世界各国でESG(環境・社会・ガバナンス)関連の規制が強化される中、適切なESGリスク管理が企業の重要課題となっています。特に先進国においてはESG開示・パフォーマンス報告の義務が増加しており、企業は効果的かつ効率的な手法を模索しています。
本稿では、2024年7月11日に開催された「ESG and climate risks and resilience across the enterprise(企業全体のESG・気候リスク・レジリエンス)」にて交わされた、ESGリスク分野を代表するパネリストによる、「ESGリスクの定義・分類」「欧米を中心とする世界の規制動向」「ESGを既存のリスク管理手法に統合する為の効果的な戦略・ベストプラクティス」「リスク管理ソフトの必要性」などについての議論をリポートします。
※本記事は投資家への情報提供を目的としており、特定商品・銘柄への投資を勧誘するものではございません。投資に関する決定は、ご自身のご判断において行われますようお願い致します。
※本記事は2024年9月25日時点の情報をもとに執筆されています。最新の情報については、ご自身でもよくお調べの上、ご利用ください。
目次
- パネリスト企業紹介
1-1.ServiceNow(サービスナウ)
1-2.Verdantix(ヴァルダンティックス) - ESGリスクに関する実用的な考え方
2-1.カスタマイズされたリスク管理戦略の必要性
2-2.気候変動リスク・レピュテーションリスク - ダブル・マテリアリティへの関心の高まり
- 世界のESG規制動向
4-1.欧州
4-2.米国 - ESGリスク管理の現状・課題
5-1.多くの企業でリスク管理がサイロ化されている
5-2.主な課題は「データ収集」 - ESGリスク管理を効率化する為の戦略
6-1.ビジネス同様、ESGにもリスクとチャンスがある
6-2.ServiceNowのESG管理ツール
6-3.規制というレンズを通してコンプライアンスとデータの完全性を確認する - ウェビナー体験後記
1.パネリスト企業紹介
1-1.ServiceNow(サービスナウ)
ServiceNow(サービスナウ)とは、カリフォルニアを拠点に、世界67都市で事業を展開する国際市場調査・アドバイザリー企業です。包括的なESGソリューションを含む多様なデジタル・ソリューションを提供しています。パネリストはESGソリューション部門シニア・プロダクト・マーケティング・マネージャーのスヴェトラーナ・ゼンキン氏と、リスク・ESG部門のヴァイス・プレジデント兼ゼネラル・マネージャーのヴァサント・バラスブラマニアン氏です。
1-2.Verdantix(ヴァルダンティックス)
Verdantix(ヴァルダンティックス)とは、「世界を豊かにするインパクトに不可欠なオピニオンリーダー」として、ESG・サステナビリティ分野に特化したサービスを提供する独立系調査・アドバイザリー会社です。ロンドン・ニューヨーク・ボストンを拠点とする。パネリストは主席アナリストのジェシカ・プランスキー氏です。
2.ESGリスクに関する実用的な考え方
2-1.カスタマイズされたリスク管理戦略の必要性
最初のテーマは、ESGリスクを理解する上で重要となる「ESGリスクの定義・分類」です。プランスキー氏はESGリスクに関する実用的な考え方について、ESGリスクの主要カテゴリーをまとめたスライドと共に解説しました。
プランスキー氏「業界・企業により、ESGに関するリスクが異なる点を理解することが重要です。例えば、ヘルスケアでは顧客との関係や医療へのアクセスがリスク要因となり得る一方で、鉱業では地域社会との関係や天然資源が懸念事項となる可能性があります。このように企業が直面し得るESGリスクは多岐に渡る為、カスタマイズされたリスク管理戦略が必要なのです」
ESGリスクの主要カテゴリー
※以下、画像は全て同ウェビナーより筆者作成
2-2.気候変動リスク・レピュテーションリスク
一方で、多数の企業に共通する重要リスクもあります。そのうちの1つである気候変動は他のESGリスクと密接に関連性しており、物理的リスク(例:気象によるサプライチェーンの混乱・物理的資産の損害)やカーボンフリー経済への移行に伴うリスク(例:エネルギーコストの変動・カーボンプライシング)など、企業資産に影響を与える様々なリスクをもたらします。
プランスキー氏「企業は、悪天候や長期的気象パターンの変化が自社の資産にどのような影響を与えるのか、そして(自社の事業による)温室効果ガス排出量が気候変動にどのような影響を与えるのかを考慮する必要があります。2024年8月現在では、レピュテーションリスクに対応する動きも高まっており、年次報告書や科学に基づく目標などを通じて気候関連の誓約を発表する企業が増加しています」
