睡眠経済が86兆円規模に成長?注目の欧州「睡眠テック」スタートアップ3社紹介

2024年3月15日は「世界睡眠デー(World Sleep Day)」だったことをご存じでしょうか。これは睡眠の重要性と睡眠障害(※不眠症や睡眠時無呼吸症候群など、睡眠に支障が出る症状)への社会意識を促すために、世界睡眠学会が2008年から毎年第3金曜日に開催しているイベントです。

睡眠は心身共に健康な生活を送る上で不可欠であるにも関わらず、世界人口の最大45%が睡眠障害に悩まされています。かく言う筆者も眠りが浅く、些細な物音や振動で目が覚めてしまうのが悩みの種です。

参照:世界睡眠学会「World Sleep Day

現代社会で深刻化する睡眠問題を受け、睡眠の質の向上をサポートする製品・サービスが続々と開発されている近年、「睡眠経済(Sleep Economy)」という造語も生まれています。本稿では、睡眠経済の未来を担う欧州睡眠テック・スタートアップを紹介します。

※本記事は2024年3月7日時点の情報です。最新の情報についてはご自身でもよくお調べください。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・ファンドへの投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、利用者ご自身のご判断において行われますようお願い致します。

目次

  1. 不眠症による米経済的コストは年間最大16兆円?
  2. 睡眠経済をリードする「睡眠テック」
  3. 継続的・長期的な睡眠改善を目指すスタートアップ3社
    3-1.Moonoa(スペイン)
    3-2.Hapni(フランス)
    3-3.Pulsetto(リトアニア)
  4. 2033年には16兆円市場に成長?
  5. まとめ

1.不眠症による米経済的コストは年間最大16兆円?

「私たちは人生の最大3分の1を睡眠に費やしている」という研究結果があるそうです。何かとストレスの多い現代社会において、良質な睡眠をとるのは容易なことではありません。

しかし、数々の調査で指摘されているように、睡眠の質は精神的、身体的、経済的に深刻な影響を及ぼす重要な要素です。例えば、睡眠不足や睡眠障害は高血圧や糖尿病、肥満、鬱病、心臓発作、脳卒中といった様々な健康上のリスクを増加させる要因の1つとして挙げられます。

参照:アメリカ国立医学図書館「Extent and Health Consequences of Chronic Sleep Loss and Sleep Disorders

また、米国で実施された調査では、慢性的な睡眠障害を持つ人の46%が「(睡眠障害が原因で)仕事や行事を欠席した」「仕事でミスをした」と答えたのに対し、睡眠をしっかりととれている人の中で同じ回答をした人は僅か15%でした。一方で、米国における不眠症による経済的コストは年間925億~1,075億ドル(約13兆6,925億~15兆9,123億円)と推定されており、居眠り運転などの事故による年間の死亡者数は1,500人、負傷者数は7万人を上回っています。

参照:世界睡眠学会「Talking Points

2.睡眠経済をリードする「睡眠テック」

良質な睡眠への関心が高まる中、快適な睡眠をサポートする寝具や照明、アクセサリー、サプリメント、音楽、コーチング、マッサージなど、消費者のニーズに合わせて睡眠サポート製品・サービスが多様化しています。

AI(人工知能)やセンサー、データ収集などのテクノロジーを駆使して、睡眠の質の向上を高める睡眠テック(Sleep-Tech)もその一つです。近年は睡眠データ(眠りの深さ・寝返りの回数・イビキなど)を分析・記録したり、睡眠サイクルに合わせて最適なタイミングで起こしてくれるアプリやウェアラブル・デバイスなどが人気です。

このような睡眠サポート製品・サービス市場は睡眠経済と呼ばれており、世界の評価額は2024年に5,850億ドル(約86兆524億円)に達すると予想されています。睡眠テックはその成長をけん引する存在として、益々注目を集めています。

参照:Statista「Size of the sleep economy worldwide from 2019 to 2024

3.継続的・長期的な睡眠改善を目指すスタートアップ3社

その一方で、「睡眠トラブルが解消されたと思ったら、またすぐに熟睡できなくなった」という声も聞きます。これは、問題の根本的な原因が解消されていないからでしょう。

一部のスリープテックは継続的かつ長期的な睡眠改善を目指し、症状ではなく原因の解消に焦点を当てたアプローチを行っています。ここでは、持続可能な睡眠とウェルネスをサポートする欧米スタートアップ3社を紹介します。

3-1.認知行動療法ベースの睡眠改善アプリ「Moonoa」(スペイン)

不眠症や睡眠障害の原因は人それぞれ。万能薬はありません。2021年にバルセロナで設立された「Moonoa」(ムーノア)はパーソナライズされた睡眠改善プログラムを介して、誰もが簡単かつ手頃な価格で良質な睡眠とウェルネスを習慣化出来るアプリを提供しています。

同アプリは認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy for Insomnia :CBT-I ※不眠の要因となっている心理的・生活習慣的要因を改善することにより、睡眠の質の向上を促す療法)に基づき、睡眠分野の専門家が開発したもの。ユーザーは睡眠分析・感情マネージメント・リラゼーション・栄養・エクササイズに関するアドバイスのほか、チャットや電話によるコーチングも受けることができます。睡眠改善に効果的であることが科学的に証明されており、ユーザーの満足度は95%と高評価を得ています。

