一般社団法人カーボンニュートラル機構理事を務め、カーボンニュートラル関連のコンサルティングを行う中島 翔 氏(Twitter : @sweetstrader3 / @fukuokasho12))に解説していただきました。
目次
- GX経済移行債とは
1-1.GX経済移行債の概要
1-2.GX経済移行債発行開始の背景 - 調達資金の使途について
2-1.充当される事業
2-2.調達資金の使途選定における「基本条件」
2-3.資金使途の適格事業分類 - 支援先となる日本企業の動き
3-1.日本製鉄
3-2.ホンダ
3-3.NTT、新光電気工業、キオクシア
3-4.その他 - まとめ
2024年2月28日、2050年までに、二酸化炭素など温室効果ガスの排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」の達成へ向けて、政府は「GX(グリーントランスフォーメーション)経済移行債」、いわゆる「GX債」の発行をスタートしました。
今回の発行スタートによって、政府は、企業に対する金融支援をさらに強化し、脱炭素化を進める取り組みをスピードアップさせていきたいとしており、今後の動きに大きな注目が集まっています。
そこで今回は、GX債について、その概要やGX債が与える日本企業の動き方などを解説していきます。
1.GX経済移行債とは
1-1.GX経済移行債の概要
GX経済移行債は、2050年のカーボンニュートラル実現を目指し、国が支出を確保するために発行する新しい形の国債です。2024年2月に「クライメート・トランジション利付国債」として初めて発行され、次の10年間で20兆円規模の発行が予定されています。この国債は、私たちの脱炭素化への投資を加速するためのもので、期間中には官民合わせて150兆円超の投資を目指しています。
さらに、GX経済移行債を通じた支援は、民間だけでは難しい投資判断の場面での促進、産業競争力の強化、経済成長の促進、排出量の削減への貢献など、多岐にわたる条件を満たす必要があります。資金は、海外の省エネルギー半導体開発や日本の製造業の燃料転換など、先進的なプロジェクトに割り当てられる予定です。
償還には、企業の二酸化炭素排出を減らすためのカーボンプライシングが用いられます。これには二つの手法があります。一つ目は、電力会社に排出枠を割り当て、政府が負担金を徴収する排出量取引制度です。もう一つは、化石燃料の輸入企業に対し、輸入燃料の二酸化炭素量に応じた賦課金を課す仕組みです。徴収された資金は、GX債の償還財源として活用される予定です。
1-2.GX経済移行債発行開始の背景
日本政府は、国際公約と産業競争力強化・経済成長を同時に実現していくためには、今後の10年間において150兆円を超える官民の「GX(グリーントランスフォーメーション)」投資が必要であるとしています。
そして、こうした巨額のGX投資を実現することを目的に、国として長期・複数年度にわたり投資促進策を講ずるため、2023年5月に国会で成立した「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(GX推進法)」に基づいて、20兆円規模に上る「脱炭素成長型経済構造移行債(GX経済移行債)」が発行されることとなりました。
GX経済移行債の発行は、2023年度以降の10年間、毎年度国会の議決を経た金額の範囲内において行われることと規定されています。
なお、GX経済移行債は、これまでの国債(建設国債、特例国債、復興債など)と同様に、同一の金融商品として統合発行することに限らず、調達する資金の使途やレポーティング方法などを示したフレームワークを策定したうえで、国際標準への準拠について評価機関からの認証(セカンド・パーティ・オピニオン)を取得した、個別銘柄「クライメート・トランジション利付国債」として発行されています。
2.調達資金の使途について
2-1.充当される事業
GX経済移行債によって調達された資金は、気候変動に対処するための国際的枠組み「パリ協定」の目標に沿った事業に充当されます。これには、2050年までにカーボンニュートラルを実現し、2030年度までに2013年度比で46%の排出削減を目指すという国際公約が含まれます。
また、資金は2023年7月28日に閣議決定された「脱炭素成長型経済構造移行推進戦略(GX推進戦略)」で定められた、日本の次の10年間の温暖化対策の中核となる政策に準じた取り組みに向けて使用されます。ここでの焦点は、民間だけでは困難な投資判断を必要とする事業であり、排出削減、産業競争力の強化、経済成長の促進に貢献する分野に優先して投資されるべきです。
事業実施主体としては、「排出量取引制度」に参加する高排出量の企業が中心となり、GXリーグに参加している企業がその排出削減への取り組みを強化することが後押しされます。GXリーグは、2050年のカーボンニュートラル目標と社会変革を視野に入れ、官民学が協力して取り組むプラットフォームです。
さらに、GX投資の実現には官民の協力が必要であり、国は長期にわたり、研究開発から社会実装に至るまでの各種事業リスクに応じた支援を行います。これには、補助金、出資、債務保証の提供が含まれます。
