーケットへの展開を進めるとしています。
また、GX移行債などの法制度の整備を背景として、鉄鋼各社は電炉転換などの国内投資の検討を本格化していくことを表明しており、その規模はこれからの十年だけでも3兆円以上、また2050年までには10兆円を突破するという予測が立てられています。
そして、これを実現するプロセス転換にかかる支出については、クライアントから回収することになるため、官民一体となって国際的なマーケットルール整備に取り組むということです。
5. まとめ
GX移行債とは、カーボンニュートラルに向けた政府の投資資金を賄うために発行される「トランジションボンド(移行国債)」のことを指し、政府はこれを発行することによって、カーボンニュートラルと経済成長・産業競争力強化の同時実現に寄与する民間投資を強力にサポートするとともに、これからの十年で150兆円を超えるGX投資を実施していくとしています。
また、現在政府ではさまざまな話し合いが重ねられており、GX移行債に関するルールの規定も進んでいます。
このように、世界中でいわゆる「トランジション・ファイナンス」への注目が集まっている中、日本が世界で初めて国によるトランジションボンドを発行することで、カーボンニュートラルに向けた取り組みを強化していくことが期待されています。
中島 翔
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