気候リスク管理の例
3.ダブル・マテリアリティへの関心の高まり
さらに、プランスキー氏は持続可能性への注目がかつてないほど高まっている理由について、インパクト・マテリアリティ(企業活動がコミュニティや環境に与える影響の重要性)に加え、5年程前からESG要素のファイナンシャル・マテリアリティ(財務的影響の重要性)が重視されるようになったことを挙げました。
プランスキー氏「企業はインパクトとファイナンシャル両方の重要性――所謂、ダブル・マテリアリティ(Double Materiality)への関心を益々高めており、様々なESGリスクを特定・管理するプロセスに多数のステークホルダーが関与するようになっています。つまり、ESG要素が企業の財務パフォーマンスにどのような影響を与えるかが重視されるようになったのです」
4.世界のESG規制動向
4-1.欧州
ここでプランスキー氏から、リスク管理の大きな原動力である規制動向についての解説がありました。
主要なESG規制・フレームワークの大半は欧州で策定されており、特に欧州連合(EU)は「持続可能な金融情報開示規制(Sustainable Finance Disclosure Regulation:SFDR)」「EUタクソノミー(EU Taxonomy)」など、包括的な環境・社会要因についての規制を設けています。中でも「気候関連財務情報開示タスクフォース(Task Force for Climate-related Financial Disclosures:TCFD)」は、英国・日本・シンガポールを含む多数の国がこれに基づいた規制を設けるなど、国際的な自主的フレームワークとして認識されています。
最近注目を集めているのは、2024年会計年度から適用される「企業サステナビリティ報告指令(Corporate Sustainability Reporting Directive:CSRD)」です。EU圏で事業を行う上場企業・大手企業約4万9,000社に対し、組織の様々な環境的・社会的影響に関する報告書を定期的に公表することが義務付けられます。
4-2.米国
米国においては、米国証券取引委員会(SEC)が2024年3月に最終規則を採択した「気候変動関連の開示規則(Climate-Related Disclosure Rules)」に、投資家や企業の関心が寄せられています。この規制は米国上場企業に対し、リスクやリスク管理プロセスを含む気候変動関連の情報開示を義務付けることを目的とするものです。
一方、2024年1月に発表されたカリフォルニア州の「気候説明責任法(Climate Accountability Act)」は、カリフォルニアで事業を行う一定の売上基準を満たす企業(非上場企業も含む)に対し、多様な気候関連リスクとスコープ1~3の温室効果ガス排出量の報告を義務化するものです。世界経済に多大なる影響力を持つ同州の動向は、広範囲なビジネス慣行に影響を与えることが予想されます。
世界中に広がるESG開示規制
5.ESGリスク管理の現状・課題
5-1.多くの企業でリスク管理がサイロ化されている
目まぐるしく進化する規制環境への対応に迫られている企業にとって、リスク管理の効率化は重要課題です。ところがプランスキー氏の調査では、組織内でリスク管理がサイロ化されており、各部署が各々異なる種類のESGリスクを管理している、リスク分類を行わずに単なる日常業務の一環として対処している企業が多いことが判明しました。
プランスキー氏「ESGと気候変動リスク管理は様々な部署からのインプットを必要とする為、組織全体或いはイニシアチブのコラボレーションが必要です。真に強力なESGプログラムを実施したいのであれば、上層部がそれに関与する必要があります。ESGリスクは変化し続けていることを念頭に置き、自社にとっての最重要事項を常に見直すことが大切です」
5-2.主な課題は「データ収集」
一方、Verdantixが世界中の企業のサステナビリティ責任者400人を対象に実施した調査によると、ESGリスク管理に専用ソフトなどのテクノロジーを取り入れている企業は一握りに限られており、スプレッドシートなどを活用して手作業で行っているケースが圧倒的に多いことが明らかになりました。プランスキー氏はこれについて、いくつかの問題点を指摘しました。
プランスキー氏「ESGリスクを実際に理解し、対処する為には膨大な量のデータが必要となります。組織全体で大量のデータを収集・管理する場合、スプレッドシートは効果的なツールではありません。第三者による監査証跡を残し、人為的エラーを特定する際にも不向きです。実際、私が話をしたほぼ全ての企業が主な課題としてデータ収集を挙げました」