初年度には、製鉄プロセスでの水素活用に向けて2,564億円が割り当てられており、これは石炭を使用する従来の製鉄方法に代わる、二酸化炭素排出量を削減する技術開発を支援するものです。また、消費電力を大幅に削減する次世代半導体の開発、工業炉の脱炭素化、次世代原子力発電の開発も支援対象です。
さらに、太陽電池や洋上風力発電、水素発電、次世代航空機・船舶などの先進技術開発への支援も予定されています。また、電気自動車(EV)用蓄電池やパワー半導体の国内生産拡大、住宅機器のエネルギー効率向上、低燃費車購入への補助などにも、合わせて約4,800億円が補助される予定です。
2-2. 調達資金の使途選定における「基本条件」
GX経済移行債から調達される資金の使途選定に際して、政府は明確な「基本条件」を設定しています。これらの条件は、資金が効果的に使用され、目指すカーボンニュートラルと経済成長を実現するための基盤となります。
Ⅰ. 民間のみでは投資判断が真に困難な事業
この条件は、民間企業だけではリスクが高すぎて投資が難しいと判断される事業を対象としています。こうした事業に政府が介入することで、脱炭素化への道を拓き、イノベーションの促進を目指します。
Ⅱ. GX達成に不可欠な産業競争力強化・経済成長・排出削減に貢献するもの
この条件は、GX(グリーン変革)の目標達成に直接的に貢献し、日本の産業競争力を強化し、経済成長を促進するとともに、温室効果ガス排出の削減にも寄与する事業を優先することを意味します。
Ⅲ. 企業投資・需要側の行動を変える規制・制度面との一体性
この条件では、企業の投資行動や消費者の選択を変えるための規制や制度との連携を重視します。これにより、持続可能な社会への転換を促進し、長期的な視点での環境への負担軽減を目指します。
Ⅳ. 国内の人的・物的投資拡大につながるもの
この条件は、日本国内の人的資源や物的資産への投資を拡大し、国内経済の活性化と、脱炭素化技術の開発・実装を促進する事業を指します。
加えて、産業競争力強化・経済成長と排出削減の二つの側面から、以下の要件を満たす事業を優先的に支援対象とします。
産業競争力強化・経済成長に関する要件:
- A. 技術革新性または事業革新性があり、外需獲得や内需拡大を見据えた成長投資
- B. 高度な技術で、化石原燃料・エネルギーの削減と収益性向上(統合・再編やマークアップなど)の双方に資する成長投資
- C. 全国規模の市場が想定される主要物品の導入初期の国内需要対策
排出削減に関する要件:
- 技術革新を通じて、将来の国内の削減に貢献する研究開発投資
- 技術的に削減効果が高く、直接的に国内の排出削減に資する設備投資など
- 全国規模で需要があり、高い削減効果が長期にわたる主要物品の導入初期の国内需要対策
2-3.資金使途の適格事業分類
GX経済移行債から調達される資金の使途は、持続可能性と環境保全に貢献する幅広い分野にわたっており、以下の六つのグリーンカテゴリーに大別されます
①エネルギー効率
- 省エネルギー機器の普及: 最新の省エネ技術を用いた家電製品や産業機械などの普及促進。
- 省エネルギー住宅・建築物の新築や改修支援: エネルギー消費を大幅に削減する建築技術の採用や既存建物の省エネ改修を促進。
- 半導体光電融合技術の開発: 消費電力を大幅に削減できる新技術の研究開発とその投資促進。
- 蓄電池・部素材の製造工場への投資: 高効率の蓄電技術やその部材料の製造能力拡充。
②再生可能エネルギー
- 浮体式洋上風力: 海上での風力発電技術の開発と普及。
- 次世代太陽電池(ペロブスカイト等): 効率的な太陽光発電技術の研究と導入。
- 脱炭素都市・地域づくり: 再生可能エネルギーを中心とした持続可能なコミュニティの開発。
③低炭素・脱炭素エネルギー
- 次世代革新炉の開発: 新しい安全メカニズムを取り入れた原子力発電技術。
- ゼロエミッション火力: 炭素排出を抑制する新たな火力発電技術の導入。
- 海底直流送電の整備: エネルギー輸送効率を高める新技術の開発と普及。
④クリーンな運輸
- 次世代自動車の支援: 電気自動車(EV)や水素自動車などの環境負荷の低い車両の普及。
- 次世代航空機やゼロエミッション船の開発: 炭素排出を削減する新たな輸送手段の研究と実証。
- 脱炭素都市・まちづくり: サステナブルな交通システムを含む環境に優しい都市開発。
⑤環境適応商品、環境に配慮した生産技術およびプロセス
- 水素還元製鉄: 従来の製鉄法に代わる低炭素技術の導入とその開発。
- サプライチェーンの国内外での構築
- 余剰再生可能エネルギーからの水素製造・利用双方への研究開発・導入支援
- カーボンリサイクル燃料に関する研究開発支援
⑥生物自然資源および土地利用に係る持続可能な管理、サーキュラーエコノミー
- 農林漁業における脱炭素化
- プラスチック、金属、持続可能な航空燃料(SAF)などの資源循環加速のための投資
3.支援先となる日本企業の動き
3-1.日本製鉄