同社は2021年のシードラウンド(※法人化前後のスタートアップが行う資金調達ラウンド)で、150万ユーロ(約2億4,307円)を調達しました。

参照:Moonoa HP「Moonoa
参照:Crunchbase「Moonoa

3-2.睡眠時無呼吸症候群に特化したオンライン医療サービス「Hapni」(フランス)

睡眠時無呼吸症候群は、睡眠中に一定時間呼吸が停止してしまう症状です。統計によると、世界中で9億人以上の成人が軽度から重度のOSA(※Obstructive Sleep Apnoea Syndrome:上気道が狭くなることで呼吸が停止する閉塞性睡眠時無呼吸症候群)であると推定されています。

参照:全米高齢者協議会(NCOA)「Sleep Apnea Statistics and Facts You Should Know

「イビキ以外に特に目立つ症状がない」「検査が面倒臭い」といった理由から多くの人が放置していますが、実は高血圧や2型糖尿病、脳卒中など、様々な疾患との関連性が複数の調査結果で指摘されています。つまり、適切な治療を受けず長期間放置することで、健康を損なうリスクが高まるということです。

参照:ジョン・ホプキンス・メディシン「The Dangers of Uncontrolled Sleep Apnea
参照:Hapni「Hapni

パリを拠点とするHapni(ハプニ)は、より多くの人々に睡眠時無呼吸症候群の自覚を促すためのオンライン・プラットフォームを提供しています。ユーザーはオンラインで簡単な質問に回答し、睡眠を記録するデバイスを装備して就寝するだけ。睡眠専門医が収集データを分析し、遠隔から診断を受けることができます。治療が必要な場合は、適切な治療法が提案されるという仕組みです。

同社のサービスの魅力の一つは低料金であること。フランスでは睡眠時無呼吸症候群の検査及び治療は、健康保険や相互保険の対象となります。同社は2022年に設立され、シードラウンドで200万ユーロ(約3億2,413万円)を調達しました。

参照:Hapni HP「Hapni
参照:Crunchbase「Hapni

3-3.迷走神経を刺激して良質な睡眠を促すウェアラブル「Pulsetto」(リトアニア)

ストレスや不安は、睡眠トラブルの大きな要因の1つです。心理的ストレスを受けると交感神経が優位になり、心身をリラックスさせる役割を担う副交感神経へ切り替わりにくくなります。

このような要因を軽減し、睡眠の質を向上する科学的に証明されたホリスティク・アプローチを研究しているのは、2021年にリトアニアの首都ヴィリニュスで設立されたPulsetto(プルセット)です。

同社のウェアラブル・デバイスは僅か4分間装着するだけで迷走神経を刺激し、副交感神経を活性化させるよう設計されています。迷走神経はアセチルコリンやセロトニンといった精神を落ち着かせる神経伝達物質を放出するよう、脳に信号を送る役割を担う、いわば「眠りの番人」です。これにより、心拍数や血圧が正常化され、消化機能や呼吸が改善されるなど、安眠しやすい状態へと体が導かれるというわけです。

同社は2021年の設立以来、2回のシードラウンドで総額55万ユーロ(約8,914万円)を調達しました。

参照:Pulsetto HP「Pulsetto
参照:Crunchbase「Pulsetto

4.2033年には16兆円市場に成長?

2010年以降、欧米では睡眠テックに対するベンチャーキャピタル(VC)の関心が着実に高まっており、2018年の投資額は前年の2倍に増えました。コロナ禍や世界経済の成長が鈍化している現在もその勢いは衰えることなく、大型の資金調達を含めて取引件数は顕著な推移を維持しています。

参照:New Fund「The SleepTech Industry: an Investor Perspective

国際コンサル企業Precedence Researchによると、世界の睡眠テック・デバイス市場は2023年に推定211億ドル(約3兆1,236万円)に達し、2033年には1,113億ドル(約16兆4,768億円)規模へと急成長を遂げる見込みです。消費者間では特にウェアラブル・デバイスへの関心が高く、今後も主流になると予想されています。

参照:Precedence Research「Sleep Tech Devices Market

5.まとめ

長きに渡り、現代人は仕事や勉強、或いは娯楽を優先し、睡眠を犠牲にする習慣が定着していました。しかし、睡眠の重要性に対する認識が広がっている今、まさに「睡眠革命」といえる潮流が高まっています。投資対象としても、持続的な成長が期待できる領域でしょう。

勿論、このような製品やサービスに完全に依存するのではなく、自ら睡眠の質を高めるための習慣(適度な運動をする・寝室環境を整える・規則正しい生活を心掛けるなど)を身に着けることも重要です。筆者も就寝前のスマホの誘惑を克服出来れば、朝までぐっすり熟睡できるのかも知れません。

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アレン琴子

英メディアや国際コンサル企業などの翻訳業務を経て、マネーライターに転身。英国を基盤に、複数の金融メディアにて執筆活動中。国際経済・金融、FinTech、オルタナティブ投資、ビジネス、行動経済学、ESG/サステナビリティなど、多様な分野において情報のアンテナを張っている。