企業はどのようにESGリスクを管理しているのか
6.ESGリスク管理を効率化する為の戦略
6-1.ビジネス同様、ESGにもリスクとチャンスがある
ESGリスクを効率良くかつ効果的に管理する為には、どのような戦略を用いるべきなのでしょうか。
バラスブラマニアン氏は取り組みの最初のステップとして「ESGリスク管理を日常業務にどのように組み込むかについて考えること」を挙げ、組織全体がESGリスクに関する知識と経験を積み重ねるにつれ、他のリスク管理と同じように自社の事業内容・規模・戦略に見合ったアプローチをとれるようになると考えています。多様な領域でリスク管理が浸透しているのは、リスクを特定し、対策を講じることでチャンスに転じる可能性がある為だとも強調しました。
バラスブラマニアン氏「どのようなビジネスにもリスクとチャンスがありますが、ESGにも同じことが該当します。ESGは基本的に利益・目的・人間・地球に携わるものであり、より良いビジネスを行う為にESGとCSR(Common Reporting Standard:共通報告基準)を両立させようという試みこそが、ESGリスク管理の本質なのです。要するに、気候変動から従業員、ガバナンスに到るまで様々なリスクをどのように管理するかに気を配り、それと同時に事業を上手く運営出来れば、本質的に優れたビジネスに成長するということです」
どのようにしてESGを既存のリスク管理手法に統合するか
一方で、TCFDなどのベストプラクティス・フレームワークを活用し、長期的な視野からリスク管理を行うことも重要です。
バラスブラマニアン氏「多くの企業はグローバルに事業を展開している為、世界中で複数の規制を遵守し、ステークホルダーの要求に応えて多様なフレームワークを活用した情報開示を行う必要があります。それと同時に、ESG目標を設定し、ネットゼロ宣言するだけではなく、目標に向かって実際に前進していることを証明しなければなりません」
6-2.ServiceNow のESG管理ツール
両者は効率的なリスク管理手法の一つとして、ESGリスク管理ツールやソリューションの活用を推奨しました。バラスブラマニアン氏は「手作業で収集・管理しているデータが多いほど、テクノロジーを導入することで労力やコストが抑えられる」と強調しました。ESGリスク管理テクノロジーの事例として、ServiceNowのESG管理ツール「ESG Management(ESGM)」について説明しました。
同ツールはESGデータを収集・検証・管理し、目標やKPI(重要業績評価指標)に基づいてパフォーマンスを追跡し、多様な規制・報告フレームワークに適した形式でレポートを作成するなど、企業がESGへの取り組みを効率的に管理・実行する為に開発されたものです。同社のプロジェクト・ポートフォリオ・ツールや総合リスク管理ツールと相互性があり、広範囲なリスク管理ツールとして活用出来ます。
バラスブラマニアン氏「例えば、ESGの目標・活動・ターゲットを企業方針やリスク管理活動と結び付けることで、現在実施しているESGリスクの管理方法の問題点を特定するなど、データをモニタリングすることも可能です」
ソフトを活用したESGリスク管理
6-3.規制というレンズを通してコンプライアンスとデータの完全性を確認する
一方で、常に規制環境が進化していることを考慮すると、ソフトを導入しても十分に対応できないのではないかという疑問も生じます。
バラスブラマニアン氏「規制という概念だけ目を向けるとキリがありません。収集したデータから、報告の義務がある規制やフレームワークに必要な情報を抽出することで、規制環境の変化に対応出来るでしょう。要するに、規制というレンズを通してコンプライアンスとデータの完全性を確認しながら報告書を作成するのです」
同氏はデジタル革命を例に挙げ、「ソフトを活用したESGリスク管理が新しい常識になる日が訪れる」との見解を示しました。
7.ウェビナー体験後記
複雑化するESG関連規制環境に対処する上で、企業は多様な課題に直面しています。これらの課題に対応する為には、持続可能性へのコミットメントを強化すると同時に、適切なデジタルツールや専門知識を活用し、包括的かつ一貫性のあるESGリスク管理を実施することが求められます。本ウェビナーはESGリスク管理を介して企業のレジリエンスを高めるという観点からも、非常に有意義な情報を提供だったと筆者は考えます。
アレン琴子
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