2023年度におけるGX債1.6兆円の支援先の一つとして、「日本製鉄」などが参画する水素を使う製鉄技術の開発が挙げられます。
日本製鉄は、日本最大手の鉄鋼メーカーとして知られており、製鉄事業、エンジニアリング事業、化学事業、システムソリューション事業など四つの事業を手がけています。
また、2022年6月15日、「JFEスチール」、「神戸製鋼所」、「金属系材料研究開発センター(JRCM)」とともに、「水素製鉄コンソーシアム」の結成を発表しました。
このコンソーシアムでは、製鉄に水素技術を導入する技術開発を進め、鉄鋼プロセスにおける二酸化炭素排出量の削減を目指すとしており、高炉を用いた水素還元や、水素だけで低品位の鉄鉱石を還元する直接水素還元などの技術開発に取り組むとしています。
今回、支援の対象となるのは、こうした水素を使う製鉄技術の開発となっており、およそ2,500億円が当てられるということです。
3-2.ホンダ
ホンダは2040年に全世界で販売する車を全て電気自動車(EV)と燃料電池車に切り替える方針を明らかにしており、2030年には電気自動車の年間生産台数を200万台に増やす計画を立てています。
また、GSユアサとともに、電気自動車搭載用を中心とした高容量・高出力なリチウムイオンバッテリーに関する協業に向けて具体的な協議を進めてきており、2023年5月11日には、新会社設立に関する合弁契約を締結したことを発表しました。
この新会社「株式会社Honda・GS Yuasa EV Battery R&D」は、急速に拡大するバッテリー需要に対応するため、グローバルレベルで高い競争力を持つリチウムイオンバッテリーとその製造方法を研究開発するとともに、主要原材料のサプライチェーンや効率的な生産システムを構築することを目指すということです。
さらに、2024年1月7日には、カナダで電気自動車の新工場建設を検討していることが明らかになりました。
なお、新工場では電池の製造も視野に入れており、関連投資は総額で2兆円規模になる可能性があるなど、ホンダとしては過去最大級の投資になるということです。
車載用電池は、電気自動車の競争力を左右すると言われており、以前は日本企業が高いシェアを誇っていたものの、足元ではコスト競争力で上回る中国や韓国の企業が上位を占めているという状況です。
そんな中、ホンダは出遅れた電気自動車の生産を巻き返すための取り組みを進めており、今回、こうした電気自動車向け電池の生産拡大に3,300億円ほどがあてられるということです。
また、トヨタ自動車などが計画する投資には、GX経済移行債から1,178億円が補助されると報道されています。
3-3.NTT、新光電気工業、キオクシア
脱炭素につながる半導体の開発支援に関しては、総額750億円があてられるということです。
具体的には、「光電融合」と呼ばれる、消費電力をこれまでの100分の1に抑えることが可能な半導体の開発が柱になるということです。
なお、企業としては、日本の通信事業最大手「NTT」や、半導体用リードフレームやフリップチップパッケージなどの設計・製造・販売を手がける「新光電気工業」、主にNAND型フラッシュメモリを製造する半導体メーカー「キオクシア」などに452億円が割り振られることが明らかにされています。
光電融合は、電力を大量消費する生成AI(人工知能)の普及をサポートする重要テクノロジーとして位置付けられており、NTTが世界で開発をリードしています。
中国も同テクノロジーを重視するなど、海外勢も追い上げ姿勢をみせているため、政府がGX債を使って支援することによって、将来の日本の競争力向上につなげる狙いがあるとみられています。
3-4.その他
電気自動車などの省エネルギー性能を高めるために必要なパワー半導体の国内生産拡大に対しても、1,523億円があてられるということです。
具体的には、総合電機メーカー「東芝」と半導体・電子部品メーカー「ローム」による共同生産事業へのサポートが念頭にあるとされています。
また、断熱性能の高い窓や給湯器といった住宅機器を導入するための補助金や、電気自動車など低燃費車の購入補助など、個人や利用企業らを対象にした補助に2,000億円超が割かれることが明らかになっています。
なお、これには、住宅向けの省エネルギー機器や低燃費車の需要を後押しする狙いがあると見られています。
4.まとめ
今回、GX債の発行が本格的にスタートしたことによって、日本国内におけるGXがさらに加速すると見られています。
特に、政府が力を注ぐのは、石油・石炭などの化石燃料から、太陽光や風力などといった再生可能エネルギーへのシフトチェンジで、発電量が天候の影響を受けやすいという課題を乗り越えるため、大規模な蓄電池の整備などが進められていく予定です。
このほか、今回紹介したようなさまざまな事業に対して多額の支援が行われるということで、関連する開発などがより一層進むことによって、日本政府が掲げる「2050年カーボンニュートラル」がより現実的なものとなることが期待されます。
中島 翔
